島の玄関口である菱浦港から車で5分、島のほぼ中央部に位置する海士町中央図書館。そこには今日も人が集まり、笑顔が溢れ、そして子どもたちが本から世界を学んでいます。「なんだ、普通の光景じゃないか」と思いましたか? 驚くなかれ、つい数年前まで、この島には公共図書館が存在しなかったのです。
「島の未来のために、図書館を作りたい」。かつてそう願った磯谷奈緒子(いそたに なおこ)さんは、「島まるごと図書館構想」の立ち上げから図書館開館、そしてクラウドファンディングを利用した資金調達から選書に至るまで、島の図書館運営を先陣切って進めてきました。
「ないものはない。それなら、あるものを活用しよう」。逆転の発想を活かした新しい島の図書館のあり方と、そこに込めた想いや夢を聞きました。
海士町の「島まるごと図書館構想」
── 海士町中央図書館開館の経緯を教えて下さい。
磯谷奈緒子(以下、磯谷) 8年前のことですが、過疎化によって島が存続の危機を迎えた時、持続可能な地域社会を造る力「人間力」が必要だという話になり、その中心として図書館教育が設けられました。その頃、島には公共図書館は存在せず、本と触れることができる場所と言えば一軒だけある本屋か、まだ蔵書が少なかった中央公民館図書室、小学校や中学校の図書館だけ。
私自身、学生時代に司書の資格を取るくらい本が好きだったので、島に図書館がないことはずっと残念に思っていました。それに、図書館教育を柱にすると決めたところで、いきなり潤沢な予算が確保できるわけではありません。まずは島の精神「ないものはない」にのっとり「島をまるごと図書館にしてしまおう!」という話になりました。
── 島をまるごと、ですか。
磯谷 はい、名付けて「島まるごと図書館構想」です(笑)。図書館のない島というハンディキャップをプラスに捉えて、島内の施設を図書館の分室として活用し、無理のない範囲での図書館サービスを始めようと考えたんです。
具体的には、保育園や小学校などの学校を中心に、公民館や港など人の集まる場所を図書分館と位置付けたり、あとは町に点在させる形で返却ポストを設置しました。それらを相互利用してもらうことで、島全体をひとつの図書館として考えてもらいたいという計画です。そこでは図書館の職員が各拠点、利用者、そして本をつなぐ役割を担うことになります。
磯谷 少しずつ蔵書を増やして環境を整え、今では図書分館が12ヶ所、返却ポストの設置は8ヶ所にまで増えました。各拠点は、場所はバラバラでも図書館の機能としては一緒ですから、どこで本を返しても大丈夫です。
そして、島まるごと図書館構想立ち上げから8年、満を持して2009年に開館したのが海士町中央図書館です。今みなさんがいる場所ですね。
住民が集う憩いの場としての図書館
── 館内は広く、とても居心地がいいです。思わず本を手にとってみたくなりますね。
磯谷 ありがとうございます。本を読むという文化的な営みを提供する場としてはもちろん、図書館は町の公共スペースであるという意識を持って運営しています。
磯谷 今はインターネットで本が簡単に買える時代ですから、図書館だけが本に触れることのできる場所でないことは十分に承知しています。でも、本屋は商店であって、公共スペースではありません。暮らしの中で自宅以外にくつろげる場所を持ったり、気軽に人と交流できる場があることは、生活の充実の面でも精神面でも非常に大事です。
特にここは島ですから、良くも悪くも島の中の人はみんな顔見知りです。いい時もあるけれど、やっぱりそれに疲れてしまう時もあります。特に妊婦さんや子育て中の方、Iターンで来たばかりの方などは、どう過ごしていいか分からない時もあると思うんですよね。かく言う私もIターン者なので、その気持ちはとてもよく分かります。そういった方に気軽に利用していただける空間でありたいですね。
── 図書館づくりというよりは、町づくりの視点ですね。
