逗子駅。鎌倉からひと駅東に位置したこの地域で、出版社を営む夫婦が暮らしています。2015年4月に「合同会社アタシ社(以下、アタシ社)」を設立したのは、夫であり編集者のミネシンゴさんと、妻でありデザイナーの三根加代子さん。雑誌『髪とアタシ』や書籍の編集、デザインをふたりでおこなっています。
前編となる今回は、ふたりが暮らし、日々熱く議論を交わしている事務所と町を一望できる披露山公園で、アタシ社を設立した背景に迫りました。
ミネ シンゴ
夫婦出版社 合同会社アタシ社 代表社員
1984年生まれ逗子在住。東京、神奈川で美容師4年、美容専門出版社 髪書房にて月刊Ocappa編集部に2年在籍したのち、 2011年10月にリクルート入社。 リクルート在籍中に「美容文藝誌 髪とアタシ」を創刊。フリーペーパーKAMAKURA 副代表、kamakura FM82.8パーソナリティを5年務める。 湘南「小商い」作戦会議モデレーター@湘南TSITE、近い将来、鎌倉・逗子に住みたい働きたい学モデレーター@みなとみらいBUKATSUDOとローカル仕事も急増中。
三根 加代子
千葉県生まれ、カナダにて7年過ごす。株式会社リクルートメディアコミュニケーションズ入社、在職中に桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科を卒業。現在は夫婦出版社「アタシ社」専属のデザイナーとして働きながら、デザイナー、ディレクターとして企業PRや、ソーシャルメディアを使ったキャンペーンに携わる。
「アタシ社」設立。パートナーと同じ夢を見て
三根加代子(以下、加代子) ミネくんと出会ったのが震災の1年前だから、2010年のこと。私がまだ24歳で、ミネくんが26歳。こんな長くお付き合いが続いて、しかも結婚するとは思わなかったね。
ミネシンゴ(以下、ミネ) そうだね。当時、加代子は結婚情報誌『ゼクシィ』でディレクターをしていて、ぼくは鎌倉で美容師として働いていた。美容業界を変えたいっていう、やりたいことを突き詰めていった結果、ぼくもリクルートホールディングスに入社することになったわけだけど。
加代子 『髪とアタシ』をつくる前は、「美容院をつくりたい」って言っていたよね。
ミネ そうそう。でも美容業界を変えるためにサロンをつくることが一番いいのか、どうしたら業界が変わるのか方法がわからなかった。そんな2013年の12月に、リクルートで働きながら『髪とアタシ』を刊行した。このときはまだ、出版社を立ち上げようとは思っていなかったね。
加代子 ある月夜の晩に二人で歩いてるとき、「雑誌をつくっているなら出版社として活動するのもいいんじゃないかな?」って冗談まじりで提案してみたら、「それもありだね」って話したんだよね。
ミネ ぼくが編集して、加代子がデザインする。『髪とアタシ』を刊行して、出版社を立ち上げることもアリだなって思い始めた。夏葉社の島田潤一郎さんやタバブックスの宮川真紀さんとか、ひとりで出版社を立ち上げた方々と出会った影響も大きいと思う。
加代子 そうして今から約1年前の2015年4月に、逗子で小さな夫婦出版社の「アタシ社」を設立した。最近はフリーランスとしてそれぞれが仕事をいただくだけじゃなくて、少しずつ夫婦でできる案件も増えてきて、うれしいね。
ミネ 『髪とアタシ』の他に、今は鎌倉の町の地域冊子や石巻のハウスメーカーのウェブサイトの制作、これからは社会問題を扱うリトルプレスの『たたみかた』とか、美容院の書籍をつくる仕事が楽しみ。
加代子 そうだね。ふたりで会社をつくってから1年が経ったけれど、出版社として仕事を始めてみて、良かった!と思ったことはある?
ミネ 3号目をつくっているときに、個人と法人でできることの違いを感じたかな。
加代子 違いというのは?
ミネ 水木しげる(筆名:東真一郎)さんの漫画『髪 KAMY』を掲載したくて、(株式会社)水木プロダクションに問合せたら、個人には無理だけど法人化したら貸してくれたんだよね。それから、取次を通して書店に本を届けられているところも、いいなって。
加代子 そうね。あとはやっぱり逗子で、夫婦で出版社をつくって良かったことがあると思う。
ミネ アタシ社がメジャーになるために、虎視眈々と世の中を見て企むには、逗子はとても適した場所。イベントに登壇するときも、二項対立として東京と地方を捉えることが多いのだけど、ぼくは逗子にいながら東京といかに共存するかが大切だと思っていて。文化的なこととか、東京には勝てないことがあるからね。
加代子 でも、自分の時間をちゃんとつくって、将来をちゃんと考えて生きるには、逗子や鎌倉がいい。
ミネ だから加代子との会話のほとんどは、仕事や自分たちの未来の話。朝起きても、家に帰っても、ご飯を食べているときもそう。
いくつになっても一緒に働ける暮らしがしたい
加代子 周りのひとから見ると、いつ息抜きしているの?って誤解されてしまうことがあるけれど、それが苦じゃないのよね。
ミネ 常に会議できるから、お互いすごくメリットがある。紙やウェブの制作物をつくるときも、「もっとこうした方がいいんじゃない?」って、加代子と意識をすり合わせながら制作しているよね。
加代子 日常だね(笑)。
ミネ だからふと加代子がいない世界を想像すると、結構ゾワッとするよ。「やばい!生きていけない」って。『髪とアタシ』は誰がデザインするんだ? 今やっている仕事はどうしよう? 仕事のパートナーは他にいるかな? そう思うと、ぼくが生きる上で加代子がきっと最高のパートナー。
加代子 ありがとう。そして、おこがましすぎるんですけど、白洲次郎と正子のような……歳をとっても粋で、自分を貫き、お互いを尊敬し合えるような、そんな夫婦像が私たちの憧れ。
ミネ こうやって仕事も一緒にしながら過ごしてきているけれど、いちばん思い出に残っていることってなんだろうね。
加代子 結婚式とか新婚旅行も良かったけれど、心に残っているのはふたりで仕事を取ってきた瞬間とか、製本されたばかりの『髪とアタシ』のダンボールが家に届いた瞬間じゃない?
ミネ そうだね(笑)。
加代子 生涯一緒に過ごすパートナーとやりたいことが合致して、同じ夢を見られること、そして事業展開の話をいちばん近くにいてくれるひととできることを、私は誇りに思うなぁ。
ミネ 今までぼくは美容一筋。美容師やって、美容雑誌の編集者をして、鎌倉でもう一度美容師として働いた。そのあと腰を壊したことをきっかけに美容師をやめて、リクルートに入社して、いつの間にか夫婦で出版社を始めていた。
振り返ると……加代子と出会って、人生がものすごく楽しくなった。めっちゃ喧嘩するけどね(笑)。
── 喧嘩の絶えない夫婦の関係は「好きだけどムカつく」? 後編に続きます。