「あんぱん」と書かれた、はためく黄色ののぼりが目印の「ナカヤ」さん。下町の清洲橋通り沿いにある老舗です。
創業は昭和8年、今のお店のご主人は2代目で、3代目を継いだ息子さんもパンを焼く、家族で営んでいるお店です。決して駅から近いわけではないけれど「ナカヤのあんぱん」を求めて来る人が絶えない、その秘密を伺いました。
世代を超えたまじめな仕事が、信頼を呼ぶ
言わずもがな、ナカヤにとって、あんぱんは看板商品です。先代のご主人が作り続けたあんぱんを、代々受け継いできました。そのため、お客様の年齢層は広く、その人気は日本全国にまで届いているといいます。
「地元の方もいらっしゃるけど、遠方のお客様だと宅急便で送ったりする方もいますね。北は北海道、南は九州までお買い求めいただいています。都内の病院にも卸しているので朝は早くから仕込みをしています。
お店は朝6時半から開店して、夜は18時半まで。朝ごはんとして買いに来る人もいれば、部活の帰りにおやつで買っていく学生もいますよ。」
そう教えてくださったのは、2代目のご主人の奥様。一緒にお店を切り盛りする中で、ナカヤのあんぱんのこだわりをお聞きしました。
「あんこは自家製です、うちで炊いています。種類はつぶあん、こしあん、しろあん、あとは栗あんぱんとうぐいすあんぱんの5種類あります。その中でも、開店当初からあるのは最初の3種類ね。どこへ持って行っても喜ばれるあんぱんねってお客様が言ってくださいます。
著名な落語家さんやタレントは、今でも楽屋への差し入れや、おつかい用としてウチのあんぱんを買って行ってくださるんです。うれしいことですね。生地とあんこのバランスがいいんだと思います。今は一日700個つくっていますよ。東京マラソンとかイベントごとがある時はあっという間に無くなってしまいますね。」
同じ味を創業当時から50年以上も守り続けることというのは、そう簡単なことではありません。けれど、変わらずお客様の厚い信頼を得ているのは何故なのかを、奥様のお話を伺うと、こだわっていることは、おいしいものを食べてもらいたいっていう気持ちかな、と仰りました。
「ずっと変わらず、まじめな仕事をしているんですよ。実は一度、甘味をおさえたものが流行った時期があって、うちもあんこのお砂糖を少なくしたことがありました。そしたら販売してすぐお客様に『これはナカヤのあんぱんじゃない!』ってお叱りを受けて。すぐ今の味に戻したの、昔とおんなじ味ですよ。30年前に食べたあんぱんと今のあんぱんは少しも変わりないわって喜んでくださると、わたしたちも嬉しいの。作る人が変わっても、味は変わらないからね。」
ほら、できたできた、と言いながら奥様は、一番の売れ筋のこしあんぱんを差し出してくださいました。窯から出てきたばかりのこしあんぱんは、少し重みがあって、ふたつに割ると、ふわふわと湯気が上がりました。パンは軽い口当たりで、あんこはしつこくない、しっとりとした甘さです。
「パンは生き物だから、時間が経つと味が変わっていくのよ。」と奥様はにこやかに仰っていました。
ほくほくのあんぱんを食べると、焼きたてをぜひおすすめしたくなりますが、あっという間に売れ切れてしまうこともあるそうで、いつ頃に行けば焼きたてが店頭に並ぶかは断言できないそうですが、冷めるとあんこがよりしっとりとして、美味しく頂けます。
貴重でたいせつな存在だったあんぱん
数あるパンのなかで、なぜナカヤは「あんぱん」にこだわりつづけるのか。それは創業当時の時代背景も、影響していたようです。
「戦争中や戦後は甘いものが少なかったのよ。そういう時にちゃんとしたお砂糖を使ったおいしいものはとても貴重で、あんぱん自体がたいせつなものでした。
ものがない時代を過ごした人にとっては、貴重だったのよね。当時はパンといったらコッペパンだけで、あんぱんは食事じゃなかったの。菓子パンをごはんとして食べると親に怒られたりしました。」
大変な時代に覚えた、たいせつな甘くておいしいあんぱんは、当時どれだけ地元の人々の励みになったか知れません。これだけ食が豊かな時代になっても、来店するお客さんのトレーの上には、やっぱりあんぱんが一個や二個、ぽんと乗っているといいます。
「昔、ウチのあんぱんを贈り物としてもらった人が『なんだよ、あんぱんかよ』ってがっかりしたんですって。でも食べてみたらびっくり、『たかがあんぱん、されどあんぱんだった』って言ってくださって、それから時々買いに来てくださるんです。いろいろな食べものがあるなかで、あんぱんを食べてこれだけ喜んでいただけるなんて、ものすごいことだと思いますよ。
昔のものばかりやっていても時代に合わないから、お店では新しい工夫を取り入れたパンも作っています。でもね、あんぱんは変わらないもの代表として残しておきたいです、ずっと守り続けたい。一度食べたら忘れられない、また無性に食べたくなるようなあんぱんだといいなと思います。」
ナカヤのあんぱんは、食べているとつい「もう一個」と手が出てしまいます。地道な努力と、長年のまじめな仕事が培った変わらない味は、かつて貴重なお菓子として慕われ、今とこれからは信頼の置ける食べものとして愛され続けていくでしょう。
お店の情報
住所:東京都江東区東砂6-20-8、旧葛西橋交番前
電話番号:03-3644-3573
営業時間:平日6:30~18:30、土曜日6:30~18:30、日曜祝日6:30~18:00
定休日:水曜日
参考価格:こしあんぱん、粒あんぱん、しろあんぱん 全て1個162円(税込)
※電話予約、地方発送も可