2015年、島根県海士町の観光協会に勤めていた青山さん(当時)に取材をしたときに、次のようなお話を伺いました。
素晴らしいアイディア、未来への可能性。もちろん、それらはどんどん生み出されていくべきです。でも、今地域にはプランよりもプレイヤーが足りない。必要なのはプランではなく、発言した内容に責任をもって、描いたプランを実行していく人、当事者です。
「描いた未来へ導く役を、自分が務めます」と言えますか? 「町づくりを頑張っていきましょう」と口にしても、みんなどこか他人事になってはいないでしょうか。胸を張って言えないのなら、一度立ち止まって考え直してみた方がいい。(【島根県海士町】移住希望の若者よ「プレイヤーを目指せ。もうプランは十分だ」より)
記事が出た当時、正直青山さんの思いをどれくらい汲み取れていたか分かりません。ただ最近は、この青山さんの言葉を、よく思い出すようになりました。
何故なら、最近ますます「下川と何かしたいです」「地域のために新しいことしたいです」という意見を、たくさんいただくようになったからです。
もちろん、わたし(編集部・立花)が来るずっとずっと前から、いろいろなひとが下川町の取り組みや地域の魅力に惹かれて集まり、たくさんのモノ・コトが生み出されていきました。
現在も、下川町に移住して2年ほどの新参者のわたしですら感じるほどの反響ですから、きっと今までとは違う層からも注目されているのだろうと感じます。
けれど、持続的なプロジェクトばかりではありません。思いや目的が重ならない、タイミングが今ではない、お金が足りない……テンポよく進んでいかない理由は、さまざま。一方で、一度カチッと歯車が噛み合うと、猛スピードで動き出すプロジェクトもたくさんあります。
どんどん進んでいくプロジェクトと、なかなか進まない案件の、一体何が違うのか。その答えに対するヒントを、4年前にすでに青山さんが教えてくれていたのです。
そして下川町にも、「どんどん進んでいくプロジェクト」を体現し、楽しそうにスピード感を持ってコラボレーションしている方々がいます。
河野 文孝(かわの やすゆき)
家具工房「森のキツネ」を営む。野生動物と関わりあいながら、自然からいただいた樹で仕事ができる、と2016年から北海道下川町の一の橋地区へ移住。森の恵みを生かし、木と人をつなぎ、思いを残せる環境を届けるべく、人の思いを聞き応える「家具乃診療所」オープンのためにクラウドファンディングに挑戦した。
鍋谷 嶺(なべたに りょう)
匠の下町、大田区の矢口渡で”ワクワクの家族じかん”がテーマのお店「おむすびとつみきの店ころりん」を経営。河野さんと共に、下川町のクルミの森を活用した、子ども向けの積み木を開発中。
木工作家の河野さんと「おむすびとつみきの店ころりん」店主の鍋谷さんが出会ったのは、2018年の冬。子ども向けの積み木を開発中だった鍋谷さんが、下川町の森づくりに興味を持って町を訪れ、下川町役場の方に河野さんを紹介してもらったことがきっかけです。
出会って一年ほどしか経っていないけれど、お二人の関係性は、都市と地域のそれぞれに住みながら手を取りあってプロジェクトを遂行していくチームの、一つのロールモデルのように思います。
感覚というより、チャンネルが合う感じ
── 2018年9月15日に、河野さんのクラウドファンディングがスタートするタイミングに合わせて、鍋谷さんと河野さんに動画出演していただきましたよね。
鍋谷 嶺(以下、鍋谷) はい。
── あの動画を配信する前の、打ち合わせや準備段階から、お二人が本当に楽しそうに話をされていたのが印象的でした。
鍋谷 僕、河野さんと話していると、頭が良くなった気がするんですよね。
河野 文孝(以下、河野) いやあ、それはないと思うよ(笑)。
鍋谷 いやいや、あの、他のひとに話したら「何言ってるの?」って思われるようなことでも、ちゃんと意図を聞いて引き出してくれるんですよ。
いつもはうまくしゃべれないなあって思うことでも、河野さんとは、しゃべれる。頭が良くなった気がするっていうのは、そういう意味で。
河野 僕にない引き出しを、鍋谷さんは持っているから、ちょうどいいんだよね。
僕も木工をやりつつ、AIとか仮想空間のこととか、一見全然関係ないことも考えながらものづくりをしているから、鍋谷さんからまったく関係ないジャンルのことについて話をされても、それはどこかでつながっているんだろうなって思うんです。
鍋谷 ありがとうございます。
河野 いま動いているプロジェクトも、僕がやろうと思っていたことと鍋谷さんの考えていることが似ていたから、そのまま一緒に進めていて。
── 考えていることが似ているというのは、具体的にどういうことでしょう?
鍋谷 世界観が近いというか、なんですかね、奥さんに、僕ら二人とも脳波で会話するって言われたこともあるけど……チャンネルが合ってるというか。僕の会話のペースに合わせてもらっているような感覚もありますね。
河野 持っている引き出しはバラバラなんだけど、具体的な共通点があるとしたら、森の中の資源を使って何かをするというところ。
いろんなひとが下川に来てくれるけど、一回会って10分くらいの立ち話でそこまでお互いのことが分かるわけではない。でも、鍋谷さんの場合は、タイミングもよかったし、感覚も近かったから、その後も一緒に何かやりたいっていう気持ちになりました。
鍋谷 僕も、下川町に来た時いろんな方を紹介していただいて、皆さん素敵な方ばかりだったけど、一番、なんていうのかな、ただの妄想とかアイディアとかではなくて自分ごととして考えてくれているなと感じたのが、河野さんでした。
── どういうところで、そう感じましたか?
