2016年にはじまった、「ぼくらの学び」という特集。2018年から編集部・立花は、アートやアートに携わる方々に「あなたはどんな問いを立てるか」というテーマでお話をうかがっていきます。
本記事でご紹介する、千葉県松戸市を舞台に「MAD City」を展開する寺井元一さんとは、もとくらの取材以前に知り合いました。
寺井 元一
株式会社まちづクリエイティブ代表取締役/アソシエーションデザインディレクター。1977年生まれ。2010年「株式会社まちづクリエイティブ」を設立し、千葉県・松戸駅前の極小エリアを「クリエイティブな自治区」にする「MAD Cityプロジェクト」を開始。同エリアにて原状回復不要や入居者コミュニティ支援などの特徴をもつ不動産サービスを軸に、150人以上のクリエイティブ層の誘致を実現。その他、DIYでのリノベーションなど地場産業の創出にも取り組む。現在は佐賀県武雄市にて、温泉街および保養地の活性化プロジェクト「TAKEO MABOROSHI TERMINAL」をはじめ、他地域でもプロジェクトを展開中。
ある日の会話の中で「アーティストは、社会課題は解決できないけれど課題に対して問いを立てる天才だ」と寺井さんがおっしゃいました。
おそらく何気なくこの言葉を発せられたのでしょうが、わたしは脳天を打たれたように衝撃的だったのを覚えています。
自分の内面の切実な問いに向き合った末に生まれた、表現や創作物には、課題を直接的に解決することとはべつの、掛け替えのない価値があると思えてならなかったからです。
そして、今回の「アートに学ぶ」シリーズの第三のテーマを「あなたはどんな問いを立てるか」と設定しました。
たくさんのアーティストを松戸に呼び込みながら、その舞台を佐賀県武雄市や他の地域へも広げている寺井さん。世間一般で見たら、いわゆる“アーティスト”的活動をしているわけではありません。けれど「人生を懸けた問い」というのは、きっと大なり小なり誰しもあるはず。
そんな希望を持って、寺井さんに「あなたはどんな問いを立てるか」というテーマでお話をうかがいに行ってきました。
「それをやったら明日儲かる?」なんて愚問
── 「アーティストは問いを立てる天才」という言葉を聞いてから、地域になぜアートが必要なのかを、ずっと考えていました。その中で、以前から松戸を舞台にアーティストを呼び込んでいる寺井さんなりの答えを教えていただきたくて。
寺井 元一(以下、寺井) 地元の方々にも「どうして松戸にアーティストなんて呼ぶんだ」という疑問を持たれたことはあります。仮にプロジェクションマッピングをやるとしたら、流行りだからやっているように見られることもある。地域のひとに納得してもらうのはむずかしいけど、例えば松戸の市長だった松本清さんは、過去にプロジェクションマッピングをやっているんですよ。40年前とかに。
── そうなんですか!
寺井 松本市長って「マツモトキヨシ」の創業者なんですけど。プロジェクションマッピングは広島の発明家につくってもらったそうで、電車内から見えるように松戸の神社の境内に虹をかけたんですって。むちゃくちゃなんですよ、このひと(笑)。
過去にそういうことがあったのを、地元にずっと住んでいるひとも、覚えているんです。「ああ、あれね」って。僕はそのエピソードを引っ張ってきて「僕らがやりたいことも、松本さんがやろうとしていることと同じなんですよ」って説明すると、コミュニケーションがつながってくるんです。
寺井 松戸でやっているアーティストインレジデンスについても、「海外とかアーティストは松戸に関係ないじゃん」と言うひともいる。でも歴史を振り返れば、やはり現代と似たようなことをやっている事例が出てきます。
松戸は、かつて水戸と江戸をつなぐ宿場町でした。当時、お金がない芸術家や書家が江戸へ向かう途中で、家に泊めていたひとたちも多くいたそうです。ずっと前から松戸に住んでいるひとの家には、家宝級の掛け軸や壺なんかがあることがあります。聞けば、芸術家や文人たちが宿代の代わりに自分の作品を置いていったという話で。松戸のひとたちは、まだそれを大切に持っているんですよね。
アーティストが地域に来て作品を置いていく、という慣習は、実は江戸時代からあったんだと説明すると、地元のおじさんも「そうか」って納得してくれるんです。僕らがまず歴史から現在に繋がっているストーリーを、思い入れを持って話せることが重要なんだと思います。
── この街でやる必然性が理解できると、地元のひとも受け入れやすくなりますね。
寺井 僕らは松戸の駅を中心とした、半径500メートル以内を「MAD City」と呼んでプロジェクトを進めています。始めたのは、2010年。「まちづクリエイティブ」という会社の事業として動かしていますが、何をするにも大事にしているのは地域の歴史で。
歴史に、まちづくりのストーリーの根拠をつくるというのが、僕らのやり方です。
