『ソラリーマン』や『スクールガール・コンプレックス』をはじめとする写真集やアイドルのポートレートを撮影する写真家、青山裕企さん。何気ない人間関係を撮っているように思える作品には、ご自身の「暮らし」が反映されているそうです。

アイキャッチ写真:『むすめと!ソラリーマン(中島父娘)』(ダ・ヴィンチBOOKS)

写真家になる原点は「旅」

ソラリーマン
『ソラリーマン 働くって何なんだ?!』(ピエ・ブックス)

── まずは青山さんが写真家になった経緯から教えていただければと思います。青山さんにとって写真は、大好きな趣味だったそうですが、なぜ仕事にすることができたのでしょうか?

青山裕企(以下、青山) ぼくは写真家になる覚悟を、海外を旅していた学生時代に決めました。日本にいる時は、周囲の様子を見て就職活動をしなければならないと思う一方で、本当は写真を仕事にしたかったんです。けれども海外を旅していると、「写真が好きではなくなってしまうかもしれない」「写真を仕事にして生活できるかどうか自信がない」と感じていた不安が、些細な悩みだと思えてきました。

だんだん自分の価値観が研ぎ澄まされていったからです。「写真が好きなら、やるしかないでしょ」って、肝が座りましたね。

── 青山さんが写真家になる原点は旅だったんですね。

青山 そうですね。価値観を明確にできれば自分自身と、そして自分の周囲にいる人を大切にできると思います。

── 青山さんご自身が、日々の暮らしで大切にしていることはありますか?

青山 あまり普段は言わないようにしているんですけど、オフを何より大事に考えています。パッと見は、仕事人間っぽく思われるかもしれないけれど(笑)。人生=仕事ではなくて「人生=生活」ですよね。人間は生活の積み重ねによって形成されるので、良い習慣のもとで生活できている前提がないと、仕事にあくせくしても、人としてダメなんじゃないかなと思います。

── 家庭を大切にしたり、毎日健康的なご飯を食べたりする習慣がないと、仕事が上手くいかないとよく聞きますね。

青山 そうですね。でも自分の生活に意識を向けられるようになったのは、ここ最近かもしれません。仕事中心に回りすぎていた時期も長かったので、このままだとまずいなあと感じて。

── そういう時期があったんですね。

青山 フリーランスの収入面やスケジュールは、常に安定はしません。数年前に写真集がヒットしたことで、生活が変わりました。一般的に見ると、仕事が増えることによって満たされている気がしますが、結果的に家族との生活よりも仕事優先になりすぎてしまって。それでは本末転倒ですよね。

生活の延長線上に撮りたいものが生まれてくる

ソラリーマン
『ソラリーマン 働くって何なんだ?!』(ピエ・ブックス)

── 『ソラリーマン』や『スクールガール・コンプレックス』などのヒットした作品を見ると、何気ない人間関係を撮っているように感じるのですが、いかがでしょうか。

青山 作品なんて言うと仰々しく聞こえるんですけど、自分の生き方や経験など、あくまで自分とつながりのあることを撮影したくなります。たとえば『ソラリーマン』は、サラリーマン一筋で生きてきた父親が病気で亡くなったことをきっかけに、サラリーマンだった父親像を追い求めて撮っています。作品を撮り続けることによって、「父親が生き続けているかもしれない」なんて自分は思っています。

『むすめと!ソラリーマン』で娘が登場してきているのは、将来的に自分が父親になるという意識が生まれることによって、作品が変化しているんですね。じつは、うちの父親は仕事一筋で、あまりオフの生活を重要視しないで生きている人でした。そんな姿を尊重しつつも、ぼく自身はオフの暮らしを土台に生きてゆこうと気づくことができました。

ぼくの妹は、写真家になりたい
写真文集『僕の妹は、写真家になりたい。』(雷鳥社)

── これから撮影してみたい作品はありますか?

