2015年12月、インテリアデザイナーであり「Bird 代官山」などのショップオーナーを務める、鈴木一史さんに出会いました。僕は、鈴木さんの考え方や生き方に、ひとつの「これからの暮らし」を感じました。
そんな鈴木さんには、「彼らとの縁があってこそ、Bird 代官山が生まれた」と語るほど、仲の良い友人がいるそうです。
その友人とは、坂尾篤史さんと立道嶺央さん。坂尾さんは、奥沢にある「ONIBUS COFFEE」や「丁寧な一杯で、暮らしに豊かさを」をテーマに掲げるコーヒースタンド「ABOUT LIFE COFFEE BREWERS」のオーナーです。そして立道さんは、「オーガニックでジャンキーな、毎日食べたいケーキ」をコンセプトに、鎌倉でケーキ屋「POMPONCAKES(ポンポンケークス)」を主宰しています。
今回の舞台は、2016年1月にオープンしたばかりの「ONIBUS COFFEE NAKAMEGURO」。独立したばかりで仕事がなかった時代から、現在に至るまでを振り返っていただきました。世の中の価値観を基準としたスタンダードよりも「自分のスタンダード」を大切にしてきた3人が見つけた、生きる術とは。
鈴木 一史(すずき かずふみ)
インテリアデザイナー、ショップオーナー。1979年神奈川県生まれ。松陰神社前の古本屋「nostos book」や鎌倉の「POMPON CAKES BLVD.」「ONIBUS COFFEE中目黒」の内装デザインを手がける。2015年3月に「STUDY」の姉妹店として東京・代官山に「Bird」をオープン。
坂尾 篤史(さかお あつし)
1983年生まれ。奥沢の「ONIBUS COFFEE(オニバス コーヒー)」、「ABOUT LIFE COFFEE BREWERS」「RATIO coffee & cycle」を運営。2016年1月、中目黒に「ONIBUS COFFEE NAKAMEGURO」をオープン。
立道 嶺央(たてみち れお)
1983年生まれ。「オーガニックでジャンキー」をコンセプトに鎌倉の路上で移動販売するケーキ屋「POMPONCAKES(ポンポンケークス)」主宰。2015年4月、鎌倉市梶原に「POMPONCAKES BLVD.」をオープン。
奥沢にいいコーヒー屋がありますよ
鈴木一史(以下、一史) 初めて出会った時のこと、覚えている? 俺が「ファブラボ鎌倉」(鎌倉にあるデジタルのモノづくりができる空間)に遊びに行った時、俺は嶺央くんのことを見て、「こいつは誰だ?」って思った。あの時、嶺央くんは駐車場で棚を壊していたよね。
立道 嶺央(以下、嶺央) 正確に言うと、「棚を解体して、つくりなおしてくれないか」って店のひとに頼まれて、ひとりで黙々と作業していたんですよ。
一史 その時まで俺は、鎌倉を夜な夜なチャリンコで走ってケーキを売っている「POMPON CAKES」という存在を都市伝説だと思っていたのに、それをやっている本人と出会った。
嶺央 一史さんとの出会いは偶然で、びっくりしましたねぇ。
一史 ファブラボ鎌倉のひとに紹介してもらって話したら意気投合して。仲良くなった嶺央くんに「奥沢にいいコーヒー屋があるから絶対行くべき」って教えてもらってさ。さっそく「ONIBUS COFFEE(オニバスコーヒー)」に行ったら篤史くんがコーヒーを淹れていた。
坂尾 篤史(以下、篤史) でも、まったく話さなかったですよね(笑)。
一史 そもそも俺、人見知りだから、初対面のひとと話せないからね(笑)。
篤史 その時はお互い名乗らなかった。あとで嶺央くんを介して一史さんのことを聞いて、そのあとからですよね。
一史 そうそう。篤史くんと話すようになったのは、嶺央くんと篤史くんが自由が丘で出店していたマルシェに遊びに行ってから。4年くらい前のことだからあまり覚えていないけど、出会った頃はそれぞれ事業を始めた時期で、いっぱいいっぱいだった気がする。
