日本各地には、それぞれの地域の文脈が反映された、名物があります。地の利を活かしたお土産品、長年受け継がれてきた伝統産業、文化的な背景を知ることのできるお祭り……などなど。
高知県嶺北地域の4町村のひとつ、土佐町では高級和牛「あかうし」を育てています。あかうしは、かつて使役牛として田畑を耕したり物品を運んだりと、人々の生活に欠かせない存在でした。そのうち、食肉用の牛として肥育されるようになり、現在の高級和牛ブランドへと成長したのです。
しかし、かつては100家ほどあったあかうしの繁殖農家は、継承者不足で、いまや30家ほどに減少しています。それでも前を見て、牛たちと向き合う農家の川井規共さんと、町の産業として支える土佐町役場産業振興課課長の吉村雅愛課長に、それぞれ違う立場からお話をうかがいます。
「あかうし」は地元のひとにとっても珍しい?
あかうしは、年間500~600頭のみ出荷される、貴重な牛です。嶺北には、子牛を産んで育てるところから、あかうしを肥育している一貫経営の肉用牛農家(以下、農家)さんは珍しく、土佐町内でも2軒しかありません。
土佐町であかうしを飼育している川井さんは、家族であかうしを育て、出荷しています。土佐町出身の川井さんは、物心ついたときから、農家としてあとを継ぐと決めていました。
「ここらの地域は、昔から水田でお米を育てている地域やったがです。僕の祖父も、お米をつくってをやっていて、牛を使っていました。そのあと父が牛を引き継いで、最初うちにいたのは2~3頭やったがですけど、僕が大学を卒業してから戻ってきた時には、100頭に増えていました。その頃から、本格的にあかうしの飼育を始めました。今も水田と並行としながら牛を育てています」
あかうしの特徴は、さっぱりとした赤身。歯ごたえがある、きめ細かいお肉はヘルシー志向の人々に静かに人気を呼んでいます。
さらに、川井さんのあかうしは、土佐町で毎年開かれる品評会で優秀賞を取ったこともある名品。体調や毛並み、体の大きさなどで、品質の良し悪しが評価されます。その品評会は、農家さんや業界の人々だけでなく、一般参加者もいます。品評会に毎年のように足を運ぶひとも多く、体重当てクイズやお肉が当たる抽選会が開かれるなど、嶺北でも盛り上がるイベントのひとつになっています。
知識や知恵を継ぐための「農業インターンシップ」
注目が集まるなかで、それでもやはり生産頭数の減少は気になるところ。実際、土佐町内のスーパーでは、毎日あかうしのお肉を買えるわけではないと、吉村課長はいいます。
「町内で育てられたあかうしの1ヶ月の出荷数は、10頭にも満たないと思います。値段も上がりますし、いくら地元産の牛とはいえ、毎日店頭にならべるのは難しいというのが現状です。せっかく嶺北や土佐町をアピールできる、町の資源なのに、もったいないなと感じています」
希少価値が上がることは、ブランドとして悪くない話です。けれど、現在がんばっている農家さんの生活も守るとなると、やはりもう少し生産頭数を増やさなければなりません。
あかうしが未来へ継がれていくためのブランディングとして、吉村課長は「農業インターンシップ」が鍵だと話します。
「土佐町では、花き農家や田畑や野菜づくりの農業と林業に携わりたいひとに向けた、インターンシップを受け入れています。平成27年度は、お試しで畜産業も募集してみたがです。すると、社会人や学生の方々が応募してきてくださいました。またインターンシップとは別に畜産に興味がある方が個人的に直接農家を訪れるケースもあります。
なぜ、今までやって来なかった畜産業へのインターンシップ受け入れを始めたかというと、継承者不足をおぎなうためです。牛を飼えなくなった方々が持っている施設や敷地は、どうしても空いてしまいます。それらを、若い方や畜産業に興味がある方へ貸し出して、牛の飼育ができるようになれば、次世代の農家を育てるとともに、あかうしの生産も守ることができると思うんです。
しかも、農家さんはみんな、長年の経験から知恵や知識をたくさんお持ちです。家庭の事情や後継がいないために、泣く泣く牛を手放さなければならないひとたちもいます。そういう方々にとっては、新しいひとが来るというのは、今までとは違う刺激ややりがいを生むのではないかと、期待しています」
あかうしや畜産業に興味のあるひとが、土佐町で経験を積んで生計を立てられるようになるのが理想だと、吉村課長は話します。けれど、あかうしの農家さん向けのインターンシップは、まだ試験段階です。仕組みとして回していけるように、じっくりと地元の方たちと話し合う必要があります。
時間はかかるかもしれませんが、地産地消ブランドとして、まずは内部での生産数と知名度を上げていくのが、地元の産業として細く長く続けるためのベストな策なのかもしれません。
「命」と「美味しい!」を継ぐ仕事を次世代へ
取材当時、川井さんの家も、畜産業を学ぶ大学生を実習生として受け入れていました。現在は200頭を飼育している川井さんですが、もう少し頭数を増やしたいといいます。
「動物を扱う仕事やき、長期で家を空けたり、家族で旅行に行ったりするのは難しい。しかも、生まれたときから知っとるき、愛着もわく。最終的には食肉として出ていくけれど、やっぱり、『あかうし美味しい!』って言ってくれるひとがいるから、がんばらなと思います」
役場で働く吉村課長も、日頃の業務では牛に直接ふれることは少ないものの、土佐町出身者として、町の財産であるあかうしの継承のために、農家さんのところへ足を運ぶといいます。
「家畜というの言葉の持つイメージから、初めは愛情をたっぷり注いで育てる、という印象は、正直薄かったんですね。でも、実際は全然違います。農家さんと接することで分かりました。家族と同じように、みなさん飼っていらっしゃる」
「どんなに手塩にかけて育てても、20数ヵ月後には屠殺されてお肉になるわけやないですか。だから辛い面もあると思うんです。でも、ある女性の農家さんが『がんばっていいお肉になってね』っておっしゃったのを聞いて、今までのイメージを覆されました。だからなおさら、あかうしをなんとかして次の世代に残したいと思うんです」
川井さんも、店頭に並んだ自分が育てた牛を、買って食べることもあるといいます。命をいただく仕事だからこそ、大事にしたいのは「美味しいお肉を作りたい」という気持ちは、農家さんにとっては変わらないようです。
「自分が育てた牛やき、どんなふうにお客さんに届いているか気になりますね。もも肉をタタキにしてポン酢で食べたら美味しいですよ。バーベキューなら、もも肉をブロックで。脂身が少ないから、食べ過ぎても胃もたれしにくいと思います」
かつて使役牛だったあかうしは、食肉という役割に変わっても、土佐町や嶺北地域に根づいている存在であることに変わりはありません。
命を継いでいく仕事と町の財産であるあかうしを守りつづけるためのチャレンジは、まだ始まったばかりです。
お話をうかがったひと
川井 規共(かわい のりとも)
川井畜産の3代目。国内の和牛頭数の約0.1%ほどしかいない幻の和牛とも言われる「あか牛」を、親子3世代で育てている。畜産業に一般的な子牛を買ってきて育てる「肥育経営」ではなく、母牛に子牛を産ませて育てる「一貫経営」で育てているのが特徴。2001年に就農、現在に至る。
吉村 雅愛(よしむら まさはる)
昭和39年12月10日生まれ。高知県立嶺北高等学校卒業。昭和58年土佐町役場に奉職。議会事務局長、建設課長を経て平成27年6月より産業振興課長。基幹産業である農畜林業の振興、観光や移住促進による町の活性化に関する業務を総括。
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