磯谷 そうですね。特に、本が子どもたちの成長の中でどう役立ってくれるのかについてはいつも考えています。島は本土に比べると広い社会と接する機会が少ないので、世の中で起こっていることに対しての興味関心の抱き方や、知ろうとする姿勢についてはハンディキャップがあります。
本を読んだからといって子どもの人生がすぐに変わるわけではありませんが、感受性が豊かになったり、学ぶ姿勢が身に付いたり、世界の広さを感じたりするきっかけにはなれるのではないでしょうか。事実、漫画しか手に取らなかった子どもが小説を読んだり、図鑑や伝記や思想の本を読むようになった姿を見ると、図書館員としての喜びを感じます。
自分の人生に対して主体的に動くという姿勢を学んでもらう意味でも、本と図書館ができることはたくさんあると思います。
── 島民が足を運ぶきっかけとなる、本の貸出サービス以外の取り組みがあったら教えて下さい。
磯谷 図書館主催で、様々なイベントを行っています。健康や暮らしをテーマにお気に入りの本を持ち寄って感想を発表したり、レクリエーション的要素を含んだ企画が多いですね。
図書館運営の苦労や悩み
── 図書館を開館する上で、大変なことは何でしたか?
磯谷 先ほど言ったように、この島には数年前まで公共図書館がなかったので、立ち上げる時は図書館が何のために存在するのだとか、誰のために開館するのだとか、みんなに図書館への理解みたいなものを訴えていくという苦労がありました。
磯谷 私も司書の資格をもっていたものの、実務経験はゼロ。経験も先輩も参考にできる図書館もない。自分自身で情報収集して、この島の図書館はどうあるべきかと考えていた時代は、とにかく悩んでいましたね。今思えば、楽しい時間でしたが……。
── 今はどうですか?
磯谷 図書館を作った以上は図書館として成長していかなければならないので、島の施設としてどうあるべきかというのは継続して考えています。
開館前と変わったなと思うのは、運営上の問題について悩むようになったことですね。図書館の職員は、私を含めて全員がIターン者、そして臨時職員です。もちろん図書館は土日祝日も営業していますので、限られた人員でどうやって運営するかというのは重要な問題です。
あとは、地元の方にもっと図書館を利用してもらうためにはどうすればいいのかということを考えていますね。図書館開館から5年経ちますが、未だにここに足を運んだことがない方というのも当然いらっしゃいます。それはそうですよね、この島で生まれ育った方の人生には今まで図書館なんて存在しなかったんですから。
そういった方にも「行ってみたい」と思ってもらえるような本のある空間づくりとは何か。それも私にとっては大きな課題かもしれません。
── 磯谷さんが参考にしている図書館はありますか?
磯谷 国内外の図書館を参考にしていますが、特にデンマークなどヨーロッパエリアの図書館に注目しています。ヨーロッパには、まずは図書館に足を運んでもらうことが大切で、そのために色々な取り組みをしようという意気込みの図書館が多いんです。
そういった場所の運営方針を見ると「自分は間違っていないんだ」と確認できる気がしています。そういった風潮は、まだ日本では弱いのではないでしょうか。
島の図書館としてより機能していくために
── 一昨年はクラウドファンディングにも挑戦されていました。成功おめでとうございます。
磯谷 ありがとうございます。海士町を訪れた人にクラウドファンディングをやってみたらどうかと提案していただき、図書館サービスを拡充したい一心で「島根県隠岐島の海士町中央図書館にみんなで本を贈ろう!」というプロジェクトを立ち上げました。ありがたいことに93名の方に応援いただき、目標金額を超える124万円の資金を集めることが出来ました。
磯谷 当時の図書館の年間予算に匹敵するほどの額でしたから、そのお金で購入する本は非常にこだわりましたね。職員だけでなく島民を巻き込んで、あーでもないこーでもないと選書に走り回ったのを覚えています。
── 図書館として、これから挑戦したいことはありますか?
