滋賀県東近江市、旧湖東町と呼ばれる場所に位置する、森のなかの小さなお店「BASE FOR REST(ベース フォーレスト)」。
姉妹都市であるスウェーデンのレトビック市で手工芸が盛んなことから、スウェーデン語で「手工芸」を意味する「ヘムスロイド」を冠した工芸村が作られたのは、今から何年も前のこと。大自然に囲まれた村の中に並ぶ、5棟の工房の中のひとつが、今回の記事の舞台です。
カフェ、ヨガ、ボディケアに英会話、そして昼夜問わず行われるイベントの数々……「ここに居たい」「オーナーのご夫妻と話したい」と、県内外を問わずこの場所にはたくさんの人が訪れるといいます。「BASE FOR REST」は、一体どんな空間なのでしょうか。
最後の高みを目指すための「BASE CAMP」と「REST」
── なんだかとても居心地のよい空間ですね。冬季はカフェはお休みだそうですが、開けてくださってありがとうございます。
ウエノ チシン(以下、チシン) いえいえ。もともとカフェは、日・月曜日だけの営業で、毎年冬季はお休みさせていただいています。僕の本業は整体とヨガだし、妻のナルは英会話の仕事もある。イベントは冬の間も開催しているから、全面的に休みってわけじゃないんですよ。
── 「BASE FOR REST」は、カフェの名前ではなくて、2人の活動の総称のようなイメージなんですね。
チシン カフェ以外にも、ヨガやボディケア、イベント企画などいろいろなことを実験しながら生業を組み立てています。僕は最近、ここはある意味での研究所でもあるなぁと思っていて。公式サイトでは、「身体・農・ARTを軸に日々の暮らしを心地よく過ごすためのヒントを集めた、森の中の小さなお店」と謳っています。
── 「BASE FOR REST」という名前にはどんな想いが込められているのでしょうか?
チシン うーん、佐野さんは「BASE CAMP」って知っている?
── ……登山のですか?
チシン うん。苦しいながらもずっと登っていって、てっぺんが鮮明に見えた頃、頂上に向かう直前に「BASE CAMP」っていう場所があるんですよ。あと数百メートルの最後のトップを狙うために、体調を整えたり、計画を練ったりするためのところですね。
── はい。
チシン 「BASE」はもともと基地とか、基盤、基礎みたいな意味です。「BASE」はそこから。で、「FOR REST」というのは休むための場所という意味もそうだし、この「ことうヘムスロイド村」の立地である森の「FOREST」の意味でもある。それをかけて、「BASE FOR REST」にしました。
みんなそれぞれ、人生で色々なことをやっているわけじゃないですか。そういう人たちが最後、もうひと頑張りするためにここへきて、休憩して、また次に向かって頑張ってもらえるような、そんな場所が創りたいと思って。
……で、合ってる? ナル(笑)。
ウエノ ナル(以下、ナル) うん、いいんじゃないかな。ちょっとかっこよく言った気がするけど……(笑)。今までの私たちって外から見たときに、何をしていて、どこを目指しているのかわかりづらかったと思うんです。これからは今までの経験をふまえて、世界観や理想をより伝わりやすくしていきたいと思っています。
購入よりも過程を楽しむ。暮らしを創る遊びをしよう
── 「BASE FOR REST」は、2人と友人たちのDIY、手作りの空間だと聞いています。そういった知識や技術は、もとからお持ちだったんですか?
チシン いや、まったく。基本的に廃材や売り物ではないものをもらってきて、それをパズルのように組み合わせながら空間を作りました。インテリアなど全体の雰囲気は夫婦で相談するけれど、実際に手を動かすのは僕の方が多いかな。
── 材料は自力で調達されたんですか?