青山 うーん、これまで作品として撮影している『ソラリーマン』と『スクールガール・コンプレックス』のどちらも、自分の生き方・考え方をふまえたものをテーマとしています。

だからやっぱり、その延長線上に撮りたいものが生まれるのが自然なんです。そう考えると、新しいテーマがすぐにポンポンとは出てこないんですけど近頃は「人間関係を撮りたい」という思いがより強くあります。

今までは、自分と被写体との関係性を中心に撮ってきました。ぼくと父親とか、高校時代のぼくとクラスの女の子とか。最近では、妹とぼくとの関係性を撮りたいと思って、妹を妄想して……。

── そうなんですよね! もう、騙されてしまいました(笑)。

僕の妹は、写真家になりたい。
写真文集『僕の妹は、写真家になりたい。』(雷鳥社)

青山 自分で自分を騙すくらいの没入感でやっていたので(笑)。もう本当の妹のような気持ちです。そんな関係性がきっと写真に写り込んでいくと思うんですよ。

もし子どもが生まれたら、作品も「子ども」に意識が向くと思います。あえて我が子を撮らずに、別の子を撮るかもしれないですけれど。だからそれは、今後の自分に期待しているところでもあります。実はすでに、親子関係の写真は撮っているんですよ。「お仕事ちゃん」という写真です。

お父さんの仕事場で、お父さんの職場の格好をした子どもが仕事をしている4枚一組の写真です。今はモデル探しがなかなか大変ということもあり、小説新潮の連載を少々お休みいをただいているんですけれど、もうすぐ再開します。

親子関係に表れる、「突き抜けたポジティブさ」とは

── 青山さんは普段からモデルさんも募集されていますね。

青山 そうですね、モデルもなるべく普通の、日常にいるような人がいいと思っています。もちろん『ソラリーマン』のモデルも、普通のサラリーマンです。『むすめと!ソラリーマン』になると、モデルの募集がとても大変です。お父さんが乗り気でも、娘にその気がないと来てくれませんから(笑)。

むすめと!ソラリーマン
『むすめと!ソラリーマン(櫻井父娘)』(ダ・ヴィンチBOOKS)

青山 休日にお父さんがわざわざスーツを着てくれて、父と娘のふたりでこの撮影のために集まってくれることが奇跡だと思っているので、もう本当に感謝の限りです。毎回奇跡に立ち会っている感じが嬉しくて、写真を続けて本当に良かったと思いますね。

── いい親子の関係だから来てくれているんですよね。

青山 そうですね。撮りはじめの頃は、仲がよかったり、時には険悪なものだったりと、親子関係の多様性を撮りたいと思っていました。

そうは言っても、撮影に親子で来てくれる時点で仲がいいに決まっているので、「突き抜けたポジティブさ」を表した方がいいなと途中で気づきました。

── 突き抜けたポジティブさ?

青山 父と娘を一緒に撮る場合、お父さんはとにかく張り切るんですよ。やっぱりお父さんにとっては、晴れ舞台なんだなって。良い意味で異常なテンションというか、ひとりで跳ぶ時よりもエネルギーに溢れています。このお父さんの頑張りを娘が見守っているという構図が「微笑ましい親子関係」ですよね。

── 嬉しくなってきますね。

青山 はは(笑)。こんな娘ほしいなって思ったりもしますよ。

写真とは、自分の「生き様」

『むすめと!ソラリーマン』
『むすめと!ソラリーマン(櫻井父娘)』(ダ・ヴィンチBOOKS)

── さいごに、青山さんにとって「写真」とはどのような存在でしょうか?

青山 写真は自分の生き様ですね。写真は何かを表現しようとするよりも、自然と自分の生き方や思考が表れてくるものだと思います。

だからこそ、自分の生き方や考えていることを「写真家」という仕事に上手く応用していくことが大切です。例えば『彼女写真』は、高校時代にデートをしていなかった経験があるから撮れます。高校の時に幸せなデートをしていたら、その思い出を思い返すことしかできません。でも、ぼくはその経験がない。だから空白になっている自分の人生の中の高校時代のデートを、仕事を通して保管していけます。

もちろんその空白の全ては、死ぬまでには絶対埋まらないです。でも埋まりきらないからこそ、撮り続けられる自信があります。『ソラリーマン』も同じことを感じながら撮っています。故人を撮ることはできませんが、目標はやっぱり「父親を撮る」ことです。

写真家の青山裕企さん

お話をうかがった人

青山 裕企(あおやま ゆうき)
1978年愛知県名古屋市生まれ。2005年筑波大学人間学類心理学専攻卒業。2007年キヤノン写真新世紀優秀賞受賞。主な書籍に『ソラリーマン』『スクールガール・コンプレックス』『吉高由里子UWAKI』『ガールズフォトの撮り方』『僕の妹は、写真家になりたい。』など。公式サイトはこちら。

写真家_青山裕企
公式サイトより引用