「たぶん、この遠野という地域で助け合えるみんながいれば、心地よい風が起こるんじゃないかしら。その風に身をゆだねて、遠野と一緒に歩んでいけたらいいなあなんて、思っています」
遠野駅からほど近い場所に、この街の若者が集まるカフェがあると聞いて、「on-cafe(オンカフェ)」へ。扉を開けると、明治時代の長屋を改装した面影が残る、あたたかな空間が広がります。
店主である菊池礼子さんは、旦那さんの転勤についてくる形で、11年前に岩手県内からここ遠野市へ引っ越してきたそう。始めは遠野市の暮らしに戸惑うこともあったけれど、生活が落ち着くに連れて、「カフェを始めたい」という想いが育っていったという彼女。一人でお店を切り盛りする、心の内を聞きました。
嫌いな遠野を好きになる最初の一歩が、カフェ作りだった
── 礼子さんが、遠野市に移住したきっかけを教えていただけますか?
菊池礼子(以下、礼子) 夫の仕事がきっかけです。遠野にある本社に転勤することが決まったので、夫婦で移住しました。
── ということは、旦那さんの家族と同居を始めたのでしょうか。
礼子 そうですね。旦那の家系が大家族なので、その一員になった当初は驚くことばかりでした。
── 住所も家族構成も変わったんですね。最初はどんな印象でしたか?
礼子 そうねぇ。私が引っ越してきた時期は、冬。遠野の冬はとても寒くて、毎日雪が降っていたから外に出るのもおっくうで。車を運転するのにも一苦労だから、最初の年はほぼ家の中で冬眠していたの(笑)。
── じゃあ、第一印象はあまり良くなかったのですね。
礼子 そう……ですね。遠野の暮らしに慣れるまでは大変だろうな、と覚悟はしていましたけれど、私の想像なんて、はるかに超えていました(笑)。
でも、1つ楽しみにしていたこともあって。夫の実家のお風呂が、薪で炊くお風呂だったんです。
けれど、せっかくお嫁さんが引っ越してくるのだからと、お義母さんたちがきれいなユニットバスにリフォームしてくださっていました。私を迎え入れる準備をしてくれていたんです。だから結局、薪割りもしたことがないし、薪で火をつけることもなくて。家が綺麗になって嬉しい気持ちがある一方で、残念な気持ちもありました。
── 礼子さんが薪のお風呂にわくわくしたのは、どうしてなのでしょうか。
礼子 もともと住宅関係の仕事をしていて、古いものをどんどん捨てて、新しいものをつくる様子を見ていて、薪のお風呂みたいな良いものを捨てちゃうのは「もったいないなあ」と思っていたからかな。
遠野のひとたちは「なーにそったな汚すねえ、汚すねえもの」って言うけれどね。
── そんなに汚いものはいらないから捨ててしまえって?
礼子 そうです。住宅を建てるとなると、古いものは壊されて、みんなきれいになってしまう。もちろんきれいにするのが仕事なんですが、なんか苦しくなってしまって。古いものにも、その美しさがあるんだと私は思っているので、使われなくなった古い家具や雑貨を集めに集めていたら、物置がいっぱいになっちゃった(笑)。
そうしたら家族に、「これどうするの?」と聞かれました。そのとき、集めたものを活かして「カフェをやりたい」と相談したんです。
はじめはもちろん反対されましたよ。「こんな田舎でカフェをはじめても、お客さんが入らない」って。それでも熱意を伝えたら、「やってみれば?」「うまくいかなければ、やめてまた違う仕事をすればいい」と、背中を押してくれるようになりました。
そうして、やりたいと声を上げてから丸1年、物件を見つけて内装を決めて開店するまで、小石が転がりだしたように、もうすごいスピード感で話が進んでいきました。改装から2ヶ月の時間を費やして、2010年にできあがったのがここ「on-cafe」なんです。
毎日が修行。でも助け合える友達がいる
── 実際に毎日お店を切り盛りするのは、始めてみてどうですか?
礼子 お店を営業するだけでも、私にとっては修行ですね。
── どういうことですか?
礼子 毎日、ひとりだけでお店を営業するのって、すごく大変。負けちゃうの。「うー、休みたい……。まあいっか、休んでも」って。定休日や臨時のお休みにすれば、休めちゃうのが個人店です。たとえお客さんが来なくても、私は毎日淡々とお店をオープンさせないといけないんだけど、それができなかったりする。だからいろんな意味で、修行です。頑張りすぎるのはよくないけれど、頑張らないとできないし、そこの調節が難しいんですよね……。
── 好きなことを仕事にするって、結構しんどいところもありますよね。
礼子 そうそう。でも、だからこその楽しさもあるんですよね。
── 礼子さんにとって、それはどのようなことでしょうか?
