地域のリアルな暮らしを、現地で暮らす人たちに聞いてみたい──そんな思いから、地域おこし協力隊の皆さんにお話をうかがう企画。「人間として、忘れてはいけないことを思い出したい」と話してくれたのは、青森県弘前市で暮らす下田翼さんです。地域おこし協力隊としての活動理由と、今、一番気をつけていることを教えていただきました。
Q1:自己紹介
下田 翼(しもだ つばさ)です。青森県弘前市で地域おこし協力隊をしています。
Q2:取り組んでいる活動
過疎地域として指定されている相馬地区(旧相馬村)を中心に地域行事やコミュニティ活動の支援、活動資源の発掘、地域の広報活動、農林業の振興に関する活動を行い、地域が持つ魅力を全国に発信していきます。
1.これまで:紙とウェブ媒体を使った相馬地区の広報活動
まだ活動開始して間もないので、りんごと米農家さんのお手伝い、つまり農作業の体験、そして地域との交流をメインとしています。りんごの木が病気にならないように薬をつけたり、田植え機で田んぼを駆け回ったり、おばあちゃんたちに津軽弁を教えてもらったり。
現在取り組んでいることは、紙とウェブ媒体を使った相馬地区の広報活動ですね。紙は地元の新聞社さんや農協さんにお願いをして、僕の活動を紹介してもらったり、ウェブでも市が運営しているFacebookアカウントを使って相馬地区の紹介コーナーを設けてもらったり、既に土台のある場所で情報発信をさせてもらっています。ゼロからある程度レスポンスをもらえるような規模にするには時間がかかるし、そもそも新しいメディアが必要なのか、という疑問もありますので。
2.これから:相馬地区のウェブサイトを立ち上げたい
まずは相馬地区のウェブサイトを立ち上げねば、と思っています。今はネット上に相馬の情報はほぼ皆無に近いので(笑)。ただの観光ガイドにするつもりはなく、美しい原風景、伝統の祭り、そして相馬で生きる人にフォーカスを当ててコツコツ作っていきたいなと。若者の移住候補者に「いいな」と思ってもらうには、結局最後は「人」だと思っています。
3.いつか:伝統行事に移住者が受け入れられる瞬間を作りたい
やっぱり弘前といえば「ねぷた」ですよね。すべての地区がひとつになる最大のお祭りに、「移住連」みたいな感じで弘前に移住した人たちで連を組み、土手町を練り歩いてもらえたら最高ですよね。「連を組む」とは、例えば「勝手連」というグループを作り、「ねぷた」の公式登録団体して参加する、ということです。
毎年約80団体が「ねぷた」に登場していますが、いつかそこの新規団体として参加してみたいです。実際には新規団体が参入するにはかなりハードルは高いと思うので、あくまで夢ですが。伝統行事に移住者が受け入れられる瞬間、初めて弘前市民、津軽人になれたと思う人も多いのではないでしょうか。
農家の後継者不足問題に少しでも貢献できたら、と思っています。東京から弘前に来てから、放棄耕作地(*1)は嫌というほど見てきたからです。そのためには若者を巻き込むことが必要になりますので、今、地元の大学などと協同してプロジェクトを始める準備をしています。
■「弘前ねぷた」と「青森ねぶた」の違いってなに?
「弘前ねぷた」は大半が扇型で、子供たちがゆっくり歩いてねぷたを引きます。そして掛け声は「ヤーヤドー」。「青森ねぶた」は人形型がほとんどで、ハネト(跳人)というぴょんぴょん跳ねる盛り上げ役がいます。掛け声は「ラッセラー」。(※もとくら編集部調べ)
(*1)以前耕地であったもの。過去1年以上作物を栽培せず、今後数年の間に再び耕作する考えのない土地
Q3:地域おこし協力隊をはじめたきっかけ
青森県ご当地アイドル「りんご娘」に出会った
3年前、りんご飴をモチーフにしたウェブサイト「りんご飴 [ringo-a.me] – 泣く子が叫ぶ爆発りんご飴サイト」を大学の仲間と開設して、やっぱりりんごだから青森県に行かなきゃと思ったのです。そこで青森県ご当地アイドル「りんご娘」さんに出会ったのがきっかけです。
信じられないくらい純粋で、謙虚で、気を遣ってくれる彼女たちにビックリしたのを今でも覚えています。東京で29年間生きてきて、毎日渋谷と自宅を満員電車で往復している環境にいると、ちょっとしたことでイライラしたり、挨拶や感謝、気遣いというものを忘れてしまいがちじゃないですか。僕だけかもしれませんけど(笑)。
そういった人間の本質を、当たり前のように持ち合わせることができるのは、彼女たちの努力はもちろん、育ってきた環境のおかげでもあると感じました。豊かな自然と伝統を重んじる文化、そして昔からの人情溢れる津軽の皆さんに囲まれて、人間として忘れてはいけないことを思い出しながら、少し田舎暮らしをしてみたいな、と。
それと同時に、こういったことに気づけるのは都会で育った自分だからこそ、とも思ったのです。地域が地域をPRすることが当たり前になっている世の中で、地元という枠を越えて応援できる文化を創り、恩返しをしたいという気持ちが芽生えてきました。
だけど、恩返しと言っても具体的に何をすればいいのか。「あれをやってほしい」「このイベントに出てほしい」などの依頼はいただけても、それを続けているだけではただの御用聞きになってしまう。そこで、今何が求められているのか、何が課題で、何をしたらいいのかを自分の体で理解するために「現場」へ行く必要があると感じていました。田舎暮らしを体験しながら、現地に生きる人の生の声を聞き、それをアウトプットしながら何かできないか考えてみたい。
