西荻窪(以下、愛をこめて西荻)は、駅から一歩繰り出せばちょっとしたエンターテイメントが広がる町。歩けば変わる町の表情。でも、徒歩圏内で回れるコンパクトさも魅力です。

個人店の多い西荻には、飲食店も充実しています。外食もいいですが、西荻の味を家に持ち帰るのも、またひとつの楽しみ。

今日は、自宅にお持ち帰りしたいこだわりの味を探しに、いざ西荻の町へ。

案内をしてくださるのは、食とセラピー「ていねいに、」というお店を運営する、福田倫和さん。西荻生まれ、西荻育ちの福田さん自身が、ふだんの西荻暮らしで通う場所をご紹介します。ちょっぴり西荻上級者向けの、ぶらり散歩と参りましょう。

子ども連れでも安心のパン屋「藤の木」

最初にやって来たのは、パン屋「藤の木」。西荻窪駅北口を出て、女子大通りを道なりに3分ほど歩いていくと右手に見えてきます。

藤ノ木の外観

店内には、あたたかみのある手書きの値札と、どこか懐かしいような菓子パンや惣菜パンが並びます。おすすめは、シンプルな味付けで軽い口当たりの塩パン。福田さんも、もう何度も昼食用やおやつとして「藤の木」のパンを買っているそう。

藤ノ木の塩パン

藤ノ木

「SINCE 1937」と店頭の看板に書かれているとおり、「藤の木」は西荻でも指折りの老舗。けれど、だからと言って入りにくい雰囲気は微塵もありません。

西荻には、おしゃれな内装や目新しいメニューを展開するパン屋さんなどがあちこちに点在しているため、都内でも指折りのパン屋激戦区です。それでも、息長く西荻住民に愛される理由はパンの美味しさはもちろん、ご夫婦のお客様への気配り、目配りにあります。

藤ノ木さんご夫婦

「3代続いていたパン屋を、再生したいと思いました」と話す、ご主人。西荻出身で、以降ずっと西荻で暮らしてきました。そして30歳からパン業界に飛び込み、修行を重ねて今の店舗を引き継いだといいます。

「修行して他のパン屋で学んだことは、できる限り焼きたてを提供するということと、お客様や従業員など、人を大切にするということ。西荻にはパン屋さんが本当に多く、パンの世界に入った身としては、まだまだ僕の経歴は短いものです。だから、ほかの店舗さんにはないコンセプトを『藤の木』に持たせることで、お客様に来ていただけるお店を目指しています」

藤ノ木

ご主人が話すコンセプトが、見事に表れているのが子どもたちのためのキッズルーム。「藤の木」に入るとお店のすぐ右手に、小部屋があるのが分かります。絵本やおもちゃが置いてあり、お母さんが買い物をしている間、子どもたちはキッズルームで遊んでいることができるのです。

藤ノ木

「小さいお子様がいる方でも来たいと思えるお店にしたくて、店を引き継いでから物置だったところを改装してキッズルームを作りました。

パン屋に行くと、子どもたちはパンを触りに行ってしまうんですね。僕も娘をパン屋に連れて行くと真っ先に触りに行っていましたし……。だから買い物中はお母さんが気を使わなくていいようにキッズルームを作ったんです」

藤ノ木

レストランや広いカフェならば、子ども用のスペースがあるところも珍しくありませんが、パン屋さんでここまでじっくりと買い物をできる環境を整えてあるお店はなかなかありません。家族も多い西荻ならではの細かな工夫が、「藤の木」が愛される理由のよう。

パンはなるべく低添加で、国産小麦を使うよう心がけています。おすすめの塩パン、季節で変わる旬の食材をたっぷり使った甘いパン、どれにしようか子どもも大人も迷ってしまうお店です。

40年以上続く「どんぐり舎」

次に向かうは、これまた老舗のジャズ喫茶「どんぐり舎」(どんぐりや)。平日の日中でも、夕食時を過ぎた夜9時頃でも、ほぼ満席状態という人気の喫茶店です。

どんぐり舎

「僕、学生時代にここでアルバイトしていたんです」と福田さん。店内に流れるジャズと壁に飾られたレコードたちや手書きのメニューは、当時とほとんど変わっていないそう。

もともとご家族でわいわい賑やかに始めた喫茶店が、気づけば40年以上も愛され続け、今では西荻の人々の憩いの場になっています。

「もともと、僕の兄貴とおふくろが始めたのが『どんぐり舎』です。昔から地元の人においしいコーヒーを提供したいということを、シンプルに考え続けてきました。今では土日になると西荻以外からもお客様が来てくださいます」とご主人。

どんぐり舎

今のご主人は、体調を崩したお兄さんに代わって、「どんぐり舎」を切り盛りしています。福田さんがアルバイトしていたのは、そのお兄さんが店長を務めていた時期でした。

30年前から始めた自家焙煎のコーヒー豆を使ったこだわりの「ほろ苦ブレンド」は、40年経っても変わらない深煎りコーヒー。味わい深い苦味がやみつきになり、じっくり飲みたい一杯です。

