日本海に面し1500年に渡って“つくる”文化が継がれている福井県鯖江市、河和田地区。越前漆器の一大産地であるものづくりの町で、2015年10月31日~11月1日に「RENEW」が開催されました。「RENEW」は鯖江で活動する作り手の想いや、ものづくりの背景に触れながら商品を購入できる、体験型マーケット。鯖江に移住した若者たちが中心となって始めた試みです。
彼らの挑戦を地元のベテラン世代のなかで、力強く後押ししたのが谷口眼鏡(たにぐちがんきょう)二代目の谷口康彦さん。この土地で手を動かして暮らす新旧河和田人の今を、ライターの中條美咲さんが探っていきます。
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持続可能な町への一歩は、インナーブランディング
鯖江市河和田地区の町内会長を務める谷口さんは、自分たちの手でインナーブランディングをする必要があると考えています。インナーブランディングとは、河和田で暮らす人たちが、漆器や眼鏡をはじめとするものづくりや地域に、誇りと自信、敬愛を再認識し、産業や地域が持つ価値を再構築し発信していくことです。
こうした動きの背景には地域産業の衰退があります。
「1992年当時、鯖江市内における眼鏡工場は887棟の事業所、出荷額は1,140億円ほどの規模がありました。最近では眼鏡といえば鯖江、鯖江といえば眼鏡と認識されるようになってきましたが、2014年度には眼鏡工場の事業所数が519棟、眼鏡出荷額は540億円と、全盛期に比べると半減している状況です」(谷口)
しかし河和田は、越前漆器や眼鏡産業など、1,500年に渡るものづくりの歴史があり、自営を生業とする人が圧倒的に多いのが特徴です。自分の力で生きていく以上、簡単には揺らがない、芯の通った考え方を持つ人々が多く「ぶつかる時は大いにぶつかるけれど、まとまればとても強い」と谷口さんは言います。
こうした文化が根付き、決してオープンではない土地でありながら、河和田にはここ数年、外の土地で生まれ育った若者たちが途絶えることなく入ってきます。
彼らはよそ者であることを十分に自覚した上で河和田に住み、この土地で根を張って生きていこうとしています。さらに鯖江市河和田に息づく魅力を再発見・再発信していく者たちでもありました。
生粋の河和田人である谷口さんが、年齢も離れた若い人たちを後押しようとする理由は、「河和田に住む者のなかで、今後の地域について考え、率先して動いてくれているのは移住して来た彼らである」からです。
持続可能な町や産業をつくっていくためには、移住者も地元民も関係なく、各々が主体的に動いていく必要があるのです。
「地域としての【河和田ブランド】をみんなで高めていきたい。今ある河和田の産業は、多くの人達の努力と工夫を長い年月積み重ねて築き上げてきたものです。その宝たる産業の立役者は人ですから、そのストーリー性を大事にしながら移住してきた若者達の時代に適した感性・発信力でアウトプットしてきたい」(谷口)
RENEWの仕掛け人「TSUGI」
谷口さんが話す移住してきた若者たち、というのは「RENEW」を企画した鯖江のものづくりユニット「TSUGI」。
河和田の町では、大型のショッピングモールや、感じのいいカフェスペース、飲食店など都会であれば当たり前にある商業施設がほとんど見当たりません。そのため「TSUGI」代表の新山さんをはじめ、移住した若物たちが仕事以外で集まる場所は、当時の河和田町にはありませんでした。
「自由に集まれる秘密基地が欲しい」と、彼らは漆器屋の看板が掲げられた、この場所にたどり着きます。
2階で職人たちが漆塗りをする建物「錦古里漆器店」です。2013年から「TSUGI」のイベントスペースとして使用していましたが、2015年の春からオフィスとなりました。オフィスでありながらショップのように、室内には河和田で生まれたものたちが並びます。
「TSUGI」は現在6人のメンバーで活動する、2,30代の若者です。新山さんと寺田さん以外のメンバーは、木工や眼鏡職人の本業と掛け持ちしながらも、空いた時間に集まり情報共有し、活動しています。
この日も事務所には若者を中心に多くの人が集い、自然と円を成して会話が生まれていました。
河和田の次のリーダーを選び、引き継いでいく
「TSUGI」を中心に、移住してきた若者たちが主体となって進めた、ものづくりの体験型マーケット「RENEW」の目的は、地域の内側から企業や組織のプライドを育てていくこと。彼らが地域のために尽力していることは知っている一方で、河和田で暮らしてきた人々にとっては、「TSUGI」の活動は、まだまだよそ者の動きとしか見なされていませんでした。
「地元の住民が『RENEW』を簡単に受け入れられるはずはない、ということも承知していました。けれどこのタイミングで若者のエネルギーを利用しないと、地域を育てるチャンスを逃すことにもなりかねません。あと2、3年もしたら、彼らが持っている新鮮な熱量はなくなってしまうかもしれないですから」(谷口)
最後に、谷口さんが考える持続可能な町のイメージをうかがいました。
「よそ者、地元の者関係なく、イベントごとにリーダーが立てる町だと思います。地域の人たちの主体性を育むためには、今回ヒーローやリーダーだった者が、次のリーダーをちゃんと育てて引き継いでいく必要がある。みんながリーダーをやりたくてしょうがない環境を作り出していくことが大切です。その土壌ができれば、持続可能な町として半分は成功。まずはみんなが主体的に町づくりに関わる環境を作りたいですね」(谷口)
「TSUGI」を中心に、地元に根付いて暮らしてきた人たちや移住者など、同じ土地に生きる者たちが集い、地域の現状と向き合い始めている、河和田。ここから新たな「つくる」が静かに、けれど確実に生まれています。
次回、鯖江市河和田に若者とよそ者が訪れ馴染んでいくきっかけともなった、「河和田アートキャンプ」の総合ディレクターを務める、片木孝治さんにうかがった話をお伝えしていきます。
お話をうかがった人
谷口眼鏡(たにぐち がんきょう)二代目 谷口 康彦(たにぐち やすひこ)
1996年にオリジナルブランド「TURNING(ターニング)」の立ち上げを行う。「豊富な色柄と美しい艶、そして温かみのある質感をいかにフレームに仕立てるか」をテーマに、掛け心地の良さへの追求と、使い手の想いを反映するモノづくり、産地とともに成長するものづくりを心がけている。
TSUGI 新山直広さんはじめ、メンバーのみなさん
TSUGI(ツギ)は鯖江市河和田に魅せられ移住したデザイナー・職人など6名で構成されるクリエイティブカンパニー。メンバー全員が大阪出身で、同市で開催されている河和田アートキャンプに参加したことがきっかけで移住。2013年、福井に息づくものづくりや文化の魅力を多くの人に知ってもらいたいという思いで結成し、“これからのつくる”を醸成する様々なプロジェクトを企画・実行。TSUGIのネーミングには「’次’の世代が地場のものづくりや文化を’継ぎ’、新たなアイデアを‘注ぐ’ことでモノ・コト・ヒトを‘接ぐ’」という意味が込められており、未来の産地を醸成する様々なプロジェクトの運営をはじめ、地域やメーカーと寄り添いながらデザイン提案から販路開拓までを一貫して行う。