礼子 「on-cafe」ができてからは、人との繋がりができたことが一番の楽しみです。いっぱい友達ができて、何かやろうというときには力になってくれる人たちがいる。結婚してはじめて来た遠野には、家に引きこもっていた時期も長くて友達なんていなかったから、それが嬉しくて。
── 助け合える人がいるから、この土地で暮らす楽しさを得られるようになったんですね。
礼子 そうなの。だから「on-cafe」に来てくれる人にもワクワクしてもらえたら、楽しんでもらえたらと思っています。
古い家具、無農薬の野菜も人と同じ。その子の「よさ」を大事にしたい
── 礼子さんの「楽しんでほしい」という思いが、お店にいるだけで伝わってきます。たとえばインテリアの一つひとつが、ちょっとずつ違っているのも、見て、座っているだけでワクワクします。
礼子 そう、全部違うんです。でも違っていて「いい」と思うの。だからここにあるインテリアは家具店で集めたものではなくて、もともと使われていなかったものを直したりして、使っています。このミシンや時計もそう。
── 一つひとつ違うのに、なんだか統一感があります。
礼子 それはひとつの、古いものの「よさ」だと思う。重かったり、使いづらかったりするんだけど、それがいい。なんだか、ほっとするんですよね。
身近にいる人だって、いろんなタイプの人がいますよね。同じようにさまざまな椅子があり、それらが輪になって、私たちと一緒に世界をつくっている。一人ひとり、一つひとつが違うから、その子の「よさ」を活かして大事にしてあげたいと思うんです。
── 礼子さんのそういう姿勢は、「on-cafe」のメニューで遠野産の無農薬の野菜を使っている、ということにも反映されていると思いました。
礼子 たしかにそうかもしれませんね。お店のメニューを考えている頃から、野菜をたくさん使いたいと思っていたの。ぶかっこうで、中にはスーパーや大型店では規格外になってしまうような野菜もあるけど、そういうものも、素材の味はすごくおいしい。
素材の良さを知ってもらいたくて、地元の野菜を、カフェの料理に使ったり、あとはお店で販売してもらったりもしています。
身をゆだねるのは遠野に吹く風。みんなと歩みたい
── これから「on-cafe」でチャレンジしていきたいことはありますか?
礼子 まずはお店を続けていくことが一番大切なことです。そうすれば、私が「あんなことやこんなことをしたい」と、これからの道を目指して進んで行くよりも、自然と背中を押してくれる風が吹いてくると思うんです。
── それは、なぜでしょうか。
礼子 たぶん、風の流れは「ひとりではつくれない」から。
たとえば「空市2015」(*1)というイベントを開催するのは、1年に1回、遠野の人たちが自分たちに向けて、そして遠野を訪れてくれる新しい人たちに向けて、「疲れたでしょう、ご苦労様」という、感謝の気持ちを込めてイベントをすることなんだなって、思うようになってきたんです。
たぶん、この遠野という地域で助け合えるみんながいれば、心地よい風が起こるんじゃないかしら。その風に身をゆだねて、遠野と一緒に歩んでいけたらいいなあなんて、思っています。
(*1)空市:遠野の町で楽しく暮らす人達が集い、食べるを暮らしの真ん中に、おいしいもの、うれしいこと、ワクワクする気持ちに出会えるマルシェ。おいしいを作る食べ物、暮らしがうれしくなるモノ・コト、緑の木々の下でヨガ&リラクゼーション、心弾む青空ライブなどを開催している。
お話をうかがった人
菊池 礼子(きくち れいこ)
小学4年生の時に東京から父親の地元である岩手県宮古市に移り、中学、高校、社会人と過ごす。父親が大工だったことで建築の仕事に興味を持ち、住宅関係の仕事をし2級建築士の資格を取得。2004年、同県遠野市出身の主人と結婚し、遠野市に移住、小学1年生の息子が1人。遠野市内の工務店で住宅関係の仕事をするうちに遠野の古いモノに魅せられ「居心地の良い空間づくり」への挑戦とカフェをオープン。日々のご褒美はビール。
このお店のこと
住所:岩手県遠野市中央通り4-26
アクセス:JR遠野駅から徒歩4分
電話:0198-62-7700
営業時間:11:00~17:00(LO16:30)
定休日:日曜、祝日
公式ブログはこちら
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(イラスト:犬山ハルナ)