「今までの福祉の概念を超えて、新しい島の福祉の道を探りたい」と語る片桐一彦さん。後編では、片桐さんが15年という歳月をかけて取り組む、これからの福祉構想についておうかがいします。

海士町の福祉が描く、15年先の未来とは

── 現在、片桐さんが取り組んでいることについて教えて下さい。

片桐一彦(以下、片桐) 僕がこの島で作りたいのは、人と自然との情緒的な繋がりです。今、島民で子どもを持つ家庭のうち、7割が「子どもが島外に出て行ってしまった」と答えます。その7割の子どもがいつかこの島に帰ってきてくれるのかと言ったら、それは分からない。帰ってこない可能性も十分ありますよね。

片桐一彦

片桐一彦(以下、片桐) では、親はどうやって老後を過ごすのか? 最期の瞬間まで、より楽しく笑って生きるために僕たち福祉ができることは何か? 僕が取り組みたいと思っている課題の一つはこれなんです。

── 福祉と聞くと、少し身構えてしまう自分がいます。

片桐 福祉という言葉は、一般的には介護や制度として捉えられることが多く、制度として成り立ったヘルパーやデイケアなどのサービスを指すと思われがちです。僕も資格を持っていますし福祉の役割なのは変わりませんから、仕事としてもちろん力を入れています。

でも、福祉という言葉がもっと違う意味をもって、身近なものに変わってくれればいいとも思っています。

「福祉 × ◯◯」でまずは仲間を作りたい

── 福祉を身近なものとして捉えるためには、何が必要なのでしょうか。

片桐 僕は今、15年間という歳月をかけた、この島の新しい福祉構想を考えています。最初の5年間でやりたいのは「福祉 × ◯◯」の仲間作り。ここに入るのは観光でもいいし、教育でもいいし、何でもいい。例えばここに、大工と入れるとしましょう。福祉と大工を掛けあわせた場合、何が生まれるでしょうか。

片桐一彦

片桐 実際に大工さんに「福祉 × 大工」でできることを尋ねたことがあるのですが、その時は「お昼休みにお茶を飲みに行くことくらいしかできないなぁ……」という答えが返ってきました。

なんだそんな簡単なこと、と思うかもしれませんが、それって結構すごいことなんです。普段関わりのない業種の若い世代の人が、いきなりおばあちゃんの家に行ってお茶を飲んで世間話をする。会話の中でおばあちゃんが「戸棚が壊れていて困っている」と話したら、大工がちょちょいと直してくれたりするかもしれない。そんな関係性が生まれたら、もうそれは「情緒的な繋がり」の始まりです。

情緒的な繋がりを持った人たちがたくさん暮らす島が実現できたとしたら、福祉施設に入らない島という次のステップが見えてきます。

漁師が最期まで漁師として生き抜ける島を目指して

── 福祉施設のない島では、何が起こるのでしょう?

片桐 この島で漁師として生きてきた人が、死ぬまで漁師として生きることが可能になります。病気になるかもしれない、息子が島に帰って来ないかもしれない。そういった状況でも、最期の最期まで人生をより楽しく生き抜くために、福祉として何ができるのだろうということを、みんなで一緒に考えることができるんです。

島根県海士町

片桐 その人の幸せや楽しみ、生きがいはその人が決めるものです。例え全身麻痺になったとしても、その人生がつまらないものだと決めることは誰にもできません。「この人は何をすると楽しんでくれるのか」を探すのも、語弊を恐れずに言えばその人との遊びです。

結局、人と自然、情緒的な繋がりも、日々の暮らしも、遊びの中にあるんです。福祉って、別に難しいことじゃない。今、島は人口が減って高齢化が進んで、なんだか未来は暗いかのように語られることがあります。でもそうではなくて、高齢化が進んでいるからこそ、その人たちがどう最期までかっこいい生き様を見せてくれるのか。見せられるように、僕らに何ができるのか。それを考え実現していくことが、島の新しい福祉構想なんです。

── いいですね。それが実現したら楽しそうです。

片桐 これが成功したら、今この島で増えているIターン希望者だけではなく、Uターン希望者も増えるんじゃないかなと思っています。この島で生まれた人が、この島で死ぬために海士町に戻ってくる。

より人生を楽しく生き抜くために生まれ故郷に帰ってくるという決意をするなら、死ぬ間際じゃなくてもちろんもっと早い段階の方がいい。そう思ってもらえるような島になりたいなと思っています。

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「車いす生活になっても田んぼを作る」人生を目指して(撮影:片桐一彦)

15年間の福祉構想の、その先の世界

── 15年経った先の未来、福祉構想が達成されたあとの目標はありますか?

