島根県にある離島・海士町の最南端にある崎地区で、甘酸っぱくておいしい「崎みかん」を島の産業にすることを目指す「崎みかん再生プロジェクト」が進んでいます。このプロジェクトに携わるのは、海士町役場の地産地商課で臨時職員として働く丹後貴視さんと、白石宗久さん。
もともと海士町の産業だったみかん農業を復活させ、将来的には地域の人たちに愛される観光農園をつくるため、おふたりは今、どのような活動をしているのでしょうか?
みかん畑の原風景が見たい
── 「崎みかん再生プロジェクト」がスタートする経緯について教えていただけますか。
丹後貴視(以下、丹後) 海士町がみかん栽培を始めたのは、昭和30年台の半ばです。この頃、お父さんは漁で魚を獲ってきて、お母さんが山でみかんを栽培していました。ここ崎地区では、最盛期は10ヘクタールを上回る面積の農園があったそうです。東京ドームが約4ヘクタールなので、ふたつ分と少しくらいですの広さですね。
── でも、現在はみかん産業が衰退してしまった。なぜですか?
丹後 1972年に、みかんの価格が大暴落したからです。冬になると「こたつにみかん」が、よくある風景になってきて、海士町よりも大規模なみかんの産地が出現しました。四国や九州で急激にみかん産業が成長し、一方で海士町のような小さい産地は衰退し、みかんを栽培することができなくなりました。崎地区の現状を言えば、生産者が4名くらい。収穫対象にならない樹齢50年ほどの老木しかないんです。
白石宗久(以下、白石) 10ヘクタールあった農園面積が、今では約0.4ヘクタールになってしまいました。でも海士町内では、「あの甘酸っぱいみかんをもう一度食べたい」「みかん畑の原風景を見たい」という声がぽつぽつと上がってきたんです。町としてもう一度「崎のみかん」を復活させようと、ぼくは地域おこし協力隊、丹後くんは集落支援員という制度を利用して、海士町役場の地産地商課で臨時職員として、2013年度からみかん栽培の研修を始めました。
── これまでの活動としては、みかんの苗木を植えて育てる、ということになるのですか?
白石 そうですね。2015年は1,200本の苗を植えました。同年の途中から大学生の助っ人が来て3人で作業をしたんですけど、まあ大変。穴を掘って、苗木を植える。約1ヶ月くらいの植苗スケジュールを立てて、その見通しに沿っていくと、日に100本植えなきゃならない。ひーひー言いながらやってましたけどね(笑)。将来的には1万本近くのみかんを育てる予定です。
丹後 早くみかんを採れるように苗木や園を大きくすることが第一優先です。成果が出るまでの辛抱ですね。
本当においしいものを選び、食べる時代が来る
── 農園にはどれくらいのみかんの苗木が植えられていますか?
丹後 1,600本の苗木が、みかん畑に植わっています。これで1本あたり10kg採れると、16トンも生産できます。これはつまり、海士町(中ノ島)内で食べるには十分な量です。まずは海士町、西之島、知夫里島の島前地区3島で売り、ゆくゆくは東京の人にも食べてもらいたいですね。
丹後 でも本音を言うと……まずは自分が食べたいから育てている、という感じです。
ポットで苗木を育てたら畑に植替えて、さらに手を費やしてはじめて実るみかんを、じつはまだ食べていないんですよ。「地域の人のために食べてもらいたい」と思うけど、本音はまずぼくが食べたい(笑)。
── 間違いないですね(笑)。ぼくも同じ立場だったら、きっとそう思います。
丹後 みかんを食べる瞬間こそ、これまでの数年間の苦労が報われる瞬間なのかな。誇りを持って「うまい」と思えたら、他の人にも食べてもらいたくなりますよね。
白石 今は、わざわざ農家の顔が見える野菜を買ったり、都会のハンバーガー屋さんでも新鮮野菜とフレッシュミートを使ったりしているのも珍しくないですよね。安いからなんでもいいという意識が変わり、これからは本当においしいものを選んで食べるのが普通になるだろうと思っています。
地域に愛され、人が集う観光農園に
── みかんが実ったら、島や本土でどのように販売・展開していきたいですか?
白石 みかんが収穫できても、当然B級品は出てくるはずです。6次産業化、つまり加工品づくりも早いうちからやっていこうと思ってます。
あと今年から仕事旅行社と一緒にみかんの農作業体験ツアーを企画しています。海士町に来る人に農業体験をしていただいて、少しでも崎みかんのファンを増やしたい。
── プロジェクトの過程から消費者と触れ合うのは、産業が生き残るための大切なポイントだと感じます。
丹後 崎みかんを産業化するために、行政(海士町役場)が投資してくれています。まさに、島総力戦です。「農業をやりたい」と言っても、行政は十分にサポートしてくれない地域が多いんですが、海士町は本気でやるなら全面的にバックアップしてくれる。金銭的にすごく助かっていて、非常に稀な地域だと思います。
── 地域の支えがあるから続けられる「崎みかん再生プロジェクト」なんですね。
白石 こんなふうに農業は地域と密接に関わっていると感じられるからこそ、必ず地域に還元して愛される崎みかんを再生しなければと、気が引き締まりますね。
── 海士町でみかんを育てる未来には、どんな暮らしが待っているのでしょうか。
丹後 先日出張で訪れた大崎上島には、無農薬の観光農園があります。農園には一面に芝生が敷き詰められ、子どもは裸足で歩けるところです。週末は地域の人が来て、バザールやBBQをする。僕らの農園は、まだまだそこまで到達できないですが、最終的には地域の方々が集まれる観光農園をつくりたい。
白石 海士町に観光として訪れるところというと、明屋海岸と隠岐神社くらい。観光農園が島外からも魅力的に映る海士町のコンテンツになるといいのかな。
丹後 島前3島地域の人、本土から来た人、なおかつ崎地区の方々もいます。人の交流が生まれるような農園を、みかんを通してつくりたいです。
白石 崎みかんの観光農園は、ふたりで話し合って決めた、大きな目標です。
お話をうかがったひと
丹後 貴視(たんご たかし)
島根県雲南市出身。1990年生まれ。大学では地域政策を学び、卒業後島根県内で就職。地域おこしや食に興味があり、一念発起して海士町に移住。海士町・地産地商課「崎みかん再生プロジェクト」に携わる。趣味は料理。
白石 宗久(しらいし むねひさ)
1968年北九州で生まれる。大阪工業大学に入学。その後、電子関係で様々な知識を吸収し、大学の恩師の推薦もあり 京都の半導体製造メーカーに就職。仕事内容は、半導体(抵抗やコンデンサ、LED等)の中でも特にICを検査する装置開発に携わる。その後、娘の島留学を機に海士町へ移住。「崎みかん再生プロジェクト」をスタート。趣味は魚釣りと晩酌。地元の若者と良く釣りに行って、 釣った魚で宴会をすることで地元の若者との交流を深めている。
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