東京都東上野。上野というと上野公園やアメ横が有名ですが、東上野はその反対側。上野駅のそばにも関わらず、住宅が多く、とても穏やかな空気が流れる一帯です。

そんな東上野にあるのが、廃工場をリノベーションした複合施設「ROUTE89 BLDG.」です。手がけたのはその一階に事務所を構える「ゆくい堂」という工務店。住宅や店舗のリノベーションが主なお仕事です。

YUKUIDOの看板

編集部一同が興味をもって調べていると、西荻窪の書店「松庵文庫」を手がけたのもゆくい堂だとわかりました。

じつは、「灯台もと暮らし」編集部のオフィスがあるのも東上野です。いくつかの共通点を見つけて、じっとしていられなくなった編集部は、さっそくゆくい堂の代表・丸野信次郎さんにお話をうかがうことにしました。

ゆくい堂のオフィスと丸野信次郎さん

最初は個人の掃除業者だった

── ゆくい堂さんのこれまでについて聞かせていただいてもよいでしょうか。

丸野 信次郎(以下、丸野) ゆくい堂は僕ひとりで始めてから、もう20年以上経ちました。当初は、近所の不動産屋に飛び込んで「お掃除させてください」と言って、賃貸住宅の現状回復工事をやらせてもらっていたんです。リフォーム時の掃除業者ですね。

正直にお話をすると、確固たる目標があってゆくい堂を始めたわけではありません。たとえば僕が大学で建築学部を卒業したとか、建築会社に就職して建築家になろうとか、明確なきっかけがあって始まったわけではないんですよ。賃貸に住んでいた頃から、家を自分で改装していて、「こういうこと、好きだなぁ」と思って、自分の仕事にしました。

お話をうかがったROUTE BOOKSには、廃材でつくられた様々な雑貨が並ぶ
お話をうかがったROUTE BOOKSには、廃材でつくられた様々な雑貨が並ぶ

丸野 うちのスタッフはみんな、古いものを再生することに対するこだわりがあるんです。「もったいない」という感覚が強いですね。お店の中のもの全部、廃材なんですよ。お客さんが捨てると言ったものをリメイクしているんです。リフォーム屋は、あるものを活かして素敵な空間をつくるのが仕事。だから僕らは、建築デザインの会社ではなくて、工務店です。

「東京に軍艦島がある」と信じて上京した

── あくまで工務店なんですね。「ゆくい」は奄美の言葉なんですよね?

丸野 「ゆくい堂」は「休憩所」という意味なんです。うちの実家が、休憩する場所だったから、あんなふうになればいいなと思って。

── 休憩する場所?

丸野 家の前がバス停からの帰り道の途中で分岐するところになっていて、ちょうどガジュマルの樹がありました。そのガジュマルの木陰で、みんなが休憩してました。つまり、「ゆくいどう(休憩所)」だったんです。ホームページに載っている写真がそれなんですけど、いまだにその状態のまま。社名をつけるとき、なんとかデザインとか、オシャレな名前も考えたんですけど、向いてないし似合っていなかった(笑)。

丸野さんのご実家
丸野さんのご実家

丸野 実家は、隣の家が1km先くらいにある田舎です。東京に出てきたときに、僕は東京に軍艦島があると思っていたんですよ。

── 軍艦島が東京に、ですか?(笑)。

丸野 そうなんです(笑)。軍艦島が東京湾にあるらしいよ、って先輩に騙されました。廃墟や寂れた空間が好きだったんです。そういう好みがあって家づくりを始めたものだから、素材としての木や鉄がもったいなくて、拾ってきては貼り合わせて、いろいろつくっているんです。

── 東京に出て来られて、すぐにリノベーションの仕事を始めたんでしょうか?

丸野 20歳から26歳までプータローです。3日遊んで1日バイトするみたいな。「俺はサラリーマンできないなぁ」と考えていて、アルバイトと言っても、すぐに働ける肉体労働。解体現場で、ハンマーを持って内装をぶっ壊していたんです。その経験があった上で自分は何をやろうかなと考えて、リフォーム屋になりました。

ゆくい堂がつくる建物は「産地直送」

── 壊している気持ちよさと同時に、それらがすべて廃棄されてしまうことに対して、「もったいない」という感情がその頃からあったのでしょうか。

丸野 その頃はまだないです。捨てられてしまうことに対して反応するようになったのは、マンションのモデルルーム(実物大の住宅見本)をつくっていたときです。お仕事をさせていただいていたので悪く言うつもりはないんですが、違和感があったことはたしかです。

リーマンショックがあった頃で、一気に売上が下がって一度自分たちの仕事を見直そうと考えました。たとえば、モデルルームをつくっている最中に物件が完売してしまうと、その建物がある意味がなくなってしまう。「俺たちは、もう売れてしまったものの販促物をつくって、なんのために仕事をしているんだろう」と思いました。

事業主に、その住まいに対する愛がないと違和感がつのっていきました。僕らが作業している現場に、デザイナーのお姉さんが、ハイヒールで入ってくるわけです。「いやいやいや、そこフローリングだから! 俺ら裸足じゃん、見て!」と。家に対する愛がないひとたちがつくっている家ってなんなんだろうと考えた結果、今の建物のつくり方に繋がっていきました。

ゆくい堂代表・丸野信次郎さん
ゆくい堂代表・丸野信次郎さん

丸野 不動産業界にもピラミッドがあります。一番上は事業主、次にデベロッパー、ゼネコンがいて、その末端で仕事をしているのが僕らのような職人集団です。新築は、規模が大きくなればなるほど、すでに業界で通じる体制でやるのが一番だと思います。

でもリフォームって、壁をはがしてみたら「いい感じの躯体が出てきた」というふうに、現場でのアレンジが重要な仕事です。図面通りに進まないことも多い。だからこそ、僕たちは直接お客さんと話をしたり、小さい物件を自前で開発したりしながら、お客さんに直接届けることをやっている。そのうち、僕らの家のつくり方は「産地直送の野菜みたいだね」という話になりました。

大工の棟梁がどこの現場も仕切っていた時代は、産地直送だったんですよ。工務店は、現代版の大工の棟梁みたいなものなんです。

Facebookグループを使ってお客さんとやりとりをする

── 実際に、お客さんと距離を縮めるためにやっていらっしゃることはありますか?

