2015年の4月いっぱいで地域おこし協力隊を退任することになった牧貴士さんは、岐阜県飛騨市で活動してきました。小京都と呼ばれる町並みや、飛騨の食材や木工家具のブランドなどで有名な地域の魅力は、「やんちゃ」「こうと」「そうば」の精神だと話します。
そして今回は、これまでの地域での活動と経験をまとめていただきました。これから地域暮らしを考えている人は、ぜひ参考にしてみてください!
Q1:自己紹介をお願いします
牧貴士(まき たかし)です。岐阜県飛騨市で地域おこし協力隊として活動をしていました。2015年の4月付けで地域おこし協力隊を退任し、次のステップに進んでいます。
Q2:活動について教えてください
1.これまでの取り組み
商品開発プロデューサーという役割で、地域おこし協力隊に着任しました。飛騨市にある素材を活用して、新たな商品やモノを作ることが目的です。そのなかで、先日発表された「株式会社 飛騨の森でクマは踊る」の設立に向けて、着任当初からお手伝いを行なってきました。
どんな会社かを簡単に説明すると、林業再生をミッションとしている株式会社トビムシさんと、クリエイティブを流通させることをミッションとしてFabCafeなどの運営を行なっている株式会社ロフトワークさんの2社と、飛騨市が出資して作った会社です。なかなか活用されていない森林資源を使って何かできないか?という飛騨市の要望がきっかけで実現しました。
そもそも「株式会社 飛騨の森でクマは踊る」が拠点を置く飛騨古川という町は、豊富な森林資源や飛騨の匠と言われるほどの卓越した木工技術を持ち、昔からある文化を今なお継承し続けている古い町並みが特徴です。観光地として有名な飛騨高山から電車で富山側に20分ほど行ったところにあります。
ここで木材とファイナンスを掛けあわせたり、伝統技術と最新技術を融合させたり、何より町に根付いている古き良き文化を感じてもらうために、滞在型のFabCafeを作って、企業研修や新製品開発などがこの場所で行われることを期待しています。
僕が飛騨市に来てみて最初に思ったのは、古い町並みが何故か凄く綺麗に見えたことです。後から、観光のために作られた町ではなく、昔から暮らしている人たちが「自然と共生している」からこそ、美しいのだなと気づきました。町中を歩いていると子どもたちが挨拶してくれたことにもビックリしました。森林資源はあるし、野草茶、800年続く山中和紙、和ろうそく、昼夜の寒暖差が大きいので食物も水もおいしいです。
本当にいい場所で、ステキな素材がたくさんあるのに、それを活かせないのはもったいない。また、新しいモノやコトを作るのは何もないところでやるよりもずっと取り組みやすい環境だと思いました。
とはいえ、モノが作れても売れるかどうかは別問題です。飛騨市からどうやって発信していくのがいいのか、考えることがポイントだと思っています。あとは飛騨古川と現代の文脈をうまく掛けあわせて、やるべきことをやっていくだけなんだろうなと。飛騨に限らず、地域でこういった新しい動きが生まれて本当に良かったです。
2.これから取り組もうとしていること
じつは……いろいろな事情が重なって、今年の4月いっぱいで地域おこし協力隊を退任することになったんです。個人的には永住したいと思ったほどに気に入った飛騨を離れることはとても寂しいのですが、嘆いてもしょうがないですね。これをポジティブに捉えて、今度は外から、飛騨にある素材を活用することを考えていきたいです。具体的に言うと、森の中で採れる野草などの材料を活かして「野草グラノーラ」が飛騨で開発されています。これを飛騨のブランドとして、僕が住んでいる滋賀でも販売できたらいいなと思っています。
他にも飛騨の木を材料とするワークショップを開いたり、後述する「やんちゃ、こうと、そうば」という飛騨古川にある考え方を活かした取り組みをしていきたいです。
そもそも飛騨ではない土地でやることに「どんな意味があるのか?」は、まだしっかり定まっていませんが、その時々で飛騨の話をして、飛騨をアピールできるというのは、僕自身が好きだからこそ話したいことです。相手の好きなことを聞けるのって、なんだか嬉しいじゃないですか。感情が動くキーワードを軸に対話ができる時は、人を動かす何かのきっかけになるのではないか、と思っています。
3.いつかやってみたいこと
