企業がメディアをやる理由。
自社ブランドの認知度の向上や、新しいファンの獲得など、企業によって様々だと思います。
そんな中、「企業に共感する人たち同士をつなげる」ことを期待をして、始まったメディアがあります。
2019年2月1日。
最大限の安全と最小限の環境負荷でテキスタイルをつくる「IKEUCHI ORGANIC(以下、イケウチ)」から、ウェブメディア『イケウチな人たち。』が生まれました。
テーマは、「好きな人たちと考える、これからの豊かさ」。
イケウチ商品の愛用者“イケウチな人たち”に、モノの選び方や生き方の価値観を聞き、そこから見えてくる「これからの豊かさ」を考えるメディアです。
2017年にIKEUCHI ORGANICを企業特集した『灯台もと暮らし』編集部メンバーも、『イケウチな人たち。』で取材執筆をしています。
「材料の生産者、タオルをつくる人、お客さま……タオルに紐づくすべての人を感じ、考えながらものづくりをする。」。
この意識を大切にするイケウチは、東京、京都、福岡に店舗を持ち、インストアイベントや工場見学などリアルな場を通して、タオルに紐づく人たちとのコミュニケーションにも力を入れています。
今年の2月。
メディアローンチにあたり、編集部のくいしんと伊佐が、動画番組『もとくらの深夜枠』にイケウチの社長・阿部哲也さんと広報の牟田口武志さんをお呼びしました。
「『イケウチな人たち。』、いいオウンドメディアなんですよ。いいオウンドメディアがなんでできるかっていうと、そもそも“日本一のタオルなんで。”って言えるくらい、商品が圧倒的にいいから。それがないと、オウンドメディアは無理なんで!(笑)」
配信中、くいしんからこんな言葉が飛び出るくらい、灯台もと暮らし編集部もイケウチが大好き。
そんな企業が考える、メディアの可能性とは?。
『イケウチな人たち。』ができるまでの背景とメディアに託した期待を、阿部さんと牟田口さんに伺いました。
「お客さまの声を、工場の人に届けたい」
伊佐 イケウチのコーポレートサイトは、生産背景や社員インタビューが充実していて、とても心がこもっていると兼ねてから感じていました。そんな中で、どうして今回、改めてウェブメディアをつくろうと?
牟田口 メディアをやろうと思ったそもそものきっかけは、社内の人たちにイケウチのタオルを使う方々の声を届けたかったから。
僕がイケウチに入社していちばん驚いたことは、取引先のお客さまからイケウチに注がれる愛の大きさや熱量の高さなんです。
牟田口 僕はそれを社内の人たちにも伝えたくて、「お客さまがこういうことを言っています」と、今治の工場で働く社員にお話してきました。
だけど、社内にいる人間が間接的に伝えても、なかなかお客さまの声が伝わりづらい状況があって。
そうなったときに、社内の人間じゃない信頼する書き手に、イケウチのことを伝えてもらう方法なら、工場の人たちにもお客さまの声が伝わるんじゃないかと思ったんです。
それが、メディアをやろうと思ったきっかけです。
分散するコミュニティを共感でつなぐ
くいしん 社内報じゃない形で、社内の人たちにお客さまの声を伝えていける手段として、メディアを選んだと。オンラインコミュニティやフリーペーパーではなく、ウェブメディアでなくてはならなかった必然性ってありますか?
牟田口 ウェブメディアをやることによって、分散するお客さま同士のコミュニティをつないでいけるイメージがあったんです。
たとえば、店舗のお客さまのコミュニティと、イケウチに投資をしてくださっている鎌倉投信のコミュニティは、別のコミュニティです。けれど、メディアをつくることによって、イケウチに共感してくれている方々がみんな『イケウチな人たち。』に集まる。
おなじものを見ることで、オンラインまたはオフラインでお客さま同士の間に会話が生まれたり、そこからコミュニティ同士がつながっていったりする。
そういうふうにイケウチな人たち同士のつながりの輪を大きくしていけることを期待して、ウェブメディアの選択を取りました。
くいしん 今のお話を聞いて、社長である阿部さんはどんな印象を受けましたか?
阿部 「『イケウチな人たち。』は、インストアイベントのウェブ版だ!」と思いました。
もともとイケウチは、自分たちとおなじ方向性を見ている企業と一緒に、インストアイベントを開催していたんです。それは、いろんな共感軸を持った人たちとつながることが、会社にとって大切だと思っていたから。
伊佐 いろんな共感軸というのは、具体的には……? 聞きたい!
阿部 うん。うちはオーガニック商品の会社なので、たとえば「オーガニックである」という共感軸があります。なので、同じ方向性を見れる企業さんもまた「オーガニックじゃないとダメ」と思われがち。
だけど、原材料にオーガニックを使っていないとしても、もっと多様な共感軸へと視野を広げれば、イケウチとの共感ポイントがあるかもしれない。それはたとえば、「お客さまとのつながりを大切にしながらユニークな試みをしている」というふうな。
ストイックな企業が陥りがちな罠が、思想が排他的になってしまうこと。ビジョンへのアプローチ方法が自分たちとは異なる人たちを、ふるい落としてしまうことなんです。けれどイケウチは、「環境負荷を下げよう」とか「有機的な人間関係を築こう」とか、もっと大きな枠組みで目指している方向性が一緒なら問題ない、という捉え方をしています。
最終的な目指すところが自分たちと一緒なら、その人たちとつながった方が絶対にいいはずなので。
『イケウチな人たち。』は、インストアイベントでは届かなかった人たちも巻き込んで、共感でつながるきっかけをつくれるのではないかと思いました。
リスティング広告を辞めたけど、売り上げは下がらなかった
くいしん 『イケウチな人たち。』を始めるにあたって、牟田口さんは具体的にどんな行動を起こしていったんですか?
牟田口 どんなコンテンツを出していくかは決まっていない段階でも、自分の中で決まっていたことが「『灯台もと暮らし』編集部と一緒にメディアをやりたい」ということでした。
くいしん・伊佐 今までやってきて、本当によかった(笑)。
牟田口 それで、ちょうど1年前くらいに『灯台もと暮らし』を運営するWaseiの代表・鳥井さんとお会いする機会があったので、メディアのことをご相談したんです。
そのとき鳥井さんは、「イケウチが応援する人たちを取り上げるメディアはどうですか? イケウチさんが応援している商品、自分だったら買いますね」と言ってくれて。
うちに共感してくれる人たちのモノの選び方だったり、価値観を伝えるのはおもしろい!と思いました。それは、イケウチの人たちとイケウチな人たち両者に、これからの豊かさを考えるきっかけになると思えたから。
「イケウチな人たちのモノの見方や、モノを選ぶ際の判断軸や価値観は、ちょっと特別な気がしています。
バスタオルを買おうと思えば500円でも手に入る時代にも関わらず、時には10倍以上の価格設定がされている私たちのタオルを買ってくれるのですから。
IKEUCHI ORGANICの価値観に共感してくれる方々は何に惹かれ、そしてどんな生き方をしているのか?
それを丁寧に取材することで、『これからの豊かさとは何か?』をイケウチな人たちと一緒に考えていきたいと思いました。」(IKEUCHI ORGANIC 公式note)
牟田口 そんな過程を経て生まれたのが、『イケウチな人たち』。
現在は、週に1本イケウチな人たちの取材記事とイケウチな人たちと一緒に開催したイベントのレポート記事を更新しています。
くいしん オウンドメディアをやるとなったときに、どうやってメディアに割くお金を捻出したんでしょう。
牟田口 じつは『イケウチな人たち。』を始めるにあたって、追加で割いたお金はなくて。
これまでイケウチはリスティング広告をやっていたけど、それを辞めて、浮いたお金をメディアづくりに回せないか、阿部に相談したんです。
阿部 僕もそれには大賛成でした。
牟田口 リスティング広告をやっていたとき、たしかに売り上げは上がっているけど「どういう人が買ってくれているのか」顔が見えないから、売っている実感がなかったんです。
もっと顔の見える関係性をお客さまとつくっていくことが、「タオルに関わるすべての人を感じ、考えながらものづくりをする」ことを意識するイケウチにとって、「より健全だ」と思いました。
くいしん リスティング広告を辞めれば、売り上げに影響するかもしれないじゃないですか。そのリスクを抱えながらも、会社としての納得感を優先できるのって、純粋にすごいことだと思いました。
牟田口 だけど実際のところ、売り上げは落ちていないんですよ。たしかにサイトへのアクセス数は減ったけど、売り上げにはほとんど影響しなかったんです。
阿部 いかに我々が普段から、既成観念に影響されてものごとを考えてしまっているか考えさせられました。
考えるきっかけを投げ続ける存在でいたい
伊佐 『イケウチな人たち。』を公開した後、どんな反響がありました?
牟田口 メディアローンチの日に公開した記事がレストラン「sio」の鳥羽さんの記事だったのですけど。
その日に「記事を読みました」と、お店に来てくれた人がいました。公開した週の週末にかけては何組も来ていただいて。
社内の人たちは最初、サイトを公開するまではイメージを掴めていなかったみたいだけど。公開したあとは、「これが会社にとって大きな一歩になるんじゃないか」と嬉しい反応をくれる方もいました。
くいしん 鳥羽さんの記事を取材執筆した僕からすれば、こうやって牟田口さんの口から記事の反響を知れることが、すごく嬉しい。
伊佐 そうね、書き手としてはこの上なく幸せな体験だよね。
牟田口 記事を公開してどんな反響があったのか。そこまでライターさん含め、周りの人たちに伝えていくことは、自分の義務だと思っています。
お客さま、ライターさん立場問わず、一度できた関係性を次に続けていきたいんです。
そのために『イケウチな人たち。』は、記事の終わりに「感想メール」を送れるボタンを設置しています。読者の人には、ぜひ読んだ感想を書き手に伝えてみてほしいと思っています。
くいしん 今後、『イケウチな人たち。』でやってみたいことはありますか?
牟田口 今後も業界問わず、イケウチのタオルを使って愛してくれる人たちの声をコンテンツにしていくのですけど。その紹介した人たちや、お店を好きになって、足を運んでくれたらとても嬉しい、と心から思っています。
今後は紹介した方と一緒にイベントを企画する、なんてこともやってみたいなぁと考えてもみたり。
メディアができたことにより、今度はそこを出発点にますます新しいコミュニティが生まれることを期待しています。それがつながっていっていき、結果的に共感の輪が広がっていくようになればいいなと思っています。
阿部 イケウチがより良い形で続いていくために、「人とつながっていくこと」と「継続が可能なことを複数の人間でやっていくこと」。それが、今、僕の中で出ている答えです。
自分たちのようにイノベーションが起こりづらい日用品を商材としているところは、いつも原点に立ち返って、「今やっていることを続けたら、どんな未来になるのだろう?」と想像することが大切です。地方の製造産業は、「続いていくためにどうしていけばいいのか」を考えなくてはいけない時代の潮目に、もう長いこと立たされているので。
イケウチは、続いていくための「これから」を考えるきっかけを投げ続ける存在でありたい。その機会を、『イケウチな人たち。』から生みだしていけるのではないかと思っています。