丸野 Facebookでお客さんとグループをつくって、お客さんも含めてディスカッションしています。会話をしながら家づくりをしていくというスタンスです。

── Facebookを使うんですね! Facebookグループを使うというアイデアは、ご自身で発想されたものなのですか?

丸野 最初はインターンで来た大学生の子が教えてくれて試しにやってみようって感覚だったんです。ツイッターを始めたのもそういう感覚だったんですけど。

── ツイッター、拝見しました。

丸野 ははは(笑)、本当ですか? ろくなこと書いてなかったでしょう。

── ファンキーでおもしろかったです(笑)。

丸野 酔っ払って毒ばっかり吐くからね、やらなくなっちゃったんですけど(笑)。で、その大学生が、メールのやり取りじゃなくて、グループをつくって友だちと連絡を取り合っているという話を聞いて。そんな便利な機能があるんだと思って始めました。職人さんと言うと60代は当たり前なので、全員にiPadを支給して。

── へぇー、すごい!

丸野 最初は「ここのボタンだけ押してください」って教えてあげるところからはじまったんですけどね。Facebookのグループがあるとお客さんが「こういう証明器具をネットで見つけて買いたいんですけど、どうですかね」みたいな相談ができるんです。僕らが職人さんに指示を出すのもお客さんもメッセージで見ているし、本来はお客さんにすべき日々の進捗報告もFacebookグループでできるんです。

丸野信次郎さん2

── お客さんと職人さんの意見がぶつかってしまうことも出てきますよね?

丸野 そういう時は、ひたすら話し合いで解決します。職人さんもお客さんも、僕ら工務店が一番理解しているのはわかってくれているので、設計担当や現場監督の意見は汲んでいただけますね。たとえば僕らが「どう考えても赤はダサいよ」って思った場合でも「どうしても赤がいい」とお客さんが言ったら赤にします。

僕らはデザイナーではありません。お客さんが求めるものをつくることが僕らの仕事です。その代わり、「それはダサいよ」と思ったことは正直に言わせていただきます。

でもね、そうやってお客さんと直接やりとりする機会があると、職人さんはがんばるし、お客さんからは「ありがとうございます」という言葉が自然と出てくるようになります。普通だったら見積もりを書いて相談しなければならないようなことでも、お互いの距離感が縮まると、ちょっとしたことなら「やっておいてあげたよ」なんてことも起こる。

そういう関係性が生まれると、図面通りにつくっているからできあがるものは変わらないはずなんだけど、気を使った分だけ強度も増すし、長持ちするものになります。

丸野信次郎さん3

リノベーションは不動産の再利用。「自分がどう暮らしたいか」が重要

── 「ゆくい堂の本業は、デザインではない」とのことでしたが、たとえばROUTE89 BLDG.はもともと工場で、違う目的のものにつくり変えたわけですよね。そのつくり変える作業は、デザインではないとしたらなんなのでしょうか?

丸野 それこそがリノベーションで、リノベーションの本質なんです。リノベーションはデザインではなくて、あくまで不動産の再利用です。僕の尊敬する建築家はみんなそれを理解しています。地方創生や地域再生の動きに共鳴してリノベーションをやっているひとたちは、デザインすることの力もたしかに知っている。でも、それだけじゃなくて、不動産だってわかっているんです。

── デザインではなく、不動産。建物をとりまく場所やその物件の役割と文脈を理解するということでしょうか。

丸野 過疎化の進んだ地域に、見た目がオシャレな建物だけをつくったってしょうがないんですよ。選んだ場所に適したものをつくって、どれくらいの収益を生み出せるのかを計算できて、見合ったお金のかけ方でリノベーションをできる方々が本物です。

リノベーションという言葉の定義はあいまいだけど、僕らにとっては、古いものを安く買って、自分たちなりの空間を表現すること。自分にとって一番の不動産を手にする手法なんです。だからリノベーションは「あなたがどう暮らしたいか?」が最重要です。駅から近いかとか日当たりがいいかどうかも、重要度は高いですよ。その上で、「どういう家で暮らしたいか」ということなんです。

うちが設計事務所だと思ってお声がけいただくこともあるし、デザイン集団と思って来てくれる方もいて。それももちろんありがたいんですが、僕らはあくまで、不動産を理解している工務店。それがリノベーションの本質で、ゆくい堂がやり続けたいことです。

丸野信次郎さん4

お話をうかがったひと

丸野 信次郎(まるの しんじろう)
鹿児島県奄美地方(徳之島)出身。高校まで地元で過ごし福岡へ進学するも、違和感を覚え中退。20歳で上京。就職はせず公園で寝泊まりしながら、解体や内装のアルバイトをして過ごす。26歳で起業し1999年法人化。ゆくい堂株式会社設立。建築の経験がなかったため、職人さんやスタッフと試行錯誤の末、現在の「産地直送」がコンセプトのスタイルに至る。