寺井 まちづくりって「明日儲かるかどうか」という感覚でやることではないんですよ。100年とか200年単位で考えないといけないものです。だから“みんなでやる”のがすごくむずかしいんですけどね。
本来であれば、街が活性化すると、その周辺の土地を持っているひとたちも潤います。まちづくりをすると自分たちが持っている資産価値も上がるんですけど、「すぐに儲かるかどうか」ばかりに目がいきがち。まちづくりには、お金も時間もかかるのは当たり前なのに。
寺井 通りの清掃ひとつにしても、それまでみんなで掃除をしてきれいにしていたのに景観が悪くなる。だから誰かが代わりにやらなくちゃいけなくなって、負担が増える。
タダ乗りしようとするひとがいなくならない限り、むずかしいです。
ずっとエイリアンで居続けたい
── 時間もお金もかかるまちづくりの手段として「アート」を選んだのは、松戸の歴史的背景のほかに、何かありますか?
寺井 アートかどうかは、正直そこまでこだわりはないです。最近は「起業家」の話もよくしているんです。
僕がアーティストと呼んでいるのは、スタンドアローンなひとですね。自分のために、自分でやるひと。言い訳が、一切ないひと。誰のために活動したり創作しているかと聞かれたときに自分のためだと答えるひとをアーティストって呼んでいるだけです。
── いわゆる絵画や彫刻やインスタレーションといった作品をつくるひとではなくても、アーティスト的な感性や視点を持って行動を起こしているひとを呼び込みたいということですね。
寺井 そうですね。
── 寺井さんはどうですか?
寺井 僕ですか? 僕は、自分のためにやってますね。自分のためが、他人のためになるように努力しようと思ってます。
僕は絵も描けないしギターも弾けないけど、誰かを説得するとか、お金を集めてくるとか、ひとをつなぐための通訳みたいなことが、僕の本質的なスキルになっています。
── じゃあ寺井さんも、アーティストですね。
寺井 自意識を肥大化させるしかないですよね(笑)。でも、MAD Cityは自分にとってある種の作品でもありますよね。
基本的に、僕がやっていることは地域活性化ではないと思っています。松戸は、どちらかというと、僕らがやりたいことを知ってもらうための、ショールーム。
地元のひとに「この街を実験場にしている」と言われたこともありますけど、正直それこそ正しい理解っていうか。
── その実験を許してくれるか、受け入れてくれるかどうかに地域のふところの深さが現れるなと思います。
寺井 「いつ引っ越してくるの?」って時々聞かれるんですけど、住む気はないです。町の一員にならないと、まちづくりができないっていうのは嘘だと思います。ずーっとよそ者、エイリアンでい続けたいんですよね、僕は。
言いたい放題言った結果、僕の子どもが学校でいじめられたりしたら、イヤじゃないですか。「やーいマッドマッド」って(笑)。
── 尖ったことをしていると、そういう可能性もありますね。
寺井 だから、自分が住んでいる地域ではあまり仕事をしたくないです。住まなくちゃいけなくなったら、今やっていることはできなくなる。
でも逆に言えば、僕は一生、松戸にいるんですよ。だって何かのために来ているわけではなくて、自分の人生をかけて、自分から好きで来ているから。最初は何の思い入れもなかったけれど、一日一日と松戸のことを好きになる日々を過ごしていれば、そりゃ居続けますよね。
── わたしは寺井さんの気持ちがとっても分かるのですが、そういう「住まないけど関わり続ける」関係性を許容できる地域とは信頼関係も必要ですし、そこに暮らしているひとたちが成熟していると感じます。
寺井 地域に必要な人材を、どれくらいかかえているかが町の勝負だと僕は思います。あとは「ここにいると次のステージへ拓ける」と感じてもらえる場所かどうかが重要。そういう感覚があれば、受動的にただ住んでもらおうとするより、自分の可能性を広げるために好んでその地域にいるということを支援する方が、はるかに重要だと理解してもらえるんじゃないかな。
だから、いろんなつながりの中で松戸に集まってきてくれたクリエイターやアーティストたちは、たぶん一生松戸にいるのは難しいでしょうね。売れっ子は海外にどんどん行ったりするので。僕は松戸が、アーティストたちにとって出世エリアになるのがベストだと思っているから喜ばしいことだと思うんです。出て行くことに関しても、地元のひとにも喜んでほしい。
ただ、出て行ったらそれっきりで関係を断つのは、つまらない。いいなと思って松戸に呼んだひとたちだから、繋がっていたいに決まっていますよね。だから僕らが次にやるのは、姉妹都市をいっぱいつくること。いますでに動いているのは、佐賀県の武雄市です。
他にもアーティストたちが移動できるネットワークを、日本全国はもちろん将来的には海外にもつくれたらと思っています。
スタンドアローンなひとが地域を救う
── ちょっと、いまのお話をふまえて、わたしの話をしてもいいですか……?