磯谷 繰り返しになりますが、私が目指したいのは読書という文化的な活動を提供するのと同時に、町に広く開かれた公共のスペースとしての図書館です。蔵書を増やすことももちろんですが、子どもたちと島の未来のために今できることをひとつずつ、地道にやっていけたらと思っています。
あとは、増築がしたいですね(笑)。この図書館は、実は島外の方がいらっしゃった時におもてなしのスペースとして利用いただくこともあるんですが、今は交流スペースと読書スペースの仕切りがありません。だからカフェスペースを拡充して、会話も楽しみたいという方のニーズや、あとは心置きなく子どもを遊ばせたいといった親の声に応えられるような場所をきちんと作りたいです。
── なるほど。ありがとうございました。住みたいと思わされるような、素敵な図書館で感動しました。
磯谷 そう言っていただけて嬉しいです。大人が変われば子どもは変わる。子どもが変われば未来が変わります。町に開かれた図書館として、これからも島の人のために、新しい本をそろえてがんばりたいと思います。
お話を伺った人
磯谷 奈緒子(いそたに なおこ)
鹿児島県出身。ホテル勤務などを経て、2000年に海士町へIターン。海士町役場の商品開発研修生として町づくりの仕事に携わった後、地元の人と結婚。出産・育児を経て2007年に図書館職員として採用され「島まるごと図書館構想」の立ち上げに関わり現在に至る。
この図書館の情報
海士町中央図書館
住所:島根県隠岐郡海士町大字海士1490
電話番号:08514-2-1221
開館時間:火~金曜日 9:00~18:00、土日祝日 9:00~17:00
休館日:毎週月曜日(月曜が祝日の場合は、翌日が休館日)
公式サイト:海士町中央図書館
【島根県海士町】特集の記事一覧はこちら
- 【島根県海士町】島と子どもの未来を変える「島まるごと図書館構想」
- 【島根県海士町】この島がこの島であり続けていくために – 観光協会 青山敦士 –
- 【島根県海士町】「好きな島といえば海士町!」という未来を目指して
- 【島根県海士町】故郷の中心には、隠岐神社がある。禰宜(ねぎ)・村尾茂樹
- 【島根県海士町】会いたい人には二度、三度会いにいけ。株式会社 巡の環 岡部有美子
- 【島根県海士町】デザインの無いところでデザインを。海士町の観光協会のデザイナー・千葉梢
- 【島根県海士町】島宿「但馬屋」から学ぶ循環する島暮らし
- 【島根県海士町】移住希望の若者よ「プレイヤーを目指せ。もうプランは十分だ」
- 【島根県海士町】「共生」なんておこがましい。持つべきは自然に生かされているという視点
- 【島根県海士町】専業主婦がいない町。離島に嫁いだ女性のリアル
- 【島根県海士町】地域暮らしの新しい働き方「マルチワーカー」とは
- 【島根県海士町】Iターン写真家が語る「つらいのは当たり前。まずは楽しめ!」の姿勢
- 【島根県海士町】鳥への愛は海を超え、渡り鳥への愛は島を超え
- 【島根県海士町】島の恵みがいただける、おすすめの食事処ベスト4
- 【島根県海士町】社会福祉協議会 片桐一彦の「島で生まれて島で死ぬ、これからの福祉」 – 前編 –
- 【島根県海士町】社会福祉協議会 片桐一彦の「島で生まれて島で死ぬ、これからの福祉」 – 後編 –
- 【島根県海士町】「島宿 和泉荘」女性限定の秘密のBarへ、ようこそ
- 【島根県海士町】移住・観光したい人へ!海士町へのアクセスをご説明します
- 【島根県海士町】みんな大好き!あまコミュニティチャンネルとは?
