農的暮らしと古民家の建物を残したい気持ちで、探し続けていた時に出会うとこができたたてものです

築180年の古屋弥右エ門に暮らす山田さんはそう話します。

古屋弥右エ門の外観

遠野のなかでも、山奥のほうへ登っていく達曽部(たっそべ)地区に、ぽつんと見える赤い屋根。光り輝く星の下で、夜は看板が見えるか見えないか。静かで優しい場所に、その民家はたたずんでいます。

決して便利とは言えない立地にも関わらず、「古屋弥右エ門」を訪れる人は今日も絶えません。その秘密は、家屋の趣に加えて、人を引き寄せる山田さんの魅力にあるようです。

古屋弥右エ門と山田さん
「古屋弥右エ門」入り口に立つ、山田千保子さん

築180年以上。趣ある古民家

── 屋根の組み木が見えるんですね。お部屋も広くて、すごくすてきです。

山田千保子(以下、山田) ありがとう。古いけれど、来てくれたひとはみんな気に入ってくれるから、うれしいです。

── 引っ越した経緯を教えていただけますか。

山田 私の実家が岩手県遠野市でした。家を引っ越すとき、はじめは山形県内で探していたんですが、ある出来事により、岩手方面に変更しました。建築に興味のあった私たちは、二軒目の暮らしは日本から消えていく古民家もいいかなという、それくらいの気持ちでしたが、思うような古民家が残っていませんでした。遠野地方は「南部曲り家」(*1)といわれるような特徴のある建物です。

けれど願いは叶うもの。現在の古民家に出会うことができたのです。

(*1)南部曲がり家:母屋と厠(かわや)、または馬屋がL字型に併設している日本家屋。

山田 ここを見つけたときは、おばあちゃんがお一人で住んでいらっしゃいました。1年間、水回りと中の清掃をしたんです。そして今のこのようになりました。

古屋弥右エ門内観
「古屋弥右エ門」の内観の様子

古屋弥右エ門

「暮らし」を感じ、新しい試みが生まれる場所

── 宿泊だけではなくて、地元の方々が主催のイベント会場にもなっているのですよね。

山田 去年(2014年)からはじめました。伊勢崎くん(伊勢崎 克彦さん)や菊地くん(菊地 辰徳さん)が、遠野で新しい循環する暮らしをはじめたいと言って、がんばっている姿を見ていたら応援したくなっちゃって。だから若い人たちが、遠野から何かを発信したいというときに、ここが役立ってくれたらいいなと思っています。でも、そう決心するまでには長い時間がかかりました。

古屋弥右エ門のいろり

── どうしてでしょうか。

山田 私たちの生活空間ですしね。今、発信の仕方がいろいろあり、生活空間を無断で撮られてしまう、というトラブルが起きたんです。その感覚に、私自身ついていけなかったのです。

でも、主人が境界線をきっちり引いてやってみればいいんじゃないかってアドバイスをしてくれて。現在は月に1回、第一水曜日に「ていねいな蔵し」というイベントを馬小屋にて開催していて、毎月出席者が変わります。

開催付きは5月~11月までの予定で、冬期はおやすみです。新しいことを始めようと思ったら、思いもよらないトラブルはつきもの。だからそれが起きたときに真っ先に拒絶してしまうのではなくて、うまく折り合いをつける方法を探ることは大事だなあって、今は思えます。

古屋弥右エ門のごはんを食べるところ
宿泊者と夜遅くまで語り合うことがある、居間の様子

心地よい暮らしは、自分の「好き」の積み重ね

── もし同じ「古屋弥右エ門」だとしても、山田さんではない方々が暮らしていたら、まったく違う古民家になっていたように思います。

山田 そうかしら?(笑)

今は物理的には豊かな社会です。豊かなゆえに便利でもある社会です。私は、そんな社会に疑問を持ち始め、互換をはたらかせる暮らしを求めたんです。

古屋弥右エ門の朝ごはん

── 今後、この「古屋弥右エ門」が、遠野という地域で、どんなところになっていったらいいと思いますか?

山田 私たちがここを通じて伝えたいことは、日々の暮らしを楽しんでほしいっていうこと。私にとっては、朝の畑仕事から戻ってきて毎日10時頃に飲むお茶は好きな器でセッティングして、ゆったりと飲む至福の時間なんですが、そういう些細なことでいいんです。みなさんにも絶対にひとつくらい、日常の中でやっていることがあると思います。

特に衣食住は、毎日のことだからこそ、大切にしたいし、好きなもので満たしていたいと思っています。自分が好きなことを、ひとつひとつ大切にする。我慢しない。それだけで、物事を楽しむクセみたいなものができるんじゃないかしら。

私たち自身が、その姿勢を貫いているから。

古屋弥右エ門の中

── 山田さんを見ていると、たしかに羨ましいな、素敵だな、と感じます。

山田 いえいえ(笑)。こんなふうに暮らしたい、と思っても、全部を真似する必要はありません。ここはひとつの例でしかありませんからね。

結局、私みたいにお金がなくてもハッピーだっていう人もいれば、そうじゃない人もいる。どちらでもいいけれど、考え方次第でいくらでも人生は変えられます。お金を持っていても、それを何に使いたいかも、それぞれ違う。

私も主人も感動するような一日を送りたいと思って暮らしているから、良い悪いではなくて、何を選ぶか選ばないかだけかなって。そのヒントを「古屋弥右エ門」で見つけてもらえたらと思っています。

お話をうかがったひと

山田 千保子(やまだ ちほこ)
岩手県遠野市出身。10代で学業のため自宅を離れ、大学卒業後、理・医学部の研究室勤務。子育てが一段落したのち、大学関係の仕事に勤務、仕事と両立しながら染色の世界で表現。夫とともに社会からリタイアし、農的暮らしと古民家暮らしを始める。冬期間は仙台での自宅生活「ていねいな蔵し」を発信しながら手仕事の大切さを展開中

この場所のこと

古屋弥右エ門外観

古屋弥右エ門
住所:岩手県遠野市宮守町達曽部54-41
公式サイト:岩手県遠野市の古民家 古屋弥右ェ門
※古民家体験予約は有料です。連絡は090-4553-9882へ

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(イラスト:犬山ハルナ