「もしよかったらインタビューのはじめに、住まいのことから聞いてもいいですか?」
「ええ、もちろんです。なんでも聞いて」
Maiaはポットにハーブティーを淹れながら言った。
この特集について
心に安らぎを与えてくれる自然がいまだ存在する、とあるニュータウンでぼくは育った。本特集では、失われつつある自然と、人にとっての心地のよい距離感を探っていく。
ドイツの首都ベルリンで出会った、緑を愛する女性を訪ねた。
ベルリーナーは何を大切にしているか
キッチンの作業台は、カゴに積みあがるほど旬の果物でいっぱいになっている。
「見てみて。これはあなたが気になっていた蜜蝋(みつろう)ラップです。布に蜜蝋のワックスを浸けるとつくれるんですよ」
「ほんとだ! 触ってみてもいいですか……?」
「ええ、もちろんです」
触るとしっとりしている蜜蝋ラップは、ほのかにはちみつの香りがした。
「パンを焼くことが週に一度の楽しみなんです。いまはイーストを入れて発酵中」
オーブンで焼いたパンはもちろん、冷蔵庫の中のチーズ、アボカド、その他の食材も蜜蝋ラップで覆うという。
Maiaは洗面所にも案内してくれた。
ベルリンの建物の多くはバスルーム、洗面台、トイレが一つの空間にまとまっている。
「ここでMaiaさんが大切にしていることはなんですか?」
「そうねぇ……。original unverpackt(オリギナル・ウンフェアパックト)を知っていますか?」
「包装ゼロの量り売りをするスーパーですよね? 僕もクロイツベルクに行く時に寄りますよ」
「洗剤やデンタルフロスはそこで買っています。容器を持っていけば詰め替えて買えるから。
あとはNelumboの石鹸シャンプーと、これを入れる容器だけあれば、髪と整えるには充分。歯ブラシはHYDROPHILの再生ブラシを使っています」
毎日使う道具を意識することで、彼女はなるべくゴミを出さないようにしているらしい。
「私は、倫理的につくられたものを選びたい。
苦しんでいる人々や自然を犠牲にしてものを買いたくないから、添加物や有毒物質が入っている製品を使うのは避けます。いつもプラスチック製ではないものを探しているし、フェアトレードの製品を選びます。
人と社会、地球環境、地域に対してできる小さなことを積み重ねれば、だんだん大きな変化につながっていくんじゃないかな? 私はそう信じています」
彼女の部屋の壁には、写真や絵画のアート作品が四方に飾られており、窓際にはデスクがある。
庭へと続く大きな窓から光が射し込んでいた。
「窓際にあるこのスーツケース、90年代の映画に出てきそうですね」
「これは1963年に祖父母が5年かけてドイツからアメリカに引っ越したときに、船に乗せていったスーツケースなんです。それがまたベルリンに戻ってきて、ここにあります」
「50年以上も前のものっていうことですよね?」
「そうですよ」
「ドイツの方々は一つのものをすごく大切にして、次の世代まで継いでいくと聞いていました。それはこういうことなんですね」
「ドイツのなかでもベルリンは焼け野原になってしまった歴史があります。戦争によってなにもかも失ったから、今あるものを大切にしようとするんだと思います。所有しているものはいつか失くなるのではないか、という心理がはたらいて。
これもおじいさんのランプだし、このベッドフレームもそう。これはひいおじいさんから継いだラグ。質が高くて、よく長持ちするんです」
今あるものの新しい使い方を生み出せないか?
「包まれている安心感みたいなものを感じます。とはいっても、Maiaさんは戦争を経験していないはず。なぜ古いものを使い続けるのでしょう?」
「そもそも世界には、ものが溢れすぎていると私は思う。もうすでにいっぱいあるのに、どうして新しいものを作り続けるんでしょう?」
「うーん……。お金が欲しくてたくさん売りたい人と、新しいものを欲しがる人がいるからでしょうか?」
「そうね、あなたの言う通りかもしれません。いづれにしても私はそうすることを正当化できないし、こう思うんです。
新しいものを作るよりも、今あるものから新しい使い方を生み出せばいいんじゃないの?って。
道に落ちているものやフリーマーケットで出会ったもので、こんなすてきな空間が作れる。
友達と色を塗ったり組み立てたりする過程も楽しい。私はつくることがすごく好きなんです」
Maiaは自作の家具やアート作品をたくさん見せてくれた。
「独創的すぎる……!」
ハシゴを洋服用の棚にする使い方なんて、きっと思いつかない。もし彼女の立場だったら、洋服棚を買ってしまうだろう。
お金を払うのは、じつは簡単だ。ぼくはなんでもお金を払って解決しているのかもしれない。
人生の質を高める
「消費し続けるサイクルから抜けて自分で生みだすことって、楽しいのかもしれないですね。自分でつくる感覚を忘れてしまいそうになるのは、やらなくてもいい理由がたくさんあるからかもしれません」
「社会の雰囲気や構造は、ニューヨークや、アメリカ全体もすごく似てると思います。
街は広告で溢れているし、『買わなきゃ』とか『買うためにもっとお金を稼がなきゃ』だとか『人に見せつけたい』という負のサイクルがある。資本主義と言えばそれまでだけど……。
ひとつ皮肉なことがあります。お金をいっぱい稼いで新しいものをどんどん買っている人は、自分が高い水準の生活を送っていると思いがち。
でもじつはそうじゃない。
お金は関係なく、自分の本当に好きなものを見極めて、そういったものに囲まれている暮らしのほうが人生の質が高いんです」
拾い物でつくった手づくりの庭、はしごの洋服棚、パンづくり、旅先の思い出や風景を撮りためたチェキの額装、押し花のアート、カポエィラの演奏──。
Maiaの住まいは、創る喜びが積み重なった歴史そのものだった。
楽器もパンも、もとを辿れば自然物。創ることを通じて触れる自然は、人の心地よさに影響するのだろう。
人はつくりたいものや欲しいものがあるからつくる。自然との距離感が近くなると、創造性が高まるのかもしれない。
「それにしてもこの部屋にある写真や絵がグリーンなのはどうしてですか? 『風の谷のナウシカ』のような部屋みたいです」
「あぁ、これは中毒性(笑)。つい手に取っちゃうんです。
やっぱり気に入ったものを手に取るとこういうもので、もしかしたら庭との繋がりを出したいのかも」
生活で触れる自然は、人の心地よさにどう影響を与えるのだろうか?
次回は、「#4|なぜ自然とのつながりが必要なのか」に続きます。
Maia Frazier
自然の美しさと感動的な物語を探すベルリンを拠点とするライター。ライター、翻訳者および編集者として代理店やスタートアップ企業で働いた後、独立。より良い世界を鼓舞し、貢献する人々やブランド、プロジェクトのためにフリーランスのコピーライターとして活動している。
Maia believes that every individual has the potential to have a powerful impact on the world. Together we can work to make it a better place.
Back to the roots:https://bttrstories.com/
文・写真 / 小松﨑拓郎
通訳 / 田村由以
自然との距離感は、人の心地よさにどう影響するのか?
- ベルリンで出会った、緑を愛する女性の庭へ【心地よさと自然との距離感】#2
- 新しいものを買わないベルリーナーは、なぜ好きなものに囲まれているのか?【心地よさと自然との距離感】#3
- なぜ自然とのつながりを求めるのだろう?【心地よさと自然との距離感】#4
- 環境問題に触れたベルリンの若者は「Back to the Roots」運動を始めている【心地よさと自然との距離感】#5