スタジオジブリ宮﨑駿監督の長編映画『風立ちぬ』の主題歌となったことで若い世代にも広く知られた荒井由実(現在の松任谷由実。以下、ユーミン)の「ひこうき雲」。1973年に発売された一枚目のアルバム『ひこうき雲』の一曲目に収録された楽曲です。
タイトル通り、晴れ渡る穏やかな空と風を感じさせるこの曲ですが、実際は「友人の死」について歌われた楽曲だということは知らない方も多いのではないでしょうか。死に関する歌だという事実は、1983年に松任谷由実名義で刊行された書籍『ルージュの伝言』の中で語られています。
この曲の歌詞は、ふたつの死から着想を得て書かれました。
ひとつは、当時高校3年生だった頃に近所で起きた団地の飛び降り心中。この出来事は、世間を賑わす事件にもなりました。このニュースでユーミンはもうひとつの死である、小学校の同級生が高校1年のときに病気で亡くなったときのことを思い出します。
近しいひとの死は多かれ少なかれそのひとに影響を与えますが、ユーミンは「ひこうき雲」の中で、友人を亡くした自分ではなく、亡くなった“あの子”のことを想って、死を肯定的に捉えようとしています。まさに映画『風立ちぬ』の「生きねば」というセリフそのものです。
一定のフレーズを繰り返すベースとドラムのリズムは、まるで人々が淡々と生きる日々の暮らしを表現しているかのよう。誰の身にも平等に降りかかる死というテーマを、こんなふうに死の側から歌うことは、松任谷由実というアーティストが今も愛され続ける理由のひとつかもしれません。