2011年冬。皮のなめし商店や布の資材店、玩具問屋が連なる蔵前に、つくり手の想いにすっぽり包み込まれるような、衣食住の暮らしに根付いたものづくりを行っている salviaのショールーム兼アトリエは幕を開けました。
柔らかい光と風が差し込み、 隅田川を一面に見渡せる真っ白なアトリエには、時間の流れを感じさせない何かが漂います。
その正体はなんだろう…と心の片隅で考えながら、salviaで働く篠田由梨子さんに、お話を伺いました。
「つくる」「届ける」を応援したい
—— はじめに、salviaさんが現在、主におこなっている活動についてお教えください。
篠田由梨子(以下、篠田) salviaがオープンしたのは、雑誌の装丁やアートディレクションを手がけていたデザイナーのセキユリヲが趣味の延長として行っていたものづくりがきっかけでした。
それまでは本業の合間におこなっていたのですが、2008年頃から新潟の靴下工房さんとのお仕事をきっかけに、salviaの活動が広がっていきました。
篠田 現在は、オリジナル図案をもとに伝統工芸や地場産業など、ものづくりにこだわりのある職人さんたちの元に足を運び、相談を重ね、職人さんと協力しながら自分たちが良いと思うもの(靴下や、ハンカチ、ブローチやストールなど)を作って、全国の雑貨屋さんで販売しています。
また、そういったものづくりの過程や職人さんの声をより届けるために、『季刊サルビア』を年に4回発行しています。
—— アトリエを蔵前に構えられたのは、どうしてですか? この土地に特別な思い入れがあったのでしょうか?
篠田 もともと蔵前に限って場所を探していたわけではありません。中央線沿いなども見て回りましたし、以前の事務所は外苑前にありました。
蔵前は昔からものづくりの土壌があったため、資材屋さんも多く、欲しいものがすぐ手に入る環境があります。私たちのように小さな規模でものづくりをしていくには、とても便利な場所なんです。
あとは浅草と浅草橋が賑やかな分、蔵前はわりとゆったりしていて眺めの良いこの物件が気に入り、人のつながりもあって、ここで始めることになりました。
—— salviaさんのように、若手で、ものづくりに関わる人たちが蔵前に増えている印象を受けますが、ご近所さん同士で関わる機会もありますか?
篠田 そうですね。ここに越してから、横のつながりができました。日々離れて活動していますが、何かあればお互いに頼ったり、声を掛け合える。なんというか、ひとつの大きな商店街のような、ご近所付き合いの距離感が心地いい町ですね。
近隣のお店と一緒に、「月イチ蔵前」というイベントを開催しているんですが、そこに来るお客さんも何度も来ているから顔見知りになって、そこで仲良くなった方もいらっしゃいます。salviaのものにも、積極的に意見をくださるので参考になりますね。
—— いろんなことが自然発生的に起こっている感じですね。そうなると今後は「月イチ蔵前」を通じて、もっと蔵前を盛り上げていこう!という感じなのですか?
篠田 各々が小さな規模で行っているので、イベント自体は肩の力を抜いて、参加してもしなくても、長く続いていけばいいかなと思っています。緩やかにつながって、みんなで楽しんで、それで町が発展していったらすばらしいことだと思います。
この場所を通して蔵前の面白さや日本の作り手のことを発信していったり。訪れる人同士も繋がっていき、作り手同士でもあたらしく何かをしていける場所になれたらいいですね。
—— ものづくりの土壌がある蔵前だからこそ、自然とsalviaさんがものづくりをする人を育てていったり、つなげていったりする拠点になるのかもしれませんね。
篠田 salviaでは、ものづくりと並行して、町の雑貨屋さんを応援したい!というコンセプトがあります。というのも、都市部を中心に大規模な商業施設ができることによって、個性のある小さな町の雑貨屋さんがどんどん消えていくのを目にしていたからです。私たちはそこを応援したいと思いました。ですから、salviaの商品を通して、日本の職人さんの「ものづくり」へのこだわりと共に、いろいろな雑貨屋さんを知って頂きたいです。
—— コンセプトに書かれていた「古きよきをあたらしく」。ことわざみたいで耳馴染みがとても良いなぁと思いまして。古くて良いものを、あたらしくする必要性について詳しく伺ってみたいです。
篠田 ものづくりにおいて、すばらしい技術を持っていても、今の時代と感覚や見せ方がズレてしまうことによって、知られずに消えてしまうものがあるということがとても残念でした。
篠田 20年30年と日々ものづくりを続けている職人さんにとって、今の人がどんなデザインを求め、どんな風に見せて、伝えていけばいいかはわからない場合も多いように思います。
私たちはデザインはできても実際にはつくれないので、すばらしい技術をどんな風に見せて伝えていくか。。そこの部分をお手伝いしていければと思っています。
やっぱり最後は人の手。見えない部分を伝えていきたい
—— salviaさんが考える「良きもの」とはどんなものですか?
