住宅地の中に現れる、おとぎ話に出てくるような、白いおうち。西荻窪で開店25年目を迎えるお花屋さん「エルスール」は、昔から変わらず、オリジナルの世界観を守り続けてきました。
「白いお花が大好きで、クローバーが花との関わりの原点」という店主の渡辺邦子(以下、渡辺)さん。ガラス戸から差し込む光を受けて、いくつかの白いお花がまぶしく揺れる「エルスール」は、渡辺さんが言う「少女に戻れる空間」を見事に体現していると言えます。
明かりがついているだけでホッとする花屋
長年お店を構えているため「お花屋さんといったらエルスール」という常連さんも多いお店。一見、メルヘンチックな外観から、いらっしゃるお客さんは女性が多いのかと思いきや、若い男性のお客さんも最近増えてきたといいます。
「どういうきっかけであれ、お花に興味を持ってくれる若い男性が多いのは、とてもうれしいですね。最近は、お花屋さんのバリエーションが増えてきたからか、若い人も手軽にお花を買うことが増えたように思います。」
「私たちのお店ができたのは今から25年前ですが、その頃はバケツに束ねた菊や百合を入れて露店のようにして売る、昔ながらの花屋さんが多かったためか、自分たちの好きなお花を好きなように売るスタイルで、お店づくりをしているところは珍しかったんです。」
エルスールが特別なのは、なにもその見た目や雰囲気だけではありません。
今は街灯があり夜でも明るいですが、昔は暗がりにエルスールから漏れる光が、夜道を照らしていたといいます。その明かりを見て、疲れて家路に着く人がホッとしたという声をいただくこともあったそうです。
「べつにお花を買っていただかなくてもいいの。でも、そこに暮らしているひとたちと共にあるって、モノを提供するだけじゃなくて、ちょっとした安心感を与えてあげられることが、商売をやっている人の大事な役割だと思いますよ。」
白は物語をつくる色
「エルスール」のこの世界観の基盤にある色は、白と緑。淡い白からまぶしいくらいの白、ちょっとマットな白や透明感のある白まで、さまざまな白いお花がお店のあらゆるところに並んでいます。
「白は物語をつくる色」とおっしゃる渡辺さん。たしかに、生まれたてのあかちゃんは白いタオルに包まれていることも多いですし、結婚式には女性は白無垢やウエディングドレスを着たり、お葬式は白い柩(ひつぎ)に入って死を迎えます。そうした人生の節目に、白というのは欠かせない色なのです。
「白は、使いこなすのが難しいんですけれど、主役にもなるし脇役にもなれる色です。そして、白と一番相性がよくて互いの魅力が引き立つ色が緑だと思っています。お花を選ぶとき、白を殺さない色のお花かどうかをきちんと見極めていますね。」
渡辺さんが育った家の近くには、大きなクローバー畑がありました。あの頃に見た青々とした緑の葉と、白い花のクローバーが渡辺さんの花のある暮らしの原点だといいます。
楚々とした花を暮らしのなかに
「エルスール」は、西荻窪の駅から歩いては行けますが、少し離れた住宅街にあります。こうした立地も、渡辺さんがお店を出すとき駅前の喧騒を避け、気に入ってもらえた人に何度でも足を運んでもらえる、流行や人の流れに左右されないお店にするためだったといいます。
それは、渡辺さんのお花に対する考え方ととても似ているものがありました。
「豪華な花束や花壇もいいけれど、私は楚々としたお花が好きなんです。生活の邪魔をしない、静かに暮らしに溶け込むものがいいですね。だから、お気に入りのお花を一輪、テーブルに飾るとか、それくらい力の入っていないものがちょうどいいと思います。」
手軽でおしゃれなお店が増えたことから、お花を買うことは身近になりましたが、お花を楽しむ、ということになるとまた別もの。渡辺さんは若いお客さんの来店をとても喜びながらも、買うことで満足してしまう傾向があるのではと、苦言を呈します。
「お花は枯れますから、段階的に楽しむということができるのに、それをしない、楽しみ方を知らない人が多いように感じますね。いつまでもあると思っているほうがおかしいと思います。お花にあれこれ装飾をつけたりアレンジをするんじゃなくて、お花の栄枯を楽しむっていうのかしら。枯れたお花だからできることとか、にじみ出る味だって、きっとあるはずですよ。」
お花に費やす時間は、たった5分でいい
手に入れることで満足してしまうのではなく、継続的にお花と付き合うということ。それは、生活の一部にお花のための時間が生まれるということでもあります。
自分のことでいっぱいいっぱいになるのではなく、5分だけ、お花の水遣りに時間を費やしてみる。お花とともに過ごす時間が短くても、続けることでお花との時間がだんだんと自分と向き合うことにつながるのだと、渡辺さんは言います。
「ふだん、日常生活でストレスを感じることなんて、いくらでもありますでしょ。でも誰も助けてくれないし、自分で自分を律しなきゃいけない。そういう時、お花の水遣りとか手入れをする時間は、自分を見つめられる時間でもあります。そうして、ストレスを少しずつ、無意識に浄化してくれると思いますよ。」
「今はいつでも誰とでもメールや携帯電話でつながることができるけれど、そのつながりを5分間だけ断つ、連絡を取らない勇気、携帯を見ない勇気が、心のゆとりを生むと思います。それに、そういう時間は自分で意識的に作っていかないとダメよ。」
テレビを見る5分を、お花と過ごす5分に変えれば、手間のかかる暇つぶしが、無意識のうちに心の安らぎを生んでくれる。豊かな暮らしはそうした小さな積み重ねによって、やっと手に入ります。即席のできあいのもので満たされるのではなく、25年間お店を構えてきたエルスールだからこそ、今や唯一無二の世界観を生み出し、積み重ねの大切さを体現しているように思います。
渡辺さんに、開店して25年目を迎えるエルスールの今後をうかがうと「流行り廃りとは関係ないところでやっていきたい」と話してくださいました。
いい意味でワガママに、そして頑固に守られ続けてきた世界で、人と人とをつなぎもするし、じっとひとり自分自身を見つめる時間も作り出してくれるお花。今日も誰かの心をそっと、安らげているのでしょう。
お店の情報
Elsur(エルスール)
住所:東京都杉並区西荻南3-4-6
最寄駅:JR中央総武線「西荻窪駅」
電話番号:03-3247-5359
営業時間:10:00~20:00
定休日:無休
公式ページ:Elsur公式サイト
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