「根のある暮らし」という社是を掲げる会社、「株式会社 石見銀山生活文化研究所(以下、群言堂)」には、3つの柱となる衣料品ブランドがあります。そのひとつがブランド「根々(ねね)」。
少しずつ変わる空の色、風とともに漂う花の香り、山から響く鳥の声……暮らしの中で、ふっと心が動いた時が、根々の服づくりの始まりです。動きやすさを考えながらもゆるすぎず、ふわっとした着心地の服は都会で暮らす女性にも人気だそう。
柳澤里奈さんは、根々立ち上げの頃からブランドを見守ってきた要のひとり。ご自身が働くお母さんになり、島根県出身ということも手伝って、服づくりのなかでだんだんと「根のある暮らし」を強く意識するようになっていったといいます。
「根のある暮らし」のためのブランド「根々」
── 先程、群言堂本店で根々の服を拝見しました。
柳澤里奈(以下、柳澤) ありがとうございます。
── まずは根々がどんなブランドなのかを、教えていただけますか。
柳澤 はい。根々は、2008年に生まれました。当初は働く元気なお母さん向けに、動きやすくて何度でも洗えるワークウェアをテーマにつくっていたんですが、つくり続けるうち、チーム内でも「こんなデザインがいい」とか「あの色をもっと使いたい」という声が上がって、今は仕事以外のおでかけ用の服もつくっています。
── 根のある暮らしという、群言堂さんの理念とピタリと当てはまるブランド名なのが印象的です。
柳澤 根々が生まれた時期、ちょうど地域や暮らしに根ざした商品をつくりたい、という話が社内で持ち上がっていました。群言堂は、石見銀山という歴史ある土地と、そこで暮らすひとたちとの生活と切り離すことができない会社です。だから「ここでつくる意味のある服ってなんだろう?」ということをみんなで考えて、暮らしと地域に根ざすブランドにしたいという思いを込めて、根々という名前になりました。
── ブランド「登美」なら、どの洋服にもポケットがついている、身体を締め付けないという特徴がありますが、根々の洋服の特徴はどんな点ですか?
柳澤 登美は、「復古創新」が主軸にあるブランドです。そのため昔の織物や手仕事を、今の技術で再現するための服づくりや、テキスタイルデザインを施した商品が多いんです。
根々も、もちろん復古創新の精神も引き継いでいますが、登美よりも色や柄でもっと遊びたいという思いがあります。根々では、登美ブランドが好きな方々の娘世代にあたるお客さまが、楽しんで着られる服をつくりたいと思っていて。だから色彩も登美に比べて鮮やかですし、服のモチーフに、島根県大森町で育っている草木や花、暮らしている動物を取り入れています。
柳澤 たとえば2016年春のシリーズは、「春のイマジネーション」がテーマ。「飛びたい蛙」は、冬眠から寝覚めたカエルたちが、空飛ぶ鳥にあこがれたり、蓮池の暮らしを捨てがたいと思ったり。空に向ってピョーンと飛んでみたりして……と、蓮池をめぐるものがたりを描いています。他にも顕微鏡からのぞいた山菜の細胞を刺繍した柄のワンピースやカットソーもありますし、私がいま着ているのは胞子の花を刺繍したニットブラウスです。
── デザインは柳澤さんがしていらっしゃるんですか?
柳澤 相談しながらですね。7人編成のチームなんですが、みんなで共有したイメージをパタンナーさんにつくってもらったら、一度すべて私が着てみます。その時に動いてみて、着心地を確認して「これはもう少しゆとりがある方がいい」とか「これはフォーマルな場に着て行きたい」など調整をしています。
「私も、この地で生きていく」
── 要の役割を担っていらっしゃるのですね。柳澤さんは、もともとデザインの経験があったのでしょうか?
柳澤 いえ、まったく(笑)。群言堂で働く前は、地元の外でお花屋さんをしていたんです。
── どういった経緯で入社されたのでしょう?
柳澤 お花屋さんでの仕事が少し大変になってきて、当時私と同じように地元を離れていた姉と一緒に「一旦、島根に帰ろうか」と話して実家に戻ったんです。そのタイミングで、所長である登美さんと顔見知りだった母が「群言堂の所長さんを紹介しようか」と教えてくれて。最初はアルバイトとして働き始めて、今に至ります。もう20年、ここで働いているんですよ。
── 20年! やっぱり昔から勤めている信頼関係があるから、ブランドの立ち上げも任されたのでしょうね。
柳澤 でもね、最初はうまくいかないことばかりでしたよ。群言堂のお客さまのほとんどは、登美のお客さまなんです。だから、根々の服のファンになってもらうには、どうしたらいいんだろうと長いこと試行錯誤していました。
── 柳澤さんの中で、入社当時から今日までで、気持ちの変化というのはありましたか? いろいろなことがあったと思うのですが……。
柳澤 30代後半ぐらいには、地域も会社も含めた意味で「私、ここで暮らしていくんだ」という覚悟が芽生えてきたかなと思います。20代の頃に比べたら、地域に根ざして暮らすという意味を、服にこめたコンセプトとしてだけでなく、自分自身の人生と重ねて意識することができるようになったというか。
── どうしてそう思えるようになったのでしょうか。
柳澤 この数年で、「暮らしながら働きたい」という願いを持って、大森町にIターン、Uターンする方の数がぐっと増えたからかもしれません。そういった方々を見ていると、大森町の暮らしを満喫しているなぁと感じるんです。豊かな自然はもちろん、町のひとたちとの関わりや、行事も含めて、楽しんでいる。
私の出身は大森町の隣町なのですが、地元近くの町に魅力を感じてくれる人が増えるにつれて、自然と「ここにいたいな」と感じるようになったのだと思います。
お客さまと一緒に歳を重ねられるブランドに
―― 根々に続いて「Gungendo Laboratory」という若いブランドも生まれました。3本柱のひとつとして、柳澤さんは根々をどんなブランドにしていきたいと思っていらっしゃいますか?
柳澤 ブランドとともに、私も歳をとっていきます。その年齢に合わせて、根々ブランドも私と一緒に歳をとれたらいいなと思っています。今のテイストをずっと維持しなくちゃ!と型にはまるのではなく、私たちが興味を持ったものをそのまま反映できるブランドにしたいなって。
── そうなんですね。根々は「登美ブランドの娘」であり続けるのではなく……。
柳澤 服のブランドって、ある程度ターゲット層が固定されています。けれど、「根のある暮らし」というコンセプトさえ一貫していれば、それ以外は変化してもいいのかなと思っているんです。ブランドとお客さまが一緒に年齢を重ねていくことで、その変化も一緒に楽しんでもらえたらいいなって。
── そうすると、柳澤さんや根々のお客さまが、いつか今の登美の年齢に、たどり着く日がくるのかもしれませんね。
柳澤 そうですね。でも根々は、登美とまったく同じにはならないと思います。同じ年齢層であっても、違った好みを持つお客さまが、それぞれのブランドのファンになってくださったらいいですね。
── 柳澤さんとしては、女性の自然体の暮らしにあわせて、根々を育てていきたいと感じていらっしゃるのですね。
柳澤 はい。つくっている私たち自身が、何歳になっても服づくりを楽しんでいけたら。これ以上幸せなことはないですね。
お話をうかがったひと
柳澤 里奈(やなぎさわ りな)
島根県大田市生まれ。1996年に群言堂に入社し2000年に「hina」(ヒナ)ブランド立ち上げ。2008年春には根々ブランドをスタート。デザイナーとして携わり、今年9年目の春を迎えます。
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