編集部自身のこれからの暮らしを考える企画【ぼくらの学び】。僕は幼い頃に、地元にあるお城のお堀で河童(かっぱ)を見た記憶があります。あれは本当に河童だったのか、それとも他の何かなのか、今でも会うことができるのか……。
民俗学者の柳田國男が書いた『遠野物語』を読むと、妖怪は日本の暮らしに古くから根付いている存在ではないかと感じられます。実際に遠野では、多くのひとが妖怪の存在を受け入れ、目には見えないけれど存在するであろう何かを大切に扱っています。
また別の地域へ取材に言っても同じようなお話を聞く機会があるかもしれません。これからの暮らしを考える上で、妖怪のような目に見えない不確かな存在について学ぶことは、必要なことに思えたのです。
妖怪に会いたい。
でも、闇や自然の少ない東京では妖怪に会うのは難しそうだ。
そんなことを考えていた頃に、都内には「鬼太郎茶屋」という場所があることを知りました。東京23区を飛び出して、電車で調布駅へ。駅からさらにバスに揺られて10分ほどの「深大寺」で降りてすぐのところに鬼太郎茶屋はあります。
鬼太郎茶屋はその名の通り、漫画『ゲゲゲの鬼太郎』をモチーフにしたお茶屋さんです。同時に、水木しげる先生のファンにはたまらない鬼太郎グッズのショップでもあり、商品点数は、入れ替わりはありますが常時700点前後が用意されています。
新宿駅から特急で最短14分で来られる調布にあるとは思えないほど自然が豊かな深大寺は、『ゲゲゲの鬼太郎』の大きなテーマである「自然との共存」にピッタリの場所。また、海外の旅メディアでもたびたび取り上げられるこのお寺は、訪日外国人にとっても、銀座や新宿、六本木に並んで人気のスポットとなっています。
さっそく鬼太郎茶屋で、水木しげる先生が描いた妖怪たちに会いに行きましょう。
案内人は店長の金城さん
── 金城さんは水木プロダクションの方なのでしょうか?
金城史朗(以下、金城) いえ。僕は『ゲゲゲの鬼太郎』グッズの制作を行う「株式会社きさらぎ」という会社の人間です。店内で販売しているグッズの約9割は、自社で制作しています。
── へぇー! 9割も。すごい。鬼太郎茶屋はなぜ調布にあるんでしょうか?
金城 水木先生は東京都調布市に50年以上お住まいでした。調布市は、出身地である鳥取県に次ぐ第二の故郷なんですね。水木先生は、2008年に調布市名誉市民、2011年に東京都名誉都民になられたのですが、鬼太郎茶屋はそれより前の、2003年10月にオープンしました。
── 妖怪舎は、やはり妖怪を好きな人が多いですか。
金城 そうですね。鳥取県境港市に本社があるので、山陰地方出身の者が多いです。幼い頃から境港市出身の水木先生のことは知っていて、街ぐるみで妖怪が盛り上がっているため、自分の田舎には妖怪がいると思っているひとも多いですね。僕も東京にはいますけれども、子どもの頃から水木先生の描く妖怪を見て育ってきました。気づいたら今の職場に入っていたという感じです(笑)。
妖怪好きなら興奮を隠せない、数々のグッズたち
── 水木先生の描く妖怪で、好きなキャラクターはいますか?
金城 僕は一反もめんが好きですね。目玉おやじも好きなんですが、どちらも形はシンプルですよね。一反もめんは、ほとんど三角形に手がついているだけです。シンプルなのに、一回見ると忘れられない。細かく描き込んだ妖怪も迫力があるんですけど、シンプルなのに強烈な印象を残すところに惹かれます。店内には、一反もめんの特設コーナーも用意していますよ。
── わっ、すごい。一反もめんだけでこんなにたくさんのグッズがあるんですね。
金城 そうなんです。目玉おやじは水木先生のオリジナルの妖怪キャラクターですけど、一反もめんは伝承の妖怪で、昔からお話は伝わっていたけど描かれたことはなく、水木先生が想像して姿を描いたんです。
── 妖怪について様々な方にお話をうかがっていると、水木先生は、形のなかった気配や空気だったものに、姿を与えて図柄化したという話が毎回のように出てくるんです。
金城 すごいですよね。水木先生が描いた絵が、ほとんど今の日本の妖怪の定番になっているんです。もしかしたら、水木先生が絵にしなければ、誰にも知られず埋もれたままだった妖怪もいるかもしれないですよね。作品としても資料としても、貴重なものをたくさん残してくれた方だなぁと思います。
── 一反もめんグッズの他に人気があるのはどんな商品ですか?
