東京から東北新幹線に乗って、3時間。JR釜石線に乗り換えて、最寄り駅の「岩手二日町」駅まで1時間。そこから車で5分ほど。山に囲まれた遠野の地を、少し小高い丘から見下ろす、開けた場所。
「ここに、遠野の暮らしを肌で感じてもらえるような、地域の拠点となるゲストハウスを作りたい」
遠野で生きるひと。遠野で生きたいと願うひと。遠野を訪れてみたいと思うひと。さまざまなひとの想いと時間が交差する、夢を詰めたプロジェクトが、綾織地区で動き始めています。
築70年の元大工の自邸を、ゲストハウスに
── 「遠野ゲストハウスプロジェクト」について教えてください。
伊勢崎 克彦(以下、伊勢崎) 「遠野ゲストハウスプロジェクト」は、岩手県遠野市綾織地区にある丘の上に建つ築70年の古民家を、自分たちの手で改装して、ゲストハウスにしようという構想のことを指します。
伊勢崎 すでにプロジェクトは動き出しており、クラウドファンディング(*1)「COUNTDOWN」というサイトで2015年8月24日から2015年10月24日までの期間限定で、支援金を募っています。
(*1) クラウドファンディング(Crowdfunding):不特定多数の人が通常インターネット経由で他の人々や組織に財源の提供や協力などを行うこと
(*2)クライドファンディングの募集期間は終了
── なぜ、ホテルや民宿ではなく、ゲストハウスという形態を選んだのでしょうか?
伊勢崎 今までの遠野にない、複合的な意味を持つ場所を作りたいと思ったからです。
── ……と言うと?
伊勢崎 ゲストハウスには、まず大きく分けて3つの機能を持たせたいと思っています。
- 遠野を訪れるひとが、遠野の暮らしを感じながら、気付き、考えることができる場所
- 遠野に住まうひとが、馬と暮らす持続可能な社会を作るための拠点
- ゲストハウスにひとが集まる様子を見て、地域のひとが意識を変えるきっかけとなる象徴
もちろん、大前提として、ゲストハウスでの滞在を通して、遠野を好きになって、関わってくれるひとが増えてくれたらいいなぁという想いもありますけれどね。
[1] 遠野の暮らしを肌で感じる「第二のふるさと」作りの一歩
── 1つずつ、想いを教えていただけますでしょうか。
伊勢崎 このゲストハウスは、作る過程からこだわりたいと考えています。建築材料は、馬と一緒に森に入って、木を切り出す「馬搬木(ばはんもく)」を使うんです。建築は、専門家だけじゃなくて、全国から公募する有志の方々と一緒におこないます。
滞在中は、できれば電気を使わずに生活してもらう。水は近くの山から引っ張ってきて、お風呂やお湯は自分で作った薪で沸かす。食事は当然自給で、田んぼからお米を、畑から野菜を。調味料は自家製の味噌などを使って、できるだけこの土地のものを食べてもらうように工夫します。
伊勢崎 そして、去る時は、自分が食べた分の種を大地に蒔いて、滞在した期間に伸びた分の雑草を刈っていく。
── ……なるほど。ひとが生きる循環を、自然と体験できる仕組みがあるゲストハウスにしたいと考えていらっしゃるんですね。
伊勢崎 その通りです。ゲストハウスに滞在している間に体験する一連の流れは、遠野に限らず、ひとがずっと昔から地球で続けてきた営みの一部だと気が付くでしょう。ゲストハウスに訪れる頻度が、たとえ1年に1度、いや10年に1度だったとしても、この場所で過ごしたひとは、自然と遠野の未来の風景を作りだす一助を担ったことになります。
自分が風景の一部を作っているということに気が付いたら、自然とこの地域への愛着も湧くと思うし、そうしたら、「遠野をどうしていきたいか」という考えにも、至りやすい。
── 単なる宿泊施設の域を超えて、宿泊者が遠野の未来を自発的に考えていける場所なんですね。
伊勢崎 もちろん、都会にもあるような便利なホテルや民宿を新設することもできました。でもそれは、「田舎に新たにできた、都会のような場所」でしかなくなります。それはそれで快適で素晴らしくて、僕だってきらいじゃないけれど、遠野でそんな過ごし方をしてもらっても、何も学べないし、何も感じられない。
このゲストハウスは、始めからすべてが揃っている完璧な場所じゃなくていいと思っています。むしろオープン時は、電気が通ってないくらいでいい。
滞在してくださる方々が、「やっぱり電気は必要だよね」とか「◯◯はあった方がいいよね」とか、暮らす中で気がついたものを、1つひとつ増やしていく。そんな感じが理想なんじゃないかなって。
[2] 地域を育む「馬搬」の拠点に育てたい
── 2つ目の「遠野に住まうひとが、馬と暮らす持続可能な社会を作るための拠点」についても、教えていただけますか?
伊勢崎 この場所を、「馬搬」の拠点にしたいんです。
── 「馬搬木」でゲストハウスを建設する、とおっしゃっていましたね。そういえば、「馬搬」とは……?