将来の不安を語り合った、島の夜
篤史 あとはやっぱり、西ノ島(島根県・隠岐諸島)にあるホテルの一室をリノベーションする仕事をいっしょにできたのは大きかったですね。
一史 そうだねぇ。隠岐諸島には篤史くんと嶺央くん、ジャンボ(鈴木崇之さん)と俺で行って。
食事も風呂も寝床も、ずっといっしょに1週間を過ごしたら、まぁ仲良くなるよね。しかもみんな自分の事業をスタートさせたばかりの頃。必死に動いていたけど仕事がなかったから、話題は主に、将来に対する漠然とした不安っていう……(笑)。
篤史 「自分のやりたいことを仕事にできるんですかねぇ?」って、みんなの悩み相談会でしたよね。
一史 「3年後の自分なんて想像できないけど……、嶺央くんはチャリンコを漕いでいるかな? これから仕事はうまくいくんだろうか? 」って話していて。
嶺央 「チャリンコを漕ぎ続けないと」って奮起していた気がする(笑)。でも今となっては、それしか覚えてないですねぇ。
一史 朝9時から夜の10時くらいまでひたすら現場で作業し続けていた。身体が疲れきった状態で、漠然とした将来の不安を語り合うって、今振り返るとかなり暗いやつらだったね(笑)。
嶺央 でも隠岐諸島の現場で汗を流した日々は、本当に楽しかったなぁ。
今だから聞きたいんですけど、そもそも一史さんはどうして、出会って間もない僕らにこの案件で声をかけたんですか?
一史 ぶっちゃけると、遠く離れた島根県の隠岐諸島にある現場に、ホテルの一室をリノベーションするためだけに手伝ってくれる職人さんはいないと思ったから。
篤史 謝礼は1日3万円前後ですからね。
一史 その仕事をやるためにもどうしたらいいか考えていた時に、最近知り合ったひとに元大工(坂尾さん)と元茅葺き職人(立道さん)がいることを思い出して、仕事をお願いしようと思ったわけ。
篤史 島は海が綺麗だよ、ご飯がおいしいよ、宿泊できるところもちゃんと用意するよって、うまく誘われて(笑)。
嶺央 あの頃、一史さんがカッコいいスケボー(無垢材のスケートボード「Toboggan」)をつくっていたんですよ。
一史 そうだね。「島だと気持ちよく滑れるからスケボー持って隠岐諸島に行こう」って口説いた。それくらいの遊びの感覚も忘れずにいたかったしね。
嶺央 東京から車で出発して、翌朝、島根の港にたどり着いた時に見た、海の朝焼けの景色がめっちゃきれいだったなぁ……。
一史 そこは水木しげるさんの出身地で「妖怪の町」として名高い境港で、水木しげるロードを散歩して……、3人で『ゲゲゲの鬼太郎』の顔ハメ看板で写真も撮った。
一同 あっはっは(笑)。
一史 その写真、いまだに残っている……。
嶺央 顔ハメ看板の写真は流出禁止ですよ(笑)。
自分の信じたこと、大切なことを淡々とやり続けた
一史 隠岐諸島で仕事を終えてこっちに帰ってきても、状況は変わらず、みんな仕事がなかったと思うんだよね。俺は内装の設計や施工の仕事なんかねぇし、世田谷のカフェ「STUDY」に立っても役立たずだからいる必要もねぇし、だから明日することもない日々だった。あいかわらず、将来に対する不安しかなかったね(笑)。
それでも毎日一生懸命生きて、楽しければそれでいい。その代わり自分の心に嘘をついてまで「やりたくない仕事」はしたくなかった。
篤史 確かにみんな仕事がない状況だったけれど、やりたくない仕事はしないっていう共通意識をもっていましたね。だから隠岐諸島に行く前も、帰ってきても、やることは変わらなかったと思う。
一史 嶺央くんだったら、昼間に自宅でケーキを焼いて、焼き終わった頃にはもう夜だけど、夜な夜なチャリンコを漕いでいるんだろうなぁ……って、俺はそんなふうに思っていたけどね。
