「私、この本知っている。小学生の頃、図書館で借りて読んだんだ」
「へぇ、そうなんだ。どんな話なの?」
「いたずら好きの女の子が出てきて、森の中で迷子になっちゃうんだけど、熊の家族が暮らしている家を見つけてね……」

カップルが、絵本片手に思い出話に花を咲かせている横で、自分の胸元ほどの高さの階段を、えんやとよじ登って来た小さな女の子が、何やら興味津々に視線の先の棚を見つめている。そのあとを追って、母親とその友人らしき女性が、「わぁ、ここ本屋さんなんだぁ」と言いながら、楽しそうに水色の車に乗り込んでくる――。

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そう、ここは本屋さん。名前は「BOOK TRUCK」(ブックトラック)。見た目は水色のトラックだけれど、本と棚をセットすれば、いつでもどこでもお店を構えられる、移動式本屋。運転手兼店主は、三田修平さん。「どうぞ、中に上がってくださいね」と、足を止めたひとたちに、気さくに声をかけるお兄さん。

ただオシャレなだけじゃない。なぜトラックで本を売るのか。いい本とは何か。これからの本屋さんは、どういう役割を持つべきか。低迷している出版業界、本屋業界のなかで、それでも本はなくならないと、強く信じたくなるインタビューです。

「絵本は最強」?

── 今回は都内のクラフトマーケットでの出店ですが、私、以前「BOOK TRUCK」さんを中野の駅前の広場で見かけたことがあるんです。そのときは、紺色のトラックでした。

三田修平(以下、三田) そうなんですね。たしかに、中野は数回出店したことがあります。紺色は先代で、現在の水色は2代目です。

── 移動式本屋さんって、昔の紙芝居屋さんとか人形劇屋さんのようですね。

三田 紙芝居屋さんは、お客様が「紙芝居屋さんが来る!」と分かった上で、それを目的に集まってきますよね。BOOK TRUCKの場合は、少し違います。基本的には、出店するイベントに合わせて選書をしていて。ぼくが売りたい本、置きたい本もありますが、どんな場所であっても、ふだんあまり本を読まないひとに手に取ってもらうことを意識しているんです。

── イベントのテーマや雰囲気に合わせて出店する、ということでしょうか。

三田 そうですね。あとは個人で選書のお仕事を請け負ったり、レイアウトの仕事をしたりしています。

三田修平さん
三田修平さん

── ふだん本を読まないひとに本を手に取ってもらうために、工夫されていることはなんですか?

三田 「あ、コレ知っている!」って思ってもらえる本を、散りばめておくことですね。知っている本があるかないかで、自分と本との位置関係が決まると思っていて、その点がぼんやりしていると「この店はぼくがいるところじゃない」って途端につまらなくなってしまうんです。

── さきほど、まさにいま三田さんがおっしゃったような会話を、カップルがしていました。

三田 本当ですか? うれしいですね。

マニアックな本をそろえるよりも、まずは親しみやすい、いろんなひとに愛されている本を置いておくことで、お客様が目を留めるきっかけになってくれたら、と思っています。そういう意味で、僕は絵本ってすごく力があると感じていて。

BOOK TRUCK公式Facebookページより
写真:BOOK TRUCK公式Facebookページより

── 絵本、ですか。

三田 絵本は、とても息が長い本のひとつです。BOOK TRUCKはトラックをお店にしているので、子どもたちも入りたがって、興味を持ってくれるんです。そうすると、親御さんたちも連れられて入ってくる。すると「あ、この本、お母さんも子どもの頃に読んだのよ」という会話が生まれるんです。その流れで、じっさいに本を買っていただくことも、しばしばあります。

絵本は、世代を超えて読んだことのあるひとがいるジャンルで、しかも記憶に残りやすい。読書をふだんしないひとでも、本とそのひとを繋いでくれる存在だと思います。

“本を買う”体験を提供できるのは本屋の特権

── トラックという形態も、単にお店に入るのとは違う、冒険のようなエンターテイメント性がありますよね。

三田 独立したらすぐに始めたいという思いがあって、固定費をあまりかけずに移動式にしよう、と決めました。実際、維持費はかかるし大変ですが、ぼくもお客さんだったら乗りたくなりますね(笑)。だから、トラックで思い切って始めて、よかったなと思っています。

BOOK TRUCK

── ふつうの本屋さんで本を選ぶよりも、ちょっと特別な感じがします。

三田 そう、それもぼくが大切にしていることのひとつです。来ていただいたお客様には、買い物という行為を、楽しんでほしいんです。

本を提案する役割で言えば、本屋ではなく図書館でも担えるとは思います。でも、本を買うという経験を提供できるのは、本屋さんですよね。「買いたい」「自分の手元に置いておきたい」と思う本に出会える場所をつくるのが、本屋の役割だと思っています。お金を出すというのは、本に価値を見出した証拠でもあると思いますし、そういう場をつくれて初めて本屋だといえると思います。