伊勢崎 「馬搬」とは、山で伐採した木を馬に引かせて運び出す作業のことを指します。チェーンソーなどで伐採した木を馬につなげて、山の中からトラックが待機している場所まで運び出すのが「馬方」と呼ばれるひとの仕事。「地駄曵き(じだびき)」と呼ばれることもありますが、どのみちあまり聞き慣れない言葉かもしれませんね。
遠野は古くから馬搬が盛んな地域で、昭和の中頃までは40名以上の馬方がいました。でも、今は3人だけ。
全国的に見ても、林業の作業は機械がメインになっていると思います。今、日本の森は杉が多すぎて困っている地域が多いから、一度にたくさんの木を運び足せる機械は、便利ですからね。
伊勢崎 でも、重機機と違って馬は細い道や斜面にも簡単に入って行けますし、そのためにわざわざ道を作る必要もありません。山を削らずに必要な木を運べるし、また二酸化炭素も排出しないから環境にもやさしい。効率性だけを追い求めると、決して機械にはかなわないけれど、でもそれ以上に大切なことがあると僕たちは思っているから、僕たちは「馬搬振興会」という名で、馬搬の文化や技術を継承、宣伝、普及するための活動もしています。
ただ、この取組はまだ始まったばかりで、仲間も少ないし、拠点もまだないから、このゲストハウスには「馬と暮らす環境を整備するための拠点」の機能も持たせられたらいいなと思っています。ゲストハウスの周囲に馬の放牧地を作ったり、「馬耕(ばこう)(*2)」のための田畑を耕したりね。もちろん、滞在するひとはみんな馬と触れ合うことができます。
(*2)馬耕:機械ではなく、馬を使って田畑を耕すこと
[3] 遠野のこれからを考えるのは、ほかでもない地域のひと
── 3つ目の「ゲストハウスにひとが集まる様子を見て、地域のひとが意識を変えるきっかけとなる象徴」。これはどういったことを指しますか?
伊勢崎 そのままの意味ですね。ぼくは2008年頃から実家の農地をオーガニックに変えたり、2013年からは馬搬に取り組んだりと個人で活動してきましたが、「地域の未来」を考えたいと思ったときに、1人でできることは少ないと実感しました。
でも、だからと言って地域のひとに、僕の思想や理想を言葉で伝えても、きっと響かない。分かってくれるひとは多いかもしれないけれど、すぐに「人生をかけて一緒に地域を変えましょう!」とは、なかなかならないと思うんです。みんな生活がありますからね。
でも、遠野の外から来たひとたちが、「遠野って素晴らしいね」「馬搬を一緒にやりたい」「オーガニックの農地に魅力を感じる」と言って、楽しそうに活動してくれたとしたら、地元のひとの意識もどこかで変わるかもしれません。
ここは、もともと観光地ではないから、都会からひとが来る、若者が増えた、ということだけでも一大事。そんな流れを見ながら、地域のひとの意識が少しでも変わってくれたらうれしいなと、ひっそりと期待しています。
少しずつ遠野の「いま」を変えていこう
伊勢崎 このゲストハウス予定地を見に来てくださる方の中には、「なぜこんなボロボロの家屋をわざわざ選んで、お金をかけて改装するんだ……?」という顔をするひともいます(笑)。
たしかに、建物だけを見たら、ここよりも良い条件の物件はたくさんありました。でも僕は「この場所だから」ゲストハウスを作りたいと思ったんです。
ここは、僕が変えたいと思っている綾織地区が一望できる、山の中腹。山の入り口にも近く、水があって、ここより上に住んでいるひとは誰もいません。ここは、一番の上流ポイントだから、水をきれいに使って、下流にひとに受け渡していくという、ひとの当然の営みについても自然と考えられるし、畑や田んぼにも近いから、草食動物を暮らす循環する営みも、体感できます。
── ゲストハウスを作るなら、どこでもよかったというわけではないのですね。
伊勢崎 完成したハコを提供するのではなく、みんなで遠野を作っていく、第一歩としてのゲストハウス。 滞在するひとも、この場所で暮らすひとも、全員がハッピーになれる場所が作れたら理想ですね。
クラウドファンディングのプロジェクトの詳細はこちら
「民話のふるさと岩手県遠野市に、馬と暮らす故郷を持とう! 馬搬木を使ったゲストハウスを作ろう! | COUNTDOWN」
遠野ゲストハウスプロジェクト from Tohoku tresen on Vimeo.
お話をうかがったひと
伊勢崎 克彦(いせさき かつひこ)
岩手県遠野市綾織地区で農薬や化学肥料に頼らない自然栽培という農法で米や豆を育てる。農業と並行して、冬は山に入り、切った木材を馬で引き出す「馬搬(ばはん)」の技術を学びながら、豊かな水を田畑に運んでくれる命の源である山を良くする活動も行っている。どちらが欠けても成り立つことができない“食と自然”。馬と共に、地域の資源を最大限に活用した「自然を生かした暮らし」を目指す。
「風土農園」ブログ:フウドの日々暮らし
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(イラスト:犬山ハルナ)