ポチャン、と音がする。
静かに強く紙を漉く、数百年前から変わらぬ和紙の音がその場に響く。
近くて遠い、水の音。その手が紙を、作り出す。
紙は、木からできているのだと肌で知る。
木を育て、皮を剥ぎ、手で繊維をほぐして「トロロアオイ」と混ぜられる。
気が遠くなるほどの繊細な作業を、彼は群馬県に残るただ一人の桐生和紙の職人として日々淡々と続けていた。
若い人は、紙を買わなくなったのだと言う。
自分の腕の長さほどもある紙のかたまりを、どう扱って良いのか知らないのだと。
「昔は違ったんだよ、みんな紙から障子や灯りや、封筒などの生活用品を自分の手で作っていたんだよ。時代が変わってしまったんだねぇ」
と彼は言う。
紙はいつもそばにあるのに。
トントン、という音を立てて彼は木の繊維をほぐしていく。
「和紙」という言葉は最近の呼称だよ、と彼は言う。
「桐生紙」がほんとうの呼び名だよ、とも彼は言う。
「桐生和紙」は「洋紙」が普及してから対比のように使われている言葉らしい。たしかに、昔は紙と言えばそれだったのだ。
ふぅん、と私たちは思ったりする。
人生をかけて1つの道を追求するそのまっすぐな姿は、やはり対象が何であれ、きれいだ。
ほかにも、群馬県桐生市には、さまざまな「モノ作りの音」が響いていた。
作り手が奏でる「音」と、音に添わせる想いをもう一度知りたくて、灯台もと暮らしは【群馬県桐生市】特集を、はじめたのだと思います。
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