レトロ? 不気味? かわいい?
それを見るひとの感想は、十人十色。東北地方の温泉街の土産物品として、静かに継承されてきた「伝統こけし」。素朴なシルエットと顔立ちから、癒しを感じるひともいれば、近寄りがたいと感じるひともいる、不思議な民芸品です。
また、多くの人びとの記憶に鮮烈に残っているであろう、3.11の東日本大震災の際、こけしの生産地である東北は、大きな打撃を受けました。
こけしと、その生まれ育った土地である東北への応援と希望を託し、生まれた雑誌が「こけし時代」です。
東北を応援するこけしマガジン「こけし時代」
こんな時代に、こんな時代だからこそ、東北を応援する雑誌「こけし時代」を創刊しました。元来東北にあった木のぬくもりあふれるこけしの笑顔「KOKESHI SMILLE」こそ、今、最も必要な時代、こけし時代ではないでしょうか。
本誌内容は、旅とこけしと温泉の憩。取材は、現地、現役、現在進行形の三現主義。こけしの産地を徹底現地取材し、現役工人の仕事場風景と、旅情誘う温泉宿、お土産、郷土菓子、喫茶店、こけし産地の写真風土記として、旅好き、温泉好き、鉄道好き、民芸好き、こけしファンのみならず、写真集ファン、忘れ去られたものファンや、郷愁ファンにも愛読してほしい大人のみる写真絵本です。(「こけし時代」創刊のご挨拶より)
11系統に分かれているこけしを、一冊一系統にしぼってスポットを当て、特集を組む、ノスタルジックな雰囲気の雑誌。震災が起きた2011年から始まった「こけし時代」ですが、編集長を務めるのは、写真家であり詩人の沼田元氣さんです。
震災から4年経った今、生き方、暮らし方に大きな変化の波が起きるなか、雑誌「こけし時代」が謳う“こけし時代”の行方はいかに。
沼田さんに、お話をうかがいました。
写真集であり、おみやげであり、旅雑誌
── はじめに沼田さんが、こけしに着目した理由から教えてください。
沼田元氣(以下、沼田) 私の母がロシア生まれなのですが、自宅にマトリョーシカがあって、小さい頃から遊んでいたそうです。だから、私にとってマトリョーシカは、昔から身近な存在でした。その後、マトリョーシカのルーツを辿ってみたら、じつは原点は七福神の組子式こけしだったということを知って、興味がわいたんです。
沼田 2009年には、鎌倉に「コケーシカ」というお店を開き、マトリョーシカとこけしを販売する、日本とロシアの交流の場をつくりました。東北の工人さんがつくったこけしはもちろん、こけしの形をしたマトリョーシカを「マトコケシ」、マトリョーシカの形をしたこけしを「コケーシカ」と呼んで、日露がコラボしたオリジナルのこけしとマトリョーシカを置いています。
お店を開いた目的としては、日露文化交流と、都会と東北の交流。「こけし時代」も、そこに掲載されているこけしも、すべて「コケーシカ」で買うことができます。
── 「こけし時代」は、東北復興の思いもこめたと、誌面で読みました。
沼田 こけしブームが来たのにも関わらず、東日本大震災が起き、現地に住んでいる工人さんたちも、大打撃をうけました。支援したいと思えば、義援金を送ったりボランティアに行ったり、方法はいろいろありますが、私たちだからできる方法を探して、「こけし時代」という雑誌を発行するという結論に行き着きました。
沼田 店舗である「コケーシカ」は、それ以前より伝統こけしを売る店ですが、ぜひ東北へ足を運んで現地で、こけしの作者である工人たちから買ってもらいたいと思っているんですよ。そうした関心を持ってもらう役割として、メディアである「こけし時代」を刊行したわけです。
── 「こけし時代」は、こけしの良さだけではなく、東北という地域にもスポットをあてているのですね。
沼田 一見こけし専門誌のように見えますが、じつは「こけしにまったく興味がない」という人が、おもしろいと感じられる作りにしています。
写真集でもあり、旅雑誌でもあり、温泉雑誌でもあり、おみやげ雑誌と言ってもいいかもしれません。「こけし時代」を見て、東北へ旅に出たくなるような雑誌づくりを目指しているんです。
でも、あんまり充実させると読んだだけで旅に行った気になってしまうから、それは気をつけていますけれどね(笑)。
── 各号には、ハンカチや手ぬぐい、CDなど豪華な付録がついているのも印象的です。
