東京・浅草は、国内はもちろん海外からの旅行客で日夜賑やかです。繁華街の中心から少し外れたところに、なにやら怪しげな建物がひとつ。
決して新しくはないその建物には、目を引く真っ赤な看板が。まさしくそこが「カオサンワールド浅草 旅館&ホステル」(以下、カオサンワールド浅草)です。
もともと「サンフラワー」とういう名前のラブホテルだった建物を、ホテルに改修。外観も内装もほぼそのままということもあり、うす暗いロビーはどこか妖艶な雰囲気が漂います。
そうしたホステルのバックグラウンドを知ってか知らずか、世界中から集まる旅人たち。彼らにとってこの宿は、日本文化を体感できるエンターテイメントのひとつになっているようです。
「ラブホテル」という素材を活かしたハイブリッド型の宿
── 全体的に照明が暗いですね。これもラブホテル時代のものをそのまま残しているのでしょうか。
山戸惠利加(以下、山戸) そうですね。すべて新しいものに取り替えるのではなく、ロビーも各部屋の照明などもふくめ、私たちがおもしろいと思うもの、ゲストがおもしろいと思ってくれるだろうと思うものについては、ラブホテル時代のまま残しています。
── 「カオサン」系列のホステルやゲストハウスは都内にたくさんありますよね?
山戸 そうです、私たちが運営しているのは東京の6店舗、京都の2店舗、札幌1店舗の計9店舗です(2015年11月13日に金沢に新店舗オープン。合計10店舗となった)。
「カオサンワールド浅草」は、2013年にオープンしましたが他の「カオサン」系列の宿のなかでも規模が大きく、収容人数は約180名です。「旅館&ホステル」と名乗っているのは、旅館タイプの部屋と、ベッドがあるタイプの部屋の2通りあるから。和風の個室、2段ベッドが一部屋にいくつか設置されたドミトリーを、フロアを分けて同じ建物内に設置しました。いろいろな形態の部屋が混在していて、ハイブリッド型ホステルと言ったらいいでしょうか。
── もともとがラブホテルですから部屋数も多いですし、既存の間取りを活かした結果、いろいろなタイプの部屋ができたということでしょうか。
山戸 そうですね。あとはいろいろな国の人達が泊まりやすい宿にしたいという意図がありました。いかに安く旅をするかが大事なバックパッカーも、家族旅行のお客様も、個室を好む傾向にあるアジアの方々も、ニーズに合わせて部屋を選んでいただけます。
それに旅館というと、どこか敷居が高かったり、予算的に諦めてしまったりすることもあるため、気軽に旅館風な宿を楽しんでもらいたかったんですね。
山戸 また、ラブホテルそのものが外国人のお客様にとっては珍しいものですから、説明するとかなり興味を持たれます。建物で日本の文化を感じてもらいつつ多国籍の人が集まる、ごちゃごちゃした雰囲気をつくれたらと考えていました。
── 確かに、正統派の旅館やホテルとはまた違う遊び心がありますね。
山戸 綺麗なものをきっちりとつくるというよりは、自分たちのアイディアと宿の土台になる建物の持つ良さを活かしてホステルをつくります。
カオサン系列のホステルはいくつかありますが、一つひとつコンセプトが違います。同じものは二度と作らないということは創業当時からずっと守っていて。たとえば雷門近くにある「KABUKI」という店舗は、歌舞伎座をイメージして作りました。小規模なホステルだからこそ、ゲストと話す時間を大切にしています。同じく浅草にあって2014年10月にオープンしたばかりの「ORIGAMI」では、広い展示スペース兼イベントスペースを利用して、地域のものづくりをしている方々とコラボしたイベントやワークショップを行っています。
このように、同じ「カオサン」でも宿によってまったく雰囲気が違うんです。社長がよく「新店舗をつくることはエンターテイメントだ」と言っていますし、お客様も「次にカオサンはどんな宿をやるのか?」と期待してくださるんです。
── それぞれの宿でコンセプト以外に明確に差別化していることはありますか?
山戸 一番は、単価をかぶらないように分けていることですね。
最近はフラッシュパッカーと言われる層が多く訪日していて、単に安いだけではなく自分の興味あることにはお金をかけても良いという人が増えてきました。ですから、主にそういった人たちにおもしろいと思ってもらえる宿づくりを目指しています。
スタッフはみんな旅人。仕事を休んで旅をすることもできる環境
── カオサンワールド浅草では、どんなスタッフが働いていますか?
山戸 どこの店舗にも共通しているのは、働いているスタッフの多くが旅人だということです。いろんな国を回るのが好きなスタッフが集まっています。日本に帰ってきてからも、旅の雰囲気を味わいたい人が多いですね。
「カオサンワールド浅草」でいうと、スタッフの人数が多く、チームで動くことが多いので、周りを見て連携をとれるメンバーが揃っています。先ほど挙げた「KABUKI」という店舗だと、ここよりも小規模ですから、お客様一人一人にていねいに向き合うのが得意なスタッフが揃っています。
── 山戸さんは人事も担当されているのですよね? どういうスタッフをどこの宿に配置するかというのは、やはり考えますか?
