島根県江津市。
赤瓦の屋根と美しい山野が象徴的なその地域では、江戸時代よりはるか昔から往来と商いが盛んに行われてきました。
その精神は現代まで受け継がれ、江津市では現在、全国から参加者を募ったビジネスプランコンテスト「Go-Con(*1)。」が行われています。
(*1)Go-Con:江津市のスローガン「GO GOTSU〜山陰の『想像力特区』へ。〜」に則り、企業誘致ではなく起業(人材)誘致を目的としたビジネスプランコンテスト。
編集部が今回お話を伺ったのは、「江津の町にマイクロブリュワリーをつくり、クラフトビールで地域を元気にする」という企画で2014年のGo-Con大賞に輝いた、山口厳雄さん・梓さんご夫婦。
おふたりは株式会社 石見麦酒を設立し、現在は東京や広島まで販路を持ちながら、6種類の定番品のクラフトビール「石見麦酒」を製造・販売しています。
石見麦酒の特徴は、地元の農作物をお酒づくりに使っていること、醸造の方法を広くオープンにしていること、そして、面積9坪のマイクロブリュワリー(小さな醸造所)でクラフトビールづくりを実現しているところにあります。
「今、自分の手のひらにあるもので最大限に夢を叶えたい」
こんな言葉にピンと来る方は、石見麦酒が理想のお酒づくりを実現していく過程を、ぜひこのまま読み進めてみてください。
山口 厳雄(やまぐち いつお)
広島県広島市出身。信州大学農学部を卒業後、醸造メーカーに就職。2008年に島根県浜田市に仕事の都合でIターン。2015年に妻である梓さんと株式会社石見麦酒を設立。石見麦酒のブリュワーを務める。
山口 梓(やまぐち あずさ)
神奈川県横浜市出身。信州大学卒業後、夫である厳雄さんと結婚。子育てと仕事を並行しながら浜田市で暮らす。2015年に厳雄さんと株式会社石見麦酒を設立。石見麦酒の代表を務める。
醸造は「冷蔵庫」と「ビニール袋」で。最小限のコストで完成させた「石見式醸造法」とは?
── 石見麦酒の醸造方法は、「石見式醸造法」と言われていますが、ふつうの醸造法とはなにがちがうのでしょう?
厳雄 一般的なビールづくりは、発酵するときに高額な「発酵タンク」を使います。さらに、発酵タンクには洗浄作業が必要不可欠で、大量の水や洗剤を使うためにさらにコストが重なります。
── 石見式醸造法の場合は発酵タンクではなく、なにを使って発酵させるのですか?
厳雄 「冷蔵庫」と「ビニール袋」です。
冷蔵庫と地元の企業に特注してつくっていただいたビニール袋を使って、発酵タンクに改造しました。
これは日本で実践したのは完全にうちが初めてで、この方法ですでに5軒の醸造所が誕生しています。冷蔵庫とビニール袋は、発酵タンクを買うよりもはるかに安上がりなんです。
梓 発酵タンクだけじゃなく、ビールに炭酸を入れる機械なんかもね。
もともと、炭酸を入れるために樽を手で振っていたんだけど、疲れるし効率が悪いからダイエットマシーン・レッグマジックを改造して炭酸を入れる機械にしたんです。
それ以外にも、冷却機を980円のゴムホースと700円の銅管で代用したりとか(笑)。
── その機械改造のインスピレーションはどこから湧いてくるのでしょう?
