都市にいながら地域に働きかけ、両者がともに歩める未来を考える「地域共創カレッジ(以下、カレッジ)」。
同校に参加している受講生は「いったいどんな経緯で、どんな志向のひとが参加しているんですか?」と、地域で働いたり移住したりすることに興味を持っている方々から聞かれることもしばしば。
そこで今回、受講生のひとりである女性・Nさんに、お話を聞かせてもらいました。
高校受験、大学進学、就職……。親から勧められたレールに沿って、優等生としての人生を歩んできたNさん。地域共創カレッジに参加し、大好きなことに夢中になる仲間と出会い、島根県隠岐郡・海士町を訪れた彼女の生き方に、大きな変化が起こり始めています。
こういう人生の綴り方もありだなって思えました。
── 今日はお時間をつくっていただいてありがとうございます。はじめに、Nさんはどんな経緯でカレッジに参加したのか教えていただけますか?
はい。今勤めている会社が、たまたま官民連携による、地域のまちづくり拠点施設の企画運営をしている会社でした。転職して間もなかったので、早く仕事の理解を深めたいと思ったのがきっかけでカレッジに参加しました。
── 地域で暮らしたい、という気持ちはなかったのでしょうか。
わたしは福井県出身なので、やっぱり地元に帰って暮らしてみたいなぁとは思っています。でも、田舎で仕事を見つけるのは難しいだろうとも考えていて。あと、福井県に戻ることを両親にすごく反対されたんですよ。「あなたは都会で育ったひとだから、絶対に合わないと思う」って。たしかに4歳からはずっと千葉県で暮らしていたので、そうだなって納得しました(笑)。
── 実際にカレッジに参加してみて、これまででご自身の中でなにか変化はありましたか?
最初に衝撃を受けました。地域のことや日本のことだとか、全体の幸せのあり方を真剣に考えている大人が、こんなにいるんだって。新卒で入社した会社では、いかに自分のキャリアを積むか、収入を上げるか、社会的名誉を手にするか、売上を上げるかといった、自分自身に還元するために動いているひとたちが集まっていたし、わたしもそういう考え方をしていたところがありました。
見返りに対する欲に正直な考え方がある一方で、カレッジには直接自分に見返りのないことなのに情熱を傾けられるひとが20人もいる。実際に、地域の方々が講師に来てくれましたけど、みなさん志を持って、かつライフワークとして地域で活動しているひとたちで……。こういう人生の綴り方もありだなって思えました。
幸せのフォーマット通りの生き方では満たされなかった
── 人生の綴り方?
レールの上に乗っかっていた人生だったと思うんですよね。
親にずっと言われてきたんです。「いい高校に入りなさい」「いい大学に入りなさい」って。自分のやりたいことが見つからなかったし、親が示した指針のもと、人生設計していたんですね。中学からは塾、高校からは1年生の時から予備校に通っていました。結果的にはあまり納得のいく大学には進学できなかったので、「頑張って投資してきたのに、その投資が無駄だった」って両親に言われたんです。それがわたしにとってはショックでした。自分の価値が、進学した学校とか何かで表彰されたとか、社会的地位とか名誉でしか評価されない気がしてしまって。
でも、田舎に帰るとおばあちゃんは、「いいのいいの、勉強しなくて!」とか、「好きなことしなさい」って言ってくれたんですよね。そういうことを両親があまり言ってくれなかったので、救われていました。
── 期待されるプレッシャーは大きかったでしょうね……。大学進学を経て社会人になるまでは、どう過ごされましたか?
そのあとは親から見放されたじゃないけど、諦められたというか、あとは自由にしなさいって放任されたので、逆に自分が何をしたらいいのかわかんなくなっちゃって。
大学を卒業したら就職して、その後は結婚して子どもを産んで……と、よくある幸せの形のフォーマットにとにかく従わなきゃいけないと思って過ごしてきました。そうして大学院を卒業して、みんなが憧れるような広告業の仕事にも就けた。
文字に起こしたら、わりといい人生だと思うんですけど、幸せのフォーマットに従ったところで、結局ずーっと満たされなかったんです。自分の人生を送っている感じが全然しなくて、むしろ与えられた枠の中にはまっていく作業のようでした(笑)。
── なるほど。
でもカレッジに来たら、大好きな牡蠣の話を熱弁するひとがいたりする。自分の好きなものを、あんなに熱心にひとに話せるってすごいですよね。いいなぁこのひとたちって、思ったんです。
わたしって風景を見ただけで、こんなに感動できるひとだったんだ。
── そう思うのは、自分にとっての正解よりも世間にとっての正解を選んできたから?
