品川生まれの品川育ち。一度は地元を出たけれど、今は品川へ戻り暮らしている、玉井香織さん。DIYやコーディネーターを生業とし、その作業場・アトリエとして「ハレルヤ工房」を品川に構え、活動しています。
長いあいだ、品川というまちで暮らしてきた玉井さんのお話をうかがっていると、DIYやリメイクをする視点と、まちの性質の、意外な共通点が浮かび上がってきました。
一度は飛び出した地元へ、また戻ってきた理由
── あちこちにおもちゃや端材がありますね。とても気になるのですが、まずはじめに「ハレルヤ工房」さんが、どんな場所なのか教えていただけますか?
玉井香織(以下、玉井) 平成22年2月22日の、ぞろ目にオープンした工房です。以前から、テレビ番組のアシスタントの仕事をしていたんですが、自分の場所で、制作したものや考えていることをまとめて、発信する場所が欲しいなと思って、ここに決めました。
この地元の北品川の、虚空蔵横丁を、通学路で毎日前を通っていたのですが、もともとこの場所は建具屋さんだったんです。よくご主人が作業しているのを小さい頃から見ていて、自宅の食卓を作ってもらったこともありました。
けれど私がちょうど場所を探していたころ、ご主人が亡くなられて、空家になったと聞いて入居させていただいたんです。
── ご近所さんの自宅を改装して、工房にされたんですね。なぜ地元の品川で工房を開いたのですか?
玉井 若い頃はね、このまちが窮屈で「もうやだ!」と飛び出したこともありました。実家がお寺なんですが、デザインの勉強をしたいと思ったときも、家業のことが頭から離れなくて一人で勝手に縛られていた気がします。でもDIYのことについて勉強して、ものづくりが楽しくなってきた頃に、地元の良さに気づき、昔から馴染みがある場所が見つかったから、あらためて根付き始めたという感じです。まさに灯台下暗しですね(笑)。
玉井 今では品川、好きですよ。人情が厚いまちですからね。前住んでいた建具屋のご主人が、まちの人たちのためにやっていた仕事を、今は私が引き継いでやることもあります。家の電球が切れたから取り替えたり、家具が壊れちゃったから工具を持って出向いて直したり。
── 地元の方と日常的に関わるお仕事もされているんですね。
玉井 そうですね。もとからあった場所だということも理由だと思いますが、近所の子どもたちがふらっと立ち寄っていったり、おばあちゃんやおじいちゃんが来ておしゃべりしたり、猫や犬まで寄ってくる。人のつながりを作る場になっていると思います。
工房を開くまでは、品川がこんなに人があたたかいところだなんて、知りませんでしたよ。
── 以前、古民家を改装したゲストハウス「Bamba Hotel」の、渡邊崇志さんを取材した際、ゲストハウスの内装も、玉井さんが手がけられたとうかがいました。
玉井 そうなんです。タカさん(渡邊崇志さん)に声をかけていただいて、担当しました。
玉井 よく、リノベーションをするとなると、ほとんど綺麗に変えてしまうということがあるんですが、あの場所は古いものを残しておかないと落ち着かないよね、という話を二人でしたんです。それは品川というまちの歴史と、建物そのものの造りのことを考えて、感じたことなんですが、ただ古いものを古めかしく残しておいてもダメだと思いました。
だから、アメリカのポートランドなどに買い付けに行って、ちょっと質のいい調度品とかアンティークの家具なんかを集めて、バランスをとっています。タカさんは、最初のイメージだけ共有したら、あとは私に自由にやらせてくれましたね。「Bamba Hotel」の担当の設計士さんや大工さんたちも、すごくいい人たちでした。
ポイントは良いところを見抜く力
── リノベーションやDIYをするうえで、大切な視点というのはありますか?
玉井 明確なテクニックがあるわけではないんです。でも、新しいものをゼロから作るのって、とても大変。しかも まだまだ使える資材など捨ててしまうなら、今あるものを活かせたほうがいい。欠点探しをするのではなくて、良いところや活かせそうなところを見抜けるようになるのは、とても大事です。
── 今はモノが飽和状態な時代ですが、そんな中でDIYやリノベーションをする良さは何でしょうか?