厳雄 海外のサイトを参考にしているんです。日本は法律上禁止されているけど、アメリカとかではホームブリューと言って、自宅でビールをつくったりできるんですよ。
だから海外のホームブリューのサイトを見ると、大体どういう原理で醸造機械ができているのかっていうのがわかる。
梓 もちろん、機械は私たちだけじゃつくれないから、そこは江津市の町工場の方に協力してもらったりとかして。
「こんなのつくりたいんだけど、どれくらいかかりますか?」と聞いて、いろんなひとが助けてくれるのが小さい町のありがたいところ。
都会だと、電機メーカーのひとも建築関係のひとも、みんな遠い他人だけど、江津市にいれば2・3人介せば、誰かしらつないでくれるので。
── 最小限のコストで醸造設備を整えるために、たくさん代替案を考えたり、地域の方々にお声がけされたのですね。
厳雄 最初は、この方法で免許取得を認めてもらうのが大変でしたよ(笑)。けれども、ここに風穴を開けることが、マイクロブリュワリーを広めていくためには、とても必要な苦労だったと思います。
今では、醸造家の方が「石見式で醸造したい」と言うと、税務署のひとはこう言います。「じゃあ、石見麦酒に研修に行ったの?」と。
うちで研修した報告書を出せば、お酒づくりを認めてもらえるところまで石見式醸造法が浸透して嬉しいです。
お酒づくりの夢が、クラフトビールをつくる形で叶う
── 東京・日本橋で、石見麦酒のクラフトビール「セゾン744」を購入して飲んでみたのですけど、柚子の香りが程よく、すっきりした味わいでした。
梓 セゾン744には、お米が入っているんです。副原料として、地元農家さんから購入した柚子も。
セゾン744は、石見麦酒の中でもすっきりめのクラフトビールです。キンキンに冷やして、運動やお風呂上がりのあとにガーッと飲んでほしいというイメージでつくりました。
現在販売している6種類のクラフトビールはそれぞれ、どんなシーンでどういうふうに召し上がってほしいかコンセプトがあるんです。
── そもそも、どうしてお酒の中でもクラフトビールをつくるにことになったのか気になります。
梓 もともと、夫が日本酒の杜氏をやりたいと言っていたんですよ。
けれども、杜氏っておなじ地域出身の方から選ばれたりとか、親子代々で受け継いでいるという形が主流で。私と夫はそれぞれ広島と神奈川の出身で、島根県には夫の仕事の都合で流れ着いたという感じだったというのもあって、なかなか日本酒づくりの夢は叶わなかった。
厳雄 それでもやっぱりお酒づくりは諦めたくないという中で、「自家製天然酵母パンとクラフトビールとカフェ」を事業としてやっているタルマーリーさんの講演を聞く機会があったんです。
- 参考:鳥取県・智頭町の菌と生きるパン&ビール屋「タルマーリー」|田舎で僕らと同じ闘いに挑む人が増えてほしい
- 参考:【かぐや姫の胸の内】鳥取県智頭町に根を張って生きる|田舎のパン屋「タルマーリー」女将 渡邉麻里子
タルマーリーさんはその講演のときに、「ビールとパンって起源がおんなじようなものだから、ビールづくりもやってみようと思って」とお話されていたのですが、それがとても印象的でした。
タルマーリーさんの話を聞いて、「お酒づくりが素人でも、ビールだったら始められるかもしれない」と思ったのが、お酒づくりの中でもビールに目を向けたきっかけです。
── なるほど。石見麦酒のクラフトビールが、地元の農家さんたちが生産する農産物を積極的に使うのはなぜでしょう?
梓 江津地域には、趣味の世界も含めれば、農家さんの人数はそこそこいるんです。けれど、つくったものをどう売っていいのかわからない方もけっこう多いみたいで。
せっかくお酒づくりをするなら、地元の方たちのつくった農産物を取り入れていきたいという気持ちは、コンテストに応募した当初からありました。
厳雄 どんな農産物でもできるだけ買い取ることにしているのは、地元の農家さんにとっても僕たちにとっても、無理のない仕組みのお酒づくりを実現するためです。無理のないお酒づくりについて、僕たちが出した答えは「小ロットでつくる」ということ。
大手メーカーのように大量生産しようとすると、ガチガチの材料契約になってしまって農家さんは苦しいし、僕らもその分コストがかかる。
そうじゃなくて、柚子が10個あればクラフトビールになるので、それくらい少数で持ってきても100%買い取るようにしたり、副原料として皮だけの使用するようにしたりする方が、継続的な関係を続けられると考えました。
── 少数から買取りができるのは、小さな醸造所、マイクロブリュワリーだからできることですよね。
厳雄 そうですね、大手のメーカーの場合は材料が多く機械も大きいので、醸造するのが月に1、2回です。けれども、うちは9坪の小さな醸造所なので週に何度も醸造することになる。
そうすると、醸造の手間はかかるけれど、小ロットでいろんな種類のお酒づくりができます。この規模感だからできるお酒づくりに、クラフトビールという形がぴったり合っていたんだと思います。
知識をオープンにし共有することが、よりよい商品づくりにつながる
── Go-Conでおふたりが受賞されてから、石見麦酒の生産と販売が始まるまで、どのくらいの期間がかかったのですか?
梓 約1年半です。その間に、発泡酒の免許取得と、醸造所の設立、株式会社化をしました。
── ものすごいスピード感ですね。おふたりは、お酒づくりの知識についてはどのように学ばれたのでしょう?
