数多ある生き方の中で、「これが私の道」と決めるのは簡単なことではありません。幸せそうに見えるひとはたくさんいて、「私も彼女みたいに」と焦る夜は、定期的にやってくる。
ライターの佐久間裕美子さんは、ニューヨークで暮らすようになって、もうすぐ20年。アメリカで起こる新しいライフスタイルに迫った著書『ヒップな生活革命』を出版し、世間を騒がせたのは3年前の2014年。そして2017年、彼女は初めて自身の胸の内を綴ったエッセイ本、『ピンヒールははかない』を出版しました。
ニューヨークでは「シングル=不幸」と思わせるプレッシャーがない。周りには、果敢に恋愛や別れを繰り返しながら、社会の中で生き生きと頑張っている女性が山ほどいる。一生懸命生きれば生きるほど、人生は簡単ではないけれど、せっかくだったら、フルスロットルでめいっぱい生きたい。だから自分の足を減速させるピンヒールははかない。(引用:『ピンヒールははかない』帯より)
大都会、シングルライフ、女と女と女の話。なのにその本は、女性に限らず「生きるための道標」を与えてくれるような気がします。
出版のため、日本に一時帰国した佐久間さんをつかまえてインタビューをしたのは、出版直後の2017年7月のある晴れた日のこと。佐久間さん、価値観が多様化する世の中で、私たちは、これからどうやって生きていくのがいいのでしょう?
佐久間 裕美子(さくま ゆみこ)
ライター。1973年生まれ。慶應義塾大学を卒業後、イェール大学大学院修士課程に進学。98年からニューヨーク在住。新聞社のニューヨーク支局、出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。アル・ゴア元アメリカ副大統領からウディ・アレン、ショーン・ペンまで、多数の有名人や知識人にインタビューしてきた。『ブルータス』『&プレミアム』『ヴォーグ』『WIRED JAPAN』など多数の雑誌に寄稿。
女として生きることに向き合う
── 『ピンヒールははかない』は、佐久間さんが見たニューヨークでの日々を、親しい友人へのインタビューを通して描いたエッセイです。この本を書いたきっかけは?
佐久間裕美子(以下、佐久間) 直接のきっかけは、幻冬舎の編集者・大島さんが何か一緒に本を作りませんか、と声をかけてくださったことです。
佐久間 大島さんを含め、『ヒップな生活革命』の出版後、複数人に言われたのは「書いているひとが何者なのかわからない」ということ。世間の動きや他者のインタビューが淡々と綴られているから、「著者である佐久間裕美子がどういう風に生きていて、何を考えているのかが見えてこない」って。
本の内容についてディスカッションを重ね、最初は「周りにいる女性のことを書きましょう」という話にまとまっていました。でも、実験的に友だちのことを書く中で、「やっぱりもう少し私個人の話が出てきた方が伝わりやすいのかもね」という話になって。そこで、初めてだったけど、自分の話もちゃんと書こうって決めた。
じつは自分の話どころか、これまでほとんど女のひとのことも書いてこなかったんです。なぜかいうと、私はずっと男のように生きたかったし、自分が女性であるってことすらなるべく考えたくないって思ってきました。エッセイを書くって、「自分と向き合う作業」になるはずだから、簡単じゃないってわかってた。
でも、仕事をしながら30代を走り続けていたら、あっという間に終わっちゃった。40代という数字がどうこうっていう話じゃなくて、「このまま漠然と仕事をしていたら、人生がすぐ終わってしまった、ということになりかねない」と思うようになりました。こういう仕事だと、月刊誌の締切がどんどんやってきて、1年がすぐ過ぎ去ってしまうから。もう少していねいに球を打たないといけないぞ、と。
あと、私は本当に子どもが欲しいと思ったことがないんだけど、40歳を過ぎて子どもを持つか持たないかとか、これからどうやって生きていくかとかを、やっぱり考えるじゃないですか。周りの女性にも考えているひとが多いし。そういうタイミングで幻冬舎さんからこの本の話をいただいて。
苦手なことをやってみようと思いました。それって、人生にすごく必要なことだと思ったんですよね。人間として、書き手として、職業人としてきちんと進化し続けるために、今までやってこなかったことに挑戦するということ。していかないと、私も飽きてしまうしね。
幸せってなんだろう?
