「島前高校には、女子寮と男子寮があるんですけど、男子寮は本当にひどかった。汚いしモノはすぐ壊れるし、みんな誰かがやってくれるだろうと思って生活している雰囲気でした」。

そう笑って話すのは、島前研修交流センター「三燈」のハウスマスターこと、太田信知さん。生徒主体の「暮らしを学ぶ寮」として再生し、次々と新しい試みに挑む背景には、太田さんと生徒たちとの強い信頼関係がありました。

太田信知さん(左)
太田信知さん(左)

実際のところ、寮生活ってどんなかんじ?

島暮らしは大変?

海士町のこと、どう思う?

太田さんのお話をふまえて、「島留学」でやって来た男子高校生二人に、寮での暮らしや地域との交流についての本音を聞きました。

  • 【島根県海士町】寮は暮らしと地域を学ぶ場。大人ではなく生徒がつくる島前研修交流センター
次期寮長の小野田昂大くん(左)と前寮長の勝俣健太郎くん(右)
次期寮長の小野田昂大くん(左)と前寮長の勝又健太郎くん(右)

島前高校の男子寮長に聞く、島暮らしの本音

勝又健太郎(以下、健太郎) 勝又健太郎、高校3年生です。出身は千葉県の浦安市で、母から勧められて、何回か島前高校を見て進学を決めました。前寮長です。

小野田昂大(以下、昂大) 小野田昂大です、高校2年です。東京都中野区から来ました。小中学校が私立だったんですけど、そのまま高校に進学するのが嫌で、両親に島前高校のことを教えもらって、ほかの人ができないような経験ができると思い、島に来ました。次期寮長です。

親元を離れての寮生活はどうですか?

健太郎 四六時中友だちと一緒にいられて楽しいです。みんないろんな地域から来ているから、ふだんの家庭や地域の習慣の違いでもめることもあるんですけど、それでも楽しさの方が勝ちます。

昂大 ここに慣れちゃったから、実家に帰ると寮に早く戻りたくなって寂しくなります。

寮に入って変わったことはありますか?

昂大 今までいろんなことを人任せにしていたんですけど、ここへ来て自分のことは自分でやらないとって思えるようになりました。周りに甘えちゃいけないなって。以前は誰かやってくれるだろうって考えていたけれど、今は僕にできることは何か考えてやりたいと思います。

健太郎 僕は人格まるごと変わったと思います。特に寮長になってからです。

昔は、自分が先頭に立って引っ張る方ではなくてついて行くほうでした。正直、寮に入っても1,2年生のころは、そんなに変わっていなかったと思います。でも2年生の後半から、部長や生徒会長やる友だちが増えて、僕も何かやりたくなりました。「そろそろ上級生だから俺らが主役だな」って盛り上がって、自分から寮長になるって立候補しました。

あとは昔、寮長だった先輩たちと同室で、将来3年生になったら寮長やれよって言われたことを覚えていたのもあります。

それから、太田さんが来てくれたことも大きいです。

昂大 僕はまだ、太田さんのことはつかめないことも多くて……ガチで話していないからかな。

島前高校の高校生

健太郎 自然と自分から太田さんについていこうっていう気になると思うよ。

今年(2015年)の1月から太田さんが来て、その頃はまだ内気だったから太田さんに「お前ホントに寮長?」って言われるくらい、頼りなかったんです。

でも、そのうち自分の部屋より太田さんの部屋にいる方が多かったっていうくらい、いろんなことを話し合いました。掃除場所や寮の独自のルールとか。どうやってみんなが住みやすい寮になるかを考えていくうち、自分にも寮長として責任感がわいてきた。

だから、太田さんには感謝しているんです。

昂大 他の人も、太田さんの部屋に入ったら何時間も出て来ないこともあります。太田さんから刺激をもらって気づかされることもいっぱいあるんですけど……まずは次期寮長として、太田さんとちゃんと話さないとなあ。

この地域は、どんなところだと感じますか?

