表参道駅のA4出口を出て徒歩数分、少し細い道を入った通りにある「かぐれ表参道店」。ファッションと地球の新たな共生の形を提案するこちらのお店で、映画『リトル・フォレスト』公開記念トークイベントが開催されたのは去る2015年2月15日(日)のことでした。
登壇者は映画『リトル・フォレスト』の森淳一監督、「風土農園」の伊勢崎まゆみさん、MCは『灯台もと暮らし』でもお馴染みの発酵デザイナー小倉ヒラクさんです。
■参考:きんきら菌と恋に落ちた小倉ヒラクさんが語る「発酵デザイナー」ってどんな仕事?
25名限定で開かれたこちらのイベントは、参加費無料ということもあり告知開始後すぐに満席になったそう。同じ映画に惹かれて集まった人、1年間に渡るオールロケで撮影された暖かな写真、更にはロケ地である岩手県産「遠野のりんご農家・佐々木さんの特別栽培りんごジュース」が揃ったらイベントの始まりです。
この記事では、生きる、食べる、作ることをひと繋がりの営みと捉え、新たなトレンドやファッション性すら感じさせる映画『リトル・フォレスト』の製作裏話からはたまた納豆の発酵の話まで、様々なエピソードが飛び出した映画の公開記念イベントレポートをお届けします。
■参考:2月14日上映開始の映画『リトル・フォレスト 冬・春』- 生きる・食べる・作る –
表参道で出会う、映画『リトル・フォレスト』の世界
小倉 ヒラク(以下、小倉)さて、時間もきましたから始めていきましょうか。
初めまして、今日のイベントでMCを仰せつかりました、発酵デザイナーの小倉ヒラクと申します。まずお二人に自己紹介をお願いしましょうか。
森 淳一監督(以下、森) こんにちは。映画『リトル・フォレスト』監督の森淳一です。
この映画は2013年2月にクランクインし、2014年の春にクランクアップ、ほぼ1年間にわたって岩手県のオールロケによって撮影された映画です。春夏秋冬の4部構成で、本当は最初1部ずつ公開したいと考えていたんですが、結果的にはみなさんがご存知の通り、『夏・秋』と『冬・春』の2作ずつの公開となりました。
今ちょうど公開が始まったのは、後編の『冬・春』の方ですね。
伊勢崎 まゆみ(以下、まゆみ) 最初は1部ずつ公開する予定だったんですね……! 知りませんでした。
初めまして、岩手県遠野市から来ました伊勢崎まゆみと申します。出身は神奈川県横浜市で30歳を過ぎるまで東京の代官山でアパレル店員として働いていました。ひょんなことから岩手県遠野市に移住し、そこで結婚して今は夫婦で「風土農園」という自然栽培の農家を営んでいます。
遠野市に移住したきっかけは、パラグライダー。旅行で訪れた岩手県で偶然パラグライダーに乗せてもらう機会があり、そこで都会で暮らしていた時には見ることができなかった美しい田園風景に心を打たれて……。風景を好きになって、更には乗せてくれた人も好きになって、ということで今にいたります(笑)。
(会場の女性陣から羨ましさのため息が漏れる)
小倉 いやぁ、この話、すごくないですか? パラグライダーで出会ってそれで結婚して、農業を営む。まゆみさんは、本当に『リトル・フォレスト』の世界から抜け出してきたような女性だなぁと僕は思ってます。
まゆみ いえ、そんな……。でも、移住したばかりの頃、友達に原作の漫画『リトル・フォレスト』をプレゼントしてもらったことがあって。かなり参考にしていた部分があるので、私にとってはこのお話は田舎暮らしのバイブルのような存在ですね。今日はこのジャムを作ろう、明日はこの料理を作ろう、みたいな感じで、うきうきしながらページをめくっていました。
2014年に森監督にお会いして、久しぶりに漫画を読み返してみたのですが、今度は描かれていることすべてが今の私の日常に登場することだなと。月日を経ても、私の中では色褪せることがない、とても共感する部分の多い作品ですね。
小倉 なるほど。ちなみに、この会場に来てくださっている方々は、すでに『冬・春』の後編をご覧になっているのでしょうか?
(会場内の数人が手を挙げる)
小倉 お、意外にまだ観ていらっしゃらない方が多いのですね。……って、そうですよね。昨日公開されたばかりですもんね。(※1)じゃあ、原作を読んだことがある方が多いのかな? こちらは結構いらっしゃいますね。僕も何度も読みました。おもしろいですよね。
では、映画の後編をまだ観ていない方もいるということなので、ネタバレをしないように、でも映画の本質について聞いていくような会にしたいですね。僕も聞きたいことがたくさんあります。早速、聞いていきましょう。
(※1:イベントは映画公開日翌日に開催されました。)
「食べるために作る」ことをもう一度意識して暮らそう
小倉 まず、監督はなぜこの作品を映像化しようと思ったのでしょうか?