飛騨に住んでいる子どもたちが、世界中から飛騨に集まってきたモノづくりをするクリエイターを見て「飛騨でモノづくりの最先端が学べるんだ!」という体験を生み出したいですね。東京などの都会に行かなくても、飛騨が世界水準のクリエイティブを体験できる場所になれたら、めちゃくちゃ嬉しいです。
なぜかというと、飛騨の場合モノづくりの文化や、伝統文化の根付いた暮らしがあるからです。例えば、もともと違う仕事をしているおじいちゃんが、趣味で木工製品を作っているクオリティが半端じゃなく高い。ランドセルや靴とか、帽子を木で作っているんですね。身近にこういう人たちがいると、名も知れない名工がまだまだたくさんいると思うし、みんな楽しそうに自分の暮らしを話してくれます。
何か創作したい人にとって、こんなに適した地域はなかなかないのではないか、と思います。飛騨で育った子どもたちが飛騨の未来を創っていってくれたら嬉しいですね。
Q3:地域おこし協力隊を始めたきっかけを教えてください
いつか滋賀に戻って、滋賀を盛り上げたい
大分県生まれ、滋賀県育ちでどちらかというと田舎で育ってきました。社会人になって大阪、東京に住み、すぐに自分で起業して約8年間、様々なことをやってきました。
その中で「いつか滋賀に戻って、滋賀を盛り上げたい」とずっと思っていて、どうやっていくかと考えていた時の選択肢として、地域おこし協力隊を知りました。当時は2011年くらいだったと思います。その後2014年の4月に、起業経験のある自分の良さを活かせそうな募集要項に惹かれ、飛騨市の地域おこし協力隊に応募しました。
Q4:地域暮らしの魅力を教えてください
自分のペースで暮らせること
都会は人が多すぎて、自分のペースで歩けません。常に周りを気にしていないと誰かとぶつかるし、次の駅に着くたびに、どれくらい人が入ってくるのか気になります。とても個人的な話なのですが、僕は背が高いので満員電車だとよくもたれられるんです。くたびれていれば、もたれたくなる気持ちはわかりますけど、でもしんどいですよね。
飛騨市は人が少ないので、どこへ行ってもマイペースで歩けます。観光地化されてないのに町並みはキレイだし、近所の子どもは挨拶してくれるし、商売っ気がないから、ふらっと立ち寄ったお店でも押し売りされることもないからゆっくりできるんです。
先日町に来てくれた友達の案内をしている時に、豆腐屋さんの前でおからが売っていたので、友達が買おうとしたんです。
「すいませーん」って奥にいるであろう人に声かけたら、返事もせずゆーっくりおじいちゃんが出てきて、「なんや、若いもんが何か用か?」みたいな怪訝そうな感じで近づいてくるんです。「おから欲しいんですけど30円ですか?」と聞いたら「え? あ、そうそう」って「え、買うの?」みたいな反応でした。
その前にも、まつり広場という場所でおだんごと五平餅を買って、焼き上がるのを待っている間にお土産を買いました。すると「え、お土産まで買ってくれるの? ありがとう、ありがとう」みたいな反応だったので、思わず笑ってしまいました。売る気が全然ない(笑)。
都会にいると、無意識のうちに世間に流されたり、合わせたりしているかもしれません。飛騨で暮らしてみて、自分のペースで暮らす実感を得られる魅力があると思います。
Q5:心に残る体験・出来事を教えてください
ちゃんと「夜が暗い」こと
初めて飛騨に泊まった夜、19時頃なのに駅前の道路は車もほとんど通らず、とても静かでした。僕、雪が積もっている時の独特の外の静けさが大好きなんですが、それを思い出しました。周りを囲む山が音を吸収しているのかもしません。
あと、町全体に明かりが少なくて「ちゃんと暗い」ということも心に残っています。都会は夜でも明るいですよね。それがどうしたって話なんですけど、ちゃんと「夜が暗い」っていいなと思いました。冬空の下で1時間も写真撮っている人がいるくらい、びっくりするほど綺麗な星空です。
どの地域でも同じことだと思いますが、身近に当たり前のように自然があることってほんとにいいですよね。こうやって自然に対して「いいな」と思える感覚って、すごく大事だと思います。
例えば、その土地を訪れてはじめて体験できる良さは、五感で感じるからだと思っています。飛騨のことは、本で知ることができますし、ネットで調べたらいくらでも情報は出てきます。それらを目で見て想像すれば、ある程度知った気になってしまうけど、じつは何ひとつ現地のことをわかっていません。
