「ミニマリスト」なる言葉が出てきたのは、いつ頃のことだったでしょうか。
もとくらでも「場所をとわない働き方」特集を組んだように、できるだけ身軽で、モノを持たないライフスタイルを進んで選ぶひとが、以前よりも増えたように感じます。
“所有”することが一般的だったモノ──例えば家電や車は、誰かとシェアをしたりレンタルをしたりして、“所有”する必要がなくなりつつあります。家具も、その一つ。場所もとりますし、決して安い買い物ではありません。
けれどいつ、どんなふうに、暮らしのスタイルが変わるか分からないからこそ、手元においておくものは厳選したい、という人々も少なくないはず。
モノはたくさんいらない。ただ、自分の五感で選んだ、愛着のわくモノだけ使いたい、というような。
わたしが暮らす北海道下川町ではじまった「家具乃診療所」構想は、そんな思いに応える場所。
旗振りをするのは、家具職人の「森のキツネ」こと、河野文孝さんです。
動物と人間のあいだでものづくり「森のキツネ」
── 白衣に着替えていただきありがとうございます(笑)。
河野文孝(以下、河野)ここは“診療所”なので。なかなか先生には見えないけど……。
── まずは改めて自己紹介を兼ねて、河野さんご自身のことを教えてください。
河野 はい。「森のキツネ」という屋号で家具作家をしています。キツネが好きだったということもありますが、キツネって人間と山の間に暮らしているんですよね。納屋の裏とか畑の近くとか。僕も人間と動物の中間地点で、ものづくりがしたいと思って「森のキツネ」にしました。
ふだんは家具と、クラフト品をつくっています。家具は定番品より、お客様のオーダーに合わせてつくる特注品が多いかな。
それから下川町にある、400本のクルミの森を活用したいなと思っています。
具体的には、クルミの実から搾油をした、クラフト品のメンテナンスオイルと、下川の養蜂家の方から仕入れた原材料を使ったメンテナンス用ワックスを開発中です。
北海道にはまった理由
── 下川に引っ越してきたのは?
河野 2年前ですね。ずっと前から、自分が暮らす町で切られた木で、ものづくりをしたかった。その環境を探していたら、下川を紹介してもらいました。
山から木を切り出すことはたくさんの町でやっているんだけど、その木を製材して乾燥させて、加工するというところまで一つの町で完結している地域は、すごく珍しいんです。
── それが、下川に移住する決め手になったんですね。
河野 はい。
あとは北海道の大自然にはまってしまって。11年くらい前から北海道で暮らしていますが、こんなに自然と近い距離で生活できるところはないなって思います。離れられなくなっちゃった(笑)。
── 北海道に移住してから、家具職人として仕事を始めたんですよね。
河野 埼玉出身で、学生時代は建築を勉強していたのに、東京で営業職につきました。働いている中で「家具をつくりたいな」と思って、北海道北見市の職業訓練学校に行きました。本当はそこを卒業したら関東に帰るつもりだったんですけどね。毎日自然の中で遊んでいたら、すっかりこっちでの生活が楽しくなってしまって。
学校を卒業した後は、家具のメーカーさんに就職して、そのあとは家具作家さんのところで修行しました。下川に来る前は別の町にいて、シェアアトリエに入って、いろんな作家やアーティストたちに囲まれて仕事をしていましたが、それも楽しかったですね。
暮らしを“診療”し家具のカルテをつくる「家具乃診療所」
── 今回、クラウドファンディングをスタートさせた「家具乃診療所」は、どんな場所なのでしょうか。
河野 「家具乃診療所」は、僕の工房兼、ショールーム兼、クルミのオイルの搾油やお手入れのワークショップができる場所にしたいと思っています。それから、もし「やりたい」という方がいればカフェもできたらな、と。
── 「森のキツネ」さんの家具も買えるし、ワークショップもできる場所になると。どうしてそういう場所をつくろうと思ったんですか?