厳雄 ビールって、発酵させてつくるものなので、菌についての知識が必要なんです。そこらへんの基礎知識は、僕たちがもともと農学部ということもあって、多少はあったと思います。
僕は大学院を出たあとに、味噌の醸造メーカーに勤務したんです。そのときの知識は少なからず役立っていると思います。味噌っていうのは、つくる過程で酵素分解をということを行うんですけど、そこはアルコールも一緒なので。
それと、実際に東京のマイクロブリュワリーに足を運んだりもしましたね。
── ビールづくりの技術は、足を運べば教えてくれるものなのですか?
厳雄 必ずってわけではないのですけど、ビール業界はかなりオープンなんです。
いい意味で、「こういうふうに調合したら美味しくなるよ」というのを、自慢し合う風潮があると思います。だから足を運んだ分だけ、知識量が増えた気がしますね。
梓 だんだんこういう、小さな規模感でお酒づくりを始めるマイクロブリュワリーの方々が増えてきました。
そのひとたちとSNSでつながって、材料の調達方法や安い仕入先について情報交換することもとても大切にしています。
── 知識に関しては、インターネットとリアルの場を行き来して、おなじようなお酒づくりに取り組む方々とオープンに関わり合いながら深めていったのですね。
ワクワクするお酒づくりを続けるため、「柔軟」でありたい
── 石見麦酒に研修に来られる醸造家の方々は、なにを目的に学びにきますか?
厳雄 やっぱり、最小限のコストで小ロットの醸造を実現する方法を学びにくる方がほとんどです。
大手のビールメーカーに勤めていて、独立したいという方が多いですかね。独立して、自分でお酒づくりをして、ついでにつくったお酒をバーなんかで提供したいというふうな。
── 飲食店で提供するとなったら、たしかに小ロットの方がありがたいですよね。そんなに量はいらないから、種類が欲しいと思う。
厳雄 そんなときに、マイクロブリュワリーは最適なんです。
梓 ひとりで醸造を始めるって、なかなか大変なこと。個人で醸造をやって、お店もやるとなったら、経理なんかもできるようにならないといけないけれど、意外と酒税法って規則が細かくて。
うちは、そういうコンサルの部分にも携わって、ひとつのパッケージとして研修生を受け入れています。
厳雄 そのかわりではないんですけど、やっぱり醸造家のセミプロのような方々がうちにきてくれるのは、石見麦酒としてもありがたいんです。
僕たちも自分たちの技術をオープンにしている分、どんどん先へ行かないといけないから。
自分たちとはまたちがう醸造の方法を知っている方に、お酒に関するお話を聞けるのはとても貴重なことだと思っています。
── 先へ、という言葉が出てきましたが、石見麦酒の今後はどのようなお酒づくりを目指していますか?
厳雄 じつは今、果実酒づくりに挑戦しようと思っています。
ビールだと、どうしても苦いものと甘い果実との組み合わせで味のバランスが合わないってことが出てくるんですけど、そこを果実酒で調整してみたいですね。
けれど、果実酒もまた、ビールのように大きな発酵タンクが必要なわけですよ。だから今度は果実酒を小さくつくるっていう仕組みを、世の中に提案していくっていうのは考えています。
そうやって、どんどん次に次にっていうお酒づくりをこの江津市から提案していきたいです。江津市も現在、ビール醸造特区の創設・認定を国に申請しているので、それが認められれば街全体がブリュワリーになるような未来が待っているんじゃないかと期待します。
梓 江津市は、Go-Conで私たちが賞を獲ったときから、石見麦酒が会社として成り立つように全力でサポートしてくれて。法人の設立なんてものは本当に100%教えてもらいました。
私は、これからのお酒づくりについて具体的にどうやっていきたいとかはないのですけど。
でも、石見麦酒は「ワクワクする」ということを大切にしているんです。今身近にあるもので、無理せず、そして楽しくお酒づくりができればいいんじゃないかと思う。もちろん、石見麦酒を手に取ってくれるお客さまもワクワクしてくれるような商品を目指したい。
だから、「こういうお酒じゃないといけない!」という考え方よりは、なんでも柔軟に。これはおもしろそうだからやってみようとか、これはそろそろいいかなって直感も大切にしながら、柔軟さを忘れないお酒づくりができればいいなと思っています。
文章/小山内彩希
撮影/小松崎拓郎
(この記事は、島根県江津市と協働で製作する記事広告コンテンツです)