昂大 人があったかいなって思います。冬の雪道を歩いているとき、向こう側から来た車に乗ったおじいちゃんが「乗ってくか?」って話しかけてくれたこともあります。あとは、地域ってこんなにパワーを秘めているんだって気づかされて、おもしろいです。

海士町の高校生

健太郎 ここなら、やりたいことにまっすぐでいられると思います。僕は生物系に興味があるから、生物に関わることを勉強したいと思っていて。隠岐自然村の深谷さんに、山の中に生態調査しに連れて行っていただくこともあります。

健太郎 卒業しても、この島に残りたいという友だちもいます。たとえば島には医者が少ないから、大学を卒業したら島で開業医になりたいっていう人とか、海士町のためになにかしたいという友だちは多いです。僕は、今すぐに何かをするとは考えていなくて、大学へ行って別の形で海士に支援できるといいなと思っています。

太田さんから見て、この二人はどんなふうに映りますか?

太田信知(以下、太田) 今の寮があるのは、カツケン(健太郎くん)のおかげと言っても過言ではありません。それまでは、廊下にゴミが落ちていても誰も拾わない。自分が良ければそれでいいと思っている生徒もいました。

だから、僕がここに来て初めに何をしたかって、当時の寮長のカツケンといっしょに暮らし方を考えたこと。実際に動いたのは彼です。それだけで、この寮は変わりました。まず最初は、ボロボロのスリッパをきれいに整頓するところから始めて……。地道なことですけど、気づいてくれる子がほんの少しずつ増えていって、手伝ってくれるようになりました。カツケンも、初めは周りのことが見えていなかったけど、今ではすごく頼りがいのある男です。

島前高校寮内のようす

太田 僕は大人ですけど、彼らのことを子ども扱いしません。彼らが学校や地域を巻き込んで何かをやろうと思ったら、ぜんぶ大人相手にやりとりをすることになります。そんなことをやったことがない子でも、僕は何もせず、企画や仲間集めなどは彼ら自身にやってもらいます。だから、相手に迷惑をかけてしまうけど、それが大切。迷惑をかけた経験があるからこそ、感謝できる人に育つと思うからです。もちろん、僕は事前に迷惑がかかることをお伝えしに行きますが、最近はそれすらも生徒自身で伝えることが増えてきました。

突然、意外な子が僕の部屋へやって来て「こんなことを考えているんです」って打ち明けてくれることがあります。その子ひとりで動き出すこともあれば、同じような悩みや思いを持っている子とマッチングさせることもあります。難しいのは見極めどき。常に生徒のことを見ていないと、ちょっと言ってみただけなのか、モチベーションがMAXのときなのかが分からず、もったいないことになりかねません。

主体的に仕組みを作って動き出す、できることを新しく広げていこうっていう雰囲気が、ようやく出てきたかんじですね。

昂大 僕はカツケンさんの次の寮長だから、この雰囲気を壊さずに、みんなが寮を好きになってくれたらいいなって思っています。

太田 それなら、まずお前が一番寮を好きにならないとな。小野田が好きにならないと、他の人にはその気持ちは伝わらないから。まあでも、できないことがあれば助けてもらえばいい。これからどんなふうに寮を盛り上げてくれるか、楽しみでしょうがないですね。

お話をうかがった人

太田 信知(おおた まこと)
島前高校魅力化プロジェクト/ハウスマスター。1985年、福岡県京都郡生まれ。理系・文系・宗教系の大学に通い、お坊さんの資格を取得。人生修行として東京でサラリーマンを経験後、東大・慶応等の大学生や社会人と共に住みながら、就活支援のシェアハウスを運営する。ご縁があってH26年11月に海士町に移住。「教師」ではなく「育師」という教育哲学を持ちながら、全国から集まった高校生と共に島前研修交流センターで自治組織作りに取り組む。将来は実家のお寺を継ぐ予定。

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