東京都の台東区蔵前で、糸作りをベースとしながら、天然素材とメイドインジャパンをコンセプトにモノづくりをしているブランド「MAITO」。同ブランドをスタートさせ、2012年にアトリエショップをオープンした小室真以人さんに、蔵前でモノづくりをする良さを教えてもらいました。
誰が知っているか?Who knowsまで教えてくれる町
── さっそく核心的な部分について聞きたいです。蔵前に来て本当によかったと思えることを教えてください。
小室真以人(以下、小室) 直球ですね(笑)。仕事でわからないことがあっても、答えがすぐに返ってくることです。 たとえば、これはどうやって印刷するんですか?と聞くと、すぐに印刷方法を教えてくれる。そしてハウツーはもちろん、フーノウ(Who knows?)まで発展します。誰が知っているか・できるか?という情報を教えてくれるんですよ。
── 親切な方が多いということですか?
小室 モノづくりをする人にとって、作家さんや職人さんのノウハウは門外不出で、守らないとダメなもの。普通は人の情報を教えてくれないんです、絶対。
言い方を変えれば、作家さんや職人さんと一度親しくなれれば、いろんなことを教えてもらえます。その関係性を築けるかがモノづくりの生命線です。
蔵前の人たちは惜しげもなくフーノウ(Who knows?)を教えてくれます(笑)。もちろん蔵前に住んでいる人だけに留まらず、オープンなんです。だからぼくも誰かにモノづくりや経営について聞かれたら、できるかぎり包み隠さず教えるんです。
── 誰かから情報をもらうには、信頼関係がないとできないと思います。
小室 お互いの信頼関係が成り立っていると考えれば、いい意味でプレッシャーになりますよね。相手の顔に泥を塗らないように、がんばろうとします。地域の人と距離が近いのに、ピリっとした空気感がある。それがいいのだと思います。
次世代に伝承されてこなかった「草木染め」
── 蔵前における「草木染め」のハウフー「誰が知っているか?」の対象は、小室さんになりますよね。そもそも染色業界の話になりますが、この伝統技術を継いでいるひとが少ない印象があります。
小室 はい。ぼくが草木染めをやるひとつの理由は、草木染めのことを知っている人が”意外と少ない”と藝大時代に実感したからじゃないかな。草木染めの技術を知っている人が、ものすごく少ないんです。
「色を染める」ことは、昔はとても大変でした。だけど約150年前に化学染料が発明されたことを機に、調合書通りのグラム数で混ぜれば、色が簡単に染められるようになった。職人のカンに頼っていたことを数値化して、工業化できるようになったんですよ。
── 大量生産が可能になったんですね。
小室 そうです。それまでは季節によって、その時期にしか採ることのできない植物で、さらに数々の条件を満たさないと染められない色というのがありました。しかしその制限がなくなり、1年を通して安定的に、誰が染めても同じ色が出るようになりました。
── それが150年前……まさに明治政府が産業の近代化を押し進めた時期と重なりますね。
小室 データ・数値化できない草木染めよりも、化学染料のほうがはるかに便利です。ですから約150年前から、徐々に草木染めや媒染(*1)する文化が途切れてしまったんです。なぜなら草木染めは、文章と口伝が主な継承方法で「見て覚えろ」の文化のまま受け継がれてきたからです。
(*1)媒染:染色の過程において、金属イオンにより染料を繊維に定着させる工程のこと。 染料に漬ける前に繊維を処理する先媒染と、染料に漬けてから処理する後媒染、染色と同時に媒染処理する同時媒染の方法がある。
── 草木染めが継承されていないと感じることはありましたか?