BOOK TRUCK

── 買いたいと思えるかどうか、その空間づくりにトラックが一役買っているのは間違いないですね。

三田 はい。本との出会い方も、大事ですよね。その場の雰囲気によって、高揚感も変わるし、ふだん気にならなかった本が気になることもあるし。トラックで売り場を展開することで、購買意欲をくすぐったり、本との出会いの空気を盛り上げてくれたりします。

「検索性」を高めるか「提案性」を高めるか

── 三田さんは、いろいろなイベントや店舗での選書もされていますよね。BOOK TRUCKはトラックというハコは決まっていますが、来る方の層が毎回違うと思います。BOOK TRUCKもふくめ、その都度どんな視点で選書をされるのでしょうか?

三田 一番重要なのは、本にどんな役割を担ってほしいかを明確にすることです。それはイベントの企画側の方ともすりあわせる必要がありますね。本って、置き様によってはただの飾りになってしまいます。でも、僕としてはやっぱり本屋でもあるので、本は買ってもらうものとして、場づくりをしたい。もちろん、先方の要望に合わせて、ですが。

BOOK TRUCK公式Facebookページより
BOOK TRUCK公式Facebookページより

── さきほど、お客様と本との接点を、絵本で引き寄せるというお話がありましたが、いつでも絵本を置けるわけではないですよね。もうすこし普遍的な、売り場づくりでいうと、どういう視点が大切なのでしょうか。

三田 本屋の要素は「検索性」と「提案性」の両輪があるというのが、ぼくの持論です。昔は検索性の高いお店の方が、本が売れました。たとえば特定の小説家や専門書は、きちんとカテゴライズされて、あいうえお順に並んでいれば、目的の本にすぐたどり着けましたからね。でも、いまはオンライン上で検索すればあっという間に本が買えます。検索性の高い売り場は、どんどんオンライン上に移行しています。

それならば、実店舗は売り場そのものをおもしろくして、提案性に特化していくほうが、本屋として魅力的になるし、お客様も来てくださると思うんです。旅というテーマに合う小説や専門書、ガイドブックや写真集などを同じ棚に置くとか。目的買いではなく、雰囲気を味わいに来てもらうほうが、これからは大事になると思います。

── 私の場合、本屋さんへは特定の本を探しに行くこともありますが、衝動買いがほとんどです。

三田 それはたぶん、店舗の提案性が高く、上手だった証拠だと思います。

「良い本」ってなんだろう

三田 BOOK TRUCKは提案性を高めることで、お客様に楽しんでもらうことを最優先に考えていますが、その中で「いい本ってなんだろう」というのは、最近興味のあることのひとつですね。

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── と、いいますと?

三田 本の良し悪しは、相対的な判断で決まります。でも、もしかしたら「良い本」は、ある視点から見るとつまらない本かもしれないし、一方で評価されていないつまらない本は、じつは別視点からすると良い本かもしれない。

つまり、ひとや場所によって良し悪しの判断は変わるということです。その違いって、どうやって生まれるのかな、と。目の前の本を良い本にするということは、「良い本だ」と判断してくれるひとのところに届けるということです。それをどれくらい厳密に見極められるのか、考えているところです。

── それは本だけではなく、イベント全体だったり、ひとの心理状態だったり、いろんなことが関わってくる「良し悪し」ですね。

三田 そうなんです。だから難しいんですけどね。でも、センスのいいひとも、センスのいい本も、専門書やマニアックな内容に特化した本屋さんも、すでにいっぱいある。自分で本を選べるひとも、たくさんいますしね。

でも、僕は本の選び方を知らないひと、良い本に出会えていないひとに、少しでも本との出会いの場をつくりたい。BOOK TRUCKをはじめた理由のひとつに、社会貢献したいという思いがありました。そういうひとたちの、「良い本」との出会いを、少しでも提供したい。答えが出るか分かりませんが、じっくり向き合いたいですね。

お話をうかがったひと

三田修平さん

三田 修平(みた しゅうへい)
1982年生まれ。「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」「CIBONE青山店」「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS」を経て2012年に独立。移動式本屋「BOOK TRUCK」をスタート。その後、横浜市内に路面店「三田商店」、池袋にレストラン内の店舗「THE PARKSIDE BOOKS」をオープン。その他、「渋谷ロフト」や「ハニカムモード」のブックセレクト、各種媒体での本紹介の連載など、様々な形で本の販売に携わる。