島根県海士町で地域づくりや教育、メディア事業を通して持続可能な暮らしを探っている、株式会社巡の環の信岡良亮(のぶおか りょうすけ)さん。「日本の問題を解決しないと、島の問題は解決しない」と話す同氏は、高齢化が進み、人口減少が肥大していく日本社会の現状と島の未来を重ねます。そしてこれまで田舎が担ってきた役割に、大きな価値があると指摘しました。(聞き手:タクロコマ)
海士町のため=日本のため
── 町の課題について感じていることはありますか?
信岡良亮(以下、信岡) 海士町にいる時はさすがに、おおっぴらには言わないけど、ぼくが考えている課題は島のためでもありますし、日本のためでもあるんです。
── なぜでしょうか。
信岡 日本の問題を解決しないと、島の問題も解決できないからです。そもそも日本は人口が減少していく世界です。一極集中した都市にばかりヒト・モノ・カネ・情報が集まる状態を崩さないかぎりは、ほぼすべての田舎に未来はないと思っています。
どうしてかというと、2100年の日本人口推計予測が中位推計で6,200万人、低位だと4,700万人だからです。
── この数字はどのような意味を持つのでしょうか。
信岡 今、首都圏の人口が約3,500万人います。関西圏の京阪神だけで約1,900万人います。首都圏と関西圏を合わせると、約5,400万人。つまり、今の日本社会の構造が保たれたまま将来の低位人口推計が4,700万人だと考えると、首都圏以外ほかのところに、人は住んでないんですよね。
2025年が日本のターニングポイント
── 5年後には東京オリンピックが開催されますが、ひとつの転換期になるでしょうか。
信岡 オリンピックよりも、2025年が次のターニングポイントだと思います。日本の大きな人口ボリュームになっている団塊の世代は65歳くらい。それが2025年には75歳を超えます。
信岡 これで何が起こるかというと、団塊の世代の人たちが健康寿命の75歳を迎えて、後期高齢者のゾーンに入ってくる。つまり、自分ひとりを自分で面倒がみれなくなる年齢になります。そうすると、今、一次産業をはじめとした多くの領域で地域を支えてくれている人たちの力を借りることができなくなるんです。
たとえば海士町では、漁師やCAS(*1)工場で働く人、海士町で採れる牡蠣を磨いているお母さんたちの高齢化が進んでいます。やっぱり60歳前後の人たちが持っている力ってすごいんですよ。そういう人たちがいなくなった時に、CASの運用や岩牡蠣の生産が続けられるのかどうかが重要です。
(*1)CAS:CAS(キャス)とは、Cells Alive System の略で「細胞を壊さずに凍らせる」という意味。CAS冷凍をすることにより、岩牡蠣などの多くの魚介類の美味しさを保存することが可能になった。
── でも団塊世代の引退を避けることはできませんね。
信岡 団塊世代が引退する2025年までには、あと10年しかありません。農業漁業に関しても、後継者として一人前になるには5年くらい経験しないといけない。自然を相手にするから1年に1回しか農作物のテストができかったり、年間を通して観察・実験しないとわからないところがあったりします。
そういう状況に置かれているなかで、次の担い手が早くて3年で育つとすると、あと7年以内に彼らが育っていないと、10年後が見えない。そんな状況なのに、今の日本は、危機感のある雰囲気ではないですよね。
── 間違いないですね。
信岡 その時にはガクンと、日本の各地域の力が落ちるだろうなと思います。
── 2025年に向けて、海士町で対応していることはありますか?
信岡 海士町では、今までずっと町を盛り上げてきた役場の主要な人たちが退職して、行政から退職していきます。あの人たちの背中に引っ張られてきた部分が大きくあるので、相当な変化が出てくると思います。良くも悪くもその人達が町を引っ張ってきてくれたから、新しいことに向かって旗を振る課長たちとそれを支える若手世代となっていました。
役割分担として必ずそこは必要ですが、世代が変わると、旗を振る役をできるようになっていかないといけない。必要とされる役回りが変わってくるんです。だから、今年から早期退職がはじまって、次の世代がバトンを担えるようにしている話があります。
赤字の田舎に価値があるのは、なぜ?
── 若手への引き継ぎなど、各地域で本当にやるべきことへの優先順位を高めていくことは重要ですよね。
信岡 そうですね。たとえば人口減少や田舎の赤字の問題って、田舎ががんばっていないからという捉え方をすると苦しい。東京という街が成立している理由は、田舎から人口流入しているからです。東京の出生率は約1.09。これがどういう数字かというと、3世代で人口が約4分の1になることを意味しています。6世代になれば約5%まで下がってしまいます。
わかりやすく1世代25年で考えると、6世代は150年です。極端なイメージで3,000万人東京に人が住んでいたとしても、今の出生率で150年後には、150万人しないない。それで東京メトロどうやって支えるのか、という話が出てきてしまいます(笑)。
── そういう世界が成立した背景というのは?