そのタイミングで、知人から地域おこし協力隊のことを教えてもらい、仕事も良いタイミングで区切りがついたので、応募してみることにしました。
Q4:地域暮らしの魅力
おいしい麦茶が飲めること
東京にいると、欲しいものがあっても大抵のものは24時間いつでも簡単に手に入るし、食べられるじゃないですか。でもこっちではお店は19時には閉まるし、品ぞろえも良くはない。そもそも青森の人って、買うよりも作る・調達してしまう人の方が多いんです。僕もこっちに来てから自炊をするし、畑もやる。寒ければ薪を焚くし、今度は山菜取りや沢釣りで夕飯を調達しようと思っています。
そうすると、物が手に入るまでの過程で汗をかくようになり、作業が終わったあとの麦茶が格別にうまいんです。
昔、部活で走りっぱなしの練習をした後の水筒の麦茶とか、無心でゴクゴク飲んでいましたよね。この歳になっても若い頃の感覚を味わうことができて嬉しいです。
Q5:心に残る体験
夜21時に「なもあべ!なもあべ!」と叫ぶおじさんが
夜21時くらいだったかな、ご飯を食べ終わり、部屋でのんびりしていたら窓をドンドン叩く音がして。びっくりして窓を開けたら、知らないおじさんが立っていて「なもあべ! なもあべ!」って言うんですよ。3回くらい聞き返して「ああ、これ無理だ、分からない」って思ってとりあえず付いて行くと、家に招待いただいて、ご馳走と見知らぬ若い男の人が待っていました。
話を聞いてみると、東京から来た僕を歓迎しようとご馳走を用意してくれていたのですが、たまたま相馬地区を観光していた男の人を僕だと勘違いして家に連れ込んだと言うのです。結局3人でワイワイ飲んで、その男の人も1泊して帰ったのですが。全く知らない人に突然呼ばれてお酒をご馳走になり、どんちゃん騒ぎの手厚い歓迎を受けるなんて田舎ならではだなって思いました。
ちなみに「なもあべ」は「おまえも一緒に来い」という意味です。分かるか!
Q6:町のおもしろい人
「うぃっちたいむ!!」の代表・福田 藍至(フクダランジ)さん
弘前でポップカルチャーを発信するグループ「うぃっちたいむ!!」の代表者です。大学や短大、専門学校の多い弘前で、「ポップカルチャーに興味のある人は結構いるんじゃないか?」という仮説を持ち、イベントを定期的に開催しています。とても良い人ですが、少し変態です。
Q7:大好きな地域ごはん
嶽きみ(だけきみ)天ぷら
嶽きみ(*2)は、見かけは普通のとうもろこしだけど、甘みがすんごいです。お祭りでは絶対買うのですが、コンビニに置いてほしいくらい。大好きです。
(*2)獄きみとは、青森県弘前市の西部にある岩木山の嶽地区標高(400~500メートル)の農場、嶽高原(嶽地区)で栽培・収穫されたとうもろこしのことを総称して言う。「きみ」とは津軽弁で「とうもろこし」のこと。(引用元:嶽きみとは|嶽きみ.com)
Q8:ウェブでは知れない地域のこと
農家の人のための「起きろ」「寝ろ」を告げる音楽
僕のいる地区では、朝5時と夜21時に謎の音楽が爆音で外から流れます。地元の人に聞いてみたら、農家の人のための音楽だったんですね。つまり、「起きろ」と「寝ろ」です(笑)。
朝5時にその音で目が覚めて、二度寝して7時に起きます。
Q9:地域おこし協力隊への応募を考えている人へ
「地域おこし」という言葉に惑わされないこと
大切なのは「地域おこし」という言葉に惑わされないことだと思います。地域おこし協力隊だけで何かできるわけではないし、地域は簡単に変わりません。言葉が大きい分「自分が地域に貢献している」と勘違いしてしまうかもしれません。肩書きを気にしたり、活動自体をどこかでステータスにしていないか……、自分も気を付けています。
一方で地域おこし協力隊は「現場を知る」という意味ではとても良い環境なのでは、と僅かな期間ながら思っています。良くも悪くも地域の実態が見えてくるし、個人で活動しているとなかなか会えない人とも会えるし、お酒を飲むことができます。
あくまで地域おこし協力隊は地域と関わる手法のひとつでしかないと思っているので、「何のために現場を知るのか」は人それぞれだけど、地域おこし協力隊になることを目標にしないことが重要だと思っています。
お話をうかがった人
下田 翼(しもだ つばさ)
東京都出身。武蔵大学卒業後、広告代理店に入社。2012年、大学時代の友人であり、映像監督である藤代雄一朗氏などとりんご飴の魅力を世界に発信する謎のサイト「ringo-a.me」を開設。モデルやアイドルとりんご飴をコラボさせた「Beauty × ringo-a.me」や、青森にりんご飴の魅力を伝える様子などをレポートした「Research × ringo-a.me」、アイドルを中心としたライブイベント「りんご飴音楽祭」の開催など、様々な企画を思いつきで繰り返し、迷走。2015年5月、広告代理店を退職し、「ringo-a.me」でお世話になった青森県弘前市に移住。弘前市地域おこし協力隊の相馬地区を担当し、過疎対策の企画やPR活動などを行っている。
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