鍋谷 僕がつくろうと思っているものに対して、疑問を持ってくれたんですよね。「これはどうなってるの?」とか「下川町の子ども達に向けてつくるならいいけど、全国的に向けてつくるなら、こうなんじゃないの」とか。
直感的なものではありますけど、このひとは信頼できる、いいなと思ったのが最初の印象です。
アイディアだけではなく既に動き出しているか
河野 僕も最初に鍋谷さんと会ったとき、他のひとと違うなと思うところがありました。
── どんなところですか?
河野 実際に、モノを持ってきてくれたんですよね。その頃から、鍋谷さんは積み木を作ろうしていたんだけど、そのサンプルを持って、僕のところに会いにきてくれて。
河野 すでにイメージを持っていたし、「おむすびとつみきの店ころりん」というお店を東京で開店するために準備中だったし。鍋谷さんが何をしたいのかも、どんなことで僕が意見を求められているのかも、明確でした。
鍋谷 下川町に行って、河野さんたちに会えたタイミングと順番って、すごくよかったなと思っていて。積み木やお店をつくる上で、必要なものややりたいことがはっきりしている状態で動いてたんですよね。だから僕の場合は、ふわっとした状態で会っていたら河野さんとはつながらなかったかもしれないです。
河野 下川町が盛り上がっているからどんな町か来てみようっていう人は多いです。紹介していただくことも多いですし。ただ、鍋谷さんの場合は「下川に行ってコレを知りたい」「あれがしたい」と、目的がすごくはっきりしていました。
鍋谷 ……なんか、改めて話すと、恥ずかしいですね(笑)。
クラウドファンディングの効果はあった?
── 9月から1ヶ月半実施したクラウドファンディングですが、効果はありましたか?
河野 いろんなメディアから「家具乃診療所」について取材依頼が来ました。それから、実際に修理をお願いしたいというお問い合わせを何件かいただいて。すでに修理を始めていて、いま6件目のものをやっています。
実際に依頼をくれたひとの話を聞いていると、僕が考えていたことはやっぱり間違いじゃなかったなって思うんです。何十年も前に、地元の家具屋で買って使っていたものを直したいけれど、その家具屋さんはもうなくなってしまったから、どうしたらわからないという方も多くて。
鍋谷 ご年配の方ですか?
河野 年配の方が多いですね。人口も減ってお店もどんどんなくなっていくなかで、修理をしたいひとやモノを長く使いたいひとの受け皿にはなれるなと思って。特に、北海道は旭川市から北の地域にはそういう場所がないから、なおさらそう思います。
鍋谷 そういう声が届いたのは、実際に動き出したからですよね。
河野 クラウドファンディングは、ウェブだと年配の方々は見ないんじゃないかなと思ったんだけど、クラウドファンディングを始めたことで新聞の取材が来てくれて、その新聞を通じて知ってくれた方もいたし、ウェブで知ってくれたひともいて、半分ずつくらいでした。
鍋谷 僕も、このクラウドファンディングを通じて、製品とはまた別の切り口から「家具乃診療所」に込めたコンセプトを聞かせてもらったけど、すごくおもしろいなと思っていて。僕が積み木だけででやろうとしていたことを、もっといろんな形でひとのつながりに託すことでいい循環が生まれるんじゃないかなと思っています。
例えば、子ども向けのおもちゃって、ちょっと手をかければすぐ直るのに、欠けたり割れたりしたらすぐ買い替えちゃうけど、それってすごくもったいない。だから家具のメンテナンスの延長線上で、「家具乃診療所」の河野さんにうちの店に来てもらって、子どものおもちゃの手入れや修理を直接教えてもらえたりしたらいいな、とか。
河野 うん。
鍋谷 ワークショップを通じて、お客さんとお店のひとっていう関係性ではなくて、友達と他人の中間みたいなつながりというか、そういう関係性を育てていって、東京に住んでいるひとが河野さんに会いにいったり下川という地域に惹かれて遊びに行ったりするような感覚が、これからもっと広がっていくといいなって思いました。
いつでもつながっているし、いつでも動いているから
── 今後、おふたりで何かを一緒にやる予定はありますか?
河野 あります。でもまだ秘密です。
今回、クラウドファンディングやクルミの森を活用するプロジェクトでも、鍋谷さんにすごくアイディアや出しや協力をしてもらったから、今度はうちのほうで協力できることがないかなって思っていて。鍋谷さんからの「ワクワク待ち」です。
鍋谷 僕も、なにもお願いされてやったわけではなくて、自分も、自分のやりたいことをやっただけというか。僕としても河野さんに対して、次に僕ができることとかお手伝いできることがあれば言ってきてほしいなぁ、逆に(笑)。
河野 僕、今年は決めていることがあって。自分が心からワクワクすることしか、やらないっていう。
鍋谷 いいですねぇ。
河野 相手が偉いとか、これをやると地域のためになるとか、そういう動機もすごく大事なんだけど、それだけだと義務感ばかり感じてしまうようになる。だから相手の話を聞いて、ワクワクするかどうかで、やるかやらないかを判断しようって。
鍋谷 我々自身、直感でつながっているから、今後も直感でお互いにおもしろいなって思えることを共有したタイミングで、持っているプロジェクトがあれば一緒に動き出す感じですよね。いつでもつながっているし、いつでも動いているから。そういう関係性なんだって、今回改めてわかった気がします。
河野 ありがとうございます。まとめていただいて。木工とか家具づくりとは全く関係ないことでも、「おもしろいな」と思ったことを鍋谷さんに投げかけると、全然違う視点から考えたことを言ってくれるから、相談したいことがどんどん出てくるんだと思います。
鍋谷 やったー(笑)。どんなジャンプが生まれるか、楽しみだ。
文・構成/立花実咲
写真/小松崎拓郎
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