篠田 作っているものを見ると、「やっぱり人なんだな」と思います。例えば刺繍屋さんが作ってくださったこのブローチにも、裏側の見えないところまできれいに仕上げたいという心遣いが行き届いています。人が愛情をもって作っていると、そのものにしみ出てくると思います。
私たちが職人さんとものづくりを始めた頃は、まだまだ知られていないことがたくさんありました。現在36号まで発行されている『季刊サルビア』も、職人さんのものづくりしている姿や、完成品ではわからない裏側まで知ってもらいたいという思いから始まっています。
「salvia」の取材をしていくと、本当に細かいところまで人の手が行き渡っていることに気付かされます。そして、ものづくりの基盤を支えているのも、つくったものが届くところまで「すべて人の手によるものなんだなぁ」と感じます。こういう背景まで、伝えていけたらいいですね。
がんばって続ける、のではなく、自然と続いていくのが理想の関係
—— 職人さんとのお付き合いでは、salviaさんの表現したいものを、すんなりと受け入れてもらえましたか? ベテランでこだわりが強い職人さんというと、方向性を擦り合わせていく過程で難しい部分もあったのではないかなと。
篠田 職人さんは技術的にも見た目にも、よりきれいで完成されたものがいいと思われているので、あえて「少し乱したラインを出して欲しい」などとお願いすると「本当にこれでいいのかい?」と困惑されてしまうことはよくありました。
でもお付き合いを重ねていく中でだんだんと「salviaさんはこういうのがいいんでしょ?」と分かり合えるようになっていくのでありがたいです。
—— とてもいい関係性ですね。そうするとやっぱり一回限りではなく、継続的に職人さんと一緒にものづくりをしていきたいと思われますか?
篠田 そうですね。続いていくのが理想です。でも続けていくのがいちばん難しいかもしれません。いろんな工房さんや工場さんを訪ねていると、みなさん60代70代の方が多くて、10年後どうなっているのかなぁと考えてしまうこともあります。
篠田 関西でひとりでこつこつ靴下をつくるおじいさんがいて、「死ぬまで靴下をつくり続けたいんだよ。」というお話を聞いたときは、今はとってもお元気だけど、先のことを考えると心配にもなってしまいました。
きっとこれからの10年くらいで、途絶えてしまうものがたくさん出てくるのではないかなと。
—— ちょっと暗くなってしまいましたね……。でもsalviaさんのような存在を通じて、そういった裏側まで知らせていけるといいですね。
篠田 本当に。知ることはまだまだたくさんあります。ささやかですがこれからもちょっとずつ、伝えていくことを継続していきたいです。
取材後記
「続いていくのが理想でも、続けていくのは難しい。」この言葉は何年にも渡り、直接職人さんたちと向き合ってその現状を知っている篠田さんだからこそ、伝えることができる言葉なのだと思います。そしてそんな篠田さんでも、知っていくことはまだまだたくさんあるといいます。
salviaさんの空間が、時間の流れを感じさせない理由はきっと、これまでとこれからの間を行き来するように、ものづくりをされているからなのでしょう。おぼろげな時間軸の中で行ったり来たり、常に変化し続けながら、「古きよきをあたらしく」。呪文を唱えるようにして新たな形でこれからにつなげていく。新しいばかりでは頼りなく 、古くても愛情のこもった良いものでなければ意味がない。その丁度いいバランスを探り当てながら、変幻自在にかたちを変える。それがsalviaさんという活動体の正体なのかもしれません。
話の端々で席を立ち、職人さんが作られた一つ一つの品物 や、関連する季刊salviaをテーブルに広げて見せてくださる篠田さんの姿から、そこに詰まった想いが空中に溢れ出し、光の差し込むその部屋は暖かく優しい時間に包まれました。
お話をうかがった人
篠田 由梨子(しのだ ゆりこ)サルビア 企画スタッフ。2007年よりサルビアの活動に関わり、商品企画や運営をはじめ、サルビアに関するあらゆることを担当。日本各地の工房や工場とのものづくりに楽しさを感じながら、そのおもしろさを広める活動に魅力を感じている。
このお店の情報
salvia 【サルビア月いちショップ】
住所:東京都台東区駒形2-1-8 楠ビル302
電話:03-6231-7795
最寄駅:大江戸線・浅草線「蔵前駅」
営業日:毎月第1土曜日のみイベント形式でオープン
営業時間:11:00~16:00
公式HP:salvia
書いたひと
中條 美咲(なかじょう みさき)
昭和64年1月3日生まれ。2014年 暮らしの中で出会ったものや人、そこから感じたことを文章で伝えていきたいと思い「紡ぎ、継ぐ」というブログを始める。” 見えないものをみつめてみよう。” ということをテーマに、書くことを通じて多くの出会いに触れながら、感じる力を育てていきたい。現在は「灯台もと暮らし」と「大人すはだ」にてライターとして活動中。
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