そうですね。
── Nさんはきっと、なんでもうまくこなせちゃうんですね。
空気を読みすぎてしまうと、自分が本当にやりたいこととか好きなことを、感じなくなってくるんです。感動する嗅覚が鈍っていました。この場だったらこうすべき、これをやるべき、って昔から演じてきたところもあるので。
── 講義の中で実際に地域に訪れる機会がありましたよね。Nさんが足を運んだのは海士町ですか?
そうです。私は同じカレッジのメンバーと訪問させてもらったんですが、1日目は海士町をぐるっとご案内いただいて、夜に講師の阿部(裕志)さんや信岡(良亮)さんが立ち上げた巡の環(株式会社巡の環)のみなさんと宴会しました。2日目はお米農家さんとみかん農家さんにインタビューさせてもらって、海士町の食材で夕食をつくって食べたんです。
── 実際に地域に行くと、座学でのイメージとは違うことがあったのではないかと思うのですが、いかがでしたか?
海士町に行った最終日に、講師の信岡さんや同じグループのみんなと海に行ったんです。自分の人生で楽しいこと、好きなことを見つけられたらいいよねって、浜辺で話していました。そこは視界が360度開けていて、目の前にはエメラルドグリーンの澄んだ海があって。水面を眺めていたらいつの間にか、サーッて、自然と涙が溢れてきたんです。
海を見て泣くってすごいなぁ。わたしって風景を見ただけで、こんなに感動できるひとだったんだ、って気づかされました。「田舎の景観を維持していきたい」と海士町のひとたちがよく話していたんですけど、納得したんです。こんなにいいところだから、そりゃ守りたいよな!って。
このカレッジに来るはじめの動機は仕事のためでしたけど、自分の人生に対するスタンスが変わってきている気がします。
「できなくてもいいじゃん、なくていいじゃん」
── 好きなことや夢中になれるものを見つけた、ということですか?
そうじゃなくて、ないものはないんだけど、すでにあるものはあるなぁって、気づいたんです。
── 「ないものはない」という言葉は、海士町が掲げる「ものは豊富にないけど、大事なものはすべてここにある」という考え方ですね。
今までの自分だったら、「ないものはない? 何言ってんだ?」って思うんですよ。他のひとにはあるのに自分にはないということは、欠落していることだから、その不足を補うべき。だから、ないことを嘆いて、ひと一倍努力しなきゃいけないとずっと思っていました。
でも海士町から帰ってきて、「できなくてもいいじゃん、なくていいじゃん」って開き直りができた。自分にあるものを愛せるようになったのかな。地域のひともきっとそういう気持ちで地元を見ている時があるのかなぁ、って感じたんですね。
── 観光地や特産品とか、どうしても“あるもの”に目がいきがちになりますよね。
実際現地に行ったときに、わたしたちが、「海士町はすごく魅力的な町ですよね」って言うと、お米の農家さんが「ここはなんもねえよ。こんなところまで来るなんて物好きだなあ」って言うんですよ(笑)。なにもないけれど、あるものはあって、やっぱり彼らは自分たちの土地を愛していた。そのあり方が、とても自然体だと思えたんです。
── もので溢れることが豊かさではない、ということを身に沁みて体感されたんですね。
そうそう。わたしはたぶん、スペックを身につける人生だったんです。だけど、一流のスペックは身につかなかったし、他人からの評価を追い求めるあまりに自分の幸せが置いてきぼりになっちゃっていて。
傍から見て「海士町ってなんにもない町だ、たいしたことないな」って言われたとしても、海士町で暮らしているひとたちが「ここはなんにもないよ、でもいいところだよ」って思えるんだったら、それって幸せで、すごく豊かですよね。
── そうですね。ないものねだりをせず、あるもので満たされているということですから。
わたしはきっと、他人にこういうふうに見られたいとか、褒められないとだめだとか、ずっと思っていました。だからこそ自分自身が嬉しいことや感動することがおざなりになって、いつの間にか感じられなくなっていたんですけど、海士町に行って感動することができました。
これからは自分の感覚を信じて、あるものを愛して、レールをつくっていくような生き方をしていきたいと思います。
地域共創カレッジについて
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