島根県にある離島、海士町と都会をつなぐ「島の大使館」をつくり、都会からアプローチすることによって、田舎とのより良い関係性をつくろうと奔走する株式会社アスノオト代表の信岡良亮さん。
信岡さんは、地域の担い手となる「ふるさとプロデューサー」育成支援事業で、新宿区の四谷バルでコミュニティ・カフェ「島の大使館」を、2015年10月から2ヶ月限定でトライアルオープンさせました。
今後は「暮らし(食)」に加えて、「働き方」「学び」の切り口から、ほしい未来をつくっていくと宣言した信岡さん。「先進的な取組みをする5つの地域(海士町・神山町・上勝町・女川町・西粟倉村)と連携して、人材育成事業を始める」といいます。
島だけでなく、地域の大使館へ。少しずつ仲間を増やして前へ進む、大使館の展望はいかに。
3.11で気づいた、田舎的価値の奪い合い
そもそも、ぼくが海士町に移住したのは2008年。リーマン・ショックによって経済に対する不安が、そして2011年3月には東日本大震災で、食や身の安全に対する意識が高まり、自分が関係するコミュニティを考えるきっかけになりました。
その年の8月には、海士町の食材を販売している「海士Webデパート」のお米が売り切れてしまうくらい、過去最高の売上を記録しました。でもそれは、ぼくにとってはショックだった……。なぜなら、東日本のお米の安全性に対して不安になったから、西日本のお米を食べるようになったということですから。ぼくらはこれまで海士町の農作物をできるかぎり魅力化しようと取り組んできたけど、どこかの田舎の力が失われると、他の田舎の力が大きくなる。それは都会から見た田舎的価値を、全国の田舎で奪い合っているような構造だと思いました。
つまり、どうやって田舎を魅力化しようか考えるのではなくて、田舎と都会の関係をより良い方向に軌道修正していく方法を探さないと、もう持続不可能な状況であることを理解しました。ちょうどその頃から、都会側から島(海士町)とつながれる「島の大使館」をつくりたいと思うようになったんです。
社会の変化に気づいた経緯もあって、2011年には『僕たちは島で、未来を見ることにした』という本を出版したり、その翌年に地域コーディネーター養成講座という教育事業を巡の環で始めたり、『都市農村関係学』という本をつくるための自主ゼミを開校したりしました。
これらの活動を通して現在の日本社会について学べば学ぶほど、田舎だけでは価値の奪い合いの問題は解決しないことがわかって。これは都会と田舎の関係性の問題だから、両方から解決へのアプローチをする必要があると考えて、2014年5月に、海士町から東京に拠点を移しました。
「島の大使館」ができるまでの歩み
2009年から海士ファンが集う「AMAカフェ」がスタート
「暮らし」という切り口で島とつながる機会を初めてつくったのは、時間軸が少し戻って2009年からスタートさせたAMAカフェというイベントです。年間5、6回のペースの不定期開催で、今まで計32回開催しています。
離島である海士町は、来島してくれた人に「また来てね」と言いますが、気軽には来てもらえません。立地的には不利な環境にあっても、多くの人に島のことを知ってもらえる機会をつくりたい。そのために東京でAMAカフェを始めました。
AMAカフェでは島ファンや潜在顧客とつながり、かつ関係性を維持するポイントがつくれたり、島の食材を通じて「島って、いいね」と言ってもらえたりするようになりましたが、課題もありました。数十人もイベント参加者がいると、ゆっくり話せないし、登壇しているぼくはごはんも食べられない。申し込みが必要なので参加する人にとっても、ちょっと敷居が高い。海士町に興味を持った人が、もっと気軽に来れる場所になったらいいと思いました。
2014年、代々木のDADACAFE・東京のTipsで島の大使に
・DADACAFEでのお写真をお借りできますでしょうか。
