日本の老舗・資生堂は創業以来140年以上、「美しさとは何か」と、世の女性すべてに向けて問い続けてきました。その発信ツールとして、1937年から発行をスタートさせたのが、企業文化誌「花椿」です。
資生堂の化粧品が並ぶ店舗に配られ、お客さまとの絆を深める媒体として、外見だけではなく内側からにじみ出る女性の美しさに焦点を当ててきました。歴史ある企業文化誌が刻んできた、美の歴史とこれからの「美しさ」について、編集長の樋口昌樹(以下、樋口)さん、編集室の梶浦砂織(以下、梶浦)さん、戸田亜紀子(以下、戸田)さんにお話を伺いました。
伝統とチャレンジ精神を継ぐ雑誌
「花椿」の前身は「資生堂月報」「資生堂グラフ」と呼ばれる企業誌で、名前を変えて現在のスタイルにたどり着きます。それでも一貫して変わらないのは、「新しいことに挑戦する」ことと「お客さまや読者とコミュニケーションを取る」こと。
例えば、発行当時はとても珍しかったアートディレクターという役割を設置し「読む」に加えて「見る」ものとしてオリジナルの世界観を創り上げていきました。
1966年から2011年までは、日本を代表するグラフィックデザイナーの仲條正義氏をアートディレクターとして招き、「花椿」の制作をおこなっていましたが、新たに資生堂が発行する別の紙媒体が出てきてからは、より文化的なコンテンツや知的好奇心をくすぐることができるような内容に注力するようになったといいます。
「2012年に入ってからは資生堂のPR誌だという元々の役割を改めて考え、社内でアートディレクターを立てて誌面を作るよう体制が刷新されて、今のものに生まれ変わりました。今まで仲條先生が創り上げてきてくださったものに、さらに資生堂らしさを加えて研ぎ澄ませていけるよう、日々試行錯誤しています。」(梶浦)
「例えばモデルを一般の方から募集して表紙の撮影をしたり、新進気鋭のアーティストや女優さんを表紙や特集ページに起用したり……。新しく注目を浴びるような方々に積極的に出ていただくような、実験的なチャレンジをする場でもあるんです。」(梶浦)
そんなチャレンジのひとつとして、現代だからできる新しい「花椿」の形が、ウェブ。2014年12月にウェブ版「花椿」は大幅にリニューアルされ、雑誌のコンテンツをそのまま使うのではなく、世界観を届けるツールのひとつとしてデザインされているといいます。
「『花椿』は情報の量よりも質に重きを置いています。質で選んだ情報をウェブで伝える時にウェブ上でのクリエイティブな表現方法を活用すれば、より印象的に情報を伝えることができるのではないかと思い、ウェブ版では読み物というよりもビジュアルの表現にこだわっています。毎号の特集に合わせたレイアウトや色合いに変えることで、紙の『花椿』の雰囲気を盛り立てる役割として活きるよう意識しています。」(戸田)
また、読者とのコミュニケーションを取るという動きは、1924年に発行された「資生堂月報」で既に確立されていたように思われます。読者投稿ページを設け「美容流行相談」というコーナーでは、当時の女性たちから寄せられた美容に関する悩みへの答えを掲載していました。
「化粧品だけで語れない美は、世の中にたくさんあります。それを『花椿』でどう表現して伝えていくかは、常に読者の皆さんと共有したいなって。今も昔も、そこを考えながら作っていますね。」(樋口)
そのコンテンツは「リッチ」か否か
ここまで大規模で、歴史のある企業のメッセージを携え、「美」という永遠のテーマを追いかける「花椿」。時を経て、作り手が変わったとしても芯がぶれないような、世界観を共有するためのキーワードがあるのかを伺うと、編集長の樋口さんは「『リッチ』という言葉かな」とおっしゃりました。
「最近は社内でもあまり聞かないけど、資生堂の創業者の福原信三はよく『物事はすべてリッチでなければならない』と言っていました。じゃあ何がリッチかというのは、明確な定義はないけれど、福原が戦前に学んだパリの流行や、アート的なものと科学的なものを両立しようとした芸術家としての彼の軌跡が、リッチという言葉の基になっていると思います。」(樋口)
この「リッチ」の意味合いを、もうすこし具体的に言うならば「ページ一枚一枚や特集の一コマであっても作品として見られるかどうか」だと梶浦さんはいいます。
「広告的な意味もありますが、自分たちが今考える美意識や注目しているものはコレ!というのを文字だけではなく強烈なイメージとして届けたいというのはあります。誰に寄稿していただくかを選ぶときも流行っているから、という観点ではなく、それぞれの企画について私たちの創りたいもの以上の表現をしてくれそうな方々に依頼をしています。」(梶浦)
「時代によって『リッチ』の意味合いは変わるかもしれませんが、それを見つけようという姿勢は一貫して変わりません。だからこそ編集部のメンバーがそれぞれ『リッチとは何か』を探し、お互いに共通するイメージを発見して、それをカタチにしていけるのだと思います。」(梶浦)
謙虚で貪欲であれ
女性はいつの時代も、輝き美しくありたいもの。生き方が多様化してきた現代において「女性の美しさ」のもまた、ひとつではなくなってきました。
かつては時代のアイコンとなる存在がありましたが、分かりやすい指標がなくなったことで「花椿」は、提案するスタイルから「一緒に考えよう」という姿勢に移り変わっているようです。
「ファッションで言うなら、パリやニューヨークみたいに流行の発信源がありました。でも今はそういう中心が無くなっているし、人によって求めるものが違います。こういう時代に、自分の生き方をどう切り拓いていけばいいのかは読者の方と一緒に探し続けたいですね。」(樋口)
また、こうした「美しさ」の変遷のなかで変わらないものもあります。
いつの時代も、華やかできらきらした美だけでなく、影のある美が存在するというのまた事実。完璧ではないからこそ惹かれる人というのは、確かに多いように感じます。
「耐え忍ぶ姿や、抑圧された部分に美しさを感じることがあります。女性が元気で笑顔であることは大事だけれど、悲しみや暗い部分があるからこそ引き立つものもあると思うんです。」(戸田)
美しいなと感じる人は? と伺うと、樋口さんは染織家で人間国宝の志村ふくみさんを挙げてくださいました。
「若いアーティストを見つけたらキラキラした目で話に聞き入ったり、全然天狗にならない。人間国宝なのにね(笑)、ものすごく貪欲で好奇心旺盛でチャーミングな方でした。」(樋口)
「素敵だなあと思う人は謙虚ですし、新しいものを受け入れるだけの柔軟性がものすごくあります。チャップリンが晩年に、インタビュアーに代表作は何か聞かれて『次回作だ』と答えたという逸話がありますが、そういうことですよね。」(梶浦)
移り変わる「美」の世界。そこを牽引し、また追いかけ続ける「花椿」。女性の生き方が多様な時代の中で、変わらず表現される「リッチな何か」は、今もこれからも「花椿」に脈々と受け継がれていくに違いありません。
この本のこと
花椿
価格:無料
配布エリア:全国百貨店の資生堂カウンター、資生堂ギャラリーなど資生堂関連施設、都内の一部書店やギャラリーなど
企画・デザイン:資生堂 企業文化部 花椿編集室、宣伝・デザイン部
公式サイト:花椿
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