今回の取材で海士町を訪れた際に、最初に町を案内してくれたのは、島根県海士町の観光協会で働く千葉梢さん。東京からIターンをした千葉さんは、東京でデザイナーをしていた経験を活かし、観光という側面からデザインの力を使って海士町の力になりたいと話します。
島では両手で数えられるほどしかいない、貴重なデザイナーに聞く、観光とデザインのお話です。
視覚的要素が心を元気にする。ビジュアルビタミンとは
── 千葉さんは学生時代からデザインを学ばれていたんですか?
千葉梢(以下、千葉) 学生時代は、視覚的なデザインを専攻して学んでいました。大学の卒業制作では、ビジュアルビタミンというテーマで作品を作りました。
── ビジュアルビタミンって何ですか?
千葉 要は、目で見るものが栄養ドリンクみたいになるといいなって。赤を見ると温かさを感じる。オレンジを見ると元気になる。視覚的要素で心が元気になることがありますよね。
── そうですね。
千葉 観光協会で仕事をしていると、「今日は海の青色が綺麗できもちがいい」とか、訪れた土地で見る山や海などの風景が旅人の栄養素になることがあると感じます。そういった、旅先で出会う風景が持つ力が、学生時代にテーマとしていたビジュアルビタミンと似ているなぁと。デザイン事務所で働かずに、観光協会で仕事をすると視野が広がるように感じます。
── 観光業務の中で、ビジュアルビタミンを応用していきたいですね。
千葉 そうですね。私の仕事のひとつとして、「海中展望船あまんぼう」(以下、あまんぼう)という半潜水型の観光船のガイドをしています。あまんぼうでは、海中窓から海の中の魚や景色を見ることができます。
今後は海中を見るだけではなくて、ショーライブやシアターなどのエンターテイメントに昇華してみたいですね。
── おもしろいですね。
千葉 世の中には最近は娯楽を真剣に仕事にしている人がたくさんいます。衣食住とは全く別の、一見必要ないと思われているエンターテイメントの領域でビジネスができないかなと。むしろ、それこそが島に必要じゃないかと考えています。
── あまんぼうで、エンターテイメントのビジネスを実現したいと考えるのはどうしてですか?
千葉 島外から来るお客様には、海士町の何かを観たい・体験したいという目的があって、人が訪れるようになってほしいですね。また、島外から来た人が乗る観光だけの船ではなくて、島の人にもあまんぼうを知ってほしい。乗船したことがない人や、あまんぼうを見たことがないという人も、意外と多いんです。
陸地から島を観ることができても、海から島を観ることはあまりないですよね。島を裏側から観たりすると、意外と「ああ、こんなふうに島が見えるんだ」という驚きの声を島の人からいただくことが多くあります。あまんぼうが、地元の人にとっても楽しいスペースにできればなあと思っています。
観光船がデザイン?
── そもそも、海士町っておもしろいですか?
千葉 おもしろいというか、やりがいがあります。やっぱりひとりの影響力が大きいですね。
── それは島という小さな規模感が影響しているんでしょうか。
千葉 それもそうですけど、島には人手が足りてないところばかりだからです。だから、自分が行動すると、島の役に立っていると感じることができます。
── デザインの仕事をしていて、そう感じることが多いんですか?
千葉 そうですね。デザインの必要性をとても感じます。こんなに必要とされていたんだって。すぐに役に立ちます(笑)。
── 海士町のチラシとか、綺麗ですよね。
(海士の経営会議のチラシが手渡される)
── おー!
千葉 でも、難しいこともあります。島でデザイナーは両手で数えられるくらいしかいないので、デザインの良し悪しを判断するのは自分です。まだまだ海士町に自分が馴染みきれていないから、その状態で作っているクリエイティブは中途半端なものも多い。自分にとって100%の完成度ではなくても、みんなが喜んでくれると嬉しいけれど、悔しい。もっとデザイナーとしてステップアップする先があることを感じるし、だから頑張らないといけないと思います。
── デザイナーとして目指していることは何でしょうか。
千葉 海士町で暮らしている私だからこそ、外注したものよりも町のみんなに納得してもらえるデザインができるようになることですね。私はまだここに住んで短いので、いくら良いものを作っても説得力は無いと思っています。
── 時間をかければ地域に馴染めるものかというと、難しいのでは?
千葉 時間をかけてやるしかないなと。海士町の住民として、仕事外の部分でやるべきことがあると思っています。というのも、観光協会の中では私が一番海士に住んでる時間が短いので。そういう意味では、私は海士を一番知らない観光協会スタッフなんです。
── これができるようになったら、海士の中で次のステージにいけると思うような、野望はありますか?
千葉 あまんぼうでデザインの賞を取りたいなぁ……と、こっそり夢見ています。観光ではなくて、デザインの賞です。「観光船がデザインなんだよ」というのはおもしろくないですか? デザインって、「カッコイイ」を作ることだけではないと思うので。
今、デザインの領域はそれぐらいにまで広がっていると思います。
日本の中には、デザイン格差がある
── 千葉さんはもともと地域で暮らそうと思っていたんですか?
千葉 海士町に来る前には、東京でデザイナーとして働いた後に世界を旅していました。その当時は、暮らす場所は日本ではなくてもいいと思っていたので、海外に住もうと思っていました。でも旅をした結果、日本にいなきゃだめだと思いましたね。
── なぜですか?
千葉 日本から世界に人が移っていくと、日本を支える人がいなくなってしまうんだなあと思って。むしろ日本にいなきゃダメだと考えました。
── デザインの必要性ってどんなところにあるんですか?
千葉 デザインは医療と同じくらい力のあるものだと思います。そして医療格差のように、実際にデザインも日本の中でデザイン格差がある。あるべきところにデザインがなかったり、いいモノなのにいいデザインがないから売れなかったりすることもあるので。一方で、東京では良くないモノでもいいデザインで売れていることもあります。質とデザイン、中身と外側を「=」にしたいですね。
── たしかに東京はたくさんデザイナーがいますね。
千葉 ですね。だから、私はデザインがない場所でデザインをしたいと思いました。
── 今の若い人たちが地域に意識を向けるきっかけは、海外での経験にあると思っています。海外から日本の各地域へ、という流れにある共通点はなんだろうと、気になっています。
千葉 私は田舎に行くことを特別だと思いませんし、むしろ田舎に行くことは「都市の問題を切り捨てて、田舎に行くことだ」と捉えることもできます。地方はもちろん、東京にも、解決するべきことはたくさんあります。犯罪や自殺者が多い、満員電車が嫌だとか。
でも、もしかしたら田舎にはそういった都市の問題を解決できるヒントがあるのではないでしょうか。そういう意味で、都市と田舎を行き来していたい。都市で生活しても、田舎暮らしを省みるようなヒントがあると思っています。だから今は、いろんな暮らしや文化を見ておきたいという思いがあって、海外はその選択肢のひとつにすぎないと思います。
お話をうかがった人
千葉 梢(ちば こずえ)
1985年東京生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。(株)コナミデジタルエンタテイメントでアミューズメントゲームのデザインに携わる。退社後、フィリピン留学、半年間の世界一周を経て、島根県の海士町へ移住。現在は、海士町観光協会で海中展望船あまんぼうのガイドや宿のお手伝い、デザイン業務など、幅広い分野でお仕事中。
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