寺井 どうぞどうぞ。
── いま北海道下川町に住んでいるのですが、移住したばかりのころ、地域のことを何も知らないまま漠然と「アーティストを呼び込みたいなー」と思っていました。でも暮らしてみてすぐ、なぜ下川でアートなのか、わたし自身なかなか腑に落ちなくて、しばらくその思いは封印していたんです。
でも一年と半年以上住んでみて、地域のニーズと、歴史や慣習、それからわたしがやりたいことの3つの交差点に、アートの要素を組み込んでも、あながち的外れにならない気がしてきました。その文脈をもう少し具体的に考えているところで、寺井さんにもこうしてお話を伺っている次第なのですが……ちなみに、寺井さんが広げるネットワークの拠点の一つに、北海道の下川町は、なりえますか?
寺井 下川は……アクセスの面で言うと、お金と時間がかかりますよね。ネットワークをつくる上で、地域同士の物理的な距離はぶっちゃけ関係ない。どれくらい時間とお金がかかるかで難易度は変わります。
行くのに時間もお金もかかる地域では、クリエイターやアーティストは、完全にスタンドアローンでやっていけるようなひとじゃないと、むずかしいと思います。インフラとか、いろんなものが周りと切れちゃっても自分たちの力で食っていけるくらいの力がないと成立しないですよね。そうでないと、他所からお金を引っ張り続ける必要がある。
── そうですよね……。
寺井 下川の場合は「ちょっと副業で稼ぎたい」とか「時々通いたい」とか思っても、誰でも成立するわけじゃない。そういう場所って相当変わったひとしか集まらないんですよ。
下川にいてむちゃくちゃ儲かるなら、ひとは押し寄せるわけで。儲からないと思われている地域だからこそ、ちょっととんがったひとが「他の奴が興味ないなら俺が行って一山当ててやる」って思ってやってくる。
そういうひとって、誰かのために、とか地域のために、という思いより「俺がやりたいことをやる」という気持ちが強いひとに絞られていくんですよね。ただそういうひとって、儲けるのはうまくできないことが多いんですけど。
── 本当にそう思います。わたしが下川に来て思うのは、インディペンデントなひとたちが多いなということでした。自分の力でなんとかするという思いが強いし、スキルもある。生きていく力が凄まじいなと。だからいい意味で“変人が集まる町”と自称する方もおられます。
寺井 下川に住む理由が、暮らしやすいかどうかとか一般的な基準とは遠くなっていくんですよね。自分で種まいて、自分で育てて自分で刈り取れる力が求められる。
もちろんそのぶん、周りの見る目が厳しくなったり、人数をたくさん呼び込むのは大変です。いつか誰かが種まいてくれるかなって待っているひとは、死にますよ。
「これをやらずにはいられない」というひと、自分のやっているものを周りに示して最高だろって言わせたいひと──アーティストって、究極そういうひとたちのことだと思うんですけど、下川みたいな地域こそ、スタンドアローンなひとが必要だと思います。
町の半分くらいが自分のために自分でやりたいことをやるひとで「スタンドアローンなのがふつうだよ」という価値観になれば、地域はもっと再生していくと思いますね。
文/立花実咲
写真/伊佐知美
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