想像しかしていない場所に立ってみることで、過去の似たような経験を思い起こさせて、懐かしさを感じて「いいなあ」と思えるのかもしれません。
Q6:町のおもしろい人を教えてください
- 岩佐勝二さん
岩佐鉄工所で働いており、町の発明王と呼ばれています。岩佐さんの工場は家に近づけば異彩を放っているのでわかります。風車がたくさんくるくる回っていて、「三途の川?」と思ってしまうようなところです。いろんな発明品を作っていて、いつも楽しそうに説明してくれる方です。
Q7:地域の失敗談を教えてください
あまり地元の方々と触れ合えなかったことですね。新しい事業体設立のための準備で、東京や京都に行く機会も多く、僕の存在は知っているけど見たことがない、とよく笑いながら言われました。ネガティブな意味で言われていないので良かったのですが、それも地域で一緒に活動してくれた人たちが説明してくれていたからだと思っています。
だから、なるべく現地にいた方がいいです。また、自分の活動を理解してくれる人が地域にいることが大事ですね。
地域の人たちと仲良くなる方法は、お酒です(笑)。長時間、身の上話をする時間を適度に取ることが、お互いのことを知るにはいちばん早いと思います。話さないとわからないことだらけですから。時間の共有が長ければ長いほど、仲良くなれると思います。
Q8:地域の魅力を教えてください
自然と寄り添いながら暮らしてきた歴史
飛騨の魅力はなんといっても、地域に文化が根づいているということだと思います。周りは山で囲まれていて、冬は積雪で大変です。自然と寄り添いながら、生活してきた歴史をいたるところに見ることができます。
家の屋根は側溝(そっこう)の丁度上で揃えられていて、これは雪が落ちた時にそのまま側溝の中に入るように設計されているそうです。
町の中を流れる瀬戸川に鯉が泳いでいる理由は、昔、生活用水が川に流れるようになって、汚くなった時期があったそうなんです。その時に「ゴミを捨てるな」と看板で注意するのではなくて鯉を川に放流したんです。
そうしたら当然、鯉が泳いでいるわけですからゴミや生活用水を捨てられなくなりますよね。町の景観を崩すことなく、今より少しでも良い景観にする。これは「やんちゃ」や、「こうと」の精神に基づくものだと思います。
Q9:地域の課題を教えてください
新しいコトやモノを創る人が不足していることでしょうか。飛騨には魅力的な素材がたくさんあります。 趣味で素材を活かしている人もたくさんいます。でも、それが町全体にとってそこまでプラスに働いていません。発信することが善ではないですが、どんどん人が減っていくなかで、地域に注目が集まり始めている今、知ってもらうなら発信しないと見てもらえません。
ただ今年に入って、どんどんクリエイターや企業が飛騨に訪れる機会も増えて、課題はあと数年で解消されるかもしれません。まだ活動に抽象的な部分もありますが、これからさまざまなことが発信されていくと思います。
Q10:好きな地域のごはんは?
西さん家の五平餅
五平餅は町のいたるところに売っているんですが、西さんという人の家の五平餅は、えごまのタレがかかっていて、お店で売っているものよりもおいしいです。えごまって結構高級らしいので原価高そうなんですけどね(笑)。
Q11:Webに露出していない地域の情報を教えてください
飛騨古川を表す「やんちゃ」「こうと」「そうば」
飛騨古川を表す3つのキーワードがあって、これがすごく気に入っています。そのキーワードは「やんちゃ」「こうと」「そうば」です。「やんちゃ」とは、「やんちゃの精神で」とよくお祭りの時に言われるのですが、みんなで一致団結してひとつ上の水準を目指す気質のことを言います。
「こうと」とは、質素な生活でも品格を重んじる気風です。「そうば」とは、「そうば崩しを嫌う」という言葉があるように、周りと合わせて調和を大事にするという心構えです。こうした姿勢が、飛騨古川の古い町並みがキレイに残っている理由なのでしょう。今でもこの町で新しい家を建てる時は、風景に馴染む外観になるそうです。
あと、もうひとつ。飛騨古川の町中では黒く塗られている木が多く、特に瀬戸川沿いの白壁は、建物の壁が白く塗られ、木材は黒く塗られています。
なぜ黒く塗っているのか、わかりますか? 飛騨の「五木」という、ひのき、すぎ、さわら、ひば、ねずこという五種類の木は、公用の御用木(ごようぎ)として幕府や藩に管理されていたので、地元でなかなか使用できなかったそうです。江戸などが火災に遭えば大量の建築資材が必要になるので、資材として確保しておく必要がありますよね。