2014年に東京に戻ってきたぼくは、代々木の古民家カフェ「DADAAFE(ダダカフェ)」で、月に2回、1席分のスペースを借りて、島の大使をすることになりました。ここは、ゆるっと立ち寄ったお客さんとご飯を食べたりお茶を飲んだりしながら、島についてゆっくり会話ができる空間です。
カフェの日替わりのメニューには、島の食材を使った料理を導入してもらったのですが、実際にお客さんに提供できるのは2週間に1度だけです。流通を通して、島との繋がりは体感しづらいし、建物や人が島に関わる物語を持っているわけではありません。ぼくがカフェにいなくなった途端に「島の大使館」ではなくなってしまうので、島ファンが増えていかないことが悩みでした。
・Tipsでのお写真をお借りできますでしょうか。
そして次にぼくが取り組んだのは東京駅前にあるTipsというコミュニティスペースの運営です。ここは地域を支える中小企業から、新しい会話・想像・行動が生まれる場所をつくるために、中小企業基盤整備機構がスタートさせた活動拠点です。ぼくはTipsのコミュニティマネージャーとして、「島と地域の大使館」という旗を立てて活動しました。
会場はとても広くてね、イベントや学びの空間としてたくさんのことができました。自由大学で講師をしているコミュニティリレーション学や、AMAカフェのイベントをTipsで開催しています。結果的に大使館のホームとして、仲間が集いやすい場所ができた。だけども、ここでできることはイベントが主なので、用事がない人がふらっと来れる場所でもないし、ごはんを食べたりお茶を飲んだりしながらゆっくりはできなくて。
ぼくが理想とするのは、学生時代に過ごした部室ような空間。漫画を読んでいる自分の隣には友達がいるような、ああいう空間が好きなんですけど、いざつくるとなるとむずかしい。どうしても「最近どうなの?」っていう気軽さはなくて、話を聞くぞ!と、少し真剣な会話になってしまうんです。
2015年10月、新宿区「四谷バル」にて「島の大使館」がオープン
そして2015年10月、Etic.のふるさとプロデューサー育成事業で、ここ新宿区の四谷バルを借りて、ついに非日常だった島の暮らしを、日常にすることができました。ぼくがいなくても島ファンが気軽に集い、島のごはんを通して、つながれる。「島に行きたいんだけど……、どうやって行くの?」というような気軽な話ができる。来れば一度は、必ずみんな、海士町の話を口ずさむんですよ。
ふるさとプロデューサー研修生のメンバーや、四谷バルの常連さんに恵まれて、なんとか成立した期間限定のトライアルの「島の大使館」。以上が「島の大使館」ができるまでの流れです。2ヶ月続く学園祭みたいでしたね。
暮らし・働き方・学び。循環する「島の大使館」へ
ここからは「島の大使館」の構想と未来について、話したいと思います。
「島の大使館」の1階は、「暮らし」ながら都会と田舎がつながれるカフェや物販のスペースです。2階は都会と田舎のことについて働く人たちが集まっているシェアオフィスやコワーキングスペースです。3階では学びのスペースとして、イベントやコミュニティリレーション学のような、授業として都会と田舎について学べる場所です。
ぼくはほしい未来に対して動きたい意思を持っている人を増やしたい。そういう人には3種類の人がいると思っていて。思いはあるけど、何をしたらいいのかわからなくて動き出せずに困っているA層。正しい方向に進んでいるのかわからないけれど、まずは動き始めたB層、そして動きが点ではなく線になって回り始めたC層の人がいる。地域で講演する機会では、圧倒的にA層が多いです。最終的には自らの動きが持続可能になって、未来が明るくなるD層にしたいと思っています。
そんな世界にするためには、「島の大使館」には3つの機能が必要です。
「学び」のスペースで、自分が本当にやりたいことや目指す社会について学び始めると、A層だった人が、B層になるための意思が育ちます。それまで動き出せずに困っていたけど、動くぞ、と思えるようになる。
