「灯台もと暮らし」では、たくさんのものづくりをしているひとたちに取材をしてきました。
彼・彼女の手のひらから生み出されるのは、紛れもない一点ものばかり。どれもつくり手の思いが吹き込まれ、分身のようでした。
唯一無二のモノを生み出すその動機も、本当に様々。
伝統を守りたいという使命感を持つひと、つくることが好きで好きで気づいたら仕事になったひと、お客様が求めてくれるからつくり続けたいと思うひと──。
わたし(編集部・立花)が北海道下川町で出会った「森のキツネ」こと河野文孝さんも、家具作家さんです。
下川では河野さんのことを「キツネさん」と呼ぶひとがいたり、ご自身は自作のバードコールで鳥たちと会話ができたり(!)はたから見ても、動物と人間の間の世界を生きておられるなと感じます。
そんな河野さんの「ものづくり」は、どんな思いに突き動かされているのかを聞いてきました。
ものづくりが“自己完結”できる理想の環境
下川に住み始めたのは、2年くらい前。自分が暮らす町の木で、ものづくりがしたいと、ずっと思っていました。
下川では、森から伐り出した木を町内で製材して乾燥までできる。この人口規模の町で、そこまで環境が整っているのはとても貴重です。
どうしてものづくりをする環境にこだわるかというと、自己完結したかったから。
自己完結というのは、モノがつくられる流れや背景が僕の目の届くところにある、という意味です。家具職人として修行していた会社で、その大切さを学びました。
ふだん何気なく使ってるものでも、どうしてその価格なのか、どうやって僕の手元に届いたのか、すごく不透明なものが多い。モノの背景が分からないなままだと、お客様に自信を持って届けられないなと思ったんです。
ただモノをつくって売るだけなら、製材を町外に発注したり、外国産の木材を使ったりした方が簡単だし安いと思います。
でもコスパのいい不透明なものづくりより、多少コストがかかっても自分で納得できる仕事がしたかった。自己完結できる環境を探していたら、下川を見つけました。
暮らしを“診療”する「家具乃診療所」構想
今つくっているのは、ほとんどが特注品の家具です。
僕の商品は、少品種・多樹種。型の種類は少ないけれど、樹種を選べるということです。
例えばテーブル一つとっても基本的に形は正円と四角の2種類のみ。その代わり、天板と足はカエデ、セン、ナラ、クルミなど自由に好みの木の種類を選べるようにしています。
木の種類によって、色も木目も触った感じも、全然違うんです。
これからますます機械の精度が上がっていくだろうし、安くていいものが安定して買えるのは、すばらしいことだと思います。
ただ、人間の僕だからできることってなんだろうということは、ずっと考えていて。そうしてたどり着いたのが、好みの木をお客様に聞いて、その木で家具をつくるというアイディアでした。
あともう一つ思いついたのは、家具の修理。ただ修理するのではなくて、ライフスタイルや好みを“診療”して、長く使えるように手を加えるという方法です。
以前から、オーダーメイドの椅子を、人間工学に基づいてつくりたいなと思っていました。体の寸法を測れる可動式の椅子で、座り心地を記録したり、家具の好みや暮らしぶりもヒアリングしたりして家具づくりにまつわるカルテをつくるんです。
おもしろそうじゃないですか?
カルテや診療のアイディアを思いついた時、ゴミ処理場で雨ざらしにされた家具の山のことも頭をよぎりました。捨てられた家具が、最後に重機でつぶされるのが、毎回耐えられなくて。吐き気がするんですよね。
でもその様子を見ながら「もしかしたらこれらの持ち主は、本当は捨てたくなかったけれど捨てざるを得なかったのかもしれない」と思って。
不要だから捨てるのは仕方ないし、もう使わなければリサイクルショップに売ることもできます。でも、本当はまだ使うのに引っ越しとか家族が増えたとかで手放さなくちゃいけなくなったのだとしたら。
僕なら、木のことを紹介したり、好みに合わせた樹種を選んだりしながら、家具を長く使いたいひとのお手伝いができると思ったんです。
そうやって家具を手直しできる場所を探していたときに、ちょうど空き家を見つけることができました。もともと診療所だった所で、僕がやりたいこととも重なるなって。
あとは「診療所前」というバス停があるんですが、もしここで家具の診療をする場所をつくったら「マイバス停になるな」って(笑)。
タイミングよく、ちょうど空き家になってすぐ買い取ることができたから、ここで「家具乃診療所」っていう、新しい工房兼ショールームをつくろうと決めて、動き出しました。
言葉は嫌い。でも「診療する、話を聞く」その理由
「家具乃診療所」では、お客様自身で樹種を見て、どれを家具に使うか選んでいただこうと思っています。同時に、僕がお客様の雰囲気に合った樹種を選んでものづくりもしたいなって。
お客様に「私をイメージした木でつくってください」というオーダーを受けたこともあるんですよ。ご自分が思っている自分のイメージにあったりあわなかったりするから「ちょっと違う」って言われたりもしたけど(笑)。そういう時は「僕から見たもう一人の貴方だから」と伝えます。
そのひとと何を話したかも大切だけど、どんな雰囲気だったかを記憶していることの方が多いんです。例えば「これは日当たりが良くて傾斜がない、環境が良いところで育っているから木目がそろってる素直な木ですよ」とお客様に伝える。そのときの会話でどんな反応をするかを見て、何の樹種でつくろうか考えることもあります。
お客様の雰囲気や話の内容を聞いて、キーワードがいくつか頭に残る。それを思い出しながらものづくりをするのがとても楽しいんですよね。
僕、いろんなことをお客様に伝えたいからたくさん話しちゃうんだけど、言葉を信頼しているわけじゃなくて。
むしろ、言葉は好きじゃない。僕が伝えたことが僕から離れてしまうから。
言葉が相手の物になっちゃうんですね。どう受け取られるか、僕ではわからない。思ったことではないことも伝わってしまうかもしれない。
言葉にしたとたん、思いが型にはめられるような気がして。
だから言葉を介したコミュニケーションよりも、ただ単純に相手がいるところに自分という存在を置いても、相手が嫌がらずに楽しそうにしてくれる、お互いに好きなんだなってことがわかる状態が、すごく心地よくて、僕にはクリアに感じられるんです。
動物が相手だと、その感覚はより強くなります。彼らは彼らの意思だけでそこにいるし、言葉を使わないから、僕はお邪魔させてもらっている側。
だけど僕は人間だから、ひとと会ったら話をするし、何かをやろうと思ったら言葉を使わなきゃいけない。そのときは自分が嫌になるけど(笑)。
でもものづくりをしているときには、言葉はいらない。お客様を連想させるキーワードはいくつか思い浮かぶけど、それはヒントでしかなくて。
だから、お客様から受け取った言葉や雰囲気について、僕が感じたことは、つくったもので表現して伝える。
自分のことは置いておいて、相手が何を考えているのか、知りたいと思いながらいつもものづくりをしています。
取材:くいしん
文:立花実咲
写真:小松崎拓郎
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