山戸 スタッフ同士のバランスもあるし、お店の雰囲気に合うかどうかは、やはり考えますね。それぞれのスタッフが得意としていること、これから挑戦しようとしていること、なども店舗配属の判断材料にします。
── カオサン流のおもてなしというと、その絶妙な距離のとり方にあるのでしょうか。
山戸 ここに来るお客様は、友だちのように接してくれるスタッフを好みます。クチコミのレビュー(評価)の多くに、フレンドリーだと書いていただいているんです。スタッフ自身も、ビジネススマイルで接客するというよりは、大事な友だちと話すような感覚で接したいという意識が強いです。自分がほかの国に行ったとき、そういうふうに接してもらえるとうれしいと感じた、その学びを活かしています。
── オペレーション通りではなく、経験に基づいた個のコミュニケーションを大切にしていると。
山戸 なかには泊まっているのに街に出ず、ずーっと一日中スタッフとおしゃべりしている方とかもいます。目的地もガイドブックに載っている観光名所ではなくて、仲良くなったカオサンのスタッフの好きなところやおすすめを知りたいという方がとても多いんです。
── じゃあスタッフも結構まめに東京や周りを歩いて情報をストックしておかなくちゃいけませんね。
山戸 そうですね。もともと旅好きなメンバーが集まっているからそのへんは苦ではないと思います。
── でも……そういうスタッフだと、旅に出るのが我慢できなくなってしまいませんか?
山戸 そうなんです! でも私たちは旅を推奨しています。だからスタッフでも休みをとって、ちょっと旅に出てきます、なんてこともありますよ。
むしろ、「ずっと閉じこもって働いてばかりで大丈夫ですか」っていう雰囲気(笑)。旅先の宿で、学ぶこともたくさんありますから、見聞きして「この接客やサービスはすてきだな」と感じたことを、帰国後に落とし込んで活かしています。
── 旅に出るのが前提の職場って、すてきですね。
地域と手を取り、未完成からつくる宿
── 訪日外国人観光客の数はこれからますます増加すると思いますが、次の一手はどんなことをお考えですか。
山戸 次は地方への展開という可能性もありますね。行ってみたいけど宿がない地域とか、魅力的なのに海外の人にあまり知られていない地域とか、いろいろあります。それに、私たちの方針として地元の地域とのつながりを活かした宿経営をするという姿勢があります。いろいろな地域へ行けば、きっともっとおもしろい展開の仕方ができるはずです。
── 「カオサンワールド浅草」も、浅草という立地とラブホテルという建物の強みを活かした運営をされていますものね。
山戸 受け入れる宿があるだけでは観光は成り立ちません。地域の方々に受け入れていただいて初めて、一歩踏み出せます。だから、宿ばかりにこもっていないで外へ出て、地域の方々と触れ合うことは大切にしています。イベントや町の集まりに出て、顔を覚えてもらうことから始めて。
── 田舎に行けば行くほど、そういった人間関係をきちんと築くことが重要な気がします。
山戸 本当にそう思います。「カオサンワールド浅草」も東京の観光地の中にありますが、地域の方々はここにホステルができた当時は、お客様として入ってくる訪日外国人観光客に戸惑っているようでした。それから、騒音問題。これはまだ、完璧に解決したわけではないのですが、多くの外国人が集まって夜な夜な騒いでいるとなると、近所の方々に迷惑をかけてしまうこともありました。もちろん注意はしますが、収まらないこともあります。なかには「もうカオサンには泊まれないよ」と促さなければならない時もありました。
お客様に対応すると同時に、私たち自身が地域へ出て行って、顔見知りになることも大事です。そうすると「ああ、カオサンのスタッフだね」と認識してもらえます。こうした地道なコミュニケーションのおかげで、近所の方が「カオサンワールド浅草」を探している外国人観光客の方を連れて来てくれた、なんてことも起きるようになりました。
お客様を楽しませるだけではなくて、そのお客様を受け入れるための環境を整えるためにも、まずは近所の人たちへの挨拶をきちんとする。本当に当たり前すぎることですけど、お互い気持ちよく暮らしていくためには一番重要なことです。
── 新しい宿をオープンするとしたら、どんなコンセプトになるんでしょうか?
山戸 それはどこに宿を出すかが決まらないと分かりませんね……。私がカオサンで働き始めてビックリしたのは、新しい宿がオープンするとき、未完成の状態で開業したということでした。
とりあえず最低限の準備だけしたら、あとはお客様を実際に入れてみて、動きを見ながら少しずつ作りこんでいくというのが、うちのやり方で。別店舗ですが、初めてカオサンの新店舗立ち上げに携わったときは、「えっ、こんな状態でオープンするの!?」ってすごく焦りましたよ(笑)。
── おもしろいですね。
山戸 だからスタッフも自然とお客様に気を配るようになるし、いろんな気づきがある。現場のスタッフとお客様で作り上げていく余地を残して運営するというのは、カオサンの特徴かもしれません。走りながら考えて実行するから、日々文化祭の準備をしているようで、スタッフの意見もすぐ反映される。とても大変だけど、スピード感があって楽しいですよ。
お話をうかがったひと
山戸 惠利加(やまと えりか)
カオサン東京ゲストハウス人事広報担当。大学では古代ギリシア哲学を専攻。卒業後はホテル運営会社に就職し、フロント、レストラン、セールス、ブライダル、人事など様々な部署を経験。前職在職中、都内の飲食店で偶然相席になった当社社長の話に興味を持ちカオサンに宿泊してみたところ、世界中から旅人が訪れ、スタッフもゲストも一緒になって楽しそうにしているその空気感に一瞬で魅了されて転職を決意。2013年5月入社、現在に至る。
この宿のこと
カオサンワールド浅草 旅館&ホステル
住所:東京都台東区西浅草3-15-1
電話番号:03-3843-0153
受付時間:8:00~22:00
チェックイン:15:00~22:00
チェックアウト:~11:00
公式サイトはこちら
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