でも、地元のいい木を使いたいじゃないですか。それで昔の人は勝手にいい木を切ってきて、どんな木を使ったのかわからないようにするために黒く塗ったそうです。聞いた話なのでどこまで本当なのかわかりませんが、とてもおもしろい逸話でした。
Q12:町でお世話になった人を教えてください
- 松本剛さん、竹田慎二さん
地域おこし協力隊に着任した当初から、このお二人といっしょのことが多く、とてもたくさんのことを学ばせてもらいました。松本さんはIターンして飛騨に住み、3年半ほど経つ方で、株式会社トビムシで働いている方です。僕と雰囲気が近いと思っているんですが、人とのコミュニケーション能力や実務遂行能力が素晴らしく、たくさん学ばせていただきました。
他にも家に呼んでもらってカレーをごちそうしてもらったり、いろんな方を紹介してもらったり。松本さんがいてくれたおかげでスムーズに町へ入っていくことができました。
竹田さんは市役所の職員の方で、生まれも育ちも飛騨市。新会社設立にあたっては、この方がいてくださったおかげで実現できた部分も大きいです。市役所内での調整は、全て竹田さんがやられていました。本当に頭が下がります。いつも謙遜されているのですが、とても素敵な視点で飛騨市を見ていて地域をよくするアイデアもたくさん出されています。こんな方が市役所の中にいれば安心だなぁ、と思っていました。
しんどい時などもありましたが、お二人がいつも暖かく受け止めてくれるおかげで、頑張ることができました。本当に感謝しかありません。
Q13:注目している地域おこし協力隊は?
- 岐阜県大野郡白川村の協力隊
初期メンバーの3名とは会ったことがあり、とても地域の活動に熱心な方たちでした。同世代で仲も良さそうでしたし、それぞれ役割を決めてしっかり動いていました。着々と成果を出しているのですごいなと思っています。
ひとりは家族で移住して空き家を購入、カフェをオープンして町に集う場所を作りました。ひとりは今年から世界遺産に登録されている、合掌造りの家に住み始めたようです。今まで「合掌造りの家に住む」ということはなかったようですよ。
一人ひとりがしっかり自分の役割を理解された上で行動していると、町が小さければ小さいほど、影響力がどんどん大きくなりますよね。白川村は大きい村ではないので、今年から地域おこし協力隊が7人になって、ますます彼らの活動は精力的になっていくのではないかと思っています。
今夏におもしろいことやるみたいです。ぜひ興味を持った方には訪れてみてほしいですね。
Q14:地域おこし協力隊へ応募しようと思っている人へのアドバイス
熱意を持った人がいるかどうかを選択肢のひとつに
その土地で「起業する気」で行くほうが絶対楽しいと思いますが……。興味があるなら、まずは東京にいるよりも地域に足を運んで、肌で感じてみることが大切です。受け入れる行政の担当の方の熱意と、地元の方でひとりでも熱意のある人がいれば、きっと何をやってもうまくいくと思います。問題は実現までの時間だけですね。
地域は比較的何もないところだからこそ、どんなモノも創れるし、コトも起こせます。でもひとりでは、何もできません。周りの人たちとの協力があるから形にできます。そんな人たちがいるかどうかを、地域を選ぶひとつの選択肢にしてみることをおすすめします。
世間でも言われていることですが、これから地域の役割がますます大きくなってきます。人口減少や空き家の増加、大変なことだらけです。逆に言えば、何かを創るにはチャンスであり、今まさに地域は「人」を求めています。今ならタイミングもバッチリだと思いますよ。
お話をうかがった人
牧 貴士(まき たかし)
滋賀県出身。立命館大学卒業後、大阪の営業会社に入社。2005年に独立し、Webサービス制作や新規事業開発のファシリテーター、スクール事業などを展開。2014年に地域おこし協力隊として飛騨市に移住、地域活性化の為の事業立上げを支援したのち、滋賀に戻る。誰もが夢を叶える事ができる世の中にする為の方法を年中考えている。身長195cm。相手の言語化されていない言葉を読み取ろうとする性格。
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