森 はい。この映画は岩手県奥州市にある小さな村を舞台にして、一人の女の子が自給自足して暮らしていく様子を描いた作品になるのですが、僕自身はそういった生活を実はしたことがなくて。
でも、僕の中にはずっと「今目の前にある食べ物は、どこからやっていきているんだろう?」「生きていく上で人が与えられた食べ物を食べているだけで果たしていいのだろうか?」という疑問があったんですね。
小倉 そうだったんですね。
(参加者もうんうん、と頷く)
森 そんな時、ちょうどこの原作に出会ったんです。世の中には色んな田舎暮らしを描いた作品がありますが、この作品は単に自給自足の生活ということだけでなくて、いち子という女性の主人公が成長する過程や葛藤といったものまでもが描かれています。
森 僕たちは「生きるために食べる」ということは、ずっとしてきています。でも、「食べるために作る」という観点で食を考えることは、実は意外に抜け落ちてしまっているんではなかろうかと。
そういったことを都会に住む人にも伝えたいという気持ちがあったから、女性が主人公であるこの原作を映像化したいなと思いました。
小倉 観客は、やっぱり女性を想定して?
森 まぁ、そうですね。公開前は20代くらいの若い女性が観る映画なのかなという想いがありましたね。でも、いざ世の中に出してみると意外にそうじゃない。もっと上の年代の方や、男性にも受け入れられているという事実があって、それは意外であると同時にとても嬉しいことだなと思っています。
今日も、イベントにいらっしゃってくださっている方も、女性が多いですが年齢は結構バラバラですよね。しかも男性も来てくださっている。本当にありがとうございます。
『リトル・フォレスト』は新しいムーブメントになり得る映画
小倉 僕は、実はその「映像が美しく、ファッション性があり、独特の質感を持った映画」という部分について今日是非聞いてみたいと思っていまして。
森 と言うと、具体的にはどんなことでしょう?
小倉 僕は今発酵デザイナーという仕事をしていますが、5年前にこの仕事を始めた時のことを思い返してみると、自給自足の田舎暮らしがテーマの『リトル・フォレスト』という映画が、若い女性を始めこんなにも世の中に受け入れられるということがちょっと考えられなかった気がするんですよ。
受け入れられているということは、ある意味、この映画が描いている世界観や価値観、ライフスタイルというものが、一種のトレンドみたいなものになり始めているのかもしれないとも考えられるんです。これはあくまでも僕の仮説なんですが……。
小倉 と言うのも、この映画はしつらえが良いんですよ。器や、いち子が着ている洋服のセンス、あとは映像処理とか全体としてとても綺麗なんです。これ、監督はどれくらい意識的に考えて今の形にしたのかなと。
まゆみ あ、それはとても分かります。いち子ちゃんって、着ているものもお皿も全部可愛い。私も農作業をする時は自分の好きな洋服を着てやりたいって思う方なので、それは気になっていました。
森 そうですね……。確かにこの作品を撮るということにあたって、決して記録映画にしてはいけないという想いがあったのは事実です。
器や洋服、あとは音楽にもとてもこだわっていて、観る人に「美味しそうだな」はもちろん「こんな場所で、こんな器で料理したら楽しいだろうな」と思ってほしいと願いながら作った部分は間違いなくあります。そのへんにはたしかに非常に気を遣いました。
小倉 なるほど。いや、絶妙な二段構えの作品だなぁとも思っていて。
映像が本当に綺麗で音楽も綺麗。しつらえもいいから、まず観ている人は「美味しそう」という感想を持てるんですよね。そして、美味しそうだなと思っているうちに、楽しんで映画を見続けていくと「食べる」の前にある「作る」という過程に意識が向くように映画が撮られている。
生きるために食べる、食べるために作る、まさにこのメッセージが伝わる素晴らしい映画ですよね。
森 ありがとうございます。
小倉 まゆみさんは、この映画に共感するポイントはどんなところでしたか?
