音楽、ファッション、デザインなど、あらゆるクリエイティブが溢れる世の中。一年周期で価値が変わるものもあれば、流行の波で廃れず、時代を超えて愛されるものもあります。

「クリエイティブ」と一口に言っても、一時的な熱狂を生み出すクリエイティブから、ゆるやかに長く愛されるクリエイティブまであり、その価値は多様です。

島根県江津市を訪れ、私たちがお話を伺ったのは、地域のクリエティブシーンで活躍する平下茂親さん。

それまでニューヨークのデザイン会社で働いていた平下さんは、2011年、地元である島根県江津市にUターンをし、合同会社Design Office Sukimonoを設立します。

平下茂親さん
平下さんは、江津市が主催するビジネスプランコストテスト・Go-Con」に出場し、「GO TO ROOM 空家活用ビジネス」という企画で2014年大賞に輝いている

以来、Sukimonoは、地域に合わせた新築から家具、雑貨などのデザインから制作までを自社で続けています。

赤瓦の美しい江津市にはが手がけた飲食店やオフィスなどが数多く立ち並び、現在は、島根県全域からもオファーが絶えません。

そんなSukimonoの代表を務める平下さんの胸の内には、「時間的耐久性のあるクリエイティブに挑戦し続けたい」という想いがありました。

地方で「サスティナブル」と「クリエイティブ」の両方を実現するために、平下さんはどんなことを大切にしているのでしょう?

平下茂親さん

平下 茂親(ひらした しげちか)

1981年生まれ。島根県江津市出身。地元で鉄工職人として働いたあと、宮大工の専門学校と大阪芸術大学で設計を学ぶ。ニューヨークのデザイン会社を経て2011年にUターン。2012年に合同会社Design Office Sukimonoを設立し、建築設計・施工、家具デザイン・製作などを行う。

一度しかない人生を何に賭けるか。答えは地元・江津にあった

── 平下さんが江津市でSukimonoを設立するに至った経緯を教えてください。

平下茂親(以下、平下) 江津市にUターンするまでは、ニューヨークのデザイン会社で働いていたんです。

ニューヨークに行ったのは、最先端の空間デザインや建築を学びたかったから。そこは刺激的な場所だったけれど、「殺戮的な場所だな」とも感じました。

── 殺戮的?

平下 もちろん、ニューヨークのものづくりの現場すべてがそういうわけではないと思うんですけど。

商業的な付加価値のため、流行りもののため、地位を得るためのデザインが求められて。そういう一時的だったり愛のないもののために頑張らないといけなかったんです。

── たしかにニューヨークは、流行とか、地位とかに憧れるひとが集う街のイメージがあります。

平下 それを求めること自体が悪なわけではないんです。実際、寝る間も惜しんですごく頑張っている人たちを隣で見ていて、そのストイックさは尊敬しましたよ。

でも、僕にはそこまでできないと思ってしまったし、なにより目まぐるしく街や流行が変化していくニューヨークの中で、「自分の仕事が、一体誰のためになっているの?」って疑問に思っちゃったんですよね。

そこから、「人生一度きりだし、誰のために、なんのために時間を使おうか」と考えはじめました。

── そこから江津市に戻ることになったのは、どうしてですか?

平下 やっぱり、自分と関係の深いひと──親とか、兄妹とか、友達とかが、自分の仕事によって豊かになっていくことがやりがいだと思ったんです。

そのためには、まず自分が江津で暮らすことから始めたいかな、と。

島根県江津市
赤瓦の街並みが美しい島根県江津市

それと、僕も人間なんでね、承認欲求とかあるんですよ(笑)。ニューヨークで承認欲求を得るのは難しそうだと思ったとき、ちょうど江津市が必要としてくれていたような気がしたんです。

江津市ではその頃、空き店舗をまちづくりに利用していこうという動きがあって。デザインを専門とする自分なら、そのステージで必要とされるんじゃないかと思えました。

近くのものを大切に使うことが、美しいんじゃないか

── 江津でSukimonoを立ち上げられてからは、どんなデザインを心がけてきましたか?

平下 「江津に身近な材料で」デザインすることですかね。その結果、Sukimonoの材料は、空き家や古材といった江津産のものになっているのだけど。

ひとがなにか物体に対して感じる「身近さ」っていうのは、自分との物質的な距離感、自分の人生との関連性、ストーリーへの共感度で形成されています。

Sukimonoは江津市を拠点とする会社なので、手がける建築やファブリック、それを購入してくれるひとも、江津市や島根県の方が多いんです。だから、この地域の方々の近くにあるものって、必然的に江津の空き家や古材や窯行とかになってくる。

── 平下さんが材料の「身近さ」にこだわりを持つ理由を知りたいです。

平下 身近なものって、時間的耐久性と継続性があるじゃないですか。

今は便利な世の中だから、大型家具店とかネットのカタログからでも、ちゃんと暮らしに使えて、リーズナブルなものが買えます。

でも、その買った瞬間はよくても、ちょっと壊れたとか、引越しのタイミングとかで、簡単に手放されちゃいますよね。どうして大切にできないのかというと、大して思い入れがなく、また「捨てる」という感覚が麻痺しているから。

そうじゃなくて、やっぱり近くにあるものを大切にするっていうことが、美しいんじゃないかと、僕は思うんです。

SUKIMONO

── この江津取材の合間に、Sukimonoさんが手がけられた「海人」というお店に行ってきたんです。店内の壁面にロープが敷き詰められていて、とても魅力的でした。あれも江津にゆかりのあるものですか?