金城 一番人気は「手染めてぬぐい」です。江戸手ぬぐいの人気ブランドである、代官山の「かまわぬ」さんとコラボレートした商品です。種類がたくさんあって、男女問わずプレゼントとしても人気ですね。『ゲゲゲの鬼太郎』は、老若男女問わず愛されている作品なので、ご購入していただけるお客さまも本当に幅広い世代の方です。
── 今日もお客さまの年齢層はかなり幅広いですもんね。
金城 はい。では、いくつか商品をご紹介しますね。
── こちらは絵葉書ですか?
金城 そうですね。描かれているのは調布駅なのですが、調布市の昔の姿を見られる資料としても重宝されているようです。
「妖怪喫茶」では妖怪スイーツをいただけます
── 本当にグッズがたくさんありますね……。あっ、こちらが妖怪喫茶ですね。
金城 いくつか召し上がっていきますか? 一番人気があるのは「一反もめんの茶屋サンデー」の黒みつですね。サンデーにかけるソースを、抹茶と黒みつから選べます。「妖怪抹茶せっと」や「ぬり壁のみそおでん」も人気のひとしなです。
妖怪喫茶の人気のメニューたち
── ごちそうさまでした! 改めてですが、金城さんご自身は、水木先生のキャラクターという意味ではなくて、現実に妖怪はいると思いますか?
金城 僕は見えるタイプではないのですが、田舎に住んでいたので、目に見えないものの気配や空気は感じたことがあります。沖縄県出身なのですが子どもの頃は、謎の気配に恐怖を覚えたり、逆に何もないはずなのにその場所にいてホッとすることがあったりとか。そういった経験はありますね。見えはしないけど、存在してもおかしくないと思います。
── 水木先生が言うところの「目に見えない世界を信じる」ですね。
鬼太郎茶屋に併設された「妖怪ギャラリー」にある水木しげる先生の等身大パネルにも掲げられている「幸福の7ヵ条」
幸福の7ヵ条
第1条 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。
第2条 しないではいられないことを、し続けなさい。
第3条 他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追求すべし。
第4条 好きの力を信じる。
第5条 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。
第6条 怠け者になりなさい。
第7条 目に見えない世界を信じる。
金城 今までに何度か不思議な体験をしました。水木しげる先生がよく描いている、べとべとさんという妖怪がいますよね。
── 誰もいないはずなのに、うしろから足音が聞こえてくるのは、べとべとさんの仕業ですよね。
金城 子どもの頃は、足音だけではなく、物音が聞こえてくるとか、誰もいないはずなのに気配を感じることはよくありました。それが妖怪かどうかわからないけど、べとべとさんの可能性もありますよね。……だから僕は、妖怪は存在すると思っているんですが、感じられるかどうかはひとそれぞれです。見えるわけではないけれど、見えないからといっていないわけではないですから。目に見えない世界も、信じようと思っているんです。
お話をうかがったひと
金城 史朗(きんじょう しろう)
1981年2月17日生まれ。沖縄県出身。幼少期にアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』(第3期)や『悪魔くん』、その他の水木しげる作品を見て育つ。妖怪に導かれるように、気づくと妖怪舎(株式会社きさらぎ)に入社していた。2003年10月4日にオープンした鬼太郎茶屋で、当初から現在まで店長を務める。
このお店のこと
鬼太郎茶屋
住所:〒182-0017 東京都調布市深大寺元町5-12-8
電話番号:042-482-4059
営業時間:10:00~17:00
(飲食のオーダーストップ16:30/ギャラリー最終入場は16:45)
定休日:月曜(祝祭日の場合は翌日に振替)
公式サイトはこちら
これからの暮らしを考えるために【ぼくらの学び】特集、はじめます。
くいしんの学び
- 【妖怪を学ぶ#1】『山怪』田中康弘が語る、目に見えない“怪”の世界
- 【妖怪を学ぶ#2】「妖怪」の根本にあるのは人間の死への恐れ?|『山怪』田中康弘
- 【妖怪を学ぶ#3】東京都調布市「鬼太郎茶屋」でゲゲゲの世界の妖怪に出会う
- 【妖怪を学ぶ#4】東日本大震災から5年半。畑中章宏が語るシャルル・フレジェ『YOKAI NO SHIMA』『シン・ゴジラ』ポケモンGOのつながり
- 【妖怪を学ぶ#5】大妖怪展監修・安村敏信先生に聞く!「どうして今、妖怪がブームなんですか?」
- 【妖怪を学ぶ#6】「これからの暮らし」と「妖怪」のつながりって何?