そうすると2階の「働き方」のフロアでは、田舎と仕事で関わる人たちとつながって、アクションを起こせます。「こんな仕事があるけど手伝う?」「田舎とのこういう関わり方があるよ」と、自然と気持ちを行動へとつなげる仕組みです。じゃあ、まずは週に2日から手伝ってみようと動き始めた人が、どんどんその動きを加速させていくことができますよね。
都会と田舎の関係性をよくしようと「島の大使館」で仕事や活動をしている人たちは、1階の「暮らし」でつながるカフェで、打ち合わせやランチなどをしています。なのでここに初めて来る人には、都会から田舎にアプローチしながら、みんなでほしい未来をつくっていける場所があることを知ってもらえます。こうしてまた、動き出せずに困っていたA層の人たちが、「島の大使館」に関心を持って学びのスペースへとつながっていく。循環が生まれるのではないかと思っています。
先進的な5地域が提携する「地域の大使館」に
今後は「学び」「働き」「暮らし」でつながる3つの機能のうち、「学び」「働き」でつながる機能を強くしたいと思っています。次は、おもしろい取組みをして元気になっている場所の中でも、先進5地域といっても過言ではない地域と連携して、人材育成事業をしていくことが決まりました。
岡山県西粟倉村で森林再生をしている、株式会社西粟倉・森の学校の牧大介さん、東北の震災復興でいちばん進んでいる宮城県女川町から、NPO法人アスヘノキボウの小松洋介さん、葉っぱビジネスでお婆ちゃんが1,000万稼ぐことで有名な徳島県上勝町から、一般社団法人ソシオデザインの大西正泰さん。サテライトオフィスが有名ですが、移住しても東京の仕事を続けられる環境をつくった徳島県の神山町から、NPO法人グリーンバレーの祁答院弘智さん。さいごに島根県隠岐郡海士町から、株式会社巡の環の阿部裕志です。彼らのような地域側の講師陣がいて、都会にも講師陣がいます。
『不都合な真実』の翻訳チーフだった環境ジャーナリストの枝廣淳子さん、「マイプロ」の発案者で、日本にソーシャルアントレプレナーという言葉を持ってきた井上英之さん、『自分の仕事をつくる』という本を書かれた、働き方研究科の西村佳哲さん。このお三方と一緒に、都会側から人材育成のバックアップをしていきます。
超豪華なメンバーと6ヶ月間、プロジェクトベースで地域と一緒に働きながら学べる地域アライアンス教育事業。都市と田舎の両方から共創していくような未来船の第一期、乗組員を募集するような展開をしていきたいと思ってます。
2016年からアスノオトがプロデュース・コミュニティ再生にも関わらせていただくちよだプラットフォームスクエアとも連動しながら、地域アライアンス教育事業を進めていきます。
海士町の大使館だったつもりが、先進5地域が提携する「地域の大使館」になっていくと、感じています。東京に出てきて1年半、バタバタしている間に、夢が大きくなっちゃいました(笑)。ということで未来に向けて、がんばっていこうと思います。
お話をうかがった人
信岡 良亮(のぶおか りょうすけ)
取締役/メディア事業プロデューサー。株式会社巡の環の取締役。株式会社アスノオト代表取締役CEO。関西で生まれ育ち同志社大学卒業後、東京でITベンチャー企業に就職。Webのディレクターとして働きながら大きすぎる経済の成長の先に幸せな未来があるイメージが湧かなくなり、2007年6月に退社。小さな経済でこそ持続可能な未来が見えるのではないかと、島根県隠岐諸島の中ノ島・海士町という人口2400人弱の島に移住し、2008年に株式会社巡の環を仲間と共に企業。6年半の島生活を経て、地域活性というワードではなく、過疎を地方側だけの問題ではなく全ての繋がりの関係性を良くしていくという次のステップに進むため、2014年5月より東京に活動拠点を移し、都市と農村の新しい関係を模索中。
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