平下 そうです。たしか、店のオーナーが釣り好きなひとで、「漁港に知り合いがたくさんいるから漁港にあるものはなんでも使っていいよ」と言われたんです。

じゃあどれを使おうかってなったときに、ロープがあったので、それを使おうと。

── 漁港には使わないものがたくさんあった中で、あえてロープを選んだのは?

平下 そのときは、「たくさんあったから」というだけだったのですけど。

でも、ずっとだいじにしているのは、Sukimonoは繊細すぎるものはつくらない、ということ。

おばあちゃんが孫の代まで残せるものをつくりたいので、自然とデザインも「丈夫なもの」「目が詰まっているもの」になっていきます。

── そういえば漁師さんが使うロープも、とても頑丈ですしね!

うしろに絶対ひとがいる。だから必ず「なんとかなる」

── 空き家を再利用するとか、地元の古材をデザインに取り入れるとか。地域の方々との信頼関係がなければできないことのような気がします。

平下 地域の方々との信頼関係があったからこそできたことって、材料をもらうことだけじゃない、と会社をつくってから気づきましたね。

この会社、資本金80万円で始めているんです。建設業って、月の入出金が1000万円単位なんですけど、3年前くらいに1800万円ほどの赤字を抱えたことがありまして。

あのときは、本当にどうしようかと思ったんですけど、反面、「なんとかなるかな?」と楽観的に思えたから、踏ん張れました。

── そう思えた理由は……?

平下 「一緒になんとかしてくれる人たちがたくさんいる」という自信があったからです。

大切なのは、なんとかしようと自分ひとりで思わないこと。

なんとかしてきたひとっていうのは、一緒になんとかしてくれる「人脈」とか「徳」がある。日々相対するひとに対して丁寧に徳を積み、自分のうしろにいるひとたちのボリュームをあげていくということが結果的に、自分の助けとなります。

平下茂親さん

ニューヨークや東京の方が人口はたくさんいるけれど、「人口=自分を信頼して任せてくれるひとの数」というわけではありません。

江津市は人口こそ少ないけれど、みんなが自分の背中にのってくれて、困ったときは助けてくれる感じがするんです。逆もしかりで、誰かが困っているときは自分が何かを手伝う、という共同体意識があります。

地域の方々との共同体としての信頼関係があったからこそ、Sukimonoは今でもこうして続いています。

クリエイティブと保守は紙一重。バランスを取りながら江津の未来を見つめたい

──  平下さんが今、江津市の人たちのため、あるいは自分自身のためにつくりたいものはありますか?

平下 江津に根付いて、江津の人たちと助け合いながら暮らしていると、自分の周りの人たちが豊かになっていくことが自分の喜びだと気づきました。

それでもっと、まちづくりの文脈でなにかできないかな?と考えた末に行き着いたのが、「祭り」。

── 祭り……?

平下 みんな、毎日を生きていると辛いことや切ないことってあるじゃないですか。でもそこに、祭りがリセット機能として、一役買うんじゃないかと思っていて。

東北の方とか、祭りに歴史があって、すごく賑やかなんですよ。寒さが厳しい地域だけど、毎年ちゃんと盛り上がるのは、「祭りがあるから頑張ろう」というふうに、祭りが毎日の活力源になっているんじゃないかと思っているんです。

今は、今年の祭りが楽しみでしょうがないですね。どこまでバカしようかな、と。

── 平下さんはまちづくりの視点でも、地域に暮らす人たちの精神的な豊かさを第一に考えているのですね。

平下 その地域で暮らす人たちが心から楽しい、おもしろいって思えることじゃないと、なにをやっても意味がないんですよ。

たとえばドイツに行けば、たくさんビールがあります。でも現地のひとたちは観光地にしたくてビールをつくっているわけではなくて、つくりたくてつくっているはず。

地方というのは、本来そういうふうにできていくべきで。観光地にしたくてなにかを進めていくというのは、続けられないと思います。

平下茂親さん

平下 中学生のときにしていたような細い眉毛を今ふり返ると、「ダサい」と思うことってあるじゃないですか。当時は、その眉毛にすることが正義だったはずなんです。でも時間が経てば、「ちがうな」って感覚になったりする。

きっと、まちづくりもそれとおなじで。根幹に自分が信じるものがないとブレてしまいます。裏を返せば、ブレない芯を持ってできていくまちがサスティナブル。

クリエイティブって保守と紙一重。

新しさだけでなく、時代の流れで廃れない耐久性がある創造を、クリエイティブと呼ぶのだと思います。自分の信じ続けたい部分を守りながら、これからのものづくりやエリアづくりを大切にしていきたいです。

もちろんひとりではなく、江津の方々と一緒に。

文/高橋奈々
編集/小山内彩希
写真/小松崎拓郎

(この記事は、島根県江津市と協働で製作する記事広告コンテンツです)