チシン うん。そのへんに落ちてるものを集めてきた(笑)。材木屋さんをめぐって、売れない木も譲ってもらいました。
ナル 落ちてるものを拾うのは、チシンの得意技だよね(笑)。
チシン 癖だね。僕は、こういう建物を作るときの考え方って、基本的に巣作りだと思っていて。
── 巣作りですか。
チシン 動物もいろいろなところで巣を作るじゃないですか。土の中で作ったり、木の枝を集めたり。それと似た感覚でこういう拠点を作りたかったから、拾い集めることが中心になるんだと思います。
もともと資金が潤沢でないということももちろんあるけれど、何かを手に入れる方法って、お金を払う以外にもたくさん選択肢がある。なるべく自分たちの労力を最小にして、最大の効果を出したい。
── と言うと?
チシン 例えば100万円持っていたら、それで誰かの技術やできあがったモノを直接買うんじゃなくて、100万円で道具や時間をつくって、遊びながら自分たちで創り上げたいと思っています。そっちのほうが頭も体も使うから純粋におもしろいし、プロセスも格段に楽しめる。
── ジャムを買ってパンに塗るだけより、木の実を摘んで自分の家で作って保存して、少しずつ食べるほうがよっぽど楽しい、みたいなことですね。この仕事を始めて、分かるようになった気がします。
チシン そうですね。あとは、「発酵する時間」も大切だと思う。アイディアを練る時間。アイディアがぱっと浮かんで、それをすぐに実行に移すこともできるけれど、何ヶ月、長い時には1年くらい寝かせてから形にしていく方が、おもしろいものができる場合が多いよ。
「内側」と「外側」。すべてが繋がって今になる
── 「VOID A PART」プロジェクトの周防苑子さんが、「BASE FOR REST」に行った帰りは、映画を1本観終わったようだ」とおっしゃっていたんですね。少しその理由が分かってきた気がします。
チシン なぜ?
── 世界観が、できあがっているんです。包まれたい……(笑)。
チシン え?(笑)
── 2人の持つ思考や雰囲気、理想像は、どのように培われてきたものなのでしょう? お2人とも滋賀ご出身なんですか?
チシン 僕の実家が滋賀で、彼女は東京出身。僕が勉強のために上京したとき働き始めた浅草のゲストハウスに、彼女が住んでいて知り合いました。彼女も僕も、日常では触れ合えない世界を求めていた時期があって、旅という非日常の時間を過ごしている人が出入りしているゲストハウスにハマっていました。
チシン その後、ゲストハウスを出て、一緒に暮らすことになりました。僕はタイで2年間、日本語講師の仕事をしながら整体師の修行をし、東京でも学校に通った後だったので、整体の仕事を沖縄ではじめよう、と思ってました。具体的に移住を計画して、物件も決めて実際に引っ越す、という時に……。
ナル 契約していた物件が、商業利用不可だって分かったんだよね。
チシン あれはびっくりしたねぇ。
ナル もう東京の部屋も引き払って、沖縄に向かって移動する間、荷物の整理のために寄った彼の実家で連絡をもらって。
チシン もう滋賀まで来ちゃったのに(笑)。沖縄へは行けずに、そのまま生活の拠点が滋賀になって、今に至るわけなんです。僕は今の「BASE FOR REST」のオープンまでに、じつは小学校の講師を数年ほど経験しています。
── 先生ですか。
チシン 教職免許を持っていたので。仕事はとても楽しかったのですが、現状の日本での教育の限界みたいなものをひしひしと感じて、やめました。生徒さんたちとは今でも年賀状のやりとりなど交流はありますが、あの頃も楽しかったな。
── タイに、整体師に、先生に、カフェオーナーに。興味関心の幅がとても広いんですね。
チシン カラダのことには幼い頃から一貫して関心があって、医者を志した頃もあったんだけど、医者以外にもできることはあると思ってね。大学では美術教育など、いろいろなことを学びました。
今は、それぞれがすごくリンクしている感覚があります。
── どんなふうにリンクしているんですか?