片桐 島同士を結ぶ「離島サミット」を開きたいですね。島って、同じような悩みや課題を抱えているものかなと個人的には思っていて。子どもが帰ってきてくれないとか、人口減少とか、高齢化とかね。そういった同じ悩みを抱える他の島と想いを共有するサミットを開いて、島から日本を変えていく。そんな動きができたらいいなと思っています。

片桐一彦

── 海士町が取り組んでいることを魅力に想う地域は、島以外にもあると思います。

片桐 そうですね、実際に、東京などの大都市の方から街づくりの相談をされることもあります。

でも、海士町には人口が2,300名ほどしかいないんです。だからこそ密な人間関係が築けるし、子どもたちにも平等な教育ができます。大都市で同じことをする必要はまったくありませんし、同じ仕組みが作れるとも思いません(笑)。

海士町と同じ未来を目指すのではなくて、ぜひ参考にして欲しいのは「ないものはない」と言い切り、「ハンデだと思われていることをどうプラスに変えていくか」と考える発想の転換部分です。

現状を嘆くのではなく、前向きに捉えてどう未来を明るく描いていくのか。それを真剣に考えたら、人口の多い大都市は海士町よりもはるかにおもしろい取り組みができるんじゃないかと思っています。

島の未来を担うのは、他でもないこの島の子どもたち

── 片桐さんは海士町の子どもたちに対する福祉教育にも注力されているんですよね。

片桐 そうですね。海士町には中学校が一つしかなく、全校生徒は58人しかいません。でも、これは逆に言えば全校生徒に平等に教育ができるということ。だから海士町では、保育園から高校生、専門学校に至るまで、一貫した福祉教育プログラムを実施しています。この島で生まれ育ったならこれは覚えておいて欲しいということを、段階を追って学んでもらうことができるんです。

そうして、この島の福祉に触れてきた若い子が、専門学校で福祉を学んだ後、今度は島の小さな子どもたちを教育する側に回るという循環が生まれたりもしています。

片桐一彦

片桐 15年と言えば、5歳の子どもが20歳になる長い年月ですからね。その頃は世の中もどうなっているか分からない。未来を担うのは子どもたちですから、その時に人生を明るく照らせる大人になれるように、いま僕ができる限りのことを精一杯したいと思っています。

── 子どもたちに一番伝えたいことは何ですか?

片桐 何か困ったことが起きた時に、インターネットで検索するのではなく、ちゃんと「助けて!」と声を上げること。そして「助けて!」と手を出した時に、その手を握ってくれる友達を作っておくこと。それを実現するためには普段から情緒的な繋がりを意識して暮らすことが大切です。

人は土から離れては生きていけないのだから、人と自然ときちんと向き合う暮らしをしていってほしいですよね。

あとは、絶対に自分から死なないこと。辛くなったら俺のところに来いと伝えてはいるけれど、その前に今一緒にいる友達に助けてもらえる関係性を作っていってもらいたいです。

── 最後にひとつ教えてください。片桐さんにとって福祉とは何ですか?

片桐 自分がこの地球上に生きている意味を教えてくれるものです。俺は生きていていいんだ、必要なんだと感じさせてくれるもの。……なんだか壮大ですね、でも本当にそう思っています。福祉は、ずっと関わっていきたい僕の生きがいみたいなものかもしれません。

── ありがとうございました。片桐さんのお話を聞いていると、福祉というものが人生の延長線上にある、とても身近で大切なものだと思えてきました。

片桐 それは嬉しいです。福祉は、身構えてしまうものではなくて、人生をより楽しく生きるためのツールのひとつです。決して暮らしとかけ離れているものではなくて、むしろみんなの暮らしの中に密接に関わるものだと思います。

島で生まれて、島で死ぬ。そんな当たり前のようだけど難しくなってしまっていることを、なるべく早く実現できるように頑張りたいですね。

楽しく生きていきましょうよ。きっと人生は辛いこともあるけれど、楽しいことも多いはずです。

(トップ画像撮影:片桐一彦)

お話を伺った人

片桐 一彦(かたぎり かずひこ)
東京都生まれ(42歳)。大学在学中に阪神淡路大震災が発生し、ボランティア活動を行いながら社会福祉協議会・ボランティアセンターに関わる。フリースクールの教員を経て、海士町に移住。社会福祉協議会でケースワーカーとして海士町の高齢者・障がい者との相談対応を勤める。平成19年、同社会福祉協議会の日本で一番若い事務局長に就任。最近では、海士町の地域・福祉の未来を創り出すために、ワールドカフェやインプロなどさまざまな対話手法を積極的に用いて【福祉 × ◯◯】構想で「最期まで自分のやりたいことができる島(海士の新しい死生観)」目指して活動している。

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