東京の杉並区にある町、西荻窪(以下、愛を込めて西荻)には、人知れずすてきなカフェが、ぽつぽつと散らばっています。中でも住宅地のドン詰まりのようなところにある、白壁に小さな看板がついた「beco cafe」(ベコカフェ)は、知る人ぞ知るブックカフェ。
出版関係、イラストレーター、漫画家など本作りに関わる人々の間では有名な「beco cafe」ですが、なぜこんな迷路のようなところにお店を構えたのでしょうか。
白い引き戸をゆっくり開けて、「beco cafe」へお邪魔します。
23時までオープンしているブックカフェ
── 「beco cafe」さん、じつは私、大学時代によく来ていたんです。4年生の冬には、そこ(店の角のテーブル席)で、卒論を書いていました。
渡辺忠(以下、渡辺) あ、ありがとうございます(笑)。
── こちらこそ、お世話になりました(笑)。
渡辺 お店にパソコンを持ちこんで仕事や打合せする方は、結構多いんですよね。ブックカフェと名乗っていますが、お店を始めた当初は喫茶店のような場所をつくりたかったので、本を読みに来る以外の使い方をしていただけると、うれしいです。
── ブックカフェを始めようと思ってオープンされたのではないですか?
渡辺 本に触れられる場所になればいいな、という感じで「ブックカフェ」と名乗るほど、本を充実させたい!という思いはそこまで強くありませんでした。もともと本屋でアルバイトをしていて、その頃にできた友人や知り合いの多くが出版社に勤めていたり、本に関わる仕事をしていたりする人が多くて……。
そういう仲間がお店に来たり、ちょっとしたイベントを開催したりするときに本を持ち込んでいたら、少しずつ本が増えていったんです。
── 奥のお座敷スペースの本棚は、蔵書なんですよね。
渡辺 そうですね、ぼくの友人が置いていった本を、おすすめコメントと一緒に並べています。蔵書は購入できませんが、店内に置いてある他の本や雑誌は購入できますよ。
いろんな人の、憩いの場になりたい
── 「beco cafe」自体はいつオープンしたのでしょうか。
渡辺 2010年の6月ですね。
── 西荻に出店されたというのは?
渡辺 ぼくの住まいが吉祥寺と西荻の間で、生活圏で出店できる場所を探していたんです。たまたまここが空いている時に見つけて、いいなと思って。
── 「beco cafe」は、住宅地の中に入って行き止まりのような場所にありますが、見つけづらいですよね? それはお店をやる上で懸念点だったか「ラッキー!」と思ったか、どちらでしょうか。
渡辺 単純に、ちょうどいい物件が見つかって良かったなって思いましたよ。じつは、いきなり路面店だと誰も来なかったらどうしよう、とか不安があってちょっぴり怖かったんです(笑)。探し当てるのは、たしかにめんどうな立地ですけれど、駅からも近いのでじつは良い場所だと思います。
── 「beco cafe」をオープンしてから気づいた、西荻の良さや特徴などあれば、教えてください。
渡辺 西荻は、つながりの強い、コミュニティのしっかりした町なのだと感じます。あと西荻って、お酒を飲むところはたくさんあるけど、夜までゆっくり本が読める場所って、意外とないんです。
いろんな人がいますから、当然お酒を飲めない人ってだって暮らしているわけですよ(笑)。だから、そういう人の憩いの場になるといいなと思っているところはあります。
── 23時まで営業されているのは、そういう理由なんですね。
渡辺 そうですね。
── ということは、やっぱり西荻に暮らす人が、お客様の大半なのでしょうか?
渡辺 そうみたいです。このあたりのお店にも慣れたような雰囲気の方が多いので。それから一度来た方が、友だちや家族を連れてもう一度来てくれることも多くて。西荻の人かどうかというより、誰かに紹介したくなるような場所だと感じてもらえることが、一番うれしいですね。
── 最初、ブックカフェをやるつもりではなかったというお話、先ほどありましたが、今でもそういう気持ちはありますか?
渡辺 結果的にブックカフェになった、という感じで、今でも本に触れられる空間であれば、お客様は本を読んでも読まなくてもどちらでもいいんです。お客様が過ごしやすいように、「beco cafe」を使ってもらえれば。
もし本に興味がなくても、仕事のためにパソコンを持ち込んでカタカタやっていたとして、「なんか疲れたなー」と思ったときに、近くに本や雑誌が置いてあると、ぺろぺろっと見るじゃないですか。
── たしかに見ますね。
渡辺 どこかで読んだなとか、なんかこの作者名は知ってるぞ、とか、本に触れた記憶が残るお店だといいなって。本を買ってほしいから販売しているわけでもなくて、お客様なりの本との距離感を楽しんでくれたら、ぼくとしては満足ですね。
……でも、こういう気持ちも、お店を始めたから気づいたことかも。最初は思っていなかったことが、お客様とのやりとりを重ねてくるなかで、だんだんわかるようになったかな。
「せざるを得ない大人」の真面目な遊びをしよう
── 「beco cafe」さんでは、イベントも不定期に開催されていますが、あれは渡辺さんが主催されるんですか?
渡辺 いえ、あれも本屋時代の友人知人の持ち込み企画とか、ホームページなどで問い合わせをくれた方が主催の企画が多いです。
── お店の入口付近に、アクセサリーや絵葉書なども売っていますね。
渡辺 今まで出版関係のイベントが多かったんですけど、今後はものづくりしている人たちともイベントをつくっていきたいと思っていて。作品を発信する場として「beco cafe」を使ってもらいたいんです。
── こういう方とやりたい、というイメージはあるんですか。
渡辺 具体的に誰、という答えはないんですが……アーティストというか、ものをつくらざるを得ない人と一緒にやりたいですね(笑)。
たとえば作家なら書くこと、手芸だったら編んだり縫ったりすることかもしれない。ぼくは場を提供できますが、人と人をつなげてうまく見せる、いわゆる編集はできないので、企画段階では編集せざるを得ない人にお願いして、共同で何かできたらなと。
── たしかに生産せずにはいられない、編集せずにはいられないという人はいますね。
渡辺 仕事とかお金儲けとかまったく関係なくて、有り余るエナジーをぶつけるように「ものづくり」をする人たちって、確実にいて本当にびっくりします。しかも、彼らがつくったものってすごくおもしろいんですよ。
── すごく分かります……! トイレに行ったり息をしたりするのと同じ生理現象みたいなものですよね。ちなみに渡辺さんの「せずにはいられないこと」は?
渡辺 えっ、うーん……本を読むこと、でしょうか。
── さすがブックカフェの店長! 渡辺さんがおっしゃる「せずにはいられない人たち」が産んだものが集まると、ふつうのイベントにはない熱気がすごそうです。
渡辺 そうそう。究極の好きを突き詰めることって、いわゆる大人の遊びだと思います。真面目に大人の遊びをやれば盛り上がる。お金の工面も、大人だからなんとかできる部分もあります。今後はそういう、真面目な大人の遊びを「beco cafe」でやっていきたいですね。
お話をうかがったひと
渡辺 忠(わたなべ ただし)
1982年生まれ。香川県出身。本屋でのアルバイト経験を経て、本屋以外でもお客さんが本に触れる機会を増やせないかと思い立ち、2010年西荻窪にブックカフェ「beco cafe」を開業。フリーペーパー「べこのとも」発行人。
このお店のこと
beco cafe
住所:東京都杉並区西荻北3-18-6
電話番号:03-6913-6697
営業時間:14:00~23:00
定休日:火曜日、毎月最終週は火曜・水曜日
公式ブログはこちら、公式Facebookページはこちら
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