どんぐり舎のコーヒー豆

どんぐり舎のコーヒー豆は、じつは量り売りしています。お店でコーヒーを飲み、自宅に持ち帰りたい場合はお会計の時にご主人に一言声をかけます。店内に流れるジャズを聞きながらカップを傾けるも良し、自宅でホッとしたい時のお供として持ち帰るも良し、なのです。

西荻出身のご主人は、学生時代もお兄さんの手伝いをして店に立つことがありました。40年以上商いを続けていれば、肌で感じる変化があるかと思いきや、西荻はほとんど変わっていないのではと話します。

どんぐり舎
ほろ苦ブレンド

「町の見た目は、マンションが建ったり新しい店が出てきたりして変わりました。でも、こののんびりした雰囲気は変わらないですね。

……そうそう。40年も店をやっていると、当時来ていた20歳のお客様も今では60になります。だから子どもや孫を連れてきてくれることもあるんですよね。お客様の年齢層で言えば、5歳から80歳までかなあ。どの世代の人にも、ゆっくりくつろげるコーヒーがおいしい店として知っておいてもらえると、うれしいですね」

お兄さんからバトンを受け取ったご主人は、ジャズも好きですがクラッシックもお気に入り。朝や夜など気分を上げたい時には店内でクラシックをかけることもあるそう。また、足元や店内の壁など、小さな本棚がいくつもぽつぽつと設置され、中には文庫本や漫画がぎっしり並んでいます。これらは来店したお客様が置いていく本もあるといいますが、かつて店頭に立っていたご主人のお母様が大の推理小説好きで、本棚はその名残だといいます。

どんぐり舎

どんぐり舎

家族で支えあって続いてきた「どんぐり舎」。朝や日中は福田さんのように地元に暮らす方が、おしゃべりや読書を楽しみに訪れ、夜は仕事帰りのサラリーマンや、西荻在住の漫画家さんやイラストレーターさんが仕事をしに来ることもあるそう。あたたかい雰囲気の店内で、こだわりのコーヒーを一杯、お散歩の休憩にいただくのも良さそうです。

幻のお茶が見つかる?「茶舗あすか」

「どんぐり舎」さんから、徒歩2分ほどの距離にあるのは「茶舗あすか」さん。福田さんも、「ここが一番よく来ると思います」という常連店です。

茶屋あすかさん

お店に入ればカウンター越しに様々な茶器と茶葉。店内には、あすかさんの愛称で親しまれる渡邉恵子さんが笑顔で出迎えてくださいました。

茶屋あすかさん

もともとあすかさんの知り合いが営んでいた茶屋を引き継ぎ、営業開始。西荻に根を張って43年。町もお茶を求めて訪れる人も、ずいぶん変わったね、とあすかさん。

「一人暮らしやお年寄りが増えたから、以前は売れた1キロの茶葉なんかは、需要がなくなってしまったのね。でもお店を開いてから一貫して変わらないのは、私が売りたいお茶しか置かないということ。だからどんなに値段が高くてもマニアックな品種でも、私が美味しいと感じたお茶を、これからも売っていきたいと思っています」

茶屋あすかさん

店内には、国内で生産数が減少している絶滅危惧種のようなお茶から、これから市場に出るデビュー前のお茶まで様々。お茶に関する見識者やお茶マニアなど、根強いファンが多いお店でもあります。西荻の町中ではもちろん、公演などに招かれお茶のトークイベントにも登壇するというあすかさん。イベントの手伝いを福田さんがすることもあるといいます。

あすかさんとお話していると、お茶を通して歴史や地理の勉強をしているよう。中国の雲南省で採れたお茶や、寒い地方の岩肌でしか採れないようなお茶の話を聞いていると、ちょっとした旅行をしている気分になってきます。

茶舗あすか

「私がマニアックなお茶しか扱わないから、お客様も自然とお茶に詳しい人たちが集まってきますね。もちろん大量に売れるものではないから、儲かるかって言ったら、儲からないよね(笑)。でも、どんなお茶でも必ずファンがいるし、絶やせないなと思いますよ」

あすかさんから見て、西荻の変容には課題もあるといいます。土日にJR中央線の快速が停まらないうえに、膨大な集客力のある施設があるわけでもない。だからこそ、コアな人たちが集まる良さがあるけれど、今では土地の値段が上がって若い人が参入しづらくなっているそう。

「町を変えるのは外から入ってくる人ですよ。そして若くて、ちょっと発想が突飛な人(笑)。若者、よそ者、そしていい意味で、ばか者。この3つの要素が、今の西荻には足りないかな」

茶屋あすかさん

ただ美味しいお茶を求めて遊びに行くのも良いですが、あすかさんからそれぞれの茶葉の出身地や、あすかさんとそのお茶との出会いを聞くのもおもしろそう。ただし、あすかさんは近隣の店舗やイベントの打ち合わせなどで忙しく、あちこちへ歩いて回り、お店を空けていることもあるそうですので、ご注意を。

