東京の電車は、駅と駅の間が2,3分ということがざらです。ですから歩くと15分から30分くらいで隣の駅へ行けることもあります。けれど、隣り合っている駅と駅、区と区が持つ雰囲気は、ゆるやかなグラデーションを描き、まったく違うエリアとしてそれぞれが確立されています。
その色とりどりの23区をひとつずつ取り上げ、魅力を一冊ずつにぎゅっと凝縮させた雑誌が「TOmagazine」です。
(写真:「TOmagazine」品川特集号表紙)
ハイパーローカルな東京23区カルチャーガイド「TOmagazine」
「TOmagazine」は、2013年から発行を始めた、地元密着型のローカルマガジンです。東京23区の一区ずつに焦点を当てて、一冊に取り上げ、各地域の特色や魅力を独自の視点で切り取っており、ガイドブックとしても読み物としても盛りだくさんの雑誌です。
現在、足立区、目黒区、中野区、品川区、墨田区が発刊されており、次号の特集は世田谷区。しかも、世田谷特集に関しては、時期をずらして2冊に分けて発行予定です。
23区を取り上げる、という明確なゴールへ向かって、どんなふうに誌面を作っているのか、編集長の川田洋平さん(以下、川田)にお話を伺いました。
客観と主観の絶妙なバランス
毎回特集としてピックアップする区に足を運び、地元の中に入り込んで3か月ほどかけて取材をし、企画を練って誌面にする「TOmagazine」。制作メンバーは、川田さんを合わせて3名の編集者がおり、あとはページごとに外部のライターさんに発注して執筆してもらうという作り方です。
普段はデザインを作ったり会議をしたりする拠点と、ネタ収集をするために、特集となる区内に拠点を置き、そのふたつを行ったり来たりしながら中身を作り上げていくといいます。
「おもしろいものっていうのは中に入ってみないと分からないじゃないですか。だから以前は住みながら雑誌作りをしていたりもしました。主観と客観の視点のバランスがちょうどよくなるように、気をつけてはいます。
それから、どういう企画やページを作るかは、それぞれのエリアに入り込んでネタ集めをして『コレおもしろいんじゃない?』というのを持ち寄ってきて、じゃあそれらをどう見せるかということを話し合って決めます。」
例えば最新号の墨田区特集では、地元の気になるおじさんを取材して似顔絵とともに紹介したり、水害や火災が多い墨田区ならではの問題として災害に焦点を当て、これまでの歴史や対策すべきことを考えるページを設けたりしています。
一方中野区特集の際は、JR中央線と並行して東京の北側を走る西武新宿線について、マニアたちに西武線の魅力を教えてもらうページを作るなど謳い文句である「ハイパーローカル」な内容が様々な切り口で盛り込まれているのです。
東京にはじめて訪れる人はガイドブックとしても使えますが、各区に住んでいる住人にとっては「分かってるね!」と思わせるお店のチョイス、取材対象者の選定をしているように感じます。
媒体のカタチに捕らわれず、やりたいことをやる
もちろん、狭いようで広い東京ですから誌面からこぼれ落ちる情報がたくさんあります。これだけ中に入り込んで誌面を作るとなると、ボツネタにせざるを得ない写真や企画もありますが、それらを抽出するために、雑誌だけではなくローカルウェブマガジンも近々始動予定だと川田さんはいいます。
「雑誌が売れないからウェブをやるとか流行りだから始めるとか関係なしに、やりたいことができるツールを選んで結果的にウェブも作りたいなと考えました。構想自体は以前からあって、メンバーも増えたから今がタイミング的に良いかなと。雑誌ではできない企画や、特集地域に限らない東京の情報を発信できる柔軟性がウェブの強みだから、いろいろ試していきたいです。」
見せ方を考えるときも、特集にする区を選ぶときも、至極フラットな視線で物事を捉えているように感じる川田さん。淡々とものづくりをする過程には、余計な目標や持論は不要で「やりたいこと、おもしろいことをビジネスとしてカタチにするか」ということに対するシンプルで静かな熱を感じます。
「フリーで雑誌を作っていたときも大変でしたが、今はチームで動いていてまた違った大変なこともいっぱいあります。誌面を作るのは楽しいけど、その100倍めんどくさいことだって山ほどあるし(笑)。雑誌を作るって、べつに取材して記事書いて終わり、じゃないですからね。
でも誰もが知っている、マス的な雑誌を目指しているわけではないし、そうするつもりもない。既存の雑誌の売り方とか作り方とは違う方法で、僕らはやりたいなって思っています。」
これからやりたいこと、作りたいものを見据えるよりも、まずは23区をきちんと取り上げて網羅すること。そして同時に、従来の雑誌制作の形態とは違う視点で、ものづくりをしたいと川田さんは話します。
「世の中や会社に還元できるものでないかぎり、作る意味はないと思います。続けることが正義だとは思わないけど、生み出した以上の責任は持ちたいというか。今の時代で、やりたいことがやれてビジネスとして成立して、かつ自己満足で終わらない新しい雑誌の形態が確立できたらいいなと思いますけどね。」
「TOmagazine」は、ただ東京のローカルな情報を取り上げるだけではなく、新しい媒体の伝え方、在り方を問うものかもしれません。
何年先か分かりませんが「TOmagazine」が23区全部を網羅した時、どんな東京の姿があるのか。未来を見越して、東京の今を切り取る雑誌としても読み続けたいマガジンです。
この本のこと
TOmagazine
価格:1,404円(号によって変動あり)
販売エリア:全国書店、ショップ等
編集長:川田洋平
編集者:桜井祐、飯田ネオ
アートディレクター:小酒井祥吾
デザイナー:眞下拓人
ディレクター:草彅洋平
参考サイト:TOmagazine公式Facebookページ
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