嶺央 いやぁ、本当そのとおりですよ。みんなただ単純に、自分の大切なこと、信じていることを淡々とやり続けただけ。一史さんや篤史さんと出会って隠岐諸島に行ったからといって、なにか劇的に変わったわけでも、変えようとしたわけでもない。
一史 うん。全然変わらないね。みんな馬鹿なことはしながらも、真面目だから。
篤史 真面目で、かつ普段の行動を見ていて「熱い」って感じさせてくれる。
一史 篤史くんだったらコーヒー、嶺央くんだったらケーキ、それぞれやっていることは違うんだけど、根本的に考えていることがきっと同じ。それぞれが自分のやり方で、世の中を少しでも良くしたいと思っているし、そのために自分のテーマをひたすら突き詰めている。
篤史 そうだね。自分の周りにいるひとたちにとって、少しでも良い社会になってほしいと思います。
やっぱりコーヒー豆の産地は発展途上国だから、人種差別問題や環境問題のことを考えるんですよね。普段みんなが何気なく飲んでいるコーヒーって400円くらいだけど、その値段にも理由がある。
篤史 そもそもコーヒーは、白人がコーヒーを飲もうと思ってヨーロッパの植民地で豆の栽培が始まったから、発展途上国に生産者がいる。コーヒー豆の農園経営で成功しているオーナーの多くは、見た目は白人に近いグアテマラ人。対して現場で働く手摘み専門のピッカーさんたちは地元のひとで、オーナーと見た目がまったく違う。つくるひとと食べるひとの関係だけではなく、つくるひとの間にも人種差別的な側面が存在する。コーヒーを知れば知るほど、いろんな問題が浮き彫りになってくる。……って、コーヒのことを話すとすごく長くなっちゃうんですけど。
嶺央 でも僕、篤史さんのそういう熱いところ、かっこいいと思います。
スタンダードな道より、わくわくする生き方を選ぼう
一史 篤史くんは今年の1月、ここ(ONIBUS COFFEE NAKAMEGURO)をオープンした。仕事があるけれど、今だって当時とはまた違う種類の不安をみんなが抱いていると思う。それを踏まえた上で、これからは何をしていこうか?
嶺央 僕はもう一度、自転車で町を周りながらケーキを売りたいっていう気持ちがあります。今のメインの仕事は店舗でお菓子をつくることになっているんだけど、POMPON CAKESのもともとのコンセプトは、オーガニックでジャンキーな、毎日食べたいケーキを介して町とつながること。自転車に詰め込んだケーキを買ってくれるひとと、コミュニケーションを取りたい。たったひとりで始めた小商いから実店舗をつくるところまで進んできたので、原点に立ち戻る作業をしたいと思っていて。
一史 俺はふたりと違って、自分自身のことを食のスペシャリストだとは思っていないんだよね。飲食店を運営しているけれど、あくまでも気持ちはアマチュアで、店はインテリアデザイナーという本業に活かす手段でもある。
ただ、自分の周りにすごく素敵な「食」に関わるひとたちがいるから、うちの店が、周りのみんなのことをよく知ってもらえる場所であれたらいいって思っていて。みんなといっしょにアウトプットできているだけで俺は楽しいから、この感覚を大切にしながらお店を運営していきたい。
篤史 今日はみんな真面目だね(笑)。僕はおいしいコーヒーを淹れるということのほかに、働いているスタッフが子どもを産んだり、一生の仕事にできるような環境をつくったりしたいなと。スペシャルティコーヒーの素晴らしさを伝えるバリスタという仕事は、日本では比較的新しい職業。まだ働き方が確立されていない段階だからね。
そしてバリスタを、シェフやパティシェのように専門的な技術を持つひとが生業にする、憧れの対象になる職業にもしていきたくて。このふたつのことを叶えるのが、今の目標ですかねぇ。