信岡 田舎でたくさん生まれた子どもたちを、田舎で教育して都市で働くシステムが働いていたからですよね。でも田舎がなくなると、人口の流入元がなくなります。その時に都市は、都市だけで出生率を上げられるかというと、たぶんできないんじゃないかなと。都市というのは人口密度が高く、地価が高くなるから。大人にとっての効率の良い状態に向かって最適化されていく。
でも子どもは、スペースが必要な生き物ですよね。
── 都市で出生率2.0を超えるのはすごく難しいですね。
信岡 だから田舎で出生率を高めてもらうほうが、日本全体としてはコストが下がるんです。日本から田舎がなくなると、子育てのインフラを作りなおさなければいけなくなります。その決断が迫られるタイミングが2025年。その時までに田舎は赤字なんだから「非効率な田舎をまとめてコンパクトシティにしたほうがいい」という考え方が多数を占めていると、日本の社会構造として崩れた決断になってしまう。たぶん今は、コンパクトシティの方向に向かって進んでいると思います。藻谷さんが書かれた『里山資本主義』の中でもコンパクトシティの話が出てましたが、あれは、都市が今よりコンパクトになって、その分の人口が田舎に分散しましょうという話で、田舎の効率化の話ではないのです。
── この話って、信岡さんが巡の環の教育事業で仰っている「都市農村関係学」の話でしょうか。
信岡 そうそう。都市は黒字で田舎は赤字だから、赤字の田舎はどうにかしようという発想を、もう辞めませんか?と。都市は人口に対する貢献をできていないし、今後も難しいことがわかっています。でもその経済状況だけを見ると、短期的な視点では田舎を削っていくほうが魅力的に見えるんだけど、未来のことを考えたらそうじゃない。
人口面での大赤字を都市はすごいレベルで出していて、田舎がそれを補填しているのがもう補いようがないというほうが、問題としては重要度が高いと思います。なので、経済だけの視点で見るのをやめにして、都市は稼ぎが得意なお父さん、田舎は育むことが得意なお母さん。これが家族あるいはチームとして運営されていかないと日本の未来がないのでは?っていう話がしたくて都市農村関係学をしています。
その文脈でいうと、都市のお父さんが田舎のお母さんに向かって、最近生活が苦しいのは何かと思ったら、「お前が自分ひとり分を稼いでいないからだ」ということになる(笑)。
── わかりやすいですね(笑)。
信岡 お母さんは、田舎で一生懸命子どもを育てているのにそんな理解のないことを言われたら、「別居だよ!」となります。今まで人口にあまり価値をおかずにいたんですよね。自然と東京に人が集まるから。
でも親と孫の3世代で個体数が半減する人口減少社会というのは、生物業界で言えば絶滅危惧種なんですよ。この環境構造上、この生物は種の保存がなかなか難しい環境を作っているということ。日本の社会では、人口を一人増やすということがどんどん大変なことになっているんです。都会での暮らしで、年収600万円の人が800万円になっても子ども一人を生み育てられないのに対して、田舎なら300万円の人が500万円になれば、2人の子どもを育てていけます。
次回、【島根県海士町】巡の環が目指す、江戸時代の藩邸をモデルにした「島の大使館構想」:第3回は5月1日(土)更新。
お話をうかがった人
信岡 良亮(のぶおか りょうすけ)
取締役/メディア事業プロデューサー。株式会社 巡の環 の取締役。関西で生まれ育ち同志社大学卒業後、東京でITベンチャー企業に就職。Webのディレクターとして働きながら大きすぎる経済の成長の先に幸せな未来があるイメージが湧かなくなり、2007年6月に退社。小さな経済でこそ持続可能な未来が見えるのではないかと、島根県隠岐諸島の中ノ島・海士町という人口2400人弱の島に移住し、2008年に株式会社巡の環を仲間と共に企業。6年半の島生活を経て、地域活性というワードではなく、過疎を地方側だけの問題ではなく全ての繋がりの関係性を良くしていくという次のステップに進むため、2014年5月より東京に活動拠点を移し、都市と農村の新しい関係を模索中。【募集中】海士町でじっくり考える「これからの日本、都市と農村、自分、自分たちの仕事」
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