沼田 付録は、雑誌の大きな楽しみの要素です。破損や荷崩れの問題もあるから本屋さんでは、あまり好まれないのですが、昔の雑誌は、5大付録とか10大付録付きということもありました。そういう雑誌で育った私が、幼心に感じたわくわくを「こけし時代」でも再現したいと思って。だから、手売り、直売、産地直送ということも、こだわっているんです。
こけし時代は、終わらない
── 「こけし時代」という名前は、3.11の震災以降の時代を象徴してるんでしょうか。
沼田 それもありますが……昨今使われている「こけしブーム」というものに、なんとなく違和感があるんですよね……。
── 「こけしブーム=こけし時代」ではないということですか。
沼田 真逆ですね。今は、だいたい第三次こけしブームと言われています。昭和15年くらいに第一次、第二次が昭和30年代から40年代にかけて興ったといわれていますが、ブームに振り回されると、一時期だけ大量にこけしが売れて、突然パタッと売れなくなる、という現象が起こるのです。流行が過ぎると売れなくなるから、工人さんも作らなくなってしまい、結局辞めてしまいます。
でも、こけしはブームで終わるようなものではないんです。ブームというのは、非常に短いスパンで人気が上下します。こけしは、そんな短期間ではなく、10年、100年と愛されるものであって、人々のなかにそれぞれこけしの「時代」をつくるものなんです。
こけしへの愛はプラトニックとナルシスティック?
── こけし好きなひとたちは、そもそもどうしてこけしに惹かれ、ブームと呼ばれる波ができると思いますか?
沼田 以前「こけし時代」で、こんなキャッチコピーを書いたことがあります。
「男のこけし道楽はプラトニック、女のこけし愛はナルシスティック」
どういうことかというと、男の人は、こけしに初恋の人の面影を見て惹かれるのではないか、という意味です。どうしてそのこけしが好きかって、やっぱり好きな人と重なるからだと思うんですね。
沼田 一方、女性は小さい頃からおままごとの相方として、こけしと遊んできた。そのため、こけしは自分の鏡のような存在なのではないかと思っています。だからか、こけしを買われたお客さんと、そのこけしを見ると、どことなく似ていることが多いんです。
── 自分や好きな人の面影を、こけしに見出すから惹かれるのですね。
沼田 そうです。こけしは、温泉街のお土産品だったと同時に、子どもたちのおもちゃでした。ゆえに、ただのモノではなく、スピリチュアルな人形なのです。
沼田 いろんなものが簡単に、たくさん手に入る時代で、何にお金を使うかを考えるのはとても重要なことだと思います。そんななかで、こけしは、作るのにも手に入れるのにも手間と時間がかかる。でもだからこそ、旅をして思い出を共にしてきた自分の元に来たこけしへの愛着も、ひとしおです。
そういう意味で、こけしと出会ったときの風景や工人さんの手仕事の様子、こけしが生まれた東北の風土を、生身で感じられることにこそ、こけしとこけしとの旅の価値があるんじゃないかと思うんです。
── 目の前のこけしそのものだけでなく、その背景までも、こけしの魅力ということですね。
沼田 一番大事なのは、やっぱり旅をして、こけしと出会うことだと思います。
こけしは全部で11系統あり、こけしの知識は本気のマニアたちは、当たり前に持っています。でも、専門家でもマニアでもない普通の女の子が、「コケーシカ」に来て、ずうっとこけしたちの前に立って、こけしからの声を聞きながらを選んでいる姿を見ていると、そういう知識だけでは測れない魅力があるんだと思いますよ。こけしから「私を連れて帰って」という声を聞く瞬間があるわけです。
沼田 今は、イベントやインターネットで、こけしも簡単に手に入るようにはなりました。どうやって買うかは、それぞれの自由ですけれど、東北の風土を感じながら温泉を巡ったり、こけしの作者との交流をしたり……そういう、こけしを巡る旅のなかで出会うこけしは、一生の宝物なんです。
ブームが去ろうがなんだろうが、出会いと運命は、誰にも邪魔できないものです。
こけしと共に日本と世界へ
── “こけしの時代”が長く続くためには、雑誌をつくる以外にどんなことができると思いますか?