小室 ありますよ。たとえば昔、宮崎友禅斎という人が開発した「友禅染め」という技法があります。京都の友禅着物であれば、聞いたことがあるかもしれませんね。この技法は糊を置いて塗り絵のように、刷毛で手で描いて染めていく技法です。糊を置く「糊置き」、色を布に染めていく「ひき染め」、色を発色させる「草木染め」が合わさった複雑な技法になります。
ところが新しい化学染料を使うだけで、最初に開発された「友禅染め」の技法とはまったく工程が変わってしまう。そして色も違う。ぼくは東京藝術大学の工芸学科を卒業しましたが、大学では化学染料を使う新しい「友禅染め」を習いました。
もちろん他の染色技術はたくさん教えてくれるんですけれど、こと草木染めに関しては、教えてもらえないんですよね。染色といっても技法はさまざま。先生ごとに得意分野があるといっても、継承されていないから教えられないということです。
藝大でさえそうした現状だということを知って、本当にびっくりしたことを覚えています。
蔵前はモノづくりをする・発信する場所として最高の場所
── 「MAITO」が蔵前にアトリエショップを構えることになった経緯を教えてください。
小室 蔵前に来る前に、秋葉原にある「2k540(2k540 AKI-OKA ARTISAN)」に出店しました。この店舗は10坪くらいで、お客様への販売をしながら、夜中に机上を片付けて作業をしていました。とはいっても、商品の在庫やレジもあるので、作業をするにはどうしても狭くて……。
ぼくの原点となる場所だから、今も大好きですけど、手を動かして染めたくなるんです。だから2ヶ月に一度は、染めるために福岡に帰っていました。ただ、やりたいと思ったときに染められないのはストレスで、アトリエが欲しくなり物件を探しはじめたんです。
── 蔵前に来るきっかけというのは?
小室 蔵前には材料を買いによく来ていました。三筋という日本一の金具屋街があるんです。鞄に関わる人は、知らない人はいないんじゃないかな? みんなここで材料を買っていますね。
── 歴史的にモノづくりの町なんですね。
小室 江戸時代から浅草がモノづくりの中心地で、隅田川と並行して走るメインの江戸通りは、昔からの問屋街です。その周囲には職人さんたちが集まっている。昔は日本橋や室町でそれらを販売していました。
この地域には、これからのモノづくりをする場所としての可能性を感じたので、来ることにしました。今は、つくる・発信するなら、最高の場所だと思っています。
── なぜですか?
小室 まず、人があたたかい。ぼくは実家がある福岡県秋月でも修行していた時期がありましたが、田舎って新しいひとを拒絶する傾向があります。でも受け入れてくれると、すごくあたたかい。だから、地域に馴染むまでは人間関係の構築が難しいんです。
一方、都内でありながら下町でもある蔵前は、新参者を受け入れてくれる気風があります。「おう、よく来たね」って。だから、自分の居場所がつくりやすいし、新入りがやりたいと言うことを、おもしろがって一緒になって考えてくれる雰囲気があります。
だから、蔵前で暮らすと地域のひととは仲良くなれます。にも関わらず、一切しがらみない。もちろん町の人と飲みに行くこともありますけど、強制ではありません。モノづくりで商売をしているから、それぞれ仕事の都合があることを理解しているのかな。みんながみんなを尊重しているんですよね。
小室 蔵前には、モノづくりをする先輩がたくさんいますが、みなさん奢り(おごり)がない。 同じ目線で話してくれるんです。たぶんぼくに合わせてくれていると思うんですけど、年下の視点に合わせられることがすごい。
人間として勉強になります。そういう方々と出会えたことが本当に宝ですね。染織家として、ぼくもこうなりたいなって思います。
(一部写真提供:MAITO)
お話をうかがったひと
小室 真以人(こむろ まいと)
1983年福岡で生まれ、東京で暮らす。福岡県朝倉市秋月に越し、家業の草木染工房で草木染めに触れる。東京藝術大学美術学部工芸科で染織を専攻。在学中伝統技法を学ぶ傍ら、革の草木染めなどの新しい技術表現を模索。2007年にホールガーメントニットを導入と技法を習得。2008年、自身のニットブランド「MAITO」をスタート。2010年に株式会社マイトデザインワークス設立。同年、東京都台東区上野の2k540に直営店を出店。2012年東京都台東区蔵前にアトリエショップをオープン。
このお店のこと
MAITO 蔵前本店
住所:東京都台東区蔵前4-14-12 1F
電話:03-3863-1128
営業時間:11:30 – 18:30 定休日:月曜日
アクセス:都営浅草線 蔵前駅:A0出口より徒歩2分
都営大江戸線 蔵前駅:A6出口より徒歩9分
公式サイトはこちら
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