玉井 たしかに、かゆいところに手が届く程、モノがいっぱいありますね。でもそういう環境だと、工夫をしなくなってしまうんです。隙間がなくなって、便利だけど不便。
玉井 2011年3月11日の震災のときも、既製品を使うことしかしないで暮らしていたら、ぜんぶ無くなってしまったとき「どうしよう、どうすれば良い?」って動けなくなっちゃう人もいたと思います。でも昔は、もとからモノが無かったから、臨機応変なワザを知っているし、発想の転換ができるんです。
私は、DIYとかリメイクが単なる表面的な変化を生むものだけではなくて、イメージを膨らませる練習だと思っています。だから、日頃からDIYをしていると、壁にぶつかったときも「何がしたいんだっけ?」って立ち止まって「あぁ、そうだ、私はこれが好きだから、こういうふうにしよう」と行動に移せるんです。
── モノを見たり使ったりするときだけでなく、日々の選択にもDIYの視点が活きてくるんですね。
玉井 すぐに諦めちゃうひとは、発想する力が不足しているのかなって思います。私には、「あなたにはこんなにイイところがあって伸びしろがあるのに!」って思えるんです。見方を変えれば、自分自身も変化していきますし、そういう視点がもっと定着したらいいなと思いますね。
綺麗過ぎない、古過ぎないからこそ愛されるまち
── 「Bamba Hotel」も、もとの家の構造を活かしているとうかがいました。それから、畳の部屋にドレッサーがあったり、エキゾチックな柄の絨毯が敷いてあったり、和洋折衷な雰囲気が印象的でした。
玉井 でしょ?(笑) 古いけど新しいものが好きなのは、私が品川で育ったからか、そういう感覚が染み付いちゃっているのかも(笑)。和風だけに偏るのも洋風だけで統一するのも、なんか苦手で。
── 品川も、ビル群が目立つ駅前と、こうした下町風情のあるまちとが混在していますね。
玉井 新しいかったり、きれい過ぎたりすると、人間って意外と落ち着かないんですよ。
新築のお家にお呼ばれすると、なんか落ち着かないわって思っちゃうこともありますよね。清潔感は保ちつつも、古いものは古いままでも手入れをしていればきれいだし、高価なものでなくても質がいいということもあります。そもそも、物が少なくても生活はできますからね。少し不便なくらいのほうが新しい発想に出会えて、自分でもわくわくしちゃう。
玉井 この考え方って、茶道のなかで利休が使った「見立て」という言葉の意味にも近いと思っています。金ぴかで良い道具である必要はなくて、普通の茶碗で良いし、きれいな花をたくさん飾るんじゃなくて、一輪挿しと床に葉を散らすことで間の広がりを演出できる。
私、この「見立て」の考え方が、すごく好きなんです。不便だから既製品を買ってくると、途端に隙間が無くなっちゃって息苦しく感じます。茶室の世界みたいに、足りないけど、ものすごく足りてる空間っていうのは、DIYやリノベーションの技術や視点で担える部分があると思いますね。
── 玉井さんのお話から、品川の良さは「見立て」の視点から生まれてきているのではないかと思えてきました。
玉井 そうかもしれません。ぜんぶ取っ替え引っ替え、新しいものか古いものに統一しちゃうと、そこしか見えなくなってしまいます。だから、下町の品川ばかりを推奨しようとも思わないし、いわゆるビジネス街としての品川も、あっていいと思います。
それから、品川の良さは、手作り感あふれるあたたかなイベントを大人が本気になってしてくれて、大人も、子供も楽しんで まちで起こったことを親身になって考えてくれるところだと思います。このあたりに暮らす人たちは、べつに「品川を熱く盛り上げたい!!」という気合は、ないんです。ただ、一過性の盛り上がりではなくて、じわじわ長く愛されるまちであってほしいなとは、みんなが思っているところじゃないかな。
── 新興住宅地ばかりでも、古民家ばかりでもない、どちらのバランスもとれたまちだからこそ良いんですね。
玉井 完璧だと、疲れちゃうし、壊れてしまいますからね。あと「品川を盛り上げよう!」っていうエネルギーが過剰になると、消えてしまうものもある。だから、「これが普通だけどな」って思えているくらいが、ちょうどいいのかもしれません。
── 玉井さんご自身は、これから地元・品川で取り組みたいことはありますか?
玉井 具体的にコレ!というものではないですが、子どもたちや、もちろん大人にも、イメージを手を動かすことで、思いは形になるんだよということを伝えたいんです。そのためのワークショップやイベントなども、やってみたいなあと思います。
今の学校の授業は、図工の時間でさえ教科書通りにやらないといけないほどなんです。でも、図工に教科書なんて、要らないですよね!? そういう息苦しさを取り払って「やりたいなぁ」とか「もうちょっとこういう風にしたいなぁ」とか、そういう思いを実現するお手伝いをしたいなって思います。
お話をうかがったひと
玉井 香織(たまい かおり)
桑沢デザイン研究所でプロダクトデザインを学び、2年間のアメリカ生活でDIYに目覚める。帰国後、職業訓練校のDIYアドバイザー科を経てNHK番組アシスタント・出版等でスタイリング等をする。平成22年、品川にハレルヤ工房をかまえ以後まちのなかから「おもいをかたちに。」を発信中。「かんたんDIYで、おしゃれ収納」実業之日本社
ハレルヤ工房公式サイト
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