沼田 ツアーを企画しています。じつは、ロシアのマトリョーシカ工場見学ツアーは、読者や「コケーシカ」のお客様といっしょに行ってきました。まったく観光地ではないから、現地の人たちは日本人がたくさん訪れて、驚いているようでしたけどね。
沼田 東北への旅企画は、まだ実現していませんが、いつかロシアの方々をこけしのふるさとの東北へ招いて、こけしツアーもやりたいなと思っています。
── 「こけし時代」で伝えたい世界観を、実際にツアーで形にしていらっしゃるんですね。
沼田 もともと、こけしとマトリョーシカを通じて、日露交流をしたいという思いが強くあります。雑誌なら、読んで楽しく、インターネットで告知すれば認知が高まるかもしれません。けれど、情報を受け取ったあと、どうするかは読者次第です。
ですから旅企画のお供として、「こけし時代のこけし旅ノート」という読者が書き込んで完成させるノートを作っています。
沼田 「あなたが作る『こけし時代』」というスタンスで、旅の日記をつけたり、写真や絵葉書を入れられるようなビニールのカバーにしてあったり、買ったこけしの絵を描けるページがあったりします。こけしにまつわる出会いと旅の軌跡を、このノートにまとめておいてくれると、うれしいですね。
── 「こけし時代」は、今後どこへ向かうのでしょうか。
沼田 伝統こけしの産地・11系統をすべて取り上げ終えたら、つぎは、マトリョーシカのフィールドワークの雑誌を始めます。こけしと同様、マトリョーシカにも地域別の系統があるから、それぞれの土地に根付いた作り手や文化から、紹介していく、いわばマトリョーシカ時代です。
雑誌の枠組みを超えて、こけしとマトリョーシカ、東北と東京、そして日本とロシアの橋渡しを続けたいと思っています。
(写真一部提供:こけし時代社 PHOTO BY GENQUI NUMATA © 2015)
お話をうかがったひと
沼田 元氣(ぬまた げんき)
写真家詩人(ポエムグラファー)。80年代に渡米、A・ウォーホールに師事。憩をテーマに写真集他、著作20冊。「憩写真集」「ぼくの伯父さんの東京案内」シリーズ、京都案内、鎌倉案内他多数。現在、鎌倉に街角の憩写真館開店準備中。
この本のこと
こけし時代
価格:1冊1,500円~3,000円(号によって異なる)
販売エリア:特約支店、雑貨店他、通販も可
編集:こけし時代社
写真:沼田元氣
デザイン:こけし時代社
公式サイト:伝統こけしとマトリョーシカの専門店『コケーシカ』
こけしに関する記事はこちら
- こけし工人 梅木直美さん – 「こけしほど恵まれた商売はない」と言う父の背中を追って –
- 顔のない、しなやかなこけし。松田弘次工人の「南部系 キナキナ」
- たっぷり、どっしりした早坂利成工人の「鳴子こけし」
- 遊び心と愛嬌あふれる、山谷レイ工人の「津軽こけし」
- 細く長く好きでいて。紅茶とこけしのお店「西荻イトチ」の伊藤ちえさんの想い