- 【ジョブチェンジを学ぶ#0】3年以上同じ会社で働いたことがないふたり。編集長・伊佐とくいしんの転職話
- 「過去の自分から笑われるのは嫌だった」カツセマサヒコ、転職前の憂鬱【ジョブチェンジを学ぶ#1】
- 独学でデザイナーになんてなれるはずがない|ムラマツヒデキ【ジョブチェンジを学ぶ#2】
- Snapmart(スナップマート)代表・江藤美帆(えとみほ)さんの生きる喜びとは?【ジョブチェンジを学ぶ#3】
- 幸せの価値観は、ひとつじゃない。ロンブー淳さんがクラウド遺言サービス「itakoto」をプロデュースする理由【ジョブチェンジを学ぶ#4】
- 人生で一番欲しいもの。それは自然と一体化するプライベートサウナ【サウナをつくる】
- 妄想サウナ!「サウナイキタイ」チームの考えるカスタマイズ可能なプライベートサウナってどんなもの?【サウナをつくる】
タクロコマの学び
- 【ふたり暮らしに学ぶ #1】初めての同棲|家具の選び方やお金の管理、どうしていますか?
- 【ふたり暮らしに学ぶ #2】プロポーズ|同棲生活に「締切」は必要ですか?
- 【ふたり暮らしに学ぶ #3】いっしょに仕事する|パートナーと励めるライフワークのつくり方とは?
- 【写真が上手いひとに学ぶ #1】『広告』編集長/コピーライター尾形真理子「“なぜか愛せる”ところに気付ける視点を、わたし自身が持ちたい」
- 【写真が上手いひとに学ぶ #2】相手の心をひらくポートレート写真術|写真家・西山勲
- 【写真が上手いひとに学ぶ#3】写真家・浅田政志「みんなの中に生まれた笑顔を撮っているんです」
立花の学び
- 【子育てと仕事を学ぶ #1】藤岡聡子「いろんなことを手放すと、生死と向き合う勇気と覚悟がわいてきた」
- 【子育てと仕事を学ぶ#2】紫原明子「笑い飛ばして生きていこう。世界はきっと想像以上にやさしいから」
- 「絶対に譲れない4つのこと。私にしかできない方法で生きていく」サクちゃん【子育てと仕事を学ぶ#3】
- 自己中だった私が「この子のためなら死ねる」と思えた日|イラストレーター 横峰沙弥香【子育てと仕事を学ぶ#4】
- 【子育てと仕事を学ぶ#5】環境や制度のせいにせず、今できることを考えたい|ノオト編集者 田島里奈
- 【アートに学ぶ#1】誰も答えを知らないから、私たちは表現せずにはいられない|相馬千秋
- 【アートに学ぶ#2】これからは「多様性」という言葉すら時代遅れになる|F/Tディレクター市村作知雄
- 【アートに学ぶ#3】演劇で思い知るのは「分かり合えない」という孤独と希望|SPAC芸術総監督・宮城聰
- 【アートに学ぶ#4】日本初の公立文化事業団「SPAC - 静岡県舞台芸術センター」に聞く、表現の自由の限界と挑戦
- 【アートに学ぶ#5】“見て見ぬフリと見ているツモリ”になっていること、ない?|静岡から社会と芸術について考える合宿ワークショップvol.5 レポート
- 【アートに学ぶ#6】地域のアートプロジェクトを行う時に一番大事なことは?|ノマドプロダクション・橋本誠
- 演劇は“違う世界を見ている相手”に寄り添う知恵を与えてくれる|「老いと演劇」OiBokkeShi(オイボッケシ)菅原直樹【アートに学ぶ#7】
- 【アートに学ぶ#8】行動を起こせば、それがどこかの誰かを“すくう”かもしれない|アーツカウンシル東京PRディレクター 森隆一郎
- アートは生きる術(じゅつ)。あなたは何の“術”を使い、どう受け取る?|小澤慶介【アートに学ぶ#9】
- 他者を理解しようと紡ぎ出した“純度”の高い文章が、ひとを救うと信じたい|演劇ジャーナリスト・岩城京子【アートに学ぶ #10】
- 好きじゃない。見たくない。でもその世界で生きてゆかねばならないなら?劇団「範宙遊泳」山本卓卓【アートに学ぶ#11】
- 「自分のために自分でやる、言い訳がないひと」をアーティストと呼ぶだけ|MAD City 代表・寺井元一【アートに学ぶ #12】
- 「分かり合えなさ」があるから文化が生まれる。アリシヤ・ロガルスカさん 【アートに学ぶ #13】