佐久間 この本には、様々な人生の局面に遭遇する女性が登場します。たとえばニューヨークで暮らすジェス。自分が信じた生活──プライベート・ビジネスのパートナーや家が、「彼の家賃の滞納」をきっかけに一気に崩れ始める。あとは、幸せな結婚をしていたかのように見えていたけれど、ある日離婚をして、女性パートナーのファビと、自身の子ども2人と一緒に新しい暮らしを始めたヘレナ、など……。
ニューヨークを舞台に生きる彼女たちの人生は、すごくドラマティックに映るかもしれません。でも、ディティールは違えど人間それぞれ「ぶつかる壁」はあるわけで。その意味では彼女たちがすごく特別なわけじゃない。ある日突然やってきた変化、窮地に立たされたとき、ひとはどう対処していくのか。それに立ち向かっているひとの姿や想いに救われる気持ちが私にはあって、それをみんなと共有したかった。
── この本は、日本で暮らす女性に向けて書いたのでしょうか?
佐久間 そうですね。私は自由人になりたいと思って、大学卒業後単身でアメリカに移住しました。ニューヨークのブルックリンをベースに、アメリカ中を旅したり、時折こうやって日本に帰ってきたりしながら思うのは、「日本って、ちょっと息苦しいところがあるよね?」ということ。
たとえば女性に対する、社会のプレッシャー。さっき(本記事の取材前)会っていた友だちは、人生の早い段階から子どもは持たないと決めているんだけど、周囲から「子どもを持たないのか?」とすごく聞かれるんだって。そういうの、しんどいなぁって思う。
アメリカでは、そういうことは聞いてはいけないことになっているんですよ、なんとなくね。個人の親しい友だちならOKだけど、少なくとも会社では聞かない。「なぜ結婚しないの?」も同じです。東京のひとはあまり言わないかもしれないけれど……法事とかに出席したりすると、ね?
私も、帰国すると「まだシングル?」と聞かれたりする。「シングルですよ」と答えると、「そのうちユミも幸せになれるよ」って言われたりするの。心の中でイラッとしつつ、「そうだよね!」って笑顔で答えることも昔はあったけど、最近はもうやめた。大きなお世話だって話じゃない?(笑)
シングルだろうが離婚してバツイチだろうが、胸を張って生きたいって思う。本にも書いたけど、「幸せそうに見られたいだけ」とか「キラキラした自分を演出しなければいけない」とかって、すごくしんどい生き方だと思う。「そういうの、やめてもいいんじゃない?」という気持ちがあるから、やっぱり日本の女性に向けて書いたんだと思います。
気づけば世の中のスタイルも変わってきた
佐久間 私自身も若い頃は、女の子はヒールを履くものだしメイクもするもの。やっぱりそういう固定観念みたいなものに縛られていたと思うんです。でも、最近は女性と一口に言っても、スタイルも思想も多様化してきたと思いませんか?
たとえば、私が創刊当初から連載しているライフスタイル誌『&プレミアム』。連載のきっかけは、お世話になっていた元『ブルータス』編集部の芝崎さんが、『&プレミアム』創刊時に「一緒にやらないか?」と声をかけてくださったこと。でも、私はそれまでずっと男性誌にしか携わってこなかったから、「いや、私は女性向けのコンテンツとかつくれないと思いますよ」と答えたんです。
そうしたら「いやいつもの感じでいい」って。いつもの感じかぁ、ならできるかもしれない、と思って。
ふたを開けたら、私が思っていた「女性誌」とはまったく違ったし、ターゲットもいかにも女、という感じではなかった。そういうひとたちが意外と世の中にはいたね、というのが『&プレミアム』という雑誌だったんですよ。文化は好き、というようなひとたち。
この経験が、後に『ピンヒールははかない』の執筆に気持ちが向くひとつの大きなきっかけになりました。「同じことにいいなと思ってくれる女性たちが、たくさんいるんだな」と知れたことが、勇気につながったというかね。
「普通の幸せ」なんて幻想を追うのは止めて
── 佐久間さん、突然ですけど私はバツイチです。「好きに生きたい」と思う一方で、「まだ普通が捨てきれない」という気持ちも持っています。
佐久間 そもそも「普通ってなんだろう?」という話だよね。普通って何がいいの? みんなと一緒の安心感?