食べる場所を変えるなら「善福寺公園」へ

おいしいパンに、こだわりのコーヒー豆、それから貴重な種類のお茶。このまま自宅へ直帰するのもいいですが、手にした紙袋からはパンのいい香りが……。

もしまだ日が出ているうちに寄り道をするならば、駅を背にしてさらに北のほうに歩いて、善福寺公園へ行きましょう。

善福寺公園

「駅から遠いから、本当に地元の人しか来ない公園なんです。良くも悪くも何もない。派手なアスレチックや並木道、動物園もありません。でも、お花見のシーズンには近所の人たちが集まってわいわい盛り上がっていたり、わざわざ人ごみの多い大きな公園へ行かなくても、ここへ来ればリラックスできます」と福田さん。

地元の子どもたちの遊び場でもあり、ご夫婦の散歩道、カップルのデート先としても使える善福寺公園。歩いていると、カンバスを立てて絵を描いている方々がちらほら。そして子どもたちの楽しそうな笑い声が聞こえてきます。

「西荻は、食べものも美味しいんですが、こういう自然に触れられる場所が近くにあるのが魅力です。善福寺公園は駅から徒歩20分くらいですが、わざわざこのあたりを選んで住む人もいますよ」

善福寺公園

池沿いにあるベンチに座って、買ったパンをいただく。もしくは、少し通り道をして池をぐるっと回って帰る。家路に着く間の、ちょっとした贅沢です。

同じ地域の中でも、いく通りも楽しみ方を見つけることができるのが、西荻という町。自宅とお気に入りの場所の距離感をつかんだら、自分なりの西荻散歩道を開拓してみましょう。

善福寺公園

善福寺公園

善福寺公園

お店のこと

藤の木
住所:東京都杉並区西荻北3-16-3
電話番号:03-3390-1576
営業時間:8:30~19:00
定休日:日曜日、祝日

どんぐり舎
住所:東京都杉並区西荻北3-30-1
電話番号:03-3395-0399
営業時間:10:30~22:00 金土日祝 10:30~22:30
定休日:不定休

茶舗あすか
住所:東京都杉並区西荻北3-21-2 徳田ビル1階
電話番号:03-3399-5441
営業時間:10:00~20:00
定休日:日曜祝日

【西荻窪】の記事はこちら

  1. 【西荻窪・はじまり】迷わず飲めよ、飲めば分かるさ!㈱東京トラスト川邊社長の愛の町
  2. 【西荻窪・引っ越し前】どこで暮らす?レトロ、風呂無し、不思議な間取り…「住めば都」を求めて
  3. 【西荻窪・朝】ごはんを毎日「ていねいに、」食べよう
  4. 【西荻窪・夕方】住人の胃袋を支える八百屋「小高商店」で美味しい旬の食材を
  5. 【西荻窪・深夜】終電はもう関係ない。ほろ酔い女子のはしご酒
  6. 【西荻窪・夜】まがいものの町、西荻へようこそ。夜は「スナック紅」にいらっしゃい
  7. 【西荻窪・時々】地図だけでは分からない、魅惑的な曲がり角たち
  8. 【西荻窪・毎日】駅北へ散歩 – どこへ行っても「何かある」町 –
  9. 【西荻窪・未来】変わりゆく、銭湯の暮らしにおける役割を「天徳湯」から考える
  10. 【西荻窪・日常】に来たらまずは「西荻案内所」に行ってみよう
  11. 【西荻窪・毎日】駅南へ散歩 ―旅立つ人を見送る、熟成カレーみたいな町―
  12. 【西荻窪・時々】駅から徒歩10分圏内の、暮らしに溶け込む個性豊かな本屋さん
  13. 【西荻窪】元スタジオジブリのアニメーターがつくる、身体と心が休まるササユリカフェ
  14. 【西荻窪】町を知れば暮らしがもっと楽しくなる。住む町ガイド「西荻ニクラス不動産」
  15. 【西荻窪】人とモノをぐるぐる循環させよう。「Northwest-antiques」で気軽にアンティーク家具を楽しむ
  16. 【西荻窪】雑貨食堂「六貨」店主が語る。愛すべきヘソ曲がりの西荻上手な住人でありたい
  17. 【西荻窪】お母さんになった「雑貨食堂 六貨」の店主が考える、ずっと使いたくなる「道具」とは?
  18. 【西荻窪】“せざるを得ない大人”の真面目なアソビ場。ブックカフェ「beco cafe」
  19. 【西荻窪】古民家スペース「松庵文庫」に集まる変わらない暮らし、声と音
  20. 【西荻窪】15年愛される古本屋「古書音羽館」がセレクトする本の秘密とは
  21. 【西荻窪】夫婦でつくる変幻自在の自由空間「カイテン」(元:マッテとポッケ)
  22. 【西荻窪】こだわりの味をお持ち帰り。ちょっぴり上級者向けの西荻昼散歩
  23. 【西荻窪】って、ぶっちゃけどんな町?男女7人座談会で夜な夜なおしゃべり
  24. 【西荻窪】なんとなく帰りたくないの。夜に寄り道したい秘密のお店

この特集の裏話をnoteで限定公開中!