「故郷の中心には神社がある」。どういうことか理解しづらいことかもしれませんが、「海士町では当たり前」と語るのは、隠岐神社の禰宜(ねぎ)・村尾茂樹さん。
あなたは今、自分が暮らしている町が好きですか? 町の歴史を知っていますか? あなたにとって帰りたくなる故郷はありますか? 海士町での暮らしには、故郷の真ん中には神社があると思えるくらい、神社と地域のコミュニティに強い関わりがあるそうです。
都(みやこ)と深い関わりがある、隠岐郡海士町
島根県にある隠岐郡海士町とは、人口が約2300人ほどの小さな島です。平成14年に現町長の山内道雄さんが就任してから、メディアでも注目されるようになりました。その理由は、都会から人を受け入れるIターンの移住者が増加しているから。移住者の合計は、島全体の約10%超を占めています。
地域や離島の活性化の成功事例として注目を浴びる海士町ですが、深く知るためには島の歴史は不可欠です。海士町は、かつて日本が中央集権国家だった頃、都と深い関わりがありました。
「海士町では、昔から水産業が栄えてきました。空路や陸路ではなく、海路で物を運送していた江戸時代には、北前船(*1)の停泊地として隠岐が選ばれていたようです。さらに歴史を遡ると、朝鮮半島や他の大陸に行き来する際、目印となる港町でした。」
船が停泊して水や食料を補給する場だった隠岐は、諸外国からの危険をいち早く察知して、本土に知らせる役目もあったとのこと。要するに、国を動かしている中央政権(=都)との結びつきも深かったと言えます。
(*1)北前船:北前船(きたまえぶね)とは、江戸時代から明治時代にかけて活躍した主に買積み廻船の名称。買積み廻船とは商品を預かって運送をするのではなく、航行する船主自体が商品を買い、それを売買することで利益を上げる廻船のことを指す。引用:Wikipedia
また、承久3年(1221年)に起こった承久の乱によって、後鳥羽上皇(*2)は隠岐の島に遷ることを余儀なくされました。隠岐の島で後鳥羽上皇が暮らしていたということは、ある意味、諸外国に日本の領土だということを広報できます。このように、隠岐の島は都から離れた田舎にありながらも、歴史的に都との関わりが強く、政治や経済、外交などの側面から、日本の中でも重要な場所でした。
現在でも、当時の都との関わりを色濃く残しています。島民の人々は、隠岐神社を「島の中心地」と言って、初詣のお参りはもちろん、町の様々な行事や成人式などの人生の節目の行事で集まります。隠岐神社とは、上述した後鳥羽上皇がまつられている神社です。
(*2)後鳥羽上皇:平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての第82代天皇 参照:Wikipedia
切れ間のない暮らしとは
古くから都との関わりがある隠岐の島で、村尾さんは、隠岐神社の禰宜(ねぎ)や島根県神社庁主事、また地域の主任児童員などのさまざまな場で活躍しています。
「隠岐神社に務めるほか、神社庁の職員として、神社界全体の取組みや、神社の各々が高め合うことのできる話合いやルール作りのお手伝いをしています」とのことですが、こう聞くと島の偉い人で気難しいイメージがふくらみます。だからこそ、村尾さんは日常と祭事の間で「切れ間のない暮らし」をするよう心がけています。
たとえ隠岐神社の禰宜(ねぎ)であろうと、地域の人と飲み明かし、2次会に誘われれば一緒に行ってカラオケで歌う。「お祭りの時だけ」「仕事だから」というような付き合いではない人との関係性を保つ暮らしを、切れ間のない暮らしと言うそうです。
「海士町の良いところは、切れ間のない暮らしができるところだと思うんです。都会に行くと、とにかく物事を良いか悪いか、AかBか、とはっきり区別します。でも、田舎はある意味ざっくりしているというか、白黒とは別のものを優先した雰囲気が生まれやすいんですよね。
地域によっては公的な立場に立つと神社のお祭りに参列されない方もあるように聞きますが、それはこの島ではありません。祭事と仕事や日常生活が切り離れていなくて、お互いが共存しながら時間が流れていることがこの島の良いところだと思います。」
お祭りの時の一体感は、普段の会話から
日常生活においても、お祭りの時の一体感を維持し続けていることが海士町のコミュニティを強くしているのかもしれません。
「お祭りは人の営みがあるから催され、続いているのです。だから地域の友達や場所が会話の話題になることが大事だと思います。その中にはやっぱり冗談なんかも入ってね。たとえば『猫が化かす』という話があって。『キツネが化かす』とはよく言いますが、この島では猫に化かされるんですね。」
ある神社には人を騙す猫が棲んでいて、「夜にひとりで、ある神社の近くに寄ってはいけない」と言われているそうです。家に帰るつもりだったのに猫に化かされて、どこか別の場所へ連れて行かれたり、仕方なく猫とお酒を飲んで帰ることになって、お金を全部使ってしまった、というオチが必ずついてくるのだそう。
「変な昔話だと思いながらも、そうした土地に根付いた物語があると、自分の地域のことを楽しく話せます。昔はこんな爺さんがいたとか、どういう祭事があったとか。町を話題にしていると、そういえば神社のあの部分が傷んでいるから修復したらどうか、というような話にも結びついていきます。神社を大事にしている方の姿だと思いますね。」
故郷の中心に、神社があるということ
普段から交わす会話の中に神社がないと「故郷の中心に神社がある」という暮らしはイメージしづらいかもしれません。世の中には、学問的に神社の祭事や歴史に詳しい人がたくさんいます。しかし大切なのは、知識を貯めることだけではありません。自分の育った故郷で暮らしていた友人と、地域のお祭り、子どもの頃に遊んだあらゆる出来事を思い出し語れるきっかけとしての神社とお祭りに、それぞれの立場で関わっていくことだと思います。
「昔、イタズラをした後ころんでしまったことがありましたが、あれはイタズラをしたのを神様が見ていて、バチが当たったんだろうなあ(笑)」と村尾さん。町の人が交わす会話と、人々の記憶に神社があることによって、代々語り継がれて地域で共有されるものがあるはず。だから、故郷の中心に、神社は欠かせないのです。
お話をうかがった人
村尾茂樹(むらお しげき)
昭和45年島根県生まれ。國學院大學を卒業の後、平成5年に神社本庁に奉職。21年に郷里の隠岐郡海士町に帰り、隠岐神社の禰宜に。現在は島内の5つの神社の宮司を兼務、また島根県神社庁の主事。神社の楽しみや奥深さをお参りされる方といっしょに見つけるべく、日々精進しています。芸能や芸術などがお好きな御祭神ですから、「隠岐神社でこれをやってみたい」というご提案を随時受け付けています。
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