一見幸せに見えるような家庭。旦那さんがいて、お嫁さんがいて、子どもがいるかもしれない、いないかもしれないみたいなのって。私も20代のときに、1回結婚してます。自分たちなら、ステレオタイプな結婚とは違う形でできるんじゃないかと思ったの。
でも、すごくうまくいっていると思っていた夫婦が、じつはある日突然別れますなんてよくある話。何年も前から、あぁそんなことになっていたのね、って後から知る。そういうとき、普通だと思っているものって、なにひとつ普通じゃないんだなって感じます。
ほかにも、仲がよい夫婦が数年間子どもができなくて不妊治療をしているうちに、傷つけ合い出してしまう、とか。
── お金もかかるし。
佐久間 そう、すごく悪い空気が流れてしまって、やっぱり最後は離婚とかさ。みんなが憧れる、今までの世の中がいってた「これが幸せ」なんてそんなに簡単でもないし、それを得たことが一生の幸せにつながるわけでもない。
病気になったり、怪我をしたり、いろんなことが起きるわけじゃないですか、人生。そこにおいて、「普通」ってすごく頼りない概念で。目に見えない普通である幸せっていうことを、闇雲に目指してもしょうがなくて。
── はい。
佐久間 と、思っています。
毎日が楽しいなんて、きっと嘘だから
── もうひとつおうかがいしたいことがあります。フリーランスって、自分を食べさせていけることが大前提にありますよね。それを目指す女性も最近増えてきたなと思うんです。でも、「自分の幸せを追うこと=自由」とトレードオフの「孤独」とは、どうやって戦えばいいんですか?
佐久間 自由とトレードオフの孤独。私は、孤独だと思う日がなかったら、楽しい日もないって思ってる。「毎日楽しい」っていうのは嘘だからさ。孤独な日は絶対にあって、けれど私は孤独はきらいじゃない。3日誰かと一緒にいたら、1日はひとりになって休みたいんだよね。だからシングルなんだけど(笑)。
ひとりっきりで自分と向き合う時間をすごく大切にしている。でも、これは私にだけ必要な時間だとは思っていなくて。たとえば一生一緒に過ごしたいと感じるパートナーに出会えたとしても、そのひとが突然死んでしまったりとかって、あるわけだから。
それを考えたら、「おひとりさま活動」のトレーニングは、みんながしておいたほうがいいと思うんですよね。
本では「悪魔との対話」と表現したけれど、生理前に「自分の人生には意味がないのではないか」「こんな風に生きていたら孤独に死ぬのではないか」と考えてしまったりすることは、もちろん私にもありますよ。
── あれは何なんですかね……。「私なんて消えてなくなってしまえばいい」って突如思います。
佐久間 あれは、ホルモンがそうさせてるんです(笑)。でも、そういう「うわぁもう辛い」みたいな夜や感情がなかったら、すごく楽しい思いをしたときに「うわぁ楽しい!」ってならないと思うし。こっちがなかったらあっちはないわけで。毎日淡々とフラットに生きていくよりも、たまにはすごく落ち込むけど、その変化がものすごく楽しい日もあるっていうほうが、私は好きなので。
ひとりじゃない。そう思えたら生きられる
佐久間 『ピンヒールははかない』で表現したかったことはいろいろあるけれど、そのひとつが「どんなに強く見えるひとにも葛藤はある」ということ。
「めいっぱい生きようよ」というメッセージは、私は女性に限らず男性にも伝えたい。世間体や社会の決まりごと。そういうことにしばられずに生きてみたらどう? って。そこに性別や年齢、属性は関係ないと思うから。
他人に褒めてもらおうとか親に褒めてもらおうとか、羨ましがられたいみたいなことって自分を満たしてはくれないわけだから。そういう意味で自分に正直に生きたらいいじゃんっていう。「安定した幸せ」みたいなものは幻想だから。「あのひとは幸せにやってる」とかさ、「ずっと幸せ」っていうのはないわけで。
生きるって簡単じゃない。ほんとに簡単じゃないんだけれど。
ひとりじゃないって思ってもらえたら。たとえ「ひとりだ」と思っても、この世の中のどこかにその気持ちをわかってくれるひとは絶対いるし、自分と同じような思いを抱えてるひとも確実にいる。そういうことに勇気を得ていけたらいいなと私も思うし、やっぱりそれを、みんなと共有していきたいなと思っています。
- 『ピンヒールははかない』
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文章:伊佐知美
撮影:タクロコマ(小松崎拓郎)