嶺央 コーヒー屋として生きていくひとの姿が少しずつ世の中で認められていくことは、素敵なことだなぁって思います。最近、一史さんに子どもが産まれたり、自分の周りで少しずつ新しい家族ができたりしていて、「次の世代」が見えてきた。彼らに、世の中の「当たり前」とは違う価値観や意思を持つ変な大人たちが「ちゃんと生きていること」が伝わるのは、いいことだと思う。
一史 世の中のスタンダードから少し離れたところにいても、社会で暮らすには誰かの役に立って、お金もいただく必要がある。次の若い世代にも、自分で自分の仕事をつくる選択肢があることを教える機会があったら、おもしろいね。「おいしく淹れたコーヒーを飲む」ということを選択するのと同じように、自分から生き方をチョイスするほうが絶対楽しいよ。
嶺央 ひとりで好きなことを仕事にするのは楽しかったけれど、商いの道を進んでいくと規模や影響力を大きくしないと立ち向かえない資本主義の壁みたいなものが、少し先の未来に見えてきて……いまも不安は尽きないですけどね。その課題に、なんとか折り合いをつけながら立ち向かう。次の世代とか、自分の周りにいてくれるひとたちのためにも、そんな人間でありたい。
一史 うん、そうだね。
篤史 これからも目の前のことを丁寧にひとつずつ、つくっていきましょうか。
このお店のこと
Bird 代官山
住所:東京都渋谷区 代官山町9-10 2F
電話:03-6416-5856
営業時間:9:00-19:00
定休日:水曜日
アクセス:東急東横線代官山駅から徒歩7分
公式サイトはこちら
ONIBUS COFFEE NAKAMEGURO
住所:東京都目黒区上目黒2-14-1
電話:03-6412-8683
営業時間:9:00~18:00
定休:不定休
アクセス:東急東横線/東京メトロ日比谷線「中目黒」より徒歩1分
公式サイトはこちら
POMPONCAKES BLVD.
住所:神奈川県鎌倉市梶原4-1
電話:0467-33-4746
営業時間:10:00~18:00
定休:火・水曜
アクセス:鎌倉駅もしくは藤沢駅からバス 梶原口下車徒歩すぐ。湘南深沢駅から830m
公式サイトはこちら
お話をうかがったひと
鈴木 一史(すずき かずふみ)
インテリアデザイナー、ショップオーナー。1979年神奈川県生まれ。設計事務所、施工会社の勤務を経て2010年独立。同年、東京・世田谷区の松陰神社前に「STUDY」をオープン。その他、松陰神社前の古本屋「nostos book」や菓子店「MERCI BAKE」(施工のみ)、鎌倉の「POMPON CAKES BLVD.」、「ABOUT LIFE COFFEE BREWERS」「ONIBUS COFFEE NAKAMEGURO」の内装デザインを手がける2015年3月には、「STUDY」の姉妹店として東京・代官山に「Bird」をオープン。
坂尾 篤史(さかお あつし)
1983年生まれ。オーストラリアでカフェの魅力に取りつかれる。約一年のバックパックを経て帰国後、バリスタ世界チャンピオンの店「ポールバセット」に入社。焙煎やバリスタトレーニングの経験を積み、2012 年に独立。奥沢に「ONIBUS COFFEE(オニバス コーヒー)」をオープンさせ、「人と人を繋ぐ」をコンセプトにバリスタトレーニング、コーヒーセミナーなどおこなっている。2014年5月に渋谷・道玄坂に「ABOUT LIFE COFFEE BREWERS」を、2016年1月に中目黒に2店舗目とな「ONIBUS COFFEE NAKAMEGURO」をオープン。
立道 嶺央(たてみち れお)
1983年生まれ。「オーガニックでジャンキー」をコンセプトに鎌倉の路上で移動販売するケーキ屋「POMPONCAKES(ポンポンケークス)主宰。自慢のおしゃれなカーゴバイクが目印。2015年4月、鎌倉市梶原にPOMPONCAKESの初となる旗艦店「POMPONCAKES BLVD.」をオープン。