怪しげな、小さな地下への階段。おそるおそる、階下へ降りていけば、薄暗い明かりがチラチラ見えてきます。キィーッという小さな音を立てて開けた扉のその向こうには、どこか異国を思わせる色鮮やかな雑貨が天井から無造作にぶら下がっています。

カーゴカルト

ようこそ、見つけてくださいました。ここは喫茶&バー「カーゴ・カルト」。外国をゆらゆらと周り、地元の岩手県遠野市に戻って来た、高橋強(以下、高橋)さんが営む酒宴と語りの場。

今日は、いつもは決して口数が多くないという主人の高橋さんですが、遠野での暮らしと動き始めている仲間のことを話してくださいました。

高橋強さん
高橋強さん

旅の最中、地元のバーの店主に拾われた

── 「遠野の下北沢がある」と言われて、ここに来ました。

高橋 下北沢? 東京の?

── はい。

高橋 下北沢か、まあごちゃごちゃしていますからね。

カーゴカルト

── 店内のレイアウトとか雑貨のセレクトは、高橋さんチョイスですか?

高橋 旅先で買ってきたものとかを、ちょこちょこ飾っています。欲しい人は買うこともできますよ。

── お店には、いつから立っているんですか。

高橋 16年くらい前かな。もともとバイトをしてお金を貯めて海外へ旅をして、また戻ってきて働いて、というサイクルを繰り返しながら暮らしていました。そんな時、ここ「カーゴ・カルト」の主人に拾われたんです。

── 「カーゴ・カルト」自体は以前からあったんですね。

高橋 はい。「カーゴ・カルト」の本店は盛岡市にあって、遠野のこのお店は2店舗目です。僕もお酒が好きで、前の店主にはお世話になっていたから、そのままこのお店で働き始めました。

カーゴカルト

── 「カーゴ・カルト」にはどんな人たちが来ますか?

高橋 地元の若い人が多いです。イベントも時々開催するのですが、そのときは年齢層が幅広くなるかもしれないな……。遠野にずっと住んでいる人も移住してきた人も、いろんな人が繋がれるような窓口として、このお店があるといいなと思います。

東日本大震災がもたらした大きな転機

── 高橋さんご自身は、遠野のご出身ですか?

高橋 そうです。

── 遠野を出たいと思ったことは?

高橋 ないですね。今は魅力的な人たちが、たくさん集まってきているから外へ出る理由がないです。

── 高橋さんが遠野で暮らしていて、昔と今で感じる変化はありますか?

高橋 悪い変化は、虫やサワガニ、魚たちがいなくなってしまったこと。良い変化は、「遠野ゲストハウスプロジェクト」をはじめ、遠野から暮らしを変えようとする同世代の人たちが集まってきて、まさに動き出していること。僕も、その手伝いをしたいと思っています。

── 手伝いたいと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

高橋 僕が尊敬する先輩がいせさん(伊勢崎克彦さん)だったんです。それに、人の暮らしは山に支えられていて循環しているという考えに、とても共感して応援したいなって。

というのも、そんなふうに共感するのは、僕にとって東日本大震災がとても影響していると思います。

高橋強さん

高橋 震災の2ヶ月後に、息子が生まれたんです。震災は、大なり小なり、みんな何かしらショックを受けた出来事だったと思います。僕にとっては子どもへの放射線物質が漏れているというニュースが、恐ろしいというか、何も出来ず、子どもを守れない自分に呆然としました。

── お子さんがいると震災後の意識の変化はなおさら大きそうです。

高橋 あの日から、僕の食に対する意識がガラッと変わりましたね。震災で、たくさんの土や食材が汚れてしまったから、子どもたちが何を食べるのがいいのか悩んで調べまくって。でもいろいろ知るうちに、なにも土や食べものの汚染は、震災がすべての原因ではないというのが分かってきました。もっと以前にばらまかれていた農薬や、自然の摂理に反した人工的に野菜を生産・管理する方法が、どれだけ日本の土壌を壊してきたのか。知れば知るほど、今のままではいけないと思ったんです。

それからは、僕は産地直送の仕組みのなかでしか、野菜を買っていません。作っている人の顔が見えるものが、一番安心できるから。すべては、子どものためです。子どもたちは、幼い頃に溜めた有害物質を排出することはできません。だからなんとかして、子どもを守りたい。そしてできれば、自分の子どもだけじゃなくて、ほかの子どもたちも。小さいお子さんがいる親には、特に意識的に情報を共有したいと思って、自分から動くようになりましたね。

── たとえばどんなことをされていますか?

高橋 7月に開催した「空市」というイベントの運営を手伝っていました。今年で3回目だったんですが、食べものができる背景を知って、その食べものが僕らの命をつくっているということを、このイベントでは伝えたいなと思っていて。僕は無農薬のブルーベリージャムを使った、かき氷を販売しました。

「空市」のようす(公式Facebookページより)
「空市」の様子(公式Facebookページより

「空市」は、無農薬や手作りの野菜や食べものを販売する人たちを応援するイベントでもあります。自然農法は、時間も手間もかかるから、ほとんどの人がやりたがりません。今は便利な機械もたくさんありますしね。だけど、そればかり続けていて、子どもたちの未来があるのかどうかは別です。

── 「空市」のパンフレットのコンセプト文は、高橋さんが書かれたとうかがいました。

高橋 あっ、そうなんです。まあ、僕が言いたいことは、つまり、こういうことですよ(笑)。

キレイな土はキレイな川から出来ていて
キレイな川はキレイな山から出来ていて
それを繋ぐ人たちがいます

きっとこの人たちが
美しい土地と文化を僕らの子供達に
引き継ぐことが出来る人たちなのかもしれません

このコミュニティが広がっていくことが
この人たちが生き残っていく土地をつくることこそが
農民の生きる道しるべ
あるいは
人としての本分のような気がしてならないのです

そんな空市を覗いて、触れて、
みんなで応援しませんか?

(「空市」パンフレットより)

── 自然農法でできた野菜は高くて手が出せないという人もいますが、「空市」ではもっと身近に感じることができそうです。

高橋 東京にいれば、いろんなものが集まってくるけど、たしかに値段は高いですね。でも遠野なら、農家さんからすぐに買えるから、安くて新鮮です。野菜を買う人がもっと増えれば、農家さんたちもそれで食べていけるようになるし、良いサイクルが生まれると思うんですけどね。

── これから遠野は、どんな地域になっていくと思いますか?

高橋 ゲストハウスを完成させたら、人の流れが変わると思います。同じような意識や志を持つ人が集まってくるはずです。今はまだ、注目されないかもしれない。無農薬の野菜を育てるなんて無謀だと思われるかもしれない。それでも、僕らがイメージしている未来に向かって少しずつ、自分たちの周りから変えていけたらなって思います。

でも欲張りをひとつ言うなら、近所に仲間が欲しいですね。遠野にはたくさん空き家がありますから、そこを用意して、いつでもお待ちしております(笑)。

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お話をうかがったひと

高橋 強
昭和51年遠野生まれ、38歳。遠野高校卒業。20歳の時にワーキングホリデーでオーストラリアに1年ファームステイ後、アジアを中心に旅をする。1999年にカーゴカルトのマスターとして前店主に拾われる。当時はカーゴカルトはアジア雑貨&喫茶で営業していたが、後、カフェ&バーとしてリニューアルして営業するように。現在に至る。

このお店のこと

カーゴ・カルト
住所:岩手県遠野市中央通り11-20
電話番号:09076601458
営業時間:19:00〜24:00
定休日:不定休

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(イラスト:犬山ハルナ