まゆみ 私自身、東京で暮らしていた頃は常に流行を追って、人よりも新しいものを早く手に入れることで優越感を感じていた時期がありました。でも今は、新しい発見や学びに溢れている岩手県での暮らしが本当に楽しいんです。そういったことを丁寧に、原作に忠実に描いている作品なので、やっぱり主人公のいち子に感情移入もしてしまいます。
あとは、いち子、つまり主演の橋本愛さんの姿に心を打たれちゃいますよね。稲刈りや雪かきの作業がとっても上手くて、「あぁきっと練習したんだろうなぁ……」と思ってうるっときちゃいます(笑)。
森 あぁ、それは分かりますね。実は橋本愛さんはとても勘の良い女優さんなので、練習してすぐにコツを掴んで実践してくれるんですよ。地元の方々にもとても褒められていましたね。
たまに映画の世界では料理のシーンなどを撮る時に手元だけは専門家の方にお願いする、ということもありますが、この映画ではすべて彼女が実際にやってくれています。
まゆみ そうだったんですね。すごい。
森 僕はもともと彼女の目が好きで、最初から彼女に主演をお願いしたいと思っていました。この映画はセリフが少ないので、主人公のいち子が黙々と作業する姿を撮る時間もとても多いんです。だから表情が強い橋本さんは理想でした。
すべてを変えることは難しいけれど、できることを少しずつ
小倉 映画を撮り終わって、何か価値観が変わったと思うことはありますか?
森 前編『夏・秋』の映画の中で、グミの実からジャムを作るシーンが出てきます。1センチほどのグミの実をかごいっぱいに採ってきて、洗って、種を取って、ぐつぐつと数時間煮込んで、やっと一瓶のジャムが出来上がります。でも、ジャムってそのへんのスーパーや、言ってしまえばコンビニとかでも買えるものなんですよね。
その手間をどう思うか。手間も含めて、食べることだと思うのかどうかとか、そういったことをよく考えるようになりましたね。
(参加者も「うーん」と首をひねる)
森 あとは、食物の起源を考えることができたのが大きいですね。映画の撮影を始めてから、僕は身の回りにあるモノの全ての起源が知りたくなりました。例えば今着ているこのニットが、どこで生まれて、誰が手をかけて、どういった原料から作られたものなのか。今触っているこのテーブルの木の種類は何で、どんな作り方だったのか。お皿も買ってくることだけじゃなくて、今度は土から触れる陶芸がしたくなったり……。
(参加者も自分の着ている洋服をちらりと見る)
小倉 価値観が変わったということですね。まゆみさんはどうですか? 岩手県に移住して何か自分の中で変わったなと思うことはありますか?
まゆみ そうですね。私も、「風土農園」で「藁づと納豆作りセット」というものを販売しているんですが、これもただ納豆を食べたいだけなら、とてもコストがかかる商品です。でもやっぱり、日本人が昔から好きな食べ物が一体どうやって出来ているのかに目を向けて、自分で作ってみるということに価値があると思っていて。
小倉 うんうん。
まゆみ 岩手県への移住を経て、「暮らしを楽しむ」って本当に重要な要素だなと感じるようになりました。自分が生きていることを楽しんでいれば、それは周りの人にいつか伝わるし、伝わればそれは自分だけじゃなくて、仲間とか地域を巻き込めるムーブメントになっていく可能性が出てきます。
具体的に言ってしまうと、最初私は「自然栽培を広めたい!」という想いから、周りの方に強制するような言動をしてしまっていたんですよね。でも、それをやめて、自分が心から良いと思う自然栽培農法で楽しみながら作物を作るようにしたんです。そうしたら、自分からは何も言っていないのに、周りの人が協力してくれるようになりました。
それって、とても大きな違いだなって最近思うんです。
小倉 そうなんですね。映画を通して感じたことを、実際に体現しているまゆみさんの言葉は、やっぱり重みが違いますね。
暮らしを楽しむことって、大切ですよね。この映画も、思わず自分の暮らしを振り返りたくなる内容になっていると思います。森監督、まゆみさん、今日はありがとうございました。
これからの暮らしを考える上で観ておきたい映画『リトル・フォレスト』
……さて、非常に長いレポートとなりました。この記事でご紹介できなかった魅力的なエピソードは、実はまだまだありました。けれど、イベントで語られた世界観は、映画の中にもたくさん散りばめられています。
あなたも是非観に行ってみてくださいね。今の暮らしに違和感を感じている人ほど、もしかしたら新しい価値観に出会えるかもしれません。
映画『リトル・フォレスト 冬・春』
劇場公開日:2015年2月14日〜
監督:森 淳一
原作者:五十嵐大介『リトル・フォレスト』(講談社/月間アフタヌーン)
音楽:宮内優里
出演者:橋本愛、三浦貴大、松岡茉優、温水 洋一、桐島かれん他
製作:『リトル・フォレスト』製作委員会
映画配給会社:松竹株式会社
■『リトル・フォレスト』公式サイト