都会にいながら地域のことを考え、都会と田舎の関係性を捉え直す場「地域共創カレッジ(以下、カレッジ)」。島根県の海士町、宮城県の女川町、徳島県の神山町、上勝町、そして岡山県の西粟倉村の5つの地域が提携して始まっています。
今回はカレッジ受講生であり、埼玉県飯能(はんのう)市役所土木技師で町づくりの仕事を担当する白須靖之さんにインタビュー。行政の立場にいる白須さんは、どのようなアプローチで地域住民と手を取り合っていけばいいのか、どうすれば地域の住民とより良い未来をつくっていけるのか、ずっと考えているそうです。解決策となる手がかりは、カレッジで見つかるのでしょうか?
市民が誇れる道路をつくりたい
── 徳島県の神山町・上勝町へ地域訪問をする直前に、お時間をつくってくださってありがとうございます。はじめに白須さんのことについてうかがいたいです。これまではどんなお仕事をされてきましたか?
白須靖之(以下、白須) 大学を卒業してから10年間、民間の建設会社で働いてきました。いわゆる現場監督として、道路や橋をつくる仕事をずっとやっていたんです。
── その仕事をする理由は、白須さんの生い立ちにも関係があるのでしょうか。
白須 あると思いますね。実家は山梨県の富士吉田市という、富士山が目の前に見えるところにあります。祖父と父は、もともとはトタン屋根、今は金属の屋根や瓦屋根をつくっている建築屋です。子どもの頃から親の働く姿を見てきたので、建築やモノづくりには関心があったんですね。そんな中で歳が重なっていくと、ますます建築や土木に興味が出てきて、結果的に土木を学べる大学に進学し、この道の仕事をすることになりました。
── 2008年からは、飯能市役所に移って建設の仕事をしていますよね。同じ建設の仕事といっても、民間と行政では仕事内容が変わるのですか?
白須 行政側にいると、すべての案件ではないですが工事する前の「計画」の段階から携わることができます。つくることに、自分の意志を投影しやすい環境なんですよね。民間企業に勤めていたときはなかなかできなかったことです。既に設計図面ができていて、それを形にするプロセスだけを請け負っていました。ですから、行政で仕事をする魅力を感じています。
── カレッジの自己紹介では、ちょうど今年にできたばかりの道路を軸にして、「町に誇れるもの」をつくっていきたいと仰っていました。この道路づくりの取組みについて、具体的に教えていただけますか?
白須 自分の住んでいる町が、愛着の湧く、誇れる町であってほしい。誇れるもののひとつとして、道路があって欲しいなと。飯能市で言うと、街路樹に愛着が湧くような働きかけができたらと考えているところです。
── 街路樹?
白須 飯能って、山に挟まれたところに市街地があるんですね。片方の山には来年にムーミンの世界を体験できる施設が建てられる話があって、かたや反対側の山には、すでに「ムーミン」に出てくる雰囲気っぽい「あけぼの子どもの森公園」があるんですよ(笑)。現在、その里山と里山をつなぐ道路を工事しているんです。でも、どこにでもある道路はつくりたくないなと。誇れる道路をつくるにはどうしたらいいのか考えていて。
── それで、なぜ街路樹なんですか?
白須 街路樹も道路と同じように共通仕様みたいなものがあります。つまり、こういう環境にはこんな木を植える、という定番の選択肢があるわけです。今は行政が一方的に、それらの選択肢の中から植える木を選んでいるんです。そうやって行政が一方的に選んでしまう弊害が、その後の維持管理に影響していると考えています。
街路樹には落ち葉の問題が付きまといます。落ち葉が道路にあると、「汚いな」とか「ゴミだな」っていう感情を、ほとんどのひとが抱くと思うんですね。けれどもその落ち葉って、夏は一生懸命木陰をつくって、涼を届けてくれるわけです。木陰を通る子どもたちや大人やおじいちゃん、おばあちゃんたちが「ここの道路は涼しいね」って思ってくれていたはずなんですよ。
白須 ところが秋になって落ち葉になったときには、ゴミ扱いされてしまう。葉だけではなく枝もそう。夏も、木陰をつくってくれるけれども枝が伸びてくると、「私の土地に入っているから切ってくれ」「落ちた枝のせいで庭の掃除が大変なんだよね」という話が出てきてしまうんです。一方で、歩行者の方々にとっては緑の枝葉が育ったところを通ると「緑のトンネルだ」と喜んでくれることもあるわけです。
── 道路を通るひとは喜んでいても道路の脇に住んでいるひとはあんまり歓迎していないということ、ありますね。
白須 同じものなのに立場によって見方が全然違う。すると行政は、弱いひとの立場に立ちやすいんです。つまり「緑のトンネルがいいね」と言っているひとの話を聞き入れたいと思っていても、聞き入れにくくなっているということ。結果的に「落ち葉が道路を汚してしまうから枝を切ってしまいましょう」と、話が落ち着いていく。行政が一方的につくったものに対して、愛着を持ってくれるひとというのは、育ちにくいんですよね。
じゃあどうやったら落ち葉が出る街路樹に愛着を持ってくれるかなって考えていたときに、映画監督の高畑勲さんがつくられたドキュメンタリーの映画の『柳川堀割物語』を知りました。
── どんな内容の映画でしょうか。
白須 映画の舞台になった福岡県南部の柳川市には、堀割(ほりわり)という水路網があるんですね。そこは高度成長期前後に荒廃してしまったそうです。昔は綺麗な水が流れていて飲み水にも使っていたのに、経済成長するにつれて、お堀が悪臭を放つくらい汚れてしまって、市として堀割を埋めて下水道にするという計画が立ち上がりました。そんなとき、その計画を推進する部署に配属された市役所の担当者が、堀割を残さなきゃいけないと言って反旗を翻し、結果的に住民と協力して荒廃した堀割を蘇らせたんですよ。それが今、地域の観光資源であり誇りになっているんです。このドキュメンタリーを観て、なんでこういうことができるんだろうと考えてみると、煩わしい関係というのがキーワードだったんです。