チシン カラダの研究って「内側」を知ることなんです。でも、自分のカラダの内側を考えれば考えるほど、「外側」も考えなきゃいけなくなってくるんですよ。
── そういうものですか。
チシン そういうもんだと僕は思っています。だからカラダやココロを整えれば、暮らしの環境も整うと思っているし、逆に周りの環境を整えていくと、カラダやココロも整っていく。それは個人の力とチームの力の関係にも通じるところがあるかもしれません。
チシン だから、今は整体師としてカラダのことを考えながら、内側と外側の環境を整えることを意識しています。さっき、この場所のことを僕が「研究所みたいだ」と言ったのは、そういう意味合いが強い。「BASE FOR REST」は、いろんな事を実践して、研究して、僕たちだけじゃなくて、ここを訪れてくれるみんなの環境を創ることを実験する場。
ナル ……単純に、心安らぐ場所として利用していただくのも、私はとっても嬉しいけどね。
チシン もちろん、それは大前提ですよ。
理想の状態は、互いの先生になれること
── 「BASE FOR REST」の理想の状態を、チシンさんとナルさんはそれぞれどのように描いていらっしゃるのでしょう。
ナル 私たちが先生になることじゃなくて、互いが先生になっていろいろなことを教え合える関係でいられる場所になることかなぁ。
チシン 僕は、循環している場かな。気持ちいい場所ってさ、やっぱりある程度、風が通って空気が流れててね、水もきれいに流れてるようなところ。心地いい場所だよね。その循環を保つために僕ら自身も常に変化しながら、進化し、流れ続けていくことが大切だと思う。
あとは僕個人としては、今はもっと自分たちの暮らしを自分たちの手で作るために、養鶏や養蜂、石の積み方とかを勉強したいね。
── 石の積み方。
チシン 石の積み方って難しいんだよ。庭作りのために必要だったりします。
あとは、刺し身?
── 刺し身ですか?
チシン お店でパックに入った刺し身が売ってますよね。ただラップをペロッと剥がして食べるのと、それを一度きれいに皿に並べて食べるのって、ちょっと違うじゃないですか。
── はい。
チシン 世の中に、新鮮でおいしい魚って溢れているんですよ、きっと。僕らはお皿を用意して、盛り付けて、食事の場を提供したい。人間も同じ。そのままでも十分おもしろいんだけど、ステージを用意するだけで、そのひとの良さって更に伝わりやすくなったりします。
僕らの場所は、そういうことができる場所でありたいなと思います。そのへんのおっちゃんを、ちょっと盛りつけ変えて、むっちゃいいおっちゃんにする、みたいな。
── 魅せ方の話ですね。魔法の話。
チシン そうそう、魔法をかけられる場所になりたいのかもしれないね。
── なるほど、通いたくなりますね……。お休みの日に、カフェを開けてお話を聞かせてくださってありがとうございました。またぜひ遊びにきたいです。
チシン 今年は2人と1匹で旅をしているから、もし滋賀以外でも、どこかで会えたら。もちろん、滋賀にもまたきてね。こちらこそありがとうございました。
お話をうかがったひと
ウエノチシン
身体研究家 / BASE FOR REST 代表 / ノラノコ主宰
1980年生。滋賀県在住。大学卒業後、身体研究家として東洋・西洋の様々なボディーワークを統合した独自の整体理論を基に国内外で活動。2013年、身体・農・ARTを軸とした「BASE FOR REST」をオープン。2014年、年間を通じて米と野菜の自然栽培法を学ぶ集まり「ノラノコ」を仲間と共に立ち上げる。2016年、
このお店のこと
BASE FOR REST(ベース フォーレスト)
住所:滋賀県東近江市平柳町568(平成の杜 ことうヘムスロイド村内)
営業時間:10:00〜21:00
定休日:不定休(カフェの営業日は日・月曜日のみ。冬季は休業。要問い合わせ)
電話:080-5779-8113
公式サイトはこちら
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