- 【島根県海士町】ぼくが島に辿り着くまで− 巡の環 信岡良亮 −:第1回
- 【島根県海士町】ヒトが絶滅危惧種?日本を変えないと海士町は変わらない:第2回
- 【島根県海士町】巡の環が目指す、江戸時代の藩邸をモデルにした「島の大使館構想」:第3回
- 【島根県海士町 編集後記】あとは「この土地で生きていく」という決意だけ
- 【島根県海士町】若者は開拓者だ。「隠岐國学習センター」から都市でも世界でもなく”地域を目指す
- 【島根県海士町】離島でグローカル!ぼくの新しい挑戦隠岐國学習センター長・豊田庄吾
- 【島根県海士町】ならではの資源で持続可能な産業を。株式会社ふるさと海士・奥田和司
- 【島根県海士町】甘酸っぱいふるさとの味。愛される「崎みかん」をもう一度。
- 【島根県海士町】崎みかんを育てるIターン者が、永住前提で島へ移住した理由
- 【島根県海士町】耕作放棄地ゼロの島に、いま何が起きている?「サンライズうづか」向山剛之
- 【島根県海士町】一度飲んだら忘れられないハーブティー「ふくぎ茶」に本気です|「さくらの家」施設長・本多美智子
- 【島根県海士町】寮は暮らしと地域を学ぶ場。大人ではなく生徒がつくる島前研修交流センター
- 【島根県海士町】だから僕たちは島に来た。「島留学」の男子高校生の暮らし
- 【島根県海士町】を旅するなら必ず泊まりたい!島のお宿「なかむら」&居酒屋「紺屋」
- 【島根県海士町】の遊び場「あまマーレ」から広がる人の輪
- 【島根県海士町】迎えても迎えても、出ていく移住者。「見送りの文化」を変えたい|島のお宿「なかむら」中村徹也
- 【島根県海士町】島生まれ島育ちの隠岐牛ができるまで|隠岐潮風ファーム・竹谷透
- 【島根県海士ゼミ】序章:海士ゼミに参加する君たちへ「当事者としてチームで未来を考えよう」
- 【島根県海士ゼミ】第1回:地域活性には4層のフェーズがある
- 【島根県海士ゼミ】第2回:君たちは「プランB」をつくっていく世代だ
- 【島根県海士ゼミ】第3回:「人間関係を重視する」「物事を進めていく」力の両方をインストールしよう
- 【島根県海士ゼミ】第4回:「モノ」や「お金」に心を乗せて「あなたに」贈ろう
- 【島根県海士ゼミ】フィールドワーク:武蔵野大学生たちが島で動き、感じ考えた3日間
- 【島根県海士ゼミ】都会と田舎の新しい関係を考える〜武蔵野大学 ✕ 巡の環 ✕ 灯台もと暮らし〜
- 【告知】11/28島の未来を考える「AMAカフェ」@ロハスカフェ有明を開催します!
- Iターンのきっかけにも!島根県海士町「島旅企画会議・AMAカフェ@東京」に参加してきました
- 島根県海士町の山内道雄町長、海士町交流特命大使の信岡良亮さんが登壇|TIP*Sマナビジカン主催のイベントが開催
この特集の裏話・未公開音源をnoteで限定公開中!
- [音で聴く]大地があって、自然があって、その上に人がいる。|隠岐しぜん村・深谷治さん
- [音で聴く]海士町の「福祉」のあり方を変えたい。福祉協議会・片桐一彦さん
- [取材記]編集部のモットーは「ローカル取材 with ワン・ミュージック」
- [ゆるぽむ的取材日記]海士町は、日本の縮図足り得るか
- [ゆるぽむ日記]専業主婦より、働く方が偉い島。
- [ゆるぽむ日記]綱引きして女子専用バーに来ました!
- [取材日記]ショートカットする「渡り鳥」の勇猛さに脱帽
- [ゆるぽむ日記]「羽田に向かえ」と言われたから、私……。
- [ゆるぽむ日記]島根に向かう飛行機の中で、ひとり
- [ゆるぽむ日記]島根県海士町特集の写真の悩み(笑)