煩わしいことを良しとする価値観
── 煩わしい関係がキーワードというのは、どういうことでしょうか。
白須 はい。道路の落ち葉を掃除する行為は、煩わしいわけですよね。『柳川堀割物語』も同じように、汚れている運河を市民のみんなで掃除して、綺麗に保とうとするのは面倒だし手間だし煩わしいことなんです。でも、その煩わしさに価値がある。
ここからは私の主観ですけど、煩わしさを排除したのが、どこか満たされない空虚な都市なのかなと。小綺麗にまとまっているけれども、そこには煩わしい関係っていうのを極力排除していて。マンションでも戸建てでも、自分だけで生活が成り立つし、周囲との関係性をシャットアウトしているから都市部では近所のひとのことがわからないじゃないですか。
都市では「煩わしくないほうがいい」っていう価値観が、空虚な生活を生んでいる。町や木々に愛着を持ち、それが誇りになっていくためには、煩わしいことを良しとする価値観を持つひとたちが、どれだけ増えていくかだと思っています。
── 煩わしい関係をつくるための、道路づくりなのですね。
白須 だから街路樹のスペースは、市民の方々と一緒につくろうとしているんです。今年の3月には土づくりから始めました。道路開通までの間に市民と共同のチームをつくって、植える樹種から植え方、植えた後の管理方法をみんなで議論していく予定です。もちろん植えた後も、煩わしいことを市民と行政ができる範囲で担うことによって、街路樹が植わった道路に愛着を持って欲しい。それが発展して、町の誇りになって欲しいなと思っています。
行政が地域の住民とより良い関係性を築くために
── そういえば、4月からは工事から町づくりの部署へ移ったとうかがっていますが、仕事内容は変わっていますか?
白須 そうなんですよ……。全く違いますね。今まではヘルメットをかぶって現場に出て、工事関係者とやりとりしながら仕事を進めてきたんですけど、現在は地域の自治会や町づくり推進委員会という組織などの支援、運営のお手伝いをしていますね。
── 地域を支援する難しさってどう感じていますか?
白須 飯能市は人口約8万人です。西武鉄道の飯能駅周辺には市街地があれば、限界集落のような地域まで含まれた市なんですね。そうすると町の様子は、各地区で全く違ってきます。今は一律のやり方で町づくりしているんですけれど、集落ごとに状況も違いますから、うまくいかない部分があるのも当然。行政が地域とより良い関係を築くには、行政と各地区のあり方がどういう状態であれば、お互いが高め合えるのかっていうところがむずかしいです。
── ということは、答えは地区ごとに様々ということですよね。
白須 はい。より良い形はいっぱいあると思うんですよ。でも答えを形づくるためのプロセスは、多分ひとつ。地域との議論検討を経たアウトプットとして、各地域のそれぞれの形ができてくると思っています。
街路樹のプロジェクトもそうですが、進めていきたい筋道はだいたいイメージしています。でも、実際には一つひとつのステップでどう進めていけばいいのか、自分の中でもまだ明確になっていなくてね。このぼやっとしていることを、海士町や神山町のような先進地域の方々が、どういった考え方や進め方を経て、今に至っているのかを学びたいんです。
── なるほど。各地域と行政との良い関係のつくり方を探って、白須さんはカレッジに参加したのですね。
白須 ですね。カレッジの現地訪問では、徳島県の上勝町と神山町に行ってきます。神山町に関しては、行政側の立場として地方創生の総合戦略をつくったところにすごく関心がありまして。できれば戦略策定に携わったひとに話を聞いてみたいと思っています。
── 地方創生の総合戦略というのは、具体的にどんなものでしょうか。
白須 その町の長期ビジョンをふまえ、今後5カ年の政策目標やその方向性、具体的な試作をまとめたものです。行政の中ではとても重要な計画なんです。それを市町村が自分たちで総合戦略をつくっているとしても、ほとんどはコンサルタントが入って計画書がつくられています。そうではなく、神山町は住民でありカレッジ講師の西村佳哲さんが参画して、地域の方と一緒になってつくりました。海士町は「明日の海士をつくる会」が、同じように市民と一緒に、自分たちの町の将来を考えて計画づくりをしています。どうやって総合戦略をまとめたのか少しでもお聞きしたいなと思って、今回はまず神山町へ行きます。まぁもともとは、西村佳哲さんや上勝町の大西正泰さんのことがもっと知りたいという、ひとに会いたい欲のほうが強いですけどね(笑)。
── そうだったんですね(笑)。学びになるような地域の事例を、実際に見られるといいですね。
白須 そうですね。
── カレッジ前半が終わろうとしています。ここまでは地域との関わり方についてたくさんのインプットと自分を見つめることを考えてきました。
白須 後期にどう変化しているか、ですね(笑)。
── またお話をおうかがいできますか。
白須 わかりました。喜んで。
── ありがとうございます。楽しみにしています。
お話をうかがったひと
白須靖之(しらす やすゆき)
1974年生まれ、山梨県富士吉田市出身。飯能市役所土木技師。大学卒業後10年間、民間建設会社でインフラ整備に従事。2005年に結婚を機に飯能市に居を構え、2008年に飯能市役所へ転職。下水道課、区画整理課と工事部門を担当し、今年度より地域活動支援課に配属。目下の関心は、近代土木と古代土木の融合。
地域共創カレッジについて
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