河野 きっかけは、いくつかあります。
ある日、展示会に出展したとき、お客様にテーブルの木の素材について聞かれて。どういう環境で育ったらこういう木目になるのかとか、木の柔らかさのこととか、いろいろおしゃべりしました。その時に「私をイメージした木で家具をつくって」というオーダーを受けたんです。
お客様の雰囲気に合った木でものづくりをするのは、僕の主観が含まれるので、お客様にとってはイメージと違うものが出来上がることもあります。でも、そのひとが誰とどんな暮らしをしているのかとか、どんな木が好みなのかをヒアリングして、それを材料にものづくりをするのって、僕だからできることだなと思いました。
具体的なエピソードはもちろん聞きますが、おしゃべりをしている時のお客様の雰囲気を思い出しながらつくるのが楽しかったんです。
河野 それから、オーダーメイドの椅子づくり。これも、お客様の好みとか座りたい格好とか姿勢を聞いて椅子づくりをしたいなと思ったんですが、ただオーダーメイドなのもおもしろくない。
何かいい表現はないかと考えていたら「そういえば家具のカルテってないな」と思いついたんです。体の寸法を測れる可動式の椅子があるから、それを使いながら、体や好み、それからライフスタイルのカルテを書き出して、それに合った椅子をつくって、最後に診断書と一緒に渡してあげたらおもしろそうだなって。
そういう思いつきや妄想が重なって「家具乃診療所」をつくろうと思い至りました。
── 診療というと、修理してほしい家具を持ち込んで直してもらうイメージです。
河野 もちろん修理します。「森のキツネ」の家具でも、よそのお店で買った家具でもいいです。
どんな家具であっても、長く使いたいけど自分で修理できないから、捨てざるを得ない場合もあるんじゃないかと思います。でも僕だったら、そのひとの好みや暮らしに合わせた修理ができる。
少し値が張っても、大事にしたい家具を長く使いたいひとのニーズは満たせると思いました。
小さな集落にアーティストや作家が集まりつつある
── 改修予定の物件も、もともと診療所だったと聞きました。
河野 そうなんです。初めはここを使おうなんて考えていませんでした。ただ、仕事に行く途中に毎日前を通っていて、どうやらここに住んでいるひとが出て行くらしいということが分かって。2018年に入ってから、誰も貰い手がいないみたいだったので、購入できないか交渉を始めました。
── その時すでに診療所構想はあったんですか?
河野 最初は、作家とかアーティストが集まるシェアアトリエにしようかと思っていました。でも、家賃のこととかを考えると、運営が難しいことが分かって。
さてどうしようかなと考えて、今までなんとなく妄想していたアイディアを思い返したとき、元診療所の空き家でやるなら、家具の診療所ってぴったりだなと思ったんです。
河野 それから、SORRY KOUBOUという女性二人組が、今年(2018年)に「cosotto, hut」というお店をオープンさせたので、そこが開いている日と合わせて、うちも診療所を開けたりワークショップを開催したりしたいなーと思っています。
他にも、一の橋を拠点に新しくお店をやろうとしているひとや、ものづくりを始めたいと思っているひともいるので、これからもっとおもしろくなると思いますよ。
捨てたくないなら「家具乃診療所」へご相談を
── 引っ越しの回数が多いひとやモノをあまり持ちたくないひとは、どうしても持ち運びやすい家具を選びますが、そういう家具って大手量販店のものが多い気がします。価格が安いと「また買えばいいか」と思って捨ててしまうことも多くなるなと。そういう大量生産・大量消費へのカウンターのような気持ちはあるんですか。
河野 安くて良いものが手に入ること自体は、僕は素晴らしいことだと思います。
でも環境の変化で、使い続けたい家具なのに止むを得ず手放さなければならない状況になったとき、捨ててしまう前に「暮らしの変化に対応して修理できるかもしれない」ということを思い出してもらいたいんです。
── 「森のキツネ」さんの家具に、組み立て式が多いのはそういう変化に対応できるように、という思いもあるんですか。
河野 そうですね。分解できると持ち運びも楽だし、送料もそこまでかからないように設計しています。
河野 今後は、樹種も選んでカスタマイズできるようにしたいと思っています。例えば天板はハルニレという木で、足はクルミを使うとか。お客様の色や木目の好みで、自由に組み立てられたらって。
── 河野さん自身も、何かモノを買うとき選びますか?
河野 すごく選びますね。プラスチックのものでも、素材はもちろん少しずつ質感とか重さとか違うから、本当に納得したものしか使いません。
どんなモノも、絶対いつかは壊れます。傷がついたり、生活環境に家具のサイズが合わなくなったりする日が来る。そういう木のものなどを「家具乃診療所」に持ち込んでもらえれば、直したりリサイズしたり、また使えるようになります。モノを大事にしたいひとの思いが叶う場に、したいと思っています。
取材:くいしん
文・構成:立花実咲
写真:小松崎拓郎
「家具乃診療所」クラウドファンディング挑戦中!
暮らしや家具の好みを“診療”して、愛用している家具を修理したり、完全オーダーメイドの家具づくりをする「家具乃診療所」を北海道下川町につくります。
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