山形県鶴岡市出身で、現在は東京、横浜を拠点に活動している料理研究家、マツーラユタカさん。
ライターとして、また「つむぎや」という料理ユニットを組んでいらっしゃるマツーラさんですが、2月11日に行われたイベント「庄内ここ未来会議」で、庄内プレートというオリジナル料理を会場にいる方々に振る舞いました。
一度鶴岡を出た身だからこそできる、新しいレシピを目指したというマツーラさんに「庄内プレート」のなかに息づく庄内の食文化について伺いました。
■参考:山形県庄内の暮らしを考える「庄内ここ未来会議」で交わる、風と土の人
見慣れている食材で、新しいものを
「庄内ここ未来会議」で振舞われた「庄内プレート」。いったいその中身はどんな庄内の食材が詰まっているのでしょうか? イベント前に料理を仕込み中だという松浦さんのご実家にお邪魔し、「庄内プレート」ができるまでを覗いてみました。
こちらはメニューのアイディアメモ。料理を準備するのはマツーラさんと奥さま。台所ではいくつかの鍋が煮える音がしたり、コンコンと包丁がまな板を叩く音がします。
できあがりはこんな風に盛り付けられています。
- 鱈のフレークといぶりがっこのおにぎり
- りんごのSweetピクルス
- うるいと白菜のコールスロー
- どんごいと干し大根のアラビアータ
- 干し柿と酒粕のディップ。ふきのとうと里芋のディップ
- あさつき、酒粕味噌漬けクリームチーズ、温海かぶの漬物のピンチョス
- 鱈とじゃがいものポタージュスープ
鱈(たら)とじゃいがいものスープは、別のコップに淹れて振舞われました。全部で7品が乗ったプレートは、庄内の冬、そして春の訪れを感じさせるメニューになっています。
鱈とじゃがいものポタージュは、鶴岡の冬の風物詩である「どんがら汁」をポタージュ風にアレンジしたもの。ふわりと、鱈の煮たる優しい香りのする、体がぽかぽか温まるスープです。
「山形では、鱈は頭からしっぽまでエラや臓物も含めて捨てる部分が無いと言われています。その代表がどんがら汁ですね。肝や鱈子とじゃがいもを一緒に煮込んでポタージュ風に仕上げます。魚の臭みを飛ばすため、強火でグツグツさせながら調理するのがポイント。だからこれだけ煮立っているんです。」
「どんがら汁は、別名を寒鱈汁と書くくらいですから、暦の寒の時期が旬。つまり小寒から大寒、1月から2月上旬が、鱈の美味しい季節です。寒鱈祭りという祭りが鶴岡市だけでなく、お隣の酒田市など庄内全域で開催されるくらい、鱈は大切にされている魚です。」
2種類のディップは、もなかに合わせました。今回のイベントは、鶴岡の老舗菓子屋「木村屋」さんとのイベントのためのメニューだということもあり、お菓子っぽく食べられることをイメージしたそうです。
干し柿と酒粕のディップは、特産品の庄内柿の干し柿にコク深い酒粕とマスカルポーネのチーズを合わせたもの。途中ほんのり酒粕の香りが鼻に抜ける大人な味わいです。ふきのとうと里芋のディップは、ふきのとうとたらの芽を混ぜ込んだ味噌とマッシュした里芋に合わせたもの。こちらは、もうすぐそこまで来ている春を感じる一品です。
冬という季節もあり、乾物や漬け物など、保存食が多く盛り込まれたメニューですが、それらをいつも通り調理するのではなく、ひと工夫加えて目新しさを盛り込むというのが「庄内プレート」のコンセプト。
どんごいの塩漬け、干し大根や芋がらの乾物をトマトソースで和えたアラビアータをはじめ、馴染みのある食材で新しい発見を生み出せるレシピでできあがっています。
神奈川県出身だという奥さまのミスミさんは、初めて山形へ来たとき、地元の食事の美味しさに驚いたそうです。
「山もあって海もあって、食材が豊富でしかも美味しいんです。野菜、くだもの、魚、お酒……どれをとっても美味しいです。そのためには、厳しい冬を越さなければならないんですけどね。」
「月山という山が鶴岡市の東側にあります。羽黒山、湯殿山と合わせて出羽三山と呼ばれる名山のひとつなんですが、冬場あまりハッキリ見えることがないんです。でも、一度晴れてその姿がどんと見えたときは感動しました。山に囲まれた地形で、山に生かされている場所なんだなって感じましたね。」
みんなで守り、育みつづける鶴岡の食文化
マツーラさんは、鶴岡で生まれ育ち、そのあと上京。以降は山形と東京を行ったり来たりしながら活動を続けています。
「普段は東京で暮らしているので、毎年冬の時期になると母から鱈を買い付けてもらい、鶴岡から送ってもらいます。料理はダイレクトに五感に訴えるものです。東京でどんがら汁を振る舞うことは、地元であればふるさとの味を呼び覚ましますし、鶴岡に行ったことがない人には、郷土の雰囲気を感じてもらえるものとして最適なものだと思います。」
一度外へ出たからこそ、立ち現れてきた地元の良さ。特にマツーラさんの心を打ったのは、食の豊かさの背景にある山伏をはじめとする自然と人間との関係性でした。
「地形のせいもあると思いますが、自然と人間がとても近い感じがしますね。山形は東の奥参り、西の伊勢参りと呼ばれるほど山に対する信仰心が昔から根付いていた土地でもあります。
奥参りというのは、出羽三山のことを指しています。出羽三山は、山伏修験の場所としても知られる霊山で、鶴岡にはその信仰が今も息づいています。星野さん(*1)によると、山伏とは何かと何かの間を繋ぐ人。山と村、神と人、生と死など、その間を司る存在なんです。出羽三山から日本海までの豊かな自然を敬い、ともに生きていく。庄内の人たちには、そうした精神性があるんだと思います。」
(*1)羽黒山で修行をしている山伏の星野文紘さん。
■参考:山形県庄内の暮らしを考える「庄内ここ未来会議」で交わる、風と土の人
こうした土着の文化が、今でもきちんと残っているのは、庄内の外と中の人が相互的にその魅力を抽出し、高めていったからかもしれません。
「地産地消イタリアンレストラン『アルケッチャーノ』が、全国的に有名になったことがひとつのきっかけですが、食の分野で意識の高い人たちとの交流も増え、地元の人たちの間で在来野菜や郷土料理など、この地で育まれた食文化をもう一度見直そうという意識が生まれました。その結果の象徴として2014年12月にはユネスコから鶴岡が食文化創造都市に指定されるなど、対外的評価もどんどん高まっています。」
庄内という場所だから生み出せる味や手間暇は、決して目の前の食べ物だけではなく、その後ろに脈々と広がる山形という地形、そこで生きた人たちの長年の知恵と生活が染み込んでいます。「庄内プレート」は、その物語と歴史をつむぐ、ひとつの例のように思います。
お話をうかがったひと
マツーラ ユタカ
物書き料理家。金子健一とともにフードユニット「つむぎや」として活動。「食を通して、人と人とを、満ち足りたココロをつむいでいく」をモットーに、和食ベースのオリジナル料理を、雑誌、イベント、ケータリングなどを通して提案している。「らく麺100」「和食パスタ100」(共に主婦と生活社)「あっぱれ!おにぎり」(金園社)など著書多数。最新刊「ヌードルメーカーでもっとおいしい